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アスキーアートに法曹ぶち切れーーカスハラ容疑で不当逮捕ーー  作者: 森史之助
弐拾肆 内から見るか? 外から見るか?
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弐拾肆の5 前科四犯、単純賭博

 裁判官が入廷し、書記官による起立願いますの号令があってから、おれたち傍聴人を含め法廷内の者は着席し、制服と私服のいずれも男の警察官が、野村(のむら)の手錠を外した。

 在宅でない、つまり勾留されている状態で裁判を受ける被告人の手錠を、裁判官入廷前に外すか入廷後かはその裁判所、身柄を預かる現場警察官や拘置所刑務官の判断、事件の性質、被告人の凶暴性など性格により異なる。


「手錠を外します」


 法壇の裁判官に向かってそう宣言してから外す警察官、刑務官もいる。


「手錠を外してください」


 そう指示する裁判官もいる。


 刑事司法の素人である裁判員が参加する裁判員裁判では、傍聴席から見るおれの知る限り、裁判員が裁判官らと同じ法壇の奥の扉から入ってくる前に、手錠を外している。手錠で拘束されている姿を裁判員に見せることによる「推定有罪」の予断を排除する目的だ。

 この直前に同じ法廷で初公判があった、共犯者、橋本(はしもと)の際、手錠の解錠タイミングがどうだったか、おれは見逃してしまった。野村の共犯者と気づく前だから、ぼんやりしていた。


「被告人は、証言台の前へ」


 裁判官に促され、野村は証言台に進む。明らかに右足を引きずっている。詐病なのか、本当に具合が悪いのか、傍聴席からでは分からない。

 神奈川県警青葉署留置施設で一緒だった際は、引きずっていなかった。引きずっていたとしても、おれの眼では気づかない程度だった。


「名前はなんと言いますか?」

「野村××です」


 声はしゃがれている。留置施設で一緒だったころからのわずか一カ月半で、ずいぶん老け込んだと感じる。


「生年月日は?」

「昭和四十年×月×日」


 留置施設で本人から聴かされていた通り。


「本籍は?」

「ちょっと…分かりません」

「現住所は?」

「兵庫県芦屋市××××」


 神戸市と西宮市に挟まれた、高級住宅街を擁するエリアだ。


「仕事はなにをしていますか?」

「会社役員です。×××という会社で」


 野村が言うこの会社名は、橋本の公判で、検事による起訴状朗読と冒頭陳述でも出てきた、二人で共に開業したという新聞販売店だ。

 橋本が「今は無職」と答えた人定質問で、野村は、会社役員と答えた。


 検事の朗読する起訴状は、おれが聴き取り取材用ノートに書き取った限りでは、橋本に対する二件と変わらない。

 ただ、女性検事は、朗読の途中で法壇の裁判官に向かって、こう言った。


「被告人に別表(べっぴょう)を示します」


 裁判官の許可を得て、検事は自席を離れ証言台に歩み寄り、野村になにかの書面を見せる。


「間違いないですね?」

「はい」


 さらにもう一つ。

 橋本の公判は六月、七月の起訴分二件のみの審理を検事は求めたが、続く野村の公判では、二回目の追起訴、つまり三度目の起訴である八月二十九日付けについても、検事は朗読した。この八月二十九日付け起訴状に関する別表も、検事は証言台の野村に示す。


 同じ事件のはずなのにこれら橋本、野村の両被告人に対する検察側の取り扱いが異なるのは、青葉署の留置施設で野村が言っていた、自分は罪状を認めているが共犯者は認めていないらしいということに起因すると考えられる。

 おれの観測が見当違いでないことは、すぐに証明される。

 裁判官による黙秘権告知の後の罪状認否で、野村はこう述べた。


「(間違い)ありません」


 初老の弁護士も、裁判から意見を尋ねられ、「被告人と同様、間違いありません」と答えた。

 弁護士の声は、一度だけ電話で話した際の人物のものと同じだ。

 ただ、橋本と野村に対する検察の扱いの違いは、別にも大きな理由があるのだと、審理が進んで複数回の期日を経てから分かる。


 検事の冒頭陳述によれば、野村は大学を卒業後、さまざまな商売を手掛け、四件の前科を有する。直近の物では二〇一七(平成二十九)年に賭博(とばく)の罪で罰金十万円の判決が確定している。

 常習賭博(刑法一八六条)、賭博開帳(同)には罰金刑がなく、懲役刑(当時)のみ。逆に、単純賭博(刑法一八五条)には懲役刑がなく、罰金刑のみ。

 だから、野村の「直近の前科」は、常習賭博や賭博開帳に比べれば軽い単純賭博だったと考えられる。

 青葉署の留置施設で野村は、長野で冬期オリンピックがあった四半世紀前に、詐欺罪での逮捕、勾留、執行猶予付き有罪判決確定歴があると言っていた。前科四犯のうち直近の単純賭博を除く三犯のどれかがこの詐欺罪に該当。直近の単純賭博など四半世紀前の詐欺罪を除く三つの案件では身柄を拘束されなかったと考えれば、辻褄は合う。


 検事の冒頭陳述は、事件の概要について、橋本の公判の際より詳細だ。

 共犯者のブンキョーが営んでいたのはホテルの客室清掃などを請け負う会社で、社会保険労務士ウエノの発案で、大規模工事の受注をでっち上げ、実態のない作業員リストを野村が作成するなどの役割分担があった。

 厚生労働省の出先機関である神奈川労働局、大阪労働局に、ブンキョーの会社や、自らと橋本で共同経営する新聞販売店の従業員を休業させたと、すでに起訴されている分だけで計七回虚偽申請し、新型コロナウイルス感染症に関する国の特例措置である雇用調整助成金を数億円単位でだまし取った。


「すべて、同意いたします」


 冒頭陳述の内容を示する証拠の裁判所への提出に、弁護人弁護士はそう述べ応じた。


「採用します」


 裁判が認め、証拠書類がつづられていると見られるファイルを、書記官が検事から受け取り、法壇の裁判官と、検事の向かい側の席の弁護士に手渡す。

 かつて新聞記者としておれが日常的に公判を傍聴取材していたころは、法廷内に裁判所職員である「廷吏(ていり)」がいて、これら書類の受け渡しは、廷吏の仕事だった。「ご起立願います」の発声も、廷吏がしていた。

 裁判所のリストラのためであろう、今や書記官がワンマンでやらされている。

 被告人が暴れだす恐れがあるとか、検察側証人として被害関係者を出廷させるとかの事情がある場合に限り、書記官以外にも補助のための裁判所職員が、まれに被告人を連れてくる二人とは別の拘置所刑務官が、法廷内で構えている。


 この日の審理はそこまでで、橋本同様、その月の下旬に追起訴の予定があることを検事が述べた。次回期日は、橋本より一週間早い十一月二十九日が指定された。


「それでは、閉廷します」


 開廷時と同じように立ち上がり、おれは礼のふりだけして、今度はそのまま座り込まず、野村が再び手錠を打たれ制服姿と私服姿の警察官二人に連れられ出ていく後ろ姿を見送る。


 野村は扉のある壁側を向く前にほんの一瞬だけ体をねじり傍聴席側に上半身を向け、おれに会釈した。おれが会釈を返した時には野村の後ろ姿しか見えず、野村はそのまま扉の向こう側に消えた。

 おれは、反対側の扉から法廷の外に出て、庁舎十一階にある「刑事部刑事訟廷庶務係」にエレベーターで向かった。共犯者として名が挙がっている会社経営者ブンキョーと、社会保険労務士ウエノに関する情報収集のためだ。


(「弐拾肆の6 うそをつかない詐欺師のうそ」に続く)

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