拾玖の4 黒い赤ちゃん、白いミルク
妊娠中の母親が経口摂取したことによる食中毒が胎児に甚大な被害を及ぼした「カネミ油症事件」は、水俣病よりずっと新しい。
福岡県北九州市に本社を置く「カネミ倉庫」は、精米所として事業スタートした。精米の副産物であるコメ生ぬかを活用し、コメ油の工業的生産に日本で初めて成功。一九六一(昭和三十六)年より、食用コメ油を製造する。
その製造過程で、脱臭のために熱媒体として使用されていたポリ塩化ビフェニルが、配管作業ミスでパイプ部から漏れて混入。加熱され猛毒ダイオキシンに変化した。このダイオキシンを、油を通し摂取した人々が、顔面などへの色素沈着や、塩素挫瘡など肌の異常、頭痛、手足のしびれ、肝機能障害などに見舞われる。
妊娠していた女性患者から全身が真っ黒の赤ちゃんが産まれ、二週間ほどで死亡するというショッキングな事件が連続した。実態が詳らかにされるのは、一九六八(昭和四十三)年末のことだ。
その年の初めには、兆しがあった。
九州など西日本で四十九万羽のニワトリのひなが大量死。カネミ倉庫製造の油を含む配合飼料が原因と判明した。この時点で、同社は製品である油にポリ塩化ビフェニルが混入したと認識していたにも関わらず、食品衛生上の措置が取られなかった。配合飼料によるニワトリのひな大量死は農林水産省、食品衛生は厚生省(当時)と所管が「縦割り」だからだ。そのため、被害は拡大した。
全国でおよそ一万四千人が被害を訴えたが、認定患者はそのうち五パーセント程度。認定患者、非認定者とも相当数がすでに死亡している。
それよりさかのぼり、一九五五(昭和三十)年に「森永乳業」徳島工場が製造した缶入り粉ミルクの製造過程で用いられた「第二燐酸ソーダ」に多量のヒ素が含まれていたため、これを飲んだ乳児一万三千人が神経障害、臓器障害などのヒ素中毒に陥り、百三十人以上の死者を出した。
問題の第二燐酸ソーダは外部業者が徳島工場に納入した食用に適さない工業用の粗悪品で、徳島工場は、検査を怠りそのまま使用した。産業育成政策や高度経済成長が最優先される時代で、患者の救済措置は不十分なまま歳月が徒過した。
森永乳業とそれに追随する政府によって活動を抑え込まれた被害者と親の会は、大阪大医学部教授と門下生らによる、被害者が義務教育を修了する中学卒業までに追跡調査を敢行するとの熱意に押され、再結集。刑事、民事双方の裁判闘争と、森永乳業製品の不買運動が進んだ。
民事訴訟では森永乳業側が、第二燐酸ソーダの納入業者を信用していたので自分たちに注意義務はないと主張。一方、工業用第二燐酸ソーダの納入業者は、まさか食品に工業用の薬品を使用するとは思わなかったと証言するなど、ちぐはぐさが露呈した。
刑事訴訟は起訴された当時の工場長、製造課長とも一審で無罪とされたが、控訴審における差し戻し、最高裁による控訴審判決の支持を経て、徳島地裁が一九七三(昭和四十八)年、森永側の刑事責任を認め、元製造課長に禁固三年の実刑判決を言い渡し、刑が確定した。
実刑判決直後、被害者団体と国、森永乳業の三者による「確認書」が締結され、被害者を恒久救済することで合意し、森永乳業は救済資金を拠出することを約束。救済事業はその後も安定して続いている。
しかし、事件から七十年経った今でも民事訴訟は散発的に提起されている。乳児の時に脳性まひになった大阪の女性が、救済事業で受け取る手当てでは不十分だとして五千五百万円の賠償を求めた裁判で、大阪地裁は二〇二五(令和七)年四月、「賠償を請求できる期間を被害の発生から二十年までと定めた『除斥期間』を過ぎている」とする森永乳業側の主張を聴き入れ、女性の訴えを退けた。
森永乳業ヒ素ミルク事件は尾を引き、一九八四(昭和五十九)年発生した未解決の「グリコ・森永事件」では、「かい人21面相」を名乗る真犯人と見られる差し出し人が報道機関に宛てたタイプライター文字の犯行声明文の一部に、こう記載されていた。
《森永 まえに ひそで どくの こわさ よお わかっとるや ないか》
グループ会社の森永製菓を狙った背景に、森永乳業ヒ素ミルク事件があったとほのめかす内容だ。
また、一九九八(平成十)年、地区の夏祭りでカレーを食べた六十七人が中毒症状を起こしうち四人が死亡した和歌山県の事件で混入されたと見られ、ヒ素が改めて注目される結果を招いた。
「エイズやら肝炎やらのウイルスに汚染された血液製剤の問題もそうです。投与されて感染すると、子どもに垂直感染します」
「だから、そういう問題のあるものを摂取しなきゃいいじゃないか」
「検事さんーー」
「うん」
「ーーお子さんをお持ちになれば、分かります。育児のご経験を積めば、検事さんもきっと、お分かりになります」
「……」
オオタケは、大きな右手のひらで、自身の左手の甲を隠した。
隠した左手薬指に、金色の細いリングがはまっているのを、対面した最初の時点でおれは視認している。
「新型コロナウイルスのワクチンを、ぼくは率先して打ってもらってます」
「……」
「死亡例も報告されてる重大な副作用に見舞われるのは、なにも怖くありません。それより、ウイルスに感染して発症して苦しむことの方が怖い。それを防ぐのが第一です。二番目は、自身が感染経路とならないためです」
「……」
「自分のためですよ。そして、集団の防疫のためですよ」
「……」
「ですが、子どもたち…年少者や、子どもを産み育てる若い親たちには、接種に対し慎重になってほしい。副作用のリスクを考えてほしい。ぼくも今そういう年ごろだったら、接種をためらうでしょう」
「……」
荒唐無稽な「コロナワクチン陰謀論」は実は、それ自体が官製の陰謀だ。つまり、官製「コロナワクチン陰謀論」陰謀説。
国は、厚生労働省は、能動的かつ積極的にか、受動的かつ消極的にか、微妙な線は測りかねるが、その両極端を除く中間のどこかの頃合いで、「コロナワクチン陰謀論」を利用している。有効活用している。悪用している。
インフルエンザワクチン集団訴訟の歴史を、納税者、有権者に思い出させたくない。これら薬害や、公害、食品衛生での失態を、記憶から消し去らせたい。闇に葬ったつもりでいるから、それを掘り起こされたくない。寝た子を起こしたくない。
だから、陰謀論を適度に流布させ、問題の根幹を隠し、ごまかし、そのことで、納税者、有権者の判断力を鈍らせる。社会性を喪失させる。正当な批判の矛先をぶれさせる。
こうした為政者のやり口を、法曹かつ役人のオオタケは知っている。
そしてオオタケはきっと、子育ての経験がある。
「自分の実の子のことだけを言ってるんじゃありませんよ。監護下にある子のことだけでもありません」
「……」
「人生が始まったばかりの子どもたちや、これから新たな命を授かるべき世代の将来を、ぼくは奪えません」
「……」
「そういう前途が明るいはずの彼ら彼女らに、三和で売ってる物は、食べさせられません。飲ませられません。肌に着けさせられません。ぼくのような世代の連中を除く誰かへの贈答用にも、使わせられません」
「……」
「サリドマイドを服用させられません、ヒ素入りミルクを飲ませられません、水銀まみれの魚を食べさせられませんーー」
「ーーもういい」
「ご理解いただけたということですね」
理解できていなければ、まだまだ続けるつもりでいた。
「コンビニよりスーパーの方が、品ぞろえもいいし、売ってる物はたいがい安いしね」
見当外れなことを、オオタケは言う。つまり、おれの弁舌を十分に理解できたということだ。納得したということだ。
そして、反論の余地もないということだ。
(「拾玖の5 中身がどうなったかなんて知らない」に続く)




