拾玖の5 中身がどうなったかなんて知らない
「当日のことを、順を追って聴いていく。まず、これまでの警察、検察での取り調べで供述した内容に、間違いはないな」
「発生から時間が経ってるんで、それを思い出しながら供述してて、覚えていないこともあります。調べを受けながら、そのやり取りの中で思い出したこともあります。ですから、調書の供述内容は変遷してるはずです」
「防犯カメラの映像は、警察で見たね」
「見ました」
「その映像を見て供述内容を変えたことは?」
「覚えてないことのほとんどは、映像を見ても思い出せません。ただ、それはぼくの記憶の問題でしょうから、映ってることが事実ですね」
「例えばどんなことが思い出せない?」
「クレジットカードのようなものを、ぼくがカウンター状の天板にたたきつけているように見えること。そのカードのようなものが天板を滑ってぼくの足元に落下し、それをぼくがかがんで自分の手で拾い上げてること」
「ほかには?」
「時系列が前後しますが記憶と違ってることがいくつかあって、レジ打ちの店員がレジカウンターの囲いを離れた回数と、傍らの固定電話の受話器を上げた回数。それから、ぼくがかごを手で払った回数」
「かごをたたいたことは間違いない?」
「間違いありません。それは映像を見る前から記憶にあります」
「なぜたたいた?」
「店員がレジ打ちの作業をしないからですよ。作業を何度も止めるからですよ。作業が進まないから、会計が、支払いができないからですよ。作業を催促するためです」
「口で言えばいいじゃないか」
「何度も言ってます。言っても言っても応じない。聴く耳を持たない。怒鳴っても通じない。こちらに目を合わそうとさえしない」
「そのレジで、あんたの前に客が並んでなかったのは認識してるね」
「記憶はあいまいですが、防犯カメラの映像ではそういう状態ですね」
「つまりあんたは、レジ打ちの作業をしていないレジに強引に入り込んだんだよ」
「だったら、レジを閉じればいいじゃないですか。《CLOSED》の札を置くとか物理的になにかで遮蔽するとか、どんな店でもやってるじゃないですか」
「そんなことは、あんたの自分勝手な見方だ」
「店員は実際に、レジ打ちを開始してるんですよ。レジ打ちの作業をしてないレジにぼくが強引に入り込んだというのなら、『ここでは作業をしていない』って言って、対応を拒否するなり、別のレジに誘導するなりすればいいじゃないですか」
「それも、あんたの勝手な言い草だ」
「レジ打ちがスタートしたら、引き続きそこでレジ打ちが継続され精算、支払いに至るものだという捉え方も、ぼくの勝手な考えですか」
「そう。あんたの妄想。あんたの妄想は、法治国家じゃ通用しない」
「……」
「レジ台を蹴ったね」
「あそこを『レジ台』と表現するのは抵抗があります」
「じゃあなんて表現する?」
「最新の司法警察員面前調書では、什器と供述しました」
「はっ。そんなまやかし、通用しない」
「では、検事さんの表現で、あそこをなんと言いますか?」
「レジ台」
「検事さんがあそこをレジ台と認定したということでいいですね?」
「日本中の誰もがそう言う」
「検事さん。検事さんご自身が、取り調べのこの場でそう認定してください。『あそこはレジ台と言うのだ』と検事さんに認定していただければ、ぼくは、『レジ台を蹴った』と供述できます」
「わたしが認定した。あそこはレジ台」
「分かりました。『レジ台』を蹴りました」
「なぜ蹴った?」
「口論の末です」
「それで口論は収まるのか?」
「風向きは変わりました」
「風向きを変えるために蹴ったのか?」
「黙らせるためですよ」
「誰を」
「レジ打ち店員を」
「それで黙ったか?」
「黙りませんね。その辺の記憶もあいまいだったんですが、警察で調べを受けてて思い出しました。映像を見せられるより前のことです」
「あいまいだったどんな記憶を思い出した?」
「『蹴ることはないでしょう』だったか、『蹴らなくてもいいじゃないですか』だったか、検事さんが認定した『レジ台』をぼくが蹴ったことをレジ打ち店員から非難されてます。その前後関係があいまいで、蹴る前だと記憶してたんですが、蹴ったことを非難してるわけですから、実際は蹴った後ですね。つまり、蹴った後もレジ打ち店員は応戦態勢だったということです」
「ほかに口論の内容で覚えているのは?」
「口汚くののしり合ってるんですが、お互いの具体的な言葉遣いまでは覚えていません。ぼくが相手の胸のネームプレート見て、『あんた、ほづみさんでいいんだな』と言って、相手が『そうですよ』と挑発するように胸を張って見せて、というやり取りは覚えてます」
「蹴ったことを非難された内容を特に覚えてるのはなぜだ?」
「三和の顧問弁護士から送られてきた文書だったと思うんですが、ぼくが『レジ台』を蹴ったことを執拗に責め立てる内容が述べられてたんで、その周辺のやり取りの記憶が強く脳に刻まれてるんでしょう」
「ネームプレートで胸を張ってっていう状況を覚えてるのはなぜ?」
「名前とセットで覚えてるからでしょうね」
「これから、防犯カメラの映像を見てもらう。ここに映し出す」
検事はパソコンの液晶画面を示す。
終戦記念日の取り調べで青葉署刑事課強行犯係巡査長、ピロシキ田中に見せられたのと同じ内容だ。
「ここであんたがレジ前に立つ。レジ係の女性がほかの仕事をしていて、隣のレジに行ったり、レジ横に設置されてる電話を操作したりする。あんたはしばらく待たされて、買い物かごの商品をレジ係の女性が清算しはじめる。女性がまた電話を始める。あんたが、クレジットカードのようなものをレジ台にたたきつける。あんたが、買い物かごを一回たたく。電話をしていた女性が、あんたの方に振り返る。あんたが買い物かごをもう一回たたき、かごが床に落ちる。あんたが一回レジから離れ、また戻ってきて、レジ台の脇を蹴る。女性とあんたが、口論のような状態になるーー」
時間にして三、四分の映像を、無声映画時代の活弁士のように、オオタケが解説する。
「ーーこの流れで間違いないね?」
「映像の通りなんですが、ぼくが手で払ったかごに入ってた、ぼくが買おうとした商品は、どうなったんですか?」
おれの足元に落下したのは商品を取り出し空になったかごだ。おれが手で払ったのは、レジ係「ほづみ」が商品を移した先のかごだ。
二つのかごは別物。おれが手で払ったかごは落ちていない。玉突き状態で、別のかごが押されて落ちている。
「そんなことは知らん。事件に関係ない。どっかその辺に散らばったんだろ」
「どっかその辺にって…散らばったんだろって…」
オオタケは、前回の検事、鈴木陽子と同じように、綴じられていない紙の束に、時折なにかを書き付ける。
おれの斜め左前、つまりオオタケの斜め右前の若い男性事務官は、能面のような無表情で、自身の卓上のパソコン画面を見つめている。キーボード操作をしているようには見えない。
(「拾玖の6 これでは聴取を終えられない」に続く)




