拾玖の7 ごくの付かないまれ
「ーー一。わたしは威力業妨害の容疑で八月九日、神奈川県青葉警察署に通常逮捕されーー」
捜査機関お決まりの、取調官が作成しているのに被疑者の一人称による独白風で調書が作成される。
勾留請求をした若く美しい清楚な「日直」女性検事による聴取の際と同じように、事務官がキーボードで打鍵する文書はこちら側を向く液晶画面にも表示される。
「ーーまず、職業についてですがーー」
作家を名乗っていながら定期収入がなく無職と言われても仕方がないことが、微に入り細をうがち、述べ立てられる。
「ーー二。事件当日のことについてお話しします。今年の二月三日午後一時ごろに、株式会社スーパー三和奈良北店で、わたしが、レジ係の女性に対して、買い物かごを手でたたいたり、レジ台の脇を足で蹴ったりしたことは間違いありませんーー」
オオタケは、自ら書き付けた手元のメモに時折、眼を落とすが、ほとんど、おれたちの業界でいうところの「勧進帳」で諳んじて、能面の事務官に口伝えしていく。
手元のメモに眼を落とす以外は、能面事務官が打ち込むパソコンの、おれからも見える液晶画面を眺めている。
「ーーわたしは、逮捕された時、覚えていること、覚えていないことがあり、わたしの記憶に基づいてお話しをしてきました。先日、刑事さんの取り調べで、当日の防犯カメラの映像を見せてもらいましたーー」
青葉署刑事課強行犯係巡査長、ピロシキ田中のことをオオタケは、「刑事さん」と表現する。たいがいの被疑者にとって、それが分かりやすいのだろう。
おれたちは警察の刑事部門の勤務員を、テレビドラマなどフィクション作品のように「刑事」とは呼ばない。警察組織における部署名や、裁判における民事との区別、さらに、裁判所組織における担当部署名でまれに、この単語だけで独立させて口にする。
「ーーこれを見ると、わたしが忘れていたことや記憶違いをしていた部分があったことが分かりました。いくつかの点で相違がありましたが、わたしの記憶として、わたしのことを待たせているレジ係の女性に対して、わたしの対応をしようとしないので、この会計どうなってるんだ、という気持ちで、わたしの会計を進めてほしくて、かごをたたいたり、実際に多少大きな声で、『どうなってるんだ』とレジ係の女性に対し言いました。そして、いったんレジを離れた後、わたしは、再度レジの辺りに戻り、レジ台の脇を一回蹴りました。この時は、レジ係の女性になにか言われたような気がして、『騒ぐな、静かにしろ』と女性に伝えーー」
「ーーちょっと待ってください」
「なんだ」
「『騒ぐな、静かにしろ』うんぬん。ぼくのせりふですか?」
「そうだよ。そうだろ?」
「その表現だと、警察と検察が最初に言っててぼくがいずれも否認した、『騒乱』とか『喧噪』とかを、ぼくは認めたことになってしまいます。騒乱とか喧噪とかの場面をぼくは見ても聴いてもいませんし、実際にそんなせりふを吐いてもいません」
「だけど、レジ係の女性の言葉に反応したんだろ?」
「そうですね」
「静かにしろ、じゃないのか」
「静かにさせる目的ではありません」
「なにが目的だ?」
「黙らせること」
「同じじゃないか」
「違いますよ。完全に口を封じる目的です。相手の声の大きさなんか問題にしてません」
「どう表現する?」
「『黙れ』とか。実際にもそう言ってると思います」
「分かった。ーーレジ係の女性になにか言われたような気がして、『黙れ、うるさい』と女性に伝える気持ちでレジ台の脇を蹴りました。その前後で、わたしは、女性と口論のような状態になりました。わたしが覚えているのは、レジ係の女性が、『蹴ることはないじゃないですか』と言った部分です。また、わたしは、どの段階かは定かではないですが、女性とのやり取りの中で、女性の名前を確認しました。女性の胸元に付いているネームプレートに『ほづみ』と書かれていたので、わたしは、相手の女性に、『あんたの名前は、ほづみでいいんだな』と確認しましたーー」
「……」
「続けるぞ。ーー三。検事から、防犯カメラの映像を再度確認してほしいと言われましたので確認します。防犯カメラ映像、かっこ、令和五年五月二十二日神奈川県青葉警察署司法警察員巡査古賀××領置にかかるUSBメモリー、かっこ、同年二月三日防犯カメラ映像、かっこ閉じ、に保存されたデータ、かっこ閉じをパソコンで再生し、供述人に示したーー」
「……」
「ーー今、見せてもらったのは、当日のレジ付近での映像を映した動画だということが分かりました。防犯カメラの流れでは、わたしがレジ前に立つ、レジ係の女性がほかの仕事をしていて、隣のレジに行ったり、レジの横に付いている電話をしたりしている。しばらく待たされて、わたしの買い物かごの商品をレジ係の女性が清算し始める。女性がまた電話を始める。わたしがクレジットカードのようなものをレジ台にたたきつける。私が買い物かごを一回たたく。女性がわたしの方に振り返る。わたしが買い物かごをもう一回たたき、かごが床に落ちる。わたしが一回レジ台から離れ、また戻ってきて、レジ台の脇を蹴る。女性とわたしが口論のような状態になるーー」
「……」
「ーーという状況が確認できました。わたしが客観的に行ったことは、この防犯カメラに記録されたことが正しいと思います。わたし自身、これまでにも頻繁に今回と同じような行為をしておりーー」
「ーーちょっと、ちょっと待って。待ってください」
おれは、あきれさせられた。
「なんだよ」
「『これまでにも頻繁に今回と同じような行為を』うんぬんって、なんですか」
「違うの?」
「個人によって捉え方や尺度は異なると思うんですけどね。検事さん、『頻繁に』ってどういう頻度をイメージされてます?」
「日常的に」
「日常的にぼくが今回と同じような問題を起こしてるってことですか?」
「さっき、そう供述したじゃないの。店で大声を出したり暴れたりして営業を妨害してるんだろ?」
「相手によってはまれにあるって供述したんじゃないですか。店舗とは限らないとも、逆に、ぼくが自分の商売で関わる相手にはそういう連中がいないからこういう問題には発展しないとも、お話ししたじゃないですか」
「…まれに? ごくまれに?」
「これも言葉の印象が受け止め方によって異なるでしょうが、『ごく』の付かない『まれに』って程度でしょうかねえ」
「分かった。ーーわたし自身、まれに、わたしが消費者として関わる事業者に対して意見の相違があって、議論になったり、強い口調で話をすることがありますが、今回のように、店の人を驚かすような暴力的な行為をした経験はありません」
頻繁にとか日常的にとはオオタケが言っているのは、UR都市機構関連との問題を指しているのは間違いない。スーパー三和に連続する三和本社や顧問弁護士との問題も、含むかもしれない。それらをどう扱うか。
ここまでの調書の限りでは、触れないようだ。知らぬ存ぜぬで、オオタケは通すつもりなのか。あるいは、余罪として、別件再逮捕・勾留を繰り返すか。
オオタケの、検察の狙いは、落としどころは、まだ分からない。
(「拾玖の8 専門家のわたしがそう言ってる」に続く)




