【六話】たくさんのものを見てきたから
血みたいな香りがする。
街の一画にある、海水に浸された廃材の墓場だ。
たまに違法な業者が勝手にスチールをかっぱらって換金しているらしい。
ひどく不安定な足場をヨタヨタと歩きながら、墓場の中心部にある廃材で作られた巨城──あるいは山──を三人で目指しているところだった。
「この前聞いたんだけど、ビリー君がドミニオンズになったのって──」
「血液感染だ。仕事の都合で処理されてないものに触って……数日、死にかけた」
「それは大変だったね」
「まあ、自分で選んだ生き方だからな、いつかこうなるもんだと受け入れてたよ」
「じゃあこれから幸せになってね、お金とかたくさん使って。社員向けの各種サービスも色々あるよ」
ガブリエルはそう言うが、ビリーの労災問題には踏み込もうとしなかった。
というのも、低賃金で働く労働者のほうがドミニオンズになるリスクが高いというのは、この世界では当たり前だからだ。
それが変えられない経済の形である。
みんなが安全に働けるようにすべきだ、なんて綺麗ごとを言ったって「じゃあ明日から誰がその仕事をするんですか」という話に帰結してしまう。
人間たちは知らず知らずのうちに、誰かにリスクを背負わせて生きているのだ。
ガブリエルだって、そう。
明日には誰かに殺されるかもしれない仕事を、みんなに代わって遂行している。
「バク君も似たようなものかな?」
「オレは……そうっすね」
バクも血液感染したクチだ。
ただ口があまり開いていない。
「ビリーみたいに、めちゃくちゃ苦しんだな……」
「苦しんだのはみんな同じみたいだね。僕もそうだったよ」
そういえばガブリエルにも新米ドミニオンズだった時期があるのか。
バクとビリーはそのとき初めて気づいた。
鶏は最初から鶏だったとばかり思っていたが、そんなわけあるまい。
「でも新米の頃から最強! 超新星! って感じだったんじゃないすか?」
「ガブリエルさんがヒヨっ子だった頃のイメージはできねーな」
「うーん……よく言われるんだけど、僕もドミニオンズになったばっかりの頃は弱かったよ。それこそ標準語すら話せなかったし」
「「え!?」」
いまや英語は新時代の統一言語。
それが話せなかったということは長らく適切な教育を受けられていなかったのか、それとも旧時代の英語圏以外の国で産まれたということだろうか。
その答えはすぐに分かった。
「あんまりビックリしないでよ、孤児だったんだ」
「え、オレと一緒だ」
「……!? 二人ともそうだったのか」
奇妙なことにバクとガブリエルの共通点が見つかった。
彼らは時代の陰で生まれた者たちだったのだ。
たったひとり、両親の所在がハッキリしているビリーは目を丸くして他の二人を交互に見た。
「旧ニュージーランド領の重大汚染地域に捨てられて、ひとりぼっちだった。でも餓死する前に拾ってもらったんだ。僕を拾った人はドミニオンズで、それ以前にとても温かい『ただの人間』だった」
「へー……」
「その人、今は世界ドミニオンズ機構で働いてたりするのか?」
物語にひたるバクをよそにビリーがとんとん拍子で訊ねる。
ガブリエルは質問を受け、しばらく黙り込んだ。
もしその恩師が存命ならバクたちはすでに知らされている、もしくは見ているはずだ。
そうではないということは、そういうことだろう。
「あー……なんて言ったらいいんだろう」
「「……?」」
「籍は世界ドミニオンズ機構にあるんだけど、今はいないというか……」
「生きてるんすよね?」
「おいバク、その人が死んでたらどうするよ?」
「あっはは……生きてるから心配しなくていいよ。でも今は遠くの場所にいるんだ」
ガブリエルはあいまいな言い方をして逃げてしまった。
さっきまでのバクの態度にどこか似ていた。
「とにかく仕事だよ。ほら、ガラクタの洞窟をくぐり抜けよう」
「すっげ~……中が空洞になってるんすね」
「ホントに誰か住んでるのか? 住んでるとしてよく生きてられるな?」
この区画へ来るまでに嫌というほど分からされたが、匂いがキツすぎる。
衛生環境については言うまでもないだろう。
かつて劣悪な環境で労働していたバクたちですら、この場所に長居するのは嫌だと感じた。
ガブリエルも終始口調を崩さないでいたが、明らかに不満そうな顔をしている。
「フェルニゲシュがこの巨城を拠点として活動してるらしい。僕としてもそれは調査しておきたかった。だけど、うーん……本当にいるのかな。ちょっと攻撃しようかな」
「それだとオレたちも巻き込まれないっすか?」
「やめてくれ~」
ガブリエルはいろいろと大胆な男だ。
もし任務に来ていたのが自分ひとりだけだったら容赦なく、この区画をぶった切るように横一文字を書いていただろう。
実際、この巨大な廃材の墓場ですら彼にかかれば一瞬で掃除することが可能だ。
その場合、廃材が島中に飛散することになるだろうが。
「暴れたかったな……そろそろ中心部だよね?」
「一応それっぽい場所には出たっすけど」
「あ、あれ! なんか人が住んでた跡みたいだぜ!」
暗い空間に出た。
ちょっとしたホールのような場所だ。
いくつか電球が付いているが、どれも電気が通っていない。
「もうどっか行っちゃったみたいだね。フェルニゲシュの痕跡がどこにもない」
「戦闘はまた今度っすか……」
「なんだよバク、戦いたかったのか?」
せっかくの実戦経験を積める機会だと思ったのだが、それは叶わなかった。
恐らく世界ドミニオンズ機構がガサ入れするという情報が漏れていたのだろう。
もしくは感知系のドミニオンズに先を読まれたか。
相手は熟練のテロ集団だ。
手練れの能力者が多数在籍していてもおかしくはない。
「んー……ずっと居ても良いことなさそうだし退却しちゃおっか」
「そっすね」
「だな」
ガブリエルは捜査に使えそうな遺留品をいくつかビニールに投げ入れると、それはもう唐突に、天井に向かってビームを発射した。
流れるような動作で放たれたそれは、易々と廃材を貫いて流れ星となった。
どこまでも恐ろしく、強力な能力だ。
「穴開けたから、ほら掴まって。ジャンプするまで三、二──待て」
ガブリエルはそのとき、瞬時に身を屈めた。
それを真似し、バクたちも地面に身体を寄せた。
すると次の瞬間、遠くから鉄の軋む重低音が、まるで地獄からの呻き声のようにオォォォと鳴り響いてきた。
なにかが、来る。
「二人とも伏せを継続。よく身体が動いたね」
「「……!」」
「攻撃を察知。迎撃する」
まばたきよりも早く、周りの廃材がグシャリ。
バクたちを圧殺しようとしてきた。
それを跳ね返すがごとく、ガブリエルは能力を使って廃材を粉々に砕き切ってみせた。
しかし、だ。この墓場には嫌というほど「おあつらえ向き」なガラクタが落ちている。
余ったそれらのすべてが続けざまに迫り来た。
「後衛型。廃材に干渉しているのか……念動力系のドミニオンズ……」
「お見事だ」
ガブリエルは当然のように生き残った。もちろんバクたちも。
すべての廃材を粉々に砕き切ったあとで、彼は汗ひとつかいていない顔を上に向ける。
そこには見慣れた姿が。
「バク君と交戦してた社長さんだね。名前は確か──」
「メテオライトだ。今日は用事があってきた。メモリを渡せ」
「なにそれ」
「フェルニゲシュが保有していた、このエルピス島の根幹に関わる重要なデータだ」
「知らない──よ、っと」
意味不明な要求を突き付けてきたのは、あのメテオライトだ。
相変わらず高貴な身なりをしている。
ガブリエルはそんな彼に向かって、怖気つくことなく飛んだ。
文字通り、地面を蹴って瞬時に空中へと舞い上がったのだ。
「キミの能力も、ワープ系のあの子と同じで貴重そうだ」
「連れてきているぞ。少し警戒したほうが良いんじゃないか」
「僕に言う?」
ガブリエルが手を横にパンと振った。
するとその動きに追随するかのごとく、大気がブチブチと空間から引き剝がされ、彼の意図する方向へと移動することを強制された。
要するに、その直線上にあったすべての物体が槍となって飛んでいったのだ。
圧倒的な風圧──ソニックブーム──がメテオライトに迫る。
「クラウス」
「はい」
しかしメテオライトの部下がそれを止めた。
これまた懐かしい顔だ。
硬化系のドミニオンズであるあのクラウスが、上司の肉体を極限まで硬化させることで攻撃をうまく凌いだのだった。
「ワオ、全員連れて帰りたいね」
「こちらの要求はどうなった?」
「ホントに知らないよ。メモリなんて見てない──というかマジでウチに来なよ。これは意思の確認だよ」
ガブリエルは空中を蹴ってメテオライトの後ろに回ると、その細い体を思いっきりぶん殴り、最寄り──といっても数キロ先だが──の海に叩き落とした。
「ダメージの無効化はできるけど自分を空中に固定することはできないでしょ──クラウス、キミの仲間を海底まで連れていって窒息させられるけど、どうしたい?」
「……チッ」
舌打ちとほぼ同じタイミングで、クラウスの姿がぱっと消えた。
どうやらメテオライトの言っていたことは本当らしい。
この辺りにワープ系のドミニオンズも来ている。
確か、名前はウーノだったか。
「あ~逃げるんだ。じゃあ捕まえちゃおう」
浮遊していたガブリエルは海へと直進。
波の下にいるメテオライトを目がけ、落下した。
「……っ!」
「(身体が硬化してるから肺を動かせてないな。意外と弱点だらけの能力だ)」
肺を動かせたところで吸う空気もないのだが。
「窒息したら僕が地上に連れ戻してあげる。降参したかったら……そうだな、眼球は自由に動かせたりするかな?」
「……」
メテオライトは何もできない。
何もさせてもらえない。
水圧と窒息による無限の苦しみの中で、ただ水面から差し込む日光を眺めるしかない。
天国からのお迎えにも思える、その無数の白い柱を。
「ちょうどいい。あっちのワープ系の『条件』も推測しよう。もしこの海底まで助けに来たら、自身と対象物の間が空気じゃなくてもワープできることになる」
「……」
ガブリエルはこれでも世界最強のドミニオンズだ。
能力の調べ方、そして戦い方を理解している。
メテオライトをとっさに海へ叩き落したのも、彼が廃材になんらかの形で干渉できる能力を持っている──しかし海水に対してはその限りでないと踏んだからである。
もし海水が能力の対象に含まれているのなら、バクと交戦したときに使っていたはずだ。
船上では海水を操る機会に恵まれていた。
しかし使わなかったから、能力は海水と関係ない。
そう偽装する必要もない。
「あと十秒くらいだね、社長さんが溺死するまで」
片手でメテオライトを深海にうずめながら、身をよじって水面を見ている。
ガブリエルは化け物のような男だ。
「さあ、五、四──おっ、来た」
ついに仲間をおびき出すことに成功した。
突如、水面がスプーンで抉り取られたように消えてしまったのが、その合図だった。
まるで水中にガラス玉を落としたかのよう。
ガブリエルはしっかりと観察していた。
「能力はワープ系で確定……周りの物質も巻き込まないとワープは不可能……?」
さすがにこの状況でハッタリを混ぜてくるとは考えにくい。
なにせ大切な社長さんを人質に取っているのだから。
「でもワープの境界面を利用してヒトを切断するのは無理か……リスクがあるからやらないのか……?」
例のドミニオンズは自身を中心とした空気のボールをまとってワープしている。
そのボールと入れ替わった数十リットルの海水はどこかへ消えてしまった。
ならばその空気と海水の境界面に敵を据え、ワープの副作用で真っ二つに切断したほうが「効率が良い」とガブリエルは考えたのだが、なぜかそうはしなかった。
そんなことを考えている間に二度目のワープ。
「来る……」
ガブリエルは直感し、手に少しばかりのエネルギーをまとわせた。
人間を気絶させる程度の『少しばかり』の衝撃波だ。
「爆雷の要領だ。簡単だよ──さあ、どうする」
メテオライトの部下ことウーノは、そこで二度目のワープをおこない──
「ん? あぁ、顔近いね」
「社長を返せよ、クソ悪魔!」
なんとガブリエルの目の前にワープしてきた。
周りの海水が少しだけ消え、メテオライトに呼吸の隙を与えることに。
これには少々考え込まざるを得なかった。
「(ん~? さっきは周りに空気をまとって、元々あった海水はどこかに飛ばしたのに、今度は僕の目の前に直接来た? でも僕は消えてない……というか僕だけをワープさせてメテオライトから引き剝がせば良かったのに……そういうのはやらないんだ。もっと考えないと分かんないな)」
そうやって考えている間に、ウーノは必死の形相でメテオライトを掴み、思いきり上半身をよじって水面を見上げた。
この間、わずか二秒。
「やっぱりエルピス島に呼ぶんじゃなかった! アンタみたいなのとは二度と会いたくねー!」
「ちょ、キミ! 良ければ世界ドミニオンズきこ──」
──シュン! サブン!
ウーノは最後まで聞かずにワープしてしまった。
ガブリエルの周りには先ほどまでの海水が戻ってきて、お目当てのウーノも、当たり能力のメテオライトも逃してしまった。
水面あたりにウーノたちが見えたが、コンマ数秒でどこかに消えていった。
「逃がした~……はぁ、そろそろバクくんとビリーくんを迎えに行くか」
追いつけないという確信を持ちながらも、ガブリエルは海水を蹴って水面から飛び出し、あたりをぐるっと見渡してからさっきのゴミ処理場まで戻っていったのだった。
バクたちは変わらず、あの場所で待っていた。
「──ういしょ、大丈夫? あの硬い人になにもされてない?」
「硬い人……? あ、クラウスとかいう奴ならあれから見てないっす」
「ガブリエルさんこそ無事だったのかよ? ワープ野郎がものすごい勢いで海に向かってたが」
「逃げられた。めちゃくちゃ捕まえたかったよ」
ガブリエルはこういうときに感情を隠さない。
心底残念そうな顔をした。
しかしすぐにケロッと切り替わり、親指を立てながら言う。
「でも言っても仕方ないし帰ろっか、ウチに」
「っすね」
「だなぁ」
「お昼ご飯タイムだ~! なに食べる? ケバブ? ブリトー?」
「トルティーヤ! っす!」
「サムギョプサルだな」
帰りはシュウが迎えに来てくれた。
空調の効いた車内で知らないジャズを聴きながら、四人で楽しく喋った。
こんな幸せが続けば良いのに。
みんなが心の中で思っていた。
それで、帰って食事を済ませたあと、ガブリエルとシュウはミーティングに。
ビリーは世界ドミニオンズ機構のビル内にあるジムへ。
肝心のバクはというと──
「最近、思ったんだ。MOBAは仕事だって」
「なに言ってるんだ?」
ソニンとゲームをしていた。
適当な世迷い事を言って訝しがられているところだ。
ちなみにMOBAとはマルチプレイヤーオンラインバトルアリーナの略である。
「この前、サッカー観てるときに感じたんだ。ゴールの裏から試合を見てると、選手たちは魚の群れみたいに動く。誰もよそ見してない。みんながひとつの目的を持ってプレーしてる」
「当たり前だろ」
「その当たり前ができてなかったんだ、オレとビリーは」
ガブリエルについていったが、二人は見ているだけでなにも学べなかった。
どうすれば良いのか分からなかった。
勝つことだけしか頭になかった。
「でもガブリエルさんは言った。戦いながら敵を見て、隙あらば営業トーク。全部に気を配って、全部を回すのが大事。本来はチームでやるものなんだけど、って」
「ガブリエルになりたいのか?」
「あぁ」
「無理だな」
ソニンはマウスを滑らせ、ゲーム内で素早くポイントを獲得していく。
キャラの体力管理に「無意識のうち」に気を配りながら。
「でもこれからはオレたちが前に立たないとイケない。だからチームワークを磨きたいんだ」
「おい、スキルを切れ」
「あ!」
言ってる間にバクがファーストブラッド(試合で最初に死ぬこと)をし、流れが不利に。
リスポーンしてもこれからの展開は厳しくなるだろう。
結果的にソニンとバクのチームはオンラインの対戦で敗北した。
原因は大きく分けて二つ。
個人の実力不足とチームの不慣れだ。
「……まあ、ガブリエルの言う通りかもだ。まずは試合の流れに注視しろ。読めたら波に乗れ。あとはマウスをもっと触ることだな」
「前の仕事でマウスなんて使わなかったから……」
バクは少しずつがんばるしかない。
ソニンとのMOBAも、ビリーとの仕事も。
努力だけが現実を変えてくれるだろう。
一方で、ガブリエルとシュウは他のメンバーと会議をしていた。
「フェルニゲシュがメモリを持ってるとか、あの社長さんが言ってたけど知ってる人は挙手」
「誰も知らないわ」
シュウはスクリーンに写真を投影した。
ガブリエルの胸ポケットにある隠しカメラで撮影された、メテオライトの顔だ。
彼は偶然、あの墓場を訪れていた。
目的はなんらかのデータが入ったメモリ。
「う~んエルピス島に関わる情報ねぇ……」
「そんなことよりなぜメテオライトを逃がしたの? 殺せたでしょう?」
「いや、それがさ~……」
ガブリエルはイスの上でクルクルと回りながら、眠そうな顔で答える。
とても会議中とは思えない態度だが、これが彼なりのルーティンだから誰も文句を言ったりしない。
その代わり、いつ警報が鳴ったとしても彼は現場へ飛んでいく。
「──メテオライトの顔、どっかで見た気がするんだよね」
「気がする、程度じゃ話は通らないわ。今度見つけたらしっかり保護してちょうだい」
「だけどあの子たち何度勧誘しても断ってくるし、今回のアレで絶対に嫌われたと思う」
「何度も声をかけてあげて。保護を必要としてるはずだから」
シュウは世界ドミニオンズ機構の中でも穏健派というか、底なしに優しい。
「でもメテオライト名義の資産はすべて凍結させたわ」
「悪魔?」
「法律違反だもの」
シュウはそう言って会議室を後にした。
この世界では、ドミニオンズであることを隠して利益を得ようとすればすぐに阻止される。
能力を隠すことは、武器を隠すのと同じ。
たった数人の「万能型」を除いて。
「──あ、他の人も仕事に戻って。ごめんね、なにも進捗がなくて」
そう言うと、真面目そうな会社員たちが軽く会釈し、さっさと業務に戻っていった。
彼らは世界ドミニオンズ機構のシステム構築、経理、防衛等を担うスペシャリストたちだ。
ガブリエルが指名すれば、必ず会議に出席しなければならない決まりになっている。
いわゆる認識の擦り合わせというやつだ。
シュウを含め、重役の中に齟齬があってはならない。
「……はぁ」
会議室はガランと空になって、ガブリエルがひとりだけ。
疲れのこもった溜め息がよく響く。
それにしても最近は不安なことが多くて良くない状態だ。
「新人の育成と……竜巻の処理……加えて世論はいま、ドミニオンズを厳しい目で見てる……」
──ビーッ!
手元の端末が鳴る。
「なんか嫌な予感。当たらなければ良いけど……」
悩みを心の奥に押し込み、ガブリエルはすぐさま招集に応じる。
このタイプの警告は、凶悪なドミニオンズが現れたことを示すものだ。
窓から飛び出せば間に合うだろう。
「五分外すよ~。本部はよろしく」
『わかったわ』
シュウに軽く連絡を入れると、彼は慣れた様子で窓のフチを蹴り、飛んだ。
世界を守るこの仕事に休みはない。
その頃、とある寂れた区画にて。
「手間をかけさせたな、ウーノ。すまなかった」
「いやいやいやいや! 社長が殺されかけてたンすから、これくらい──」
「危ない橋を渡ろうとしたのは事実だ。アレのことになると、つい……な」
アレとはメモリのことだ。
メテオライトは仲間から介抱を受けながら、頭の中でグルグルと考えごとをしていた。
とあるブツを目的としてわざわざ墓場まで赴いたというのに、それはどこにもなかったし、フェルニゲシュは消えていた。
恐らく世界ドミニオンズ機構から情報が漏れていたのだろう。
あれは言うほど上等な組織ではない。
下っ端の構成員だって、ヒトの流れを見れば誰がどの時間に出撃するのか分かってしまう。
せっかく根城を突き止めたと思ったのに、残念だ。
そんなところにクラウスがやってきた。
偵察から帰ってきたようだ。
「メテオライト様、ご連絡です。貴方のお父上の遺産が──」
「ついに凍結されたか。残っているのはアナスタシス島にビルが五つと……カイロス島に三つだな」
「そちらに波及するのも時間の問題でしょう。長くはありません。急ぎ、お父上の無念を晴らさなければ」
「……まずはフェルニゲシュがなぜメモリを手放そうとしないのか、考える」
「社長! その言い方だとエルピス島から出ないと言ってるように聞こえるっすよ!?」
「正解だ。よく分かったな、ウーノ」
「え~~~!? あんなクソ悪魔に二度と会いたくないってのに~!!!」
ウーノは髪を搔きむしり、地面に倒れてみせた。
その様子をメテオライトとクラウスが温かく見守る。
いつかバラバラになってしまうかもしれない、いつか壊れてしまうかもしれないこの繋がりも、いまだけは本物だ。
エルピス島の闇に切り込む中で殺されたとしても、いまだけは……屋根の下でにわか雨をしのいでいる間だけは本心から笑うことができた。
「……今夜はゆっくりしよう。なにも考えずに眠ってくれ」
「見張りするっすよ!」
「ウーノは寝ていなさい……コホン、見張りは私にお任せを」
「必要ない。本当になにも考えなくて良いんだ。なんでもない余暇を味わってくれ」
「じゃあ、はい!」
「承知しました」
メテオライトには使命がある。
人生を使い果たしてでも証明したいことが、ある。




