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Dominions  作者: 赤秋の寒天男
【第一章】煙炎漲 編
8/10

【八話】ひ・み・つ

 子供たちを寝かせたあと、彼女はいつも二階へ行く。

 孤児院の女主人にもひとりの時間が必要なのだ。

 それで鼻歌を歌いながら趣味に没頭していると、いつの間にか夜が更けてしまうなんてことも。

 翌日のウトウトしているモザイクの姿は、教会を訪れた人たちの間で密かに評判になっている。

「モザイクさ~~~ん!」

「なにかお困りごとですか?」

「二階に行っても良いですか~~~?」

 階段のほうから声が響いてくる。

 男の声だ。

 明るくて優しい性格がにじみ出ているようだった。

 子供たちを起こしてしまいそうなレベルの声量なのが少し気になったが。

「わざわざ聞く必要はございません。もう浅からぬ仲なのですから」

「でもモザイクさんにだってプライベートな時間は要るっしょ?」

「そう言いながらも遠慮がありませんね」

 男は女の隣にどかっと座り込み、ゆっくりと息を吐くと、この前もらった小説をペラペラとめくって途中から読み始めた。

 そこからは互いに関心を持ったり、話したりせず静かな時間だけが流れた。

 モザイクは不思議なことに傘を手作りしていたので、バクが少しは面白がって、からかってくれるんじゃないかと期待していた。

 だって傘を作る人間なんていないのだから。

 手編みや日曜大工ならまだしも、傘を作る意味なんて──

「──では、なぜ私の隣に?」

「近くに来なきゃ分からないこともあるだろ?」

 夜闇の中、バクはモザイクのそばに寄ってみた。

 小説もちょうどキリの良いところまで読めた。

 ページを適当に折って、続きはまた今度。

「バク様、お話をしませんか」

 近くに行って初めて、彼女が腕をまくっていることに気づいた。

 手に持った作りかけの傘ではなく、こちらを見つめていることも。




 人間は「隠す」生き物だ。

 よく隠すし、隠すのが本当にうまい。

 彼らは社会の中でアイコンとして生きている。

 それぞれ身分を持っている。

 学生、社会人、主婦……。

 その誰もが、まるで最初からそうであったかのように、身分に合った振る舞いを心掛けている。

 勉強、仕事、家事……。

 身分にそぐわない選択肢は取らない。

 たとえば学生について考えてみよう。

 彼らは下から数えたほうが早い成績を取ることが絶対的な悪だと思っている。

 両親からの影響か、それとも教師か。

 どちらにせよ赤点を取れば「まずい」と大半が思う。

 本心では勉強をしたくないと思っているにも拘わらず、家に帰ると机に向かうフリをしてみたり、真面目に塾へ通ったりする。

 そしていつもの電車に乗らず、学校をサボろうだなんて考えない。

 弱さを隠す。

「オレ、昨日シュウさんから怒られた」

「理由を聞いても?」

「遅刻しまくりなんだ。キンム時間が足りないって言われた。給料減るって」

 弱さを見せても良いのは限られた人間だけだ。

 それは必ずしも親族や友達なんかではない。

 人生にはほんの一瞬、弱みを見せたとしてもこの人は自分のことを淘汰しないだろう、と本能的にわかる瞬間がある。

 話しているとき。

 食べているとき。

 働いているとき。

 予期せぬ瞬間に通じ合う。

 しかしまず知っておいてほしいのは「基本的に弱点はさらけ出すべきではない」という自然の摂理があるということだ。

 いまはそれを超越した、人間特有の情感について話している。




 某ビルディングの中腹。

 割れた窓に立つフェルニゲシュ──と思われる黒人が、ホバリングするガブリエルと相対していた。

「これまで長い道のりだった。我々が活動を始めた頃は──」

「昔話の前にひとつ聞かせてくれ。君はフェルニゲシュなのかい?」

「ああ、間違いなくな」

「じゃあ同情することはなにもない」

「ふん、だが生憎ワタシは話したがりだ。少し語らいに付き合ってもらおうか」

 彼は背後にいる高官に武器を向けた。

 大きな、大きな、ただの掌だった。

 それだけでも脅迫は成立していた。

「さて、なにから話そうか。フェルニゲシュという名前の由来か、それとも殺した人間の正確な数か……」

「長くなる?」

「退屈させない程度にな」

「じゃあそこにあるガラスまみれのソファに座らせてよ。立つのは嫌だろ」

「変わった奴だ」

 二人は大きなテーブル越しに向き合った。

 そしてリラックスした表情で会話を始めた。

 互いのちょうど間に、いまにも泣き出しそうな高官を寝かせたまま。




 隠す話に戻ろう。

 人間はなんでも隠したがる。

 恥ずかしいことも、恥ずかしくないことも。

 そうすることが利益と生存に繋がると信じている。

 つまり「隠さない」というのはよっぽど強い自信を持っているか、繋がりを構築するための材料にしたいのか、単純にバカってだけだ。

 自分をひけらかすなんて、なにを考えているか分かったものではない。

「怒られたのなら、改善しなければなりませんね」

「そうか?」

「規則ですから。バク様の身分を守るためにも、まずは早起きを心掛けてはいかがでしょう」

 隠していると安心する。

 生きていけてるって思う。

 生き物として当然のことだ。

「子供たちと一緒の時間に起きて、たまにはマトモに朝飯を食うかぁ~」

「それが賢明です」

 もちろん二人もたくさんのことを隠している。

 隠した上で「バク」として、そして「モザイク」として違和感なく立ち回っている。

 とっても大人だ。

 こうするのが大人なのだ。

「ちなみにオレさ、子供のころに人間を喰ってたんだ」

「正当な理由さえあれば仕方ないこともありますよ」

「じゃあ竜巻をこれ見よがしに成長させてるのも、なにか理由があるのか?」

「意外とあるかもしれませんよ?」

 バクはまた本を読み始めた。

 モザイクも作業を再開した。

 それ以外、なにもしない。

 余計な詮索も、秘密を知ってしまった者の排除も。

 隠されていた秘密を知ってしまったら、やるべきことはひとつ。

 その者もまた必死に隠して、匿って、なかったことにするのだ。

 いまある日常を壊してしまわないために。




 フェルニゲシュ。

 旧大陸のヨーロッパ南方で生まれた。

 父親はドラッグで狂い死に、母親はバーから帰ってこなかった。

 天変地異が起きたとき、偶然にもアナスタシス島行きの船に乗り込み、その大して価値があるわけでもない命を今日まで繋いできた。

「すぐに感染した。そして地獄のような夢を見た」

「ふぅん」

 ドミニオンズは悪夢を見る。

 死の直前、深層心理が反映されたものが走馬灯のように流れていくのだ。

 フェルニゲシュの場合、死んだ両親と再会した。

 紫色に腫れた目玉を頬にぶら下げた父親が、割れたビール瓶を振りかざしてきた。

 知らない男に犯されている母親が、年齢不相応のドレスを着て胸を揺らしていた。

 それだけではない。

 人魂が浮かぶ川の向こうで、今まで関わってきた者たちが醜悪な姿を晒しているのが見えた。

 かつて同じ船に乗り合わせた孤児。

 アナスタシス島で金欲しさに殺した資産家。

 ドミニオンズは危険だ、と銃を向けてきた警察官。

 みんなドロドロのゾンビになって土に還っていった。

 河原の砂利の間に落ちた目玉が、いつまで経ってもギョロギョロとフナムシのように蠢いている。

 髪の毛も永遠に朽ちることなく、川の流れを真っ黒に染めている。

 そして亡くなったはずの彼らの声がいつまでも向こう岸から響いてくる。

「こんなことを言って、キミは信じるだろうか」

「ドミニオンズがいる世界だよ。大抵のことは信じるさ」

「……ワタシには死者の魂が見える。死者の声が聞こえる。死者が背中に憑いている」

「それは能力のほう? それとも精神病?」

 本来いないはずのものが視えて、聴こえる。

 あまり良いことではない。

 それがフェルニゲシュにとっては心地良かった。

 亡くなった両親は自分のことをどう思っていたのだろうか、本当は後悔していたのではないか、と思い悩むのはエネルギーの無駄遣いに思えるからだ。

 その点、地獄から聞こえてくる声はすべて怨嗟。フェルニゲシュだけに向けられている。

 どう足掻いても変えられない事実だから悩まなくて済む。

「ハッハッ、キミは心を病まずに生きている自信があるのか? ずいぶんと見上げたな」

「でも君ほど耳は良くない」

「声に従うのは悪くないぞ。特段、おかしなことも聞こえてこない」

 死者の言葉は二つ。

 ひとつは生者への怨嗟。フェルニゲシュへの恨みだ。

 もうひとつは命令。フェルニゲシュだけが遂行できる。

「『より多くを地獄に引きずり込め』とだけ。ワタシはそれに従い、悪人を地獄へ連れていく」

「……最悪だな」

「巷ではワタシを革命の寵児などと持てはやす者がいるそうだ。ククッ、ずいぶん滑稽な話だと思わないか?」

「それはまあ、結構ウケるよね。単なる人殺しなのに」

「ああ、とても面白い。だがワタシは正義の存在を信じたことなど一度もない」

 フェルニゲシュは白い歯を見せ、ニンマリと笑う。

 自らのスキンヘッドを撫でたり、高官の身体の上でエアピアノなんかやって暇を潰している彼の姿は異常だった。

 言い忘れていたが、この部屋は酷い死臭で満たされている。

 割れた窓から新鮮な空気が入ってきているとはいえ、高官たちは死後もなお嗅覚に訴える形でガブリエルを虐めてくる。

 きっとパーティーでたらふく食っていたのだろう。

 ゲロと格別な料理の香りが混ざって、しばらくはまともに食事できない気がした。

「時にガブリエル、キミには地獄に連れていきたいほど憎んでいる相手はいるかね?」

「ひとりいるね」

「連れていったか?」

「いや、まだ」

「なぜ連れていかない?」

「力が足りないからだ。万能型の僕でも倒せない奴なんだ。お母さんの……仇」

 ガブリエルの視線は重く、下へ、下へと垂れ下がっていく。

 お母さんというのは彼の実母ではない。

 引き取ってくれた人のことを指している。

「手を貸すと言ったら?」

「それ以上に嬉しいことはないだろうね。だって君は強いし、駒として使い捨てようが心が痛まない」

「ハッハッハ! 言ってくれるな」

 睨み合う。

 間に挟まれている高官は思わず身震いをした。

 覇気、貫禄とでも言おうか。

 そういったものが濃く立ち込めていたからだ。

「せっかくだ。こんな風穴を空けた手前、易々と言えたことではないが……ワタシと手を組んでみないか? オマエの気に入らない人間を地獄に連れていってやる」




「私と一緒に、地獄に落ちてくださいませんか?」

「プロポーズとか照れるなぁ」

「これでも本気なんですよ」

 モザイクの声には寂しさが紛れていた。

 人間らしく、がんばって隠そうとしている。

「本気で、憎んでいるんですよ」

「……そっか」

「バク様は普通の人たちを憎いと思ったことがないのですか?」

「あるけど。でもあそこまでやるか?」

 バクは窓の外を指差して言う。

 怒りを体現したような竜巻がいまもなお、沖でゴウゴウと鳴っている。

 あれは声を荒らげているのか。

 それとも泣いているのか。

「どれだけの人間を殺すつもりだ?」

「わかりません。竜巻の進路を塞ぐものはすべてなぎ倒されるでしょう」

「エルピス島は……無事じゃ済まない」

「それはわかっています」

 モザイクの能力があんなに強大だったなんて思いもしなかった。

 実力を隠していたのだろうが、それにしても信じられない。

 あれは後衛型の中でも最上位のパワーと言い切れる。

「一体全体どうやって竜巻をあんな大きさに?」

「私の能力を使ったのですよ」

「だとしても、あんたの能力はそよ風を起こすことしかできない。それにいま、あんたは喉が焼けてない。おかしいんじゃないのか? もしかして誰かの身代わりになろうとしてないか?」

「私が無実であると信じてくださるのは大変嬉しいのですが、現実はそう甘くありませんよ」

 モザイクが椅子から立ち上がる。

 彼女は唐突に口をガッと開いてみせた。

 ぷるりとした唇。

 まっしろな歯。

 小さな舌。

 揺れる口蓋垂。

 そして……少しだけ赤熱した喉の内側を見せつけた。

 バクは勘違いをしていたようだ。

「能力を使えば喉が焼ける……その認識は正しいです。しかし誰の迷惑にもならないよう小声で話すように能力を発動させれば代償は小さく済みます」

「でもそれだと能力自体がしょぼく……ってまさか!」

 口を閉じたモザイクは、完成した傘を畳むと壁にかけ、色気たっぷりに背伸びをした。

 いつしかバクは彼女の心が読めなくなっていた。

「小さな能力であっても数分、数時間、数日、数週、数ヶ月……誰の目も気にすることなく積み重ねれば大きな成果を産み出すものです」

「……そんなに憎んでるのか。なんで隠してた? 打ち明けてくれたらせめて……」

「私は子供たちを守り育てる教育者の身分にありながら、虐殺まがいの方法で世界に復讐しようとしている自分自身を非常に恥ずかしく思います。それと同時に、計画がバレてしまっては止められてしまうという恐れも感じています。どちらにせよ打ち明けるのが不都合だったのです」

「いや、だったとしても……竜巻を消してくれたらオレたちは何もしなくて済むんだ、頼むよ……」

「私がどれだけの憎悪を抱いているか分かっていただけませんか。引くわけにもいかないのです」

 モザイクは優しい女性だ。

 それゆえに抱え込んでしまう。

 声も目も本気で、もはや付け入る隙はない。

 その復讐心は竜巻のようでありながら、まっすぐで美しいとも思えた。

「バク様、改めて懇願します。私と地獄に落ちてください」

 小さなそよ風がバクの頬を撫でていった。

名簿ファイル


名前:フェルニゲシュ

能力:強靭な肉体【未確定】

分類:特殊型【未確定】

好き:冷ました料理

嫌い:生を堪能する悪人

補足:見つけ次第排除せよ

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