第48話 亀老山の風と、しまなみの全景
坂道を登り続けて、
どれくらい経っただろう。
汗が額を伝い、
呼吸は荒く、
脚は重くなっていた。
「はぁ……はぁ……
これ……ほんまにキツい……」
悠斗がハンドルにしがみつく。
「でも……
なんか、登ってるって感じするね」
ひよりは息を切らしながらも笑っていた。
すずは黙々とペダルを踏み続ける。
「……風、変わった」
湊はその言葉に気づいた。
(確かに……
海の匂いが薄くなって、
山の匂いが強くなってきた)
木々の隙間から、
時々海が見える。
そのたびに胸の奥が少し軽くなる。
(もうすぐ……
もうすぐだ)
最後の急坂を登り切ると、
視界が一気に開けた。
「着いた……!」
ひよりがハンドルから手を離し、空を仰ぐ。
悠斗はその場に座り込んだ。
「死ぬかと思った……
でも……達成感やばい……!」
すずは静かに息を整えながら言った。
「……風、冷たい」
湊は展望台の方へ歩き出した。
(この先に……
しまなみの全景がある)
展望台に立った瞬間、
四人は言葉を失った。
「……え……」
ひよりが息を呑む。
「なにこれ……
やば……」
悠斗が声を震わせる。
すずはただ、
風に吹かれながら海を見つめていた。
「……広い」
湊は胸の奥が震えた。
(これが……
しまなみ海道の景色……)
眼下には、
来島海峡大橋が白い線のように伸び、
その向こうに島々が連なっていた。
海は深い青、
浅い青、
緑がかった青、
光を反射した銀色。
色が層になって広がっていた。
風が強く、
潮の匂いと山の匂いが混ざっている。
ひよりが言う。
「なんか……
世界が広く見えるね」
悠斗が頷く。
「橋、あんなに長かったんやな……
渡ってきたん、信じられんわ」
すずは静かに呟いた。
「……海が、呼吸しとるみたい」
湊はカメラを構えた。
でも、すぐに下ろした。
(この景色……
写真じゃ全部は入らない)
加藤先生が後ろから言う。
「亀老山は“しまなみの心臓”だ。
ここから見る景色は、
何度見ても飽きない」
湊は深く息を吸った。
(この旅……
絶対に忘れない)
しばらく景色を眺めたあと、
四人は展望台のベンチに座った。
ひよりが言う。
「ここまで来てよかったね」
悠斗が笑う。
「ほんまや。
坂は地獄やったけど、
この景色は天国や」
すずは風に髪を揺らしながら言った。
「……海の音、遠い」
湊は空を見上げた。
(ここから始まるんだ。
島の旅が)
加藤先生が言う。
「さぁ、次は大島の南側へ降りるぞ。
海沿いの道が続いている。
午後の光がきれいだ」
ひよりが立ち上がる。
「よし、行こっか!」
悠斗が元気よく返す。
「次の島も楽しみや!」
すずは静かに頷いた。
「……風、変わるかな」
湊は自転車にまたがった。
(しまなみの旅は、まだ始まったばかりだ)
四人は再びペダルを踏み出し、
亀老山を後にした。
夏の風が、
次の景色へと四人を誘っていた。




