第68話 文学のこみちと、坂の街の静けさ
千光寺の山頂を後にして、
四人は石段の方へ歩き出した。
ひよりが振り返る。
「さっきの景色……
なんか夢みたいだったね」
悠斗が笑う。
「せやな。
あんな高いとこからしまなみ見下ろすなんて、
昨日までは想像もしてへんかったわ」
すずは静かに言った。
「……光、白いまま」
湊はその言葉に頷いた。
(午後の光が、まだ柔らかい。
尾道の光は、どこか“静かな白”だ)
文学のこみちへ入ると、
石碑と古い木々が並ぶ細い道が続いていた。
ひよりが石碑を指さす。
「これ……詩が刻まれてるんだね」
悠斗が覗き込む。
「なんか難しいけど、
雰囲気あるな」
すずは石碑の影を見つめながら言った。
「……影、細い」
湊はその言葉に胸が震えた。
(しまなみの島々の影は“広い影”だった。
でも尾道の影は、建物と木々が作る“細い影”だ)
坂の街の光と影は、
どこか切なくて、優しかった。
石段をゆっくり下りながら、
四人は尾道の家並みを見下ろした。
ひよりが言う。
「坂の街って……
なんか胸がきゅっとするね」
悠斗が頷く。
「分かるわ。
旅の終わりが近いからかもしれん」
すずは猫を見つけて立ち止まった。
「……猫」
湊も足を止める。
(尾道の猫……
旅の途中で出会う猫とは違う、
“街の猫”の落ち着いた目をしている)
ひよりが笑う。
「かわいい……
写真撮ってもいいかな」
すずが静かに頷く。
「……光、きれい」
猫の横顔に、
午後の光が細く落ちていた。
坂を下りきると、
古い家並みの間から海が見えた。
ひよりが言う。
「海が……
さっきより近く見える」
悠斗が笑う。
「坂の街って、こういう瞬間がええよな。
急に景色が開けるんや」
すずは海を見つめながら言った。
「……光、揺れとる」
湊はその言葉に耳を澄ませた。
(しまなみの海とは違う。
尾道の海は、街の影と混ざって揺れている)
加藤先生が言う。
「文学のこみちは“尾道の静けさ”を感じる場所だ。
旅の余韻を味わうにはちょうどいい」
ひよりが小さく頷く。
「なんか……
歩いてるだけで胸がいっぱいになるね」
悠斗が言う。
「終わりが近いって、こういう気持ちなんやな」
すずは静かに呟いた。
「……でも、好き」
湊は深く息を吸った。
(尾道の坂の空気……
旅の終わりを優しく包んでくれる)
四人は坂を下り、
再び街の方へ歩き出した。
午後の光が、
細い影を長く伸ばしていた。




