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拾玖の6 これでは聴取を終えられない

「それで、この事件の被害者に対し、どう思ってるの?」

「被害者とは?」

「レジ係の女性とか、それ以外の三和の従業員とか」

「間抜けだな、頭が悪いなあ、社会性を欠いてるなあ、客層が貧乏人ばかりだから、彼らも貧乏なんだろうなあーー」

「ーー反省の意思はないのか?」

「反省はしてますよ」

「そういう態度じゃないじゃないか」

「自分の行為を反省してるんですよ。こういう、間抜けで頭が悪くて社会性を欠いて貧乏な連中を相手にしてしまったって。無駄な時間を使ってしまった、無駄に身柄を拘束されてしまった」

「謝罪の意思はないのか?」

「誰に対するですか?」

「さっき言った、レジ係の女性とか、それ以外の三和の従業員だよ」

「ぼくは一切ありません。彼らのぼくに対する謝罪をぼくが受け入れるかどうかは、その内容次第ですね」

「あんたは犯罪者なんだぞ。逮捕、勾留されてるんだぞ。裁判所がそれを認めてるんだぞ」

「あれ? 裁判所はそんなの、認めてませんよ。犯罪に該当するかどうか、検事さんたちが捜査するに当たり、在宅のままだと都合が悪いっていう検事さんたちの意をくみ、身柄を拘束することを認めてるんです。違いますか? そうでしょ?」


 三和の社長個人宅や三和本社にテナント出店する家電店、三和顧問弁護士の所属法律事務所が入居する別事業所に拡大してアスキーアートを郵便受けに投函したり送り付けたりしたことに話が及んだら、今回の一件に関係ない対象にまで手を広げたことについて、社長家族を含む相手への謝罪の意思を示そうと思った。

 前回の取り調べで検事、鈴木陽子に聴取された内容から判断して、検察はそこまで追及してくる可能性が高い。国選弁護人弁護士も、そう捉えている。そして、弁護士もおれも、検察は三和問題だけでなくUR都市機構問題まで手を広げると想定している。

 なぜなら、検事の法曹仲間である三和顧問弁護士を、からかったからだ。顧問弁護士なんてなんの役にも立たないのだと、依頼主(クライアント)である三和に悟らせたからだ。顧問弁護士、藤間崇史の無能ぶりを三和に見せつけ、藤間のプライドをずたずたに傷つけ切り裂いたからだ。


「これじゃあ終わらんぞ」

「なにがですか」

「調べだ」

「そうですか。では、ずっと続けましょう」


 警察で調書を巻かれていない部分にまで検察は踏み込むのか、そっちが検察にとってむしろ本筋であるのか、おれは探らなければならない。

 今後の身の振り方のためだ。


「なにをだ?」

「調べですよ。検事さん、今そうおっしゃったじゃないですか」

「…いつもこうなのか?」

「こうとは?」

「二月三日のスーパー三和に対する件」


 オオタケが言いたかったのは、そうではないはずだ。いつも捜査機関の調べに対しこう反抗的なのか、理屈をこねるのか、という意味のはずだ。

 しかし、それを口にすると、被疑者の言動に振り回されている、扱いに手をこまねいているのだと、聴取の相手である被疑者、つまりおれに、悟らせてしまう。


「相手によっては、まれにありますね」

「店で大声を出したり暴れたりして、営業を妨害してるってことだな」

「店とは限りませんよ。それから、ぼくの商売(ビジネス)で取り引きがある相手には、そんなことはしませんねえ。彼らは、間抜けでも、頭が悪くも、社会性を欠いても、貧乏でもないから。もしそういう一面が見て取れるようになったら、そういう連中とは付き合いをやめます。関わりません」

「どういう相手に対して、大声を出したり営業を妨害したりするんだ?」

「実際の店舗かどうか、店舗が存在するかどうかに関わらず、例えばぼくが消費者としてかかわる相手」


 居住する団地の「家主」であるUR都市機構のことも含めて言っている。


「そういう相手にも、今回の三和に対するのと同じようなことをするのか?」

「しませんねえ。三和ほどふざけた相手には、めったにまみえない」


 実際には、甲乙つけがたいふざけ具合のUR都市機構との間で、並行して同じような問題を抱えている。


「あんたは悪くないと言うのか?」

「水掛け論ですね。先に吹っ掛けてきたのは三和側。ぼくは、それに応じてるんです。もっと強い姿勢で応じるべきでしたね。そうすれば、相手もあんなふざけたことはしなかったかもしれない。あきらめたかもしれない」

「先にってなんだ。ずっと以前から、三和を付け狙ってたってことか?」


 勾留請求した若く美しい清楚な「日直」検事が、かねてより株式会社三和の営業を妨害しようと企てうんぬん警察の調べでは出てこない表現を使っていた。企ててなどいないと、おれは否定した。

 オオタケは、そのことを言っているのだ。


「先ほどお話しした通り、いろいろと問題があるスーパーだとは、以前からずっと見てました。ですが、そのことでなにか行動を起こそうと思ったことはありませんし、起こしてもいません。『衛生』問題に関しても、どこかの誰かに指摘したことも通告したこともありません。ですが…」

 これまで念頭になかったことを口に出すから、発言に慎重を期す。

「…ですが、従前の問題を目にしてなかったら、接していなかったら、今回のレジ打ち問題が発生しても、あそこまで憤ることはなかったかもしれません。あれほどひどく怒りをぶつけることは、なかったかもしれません」


 言ってみて、自分で納得した。

 その通りだ。スーパー三和に対する鬱積(うっせき)や不信感の滞留に、レジ打ち問題で火が付いた、トリガーが引かれたのだ。


 だとすれば、「ほづみ」の名札を付けたレジ打ち店員は、雇用主であるスーパー三和あるいは株式会社三和から、本人や店、会社側にそういう意思や認識があったかなかったかは別にして、結果的には、生贄(いけにえ)にされた、スケープゴートだった、人身御供として立たされたということなのかもしれない。


「じゃあ検事さん、こういうのはどうですかーー」

 ふて腐れるオオタケに、提案してみる。

「ーーこの映像を見ると、ぼくが『レジ台』を蹴ったことで、店員の女性が肩をすくめるような仕草をしているのが分かります。一瞬ですが、おびえたようにも見える」

 あくまでも「一瞬」だ。その前も後も、おれと相手はののしり合っている。

 うんうんと、オオタケは身を乗り出し聴き入る。

「ぼくは男で、体格も、この女性に比べれば大きい。ですから、この女性は、その瞬間は怖い思いをしたかもしれない。そのこと、つまり、そういう思いをさせてしまったことについては、ぼくは反省しているし、申し訳なく思うーーと」

「そうだよ。最初からそう言えばいいんだよ」


 折衷案のようなおれのプレゼンに、オオタケは乗った。

 これに乗らなければ、オオタケ自身が脅しの材料として言うように、おれに対する聴取を終えられない。そのことは、オオタケ自身も時間的、手間的に避けたい。

 横浜地裁が認めた勾留延長は、十日間の期限のうちすでに八日目。青葉署刑事課強行犯係巡査長、ピロシキ田中が存在を認める、この事件の「続き」を立件するにしても、「続き」に至る前の部分に関しては、「続き」ではない事件に対し裁判所が認める勾留期限で片を付けたいはずだ。


口授(くじゅ)っ!」


 オオタケが言い放つ。

 それまで能面でじっとしていた若い男の検察事務官が、能面のままやおら上半身を動かし、パソコンのキーを、能面のままたたき始めた。


(「拾玖の7 ごくの付かないまれ」に続く)

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