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アスキーアートに法曹ぶち切れーーカスハラ容疑で不当逮捕ーー  作者: 森史之助
弐拾肆 内から見るか? 外から見るか?
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弐拾肆の6 うそをつかない詐欺師のうそ

「傍聴の者です。公判の期日そのほかについて、お尋ねしたいことがあります」


 横浜地方裁判所(ちさい)ビル十一階の刑事部刑事訟廷庶務係が入る部屋で、カウンター越しに職員に申し向けた。

 三十代に見える背の高い男性職員が、メモ用紙代わりであろうカラフルなブロック状で名刺大の付箋(ポストイット)とペンを手に、席を立ってカウンターに寄ってきた。


「被告人二人分あります。いずれも、フルネームのみ分かってます。漢字、事件番号は不明です。罪名は、少なくとも詐欺が入ってます。この情報で、次の公判期日が分かりますか?」


 ほかになにか手掛かりはないかと尋ねられたから、今しがた四〇四号法廷で初公判があった橋本、野村と共犯関係にあるのだと答えた。

 背の高い男性職員はデスクに戻り、自ら付箋に書き取ったおれが伝えた情報をパソコンのキーボードに打ち込み、すぐに対象をヒットさせた。


「ウエノ×××については、十月…今月ですね、十八日の午前十一時十分からで期日が指定されてます。××××ブンキョーについては、未指定です」


 十一時十分という中途半端な開廷時刻が、はなはだ不自然だ。


「十八日のウエノは、初公判ではないってことですか?」


 回答が得られるかどうか、記者クラブ員でもない一般の傍聴人であるおれには確信が持てない。

 しかし、初公判であれば、当日掲示される開廷表にその旨が記載されている。秘匿事項ではないはず。


「第一回ではないですね。審理はもう進んでます」


 ウエノの存在を、そして、野村の共犯者だということを知らなかったから、公判が開かれていることも当然知らず、傍聴し損ねてしまった。

 おれは、二人の漢字フルネームと、それぞれの事件番号を男性職員から聴き出した。

 社会保険労務士は「上野」と分かった。もう一人の会社経営者は、本作においては一貫して姓ではなく下の名を使う。理由は本項後段で述べる。


 裁判所ビルを飛び出した。官民事業所が閉まる夕刻が迫っている。おれは、野村と共犯者三人、計四人の事件や、その周辺事情に関する徹底取材を開始した。

 なぜなら、同室だった神奈川県警青葉署留置施設での野村の話が、あまりにも正確だったから。詐欺師のはずなのに、おれにうそをついている形跡が認められないから。


 うそが見つかってくれ、でたらめであってくれーー。


 おれは、そう願った。野村の話が事実なら、取材の収拾がつかなくなってしまう。


 新聞記事のデータベースから、野村と思われる同一フルネームで年齢も合致する人物が、一九九六(平成八)年四月、詐欺容疑で大阪府警に逮捕されていることが分かった。

 記事上では、当時の職業は輸入車販売業。交通事故を偽装し、損害保険会社から保険金をだまし取ったとされている。偽装事故を起こした二台に乗っていたのはお互いに示し合わせた仲間(グル)で、実際の事故と見せかけるため、野村は偽装事故相手の車のボンネットに上がって車体を踏みつけ、どうしてくれるんだと詰め寄る、周辺の目撃者向けの芝居を打っていたと、書かれている。

 それ以外で、野村に言及した報道は見つからない。


 横浜地裁の初公判で横浜地検の検事は、野村の身上経歴を陳述する際、前科四犯と言っていた。また、青葉署の留置施設で野村はおれに、長野の冬季オリンピックのころ詐欺容疑で身柄を拘束され、執行猶予付きの有罪判決を受けたと言っていた。

 長野オリンピックは一九九八(平成十)年開催だから、新聞記事の保険金詐欺とは時期がずれる。しかし、開催に向け国内がオリンピックムードに沸いていたころで、野村がそれを記憶していたのだとすれば、二つの事件の間に大きな齟齬(そご)はない。


 野村が役員であると、橋本が、逮捕当時は役員だったと、横浜地裁の公判の人定質問でそれぞれ供述する株式会社は、確かに大阪市都島区で二〇二〇(令和二)年三月に設立したことが、法務局で登記されている。事業目的は登記簿の一番上の欄に、《新聞販売店の経営》とある。

 登記されている役員は三人。うち、代表取締役が橋本。残りの二人は、いずれも野村姓。一人が、おれの囚人仲間の野村。そしてもう一人の《野村》は、接見禁止の野村が、弁護人弁護士との往復書簡に同封することで手紙をやり取りしていた、野村の女房と同じ名前。

 ファッション誌を中心に活動したモデル、エビちゃんこと蛯原友里(えびはらゆり)(一九七九-)、もえちゃんこと押切(おしきり)もえ(同)に次ぐ三人目と野村が評していた、かつて内縁の妻で夫婦同然だったという著名な女性シンガーソングライターが没する半年前には一度、籍を抜いてくれたという、野村の今の女房だ。


 音楽用CD(コンパクトディスク)を収納している自宅の棚を、おれは引っかき回した。野村が内縁の妻で夫婦同然だったという女性シンガーソングライターのベストアルバムが一枚、正規のケース入りで見つかった。いつ入手したのか記憶にない。発売日は、おれとおれの元女房との離婚より後。つまり、元女房が買った物ではない。

 二〇二一(令和三)年ごろ、ピアノを弾き語る女子高生をフィクション作品に登場させるに当たり、若い女性の発声の癖を見極めるため、若い女性アーチストの中古CDをまとめ買いしたことがある。その中に含まれていたのか。分からない。

 女性シンガーソングライターに関することでもそうでなくても、青葉署の留置施設で野村がおれに話した中で、明らかな虚偽だったのは、彼女の本名と出生地、墓の在りかのみ。

 野村は、なぜ夭逝した女性シンガーソングライターのことを、おれに話したのか。そしてなぜ、間違うはずのない本名や出生地、墓の在りかがでまかせだったのか。

 彼女との関係は、事実なのではないか。天に召した彼女や彼女の遺族のため、肝心な部分を隠した、そこだけうそをついたのではないか。


 野村の公判をウオッチするのは、身柄が拘置所に移される前に、野村との接見名目で青葉署留置施設を「外から」取材するためだった。そのタイミングを見計らうためだった。

 しかし、優先順位が徐々に変わっていった。公判傍聴で最優先すべくは、その最重要課題は、目的は、野村と女性シンガーソングライターの関係を確認することだ。

 夭逝した女性シンガーソングライターにこだわる理由は、たくさんある。野村や彼女やその周辺に関する取材を深めるにつれ、おれは、どこかの誰かによるなんらかの使命を帯びているという思いに駆られだした。見えないなにかに突き動かされた。

 その使命については、追い追い述べていく。


 新型コロナウイルス感染症に伴う特例措置である雇用調整助成金を国からだまし取った詐欺の容疑で四人は、野村が逮捕された六月上旬ごろ、横浜市内に立地する神奈川労働局を所管する神奈川県警によって一網打尽にされている。当時の報道をさかのぼって見ると、被害総額は五億円を超える可能性があり、この助成金にまつわる同種事案では過去最大規模。

 複数のメディアで確認できた記事の多くは、詐欺を指南したと見られる社会保険労務士、上野を実名報道している。野村のフルネーム検索ではヒットしない。


 共犯関係にある四人のうち、野村、橋本、上野の三人は、本作では姓で記していく。もう一人は、下の名、文強(ぶんきょう)を使う。

 文強の姓は一般的な日本人風で、フルネーム同一の人物が中国(中華人民共和国)から日本に帰化している事実を、官報の告示より見つけた。

 中国出身者だとすれば、橋本、野村の公判で検事が読み上げる冒頭陳述にあった、自らが経営する会社従業員のものとして神奈川労働局に提出した職員名簿や賃金台帳が、中国人らしい名ばかりであるという事実もうなずける。


(弐拾伍 歌姫(Hear)の慟哭を(The Diva)聞け(Laments)「1 ジョン・レノン言葉遊び」に続く)

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