第15話 ロウィの本当の姿
ファンファーレが鳴りやむ。
大広間の中心にある階段の先には大きな踊り場があり、そこには王族だけが座ることの許される椅子が並んでいる。
その真ん中に位置する玉座に座る現国王であるグレイス王は、とても穏やかな人で十年ほど前に王妃を亡くしてから、新しい妻を娶ることもなく国を治めている。
玉座の後ろには、第一王子のライアン王子、そしてその隣には、隣国であるグロリア国に留学しているディラン王子が今日のために帰国していた。
どちらも王に似て、かなりの美男のため、二人が並ぶだけで令嬢たちから黄色い声が上がる。
王族の登場に割れんばかりの拍手がおき、グレイス王が手を上げるのと同時にその拍手もすっと止んだ。
「皆。今日は我が息子、ローワンのために、集まってくれて本当にありがとう。一度は中止になった成人の儀をこうして無事に執り行うことができてとてもうれしく思うよ」
グレイス王は貴族たちを前に、話を始める。誰もが王の言葉を一つも聞き逃さないようにしようと食い入るように見聞きする中、ミモザだけは上の空だった。
頭の中はロウィのことでいっぱいだった。
もう一度、もう一度でいいから会いたいと願った。そしてそれが叶ったのだ。決して多くは願わない。
ただ会えるだけでよかった。会って、この想いを伝えたい。
ロウィが目の前からいなくなって、日々、後悔は募るばかりだった。
どうにかならないと分かっていても、思いを伝えればよかったと、毎日思った。
もうあんな思いはしたくない。成人の儀が終わり、太陽祭が終わったら、ロウィに想いを伝えよう。その結果がたとえ駄目でも、きっと心残りは無くなって、前に進めるはずだから。
そんなことを考えていると、王様の挨拶はいつの間にか終わっていて、ついにローワン王子が登場する番が来た。
音楽隊が、人生の門出にふさわしい華やかなメロディを奏でる。その音色と共に、踊り場の奥からローワン王子と思われる一人の男性が出てきた。
その姿にミモザは息を呑んだ。
細く柔らかな銀髪は、首元までの長さで、そよそよと風になびいている。
すっと通った高い鼻に、筆をなぞったような切れ長の目が、バランスよく顔に配置されている。
瞳の色は深い真紅で、白磁の肌がその紅を、一層際立たせていた。
そこに立っていたのは、そう。
まぎれもなく、ロウィその人だった。
温室の庭師だったはずの彼が、なぜか、王族だけが立つことを許されている大広間の踊り場に立っている。
身に着けていた黒の外套は脱いだのだろう。
瞳と同じ紅の上着に身を包み、精悍な顔つきで王の隣に並んでいた。
その胸元には王家の紋章が、金の刺繍で施されていた。
ミモザは喫驚した。
驚きのあまり、息を吸い込んだまま、吐き出すのも忘れてしまうほどに。
時間が止まったかのように、瞬きをすることも忘れ、ただ目の前のロウィを見つめる。
ロウィは深く一礼すると、しっかりとした声で挨拶をした。
「第三王子のローワンです。長らく皆さまの前にお姿を見せていませんでしたが、本日より公務にも参加する予定です。どうぞお見知りおきを」
声を聴いて、やはりロウィその人だと確信を得る。
けれど、でも、だって。
扉越しで話すローワン王子はこんな声じゃなかった、と思った時、ミモザはハッと思い出した。
ミモザと扉越しで話をしていたローワン王子はいつも鼻声だった。
――ローワン王子がロウィ様……?
冷静に考えてみようにも、パニックに陥っている頭は、うまく情報を処理できない。
茫然とするミモザとは対照的に、黄色い歓声が沸き上がる。
どうやら若いご令嬢たちは、ローワン王子の端整な顔立ちに随分興奮しているようだった。
「不細工って聞いていたのに、噂と全然違うじゃない」
「身長も高いし、顔もかっこいいし、完璧だわ」
「私、絶対ローワン王子の婚約者になって見せる」
「私も! 俄然気合が湧いてきましたわ!」
のべつまくなしに響く声が、大広間を埋め尽くす。
そんな中、アデスとリリア、エミルとユーリだけはミモザと同様、目を白黒させながら、開いた口がふさがらない様子でローワン王子を見つめていた。
もはや自分だけではどうにも処理できないと、横にいるマーガレットに助けを求めるように、顔を向けた。
「マギー……」
いつも鉄仮面の彼女でも、さすがにこれは驚いているはず。そう思っていたが、ミモザの予想は外れていた。
長い付き合いだ。彼女の癖をミモザはすべて知っている。マーガレットはミモザに気まずいことがあると、目を逸らす癖がある。そして今も彼女はそうしているのだ。
マーガレットの顔を見て、ミモザは呟いた。
「あなた……知っていたの? ローワン王子が……、ロウィ様だってこと」
ミモザがそう訊ねると、マーガレットが小さく頷いた。
「てことは、ベイルさんも、アンダーソン様も、マギーもみんな知っていたのね……。私だけが知らなかった」
恥ずかしさがこみあげてきた。
自分だけが知らず、笑いものにされていたのだろうか。
急にそんな思いが膨らんだ。
マーガレットがそんな人間ではないということは十分に分かっている。アンダーソンやベイルだって、言えない理由があったのだろう。
けれど、今はそんなことを慮るほど、冷静ではなかった。
「……王子様に恋をした私を笑っていた? 私はさぞ惨めだったでしょ」
ひどく露悪的な物言いに、ミモザはハッと手を口に当てた。
こんなことが言いたいわけではない。それなのに、心の中の黒く渦巻く嫌な感情が言葉ににじみ出てしまう。
ミモザはマーガレットに背を向けて、大広間から逃げるように外へ向かった。
「ミモザ様! 待ってください!」
「来ないで!」
背中に投げかけられたマーガレットの声を振り払い、ミモザは走った。
王子様相手に恋をしていたなんて。なんて不毛なんだ。
王族に恋をするなんて、ましてやその思いを告げるなんて、できるわけがない。
王子だと知っていたら、好きにならなかったのに。
そう思ったと同時に、ミモザはゆっくりと止まった。
違う。きっと、違う。
――たとえロウィ様が王子でも、庭師でも、そんなのは変わらない。結局きっと、好きになってた。




