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Dominions  作者: 赤秋の寒天男
【第一章】煙炎漲 編
5/8

【五話】反時計回りのおまじない

雲行きが……

 寝て、起きて、ご飯をたくさん食べて、食べてるときに思い出した。

 昨日、パラヴィと手合わせをしたときのことだ。


『──この能力、結構気に入ってるんだよね』


 パラヴィの能力の内容が、バクにはまったく読めなかった。

 なんと言うかズルすぎる。

 オールインワンな能力に違いない。そうでもないと説明がつかない。

「(コピー系か? でもオレからのダメージを無効化してた)」

 万能型を名乗っていたパラヴィ。

 彼は恐らくものすごい能力を持っているのだろう。

 しかしそれを言い訳にして逃げたりなんて、バクは絶対にしない。

 いつか絶対に倒してやる。

 そう心の中で意気込んでいた。

「ぜってーギャフンと言わせてやるぜ……」

「なんの話だ」

 ソニンが栄養バーを食べながら聞いてくる。

 彼女の部屋は落ち着くのでたまに来ている。相変わらず汚いが。

 最近はもっぱらハクスラ?とかいうゲームをしているらしい。

 バクには分からなかったが。

「ソニンってパラヴィさんの能力知ってたりしない?」

「知るか。そんなことより……あぁ、そもそも万能型がなんで能力を秘匿されてるか説明しておいたほうが良いか?」

 小さな身体をポキポキと鳴らし、赤色の髪をスパゲッティみたいにクルクルと指で絡め取る。

 ソニンは脚を机に乗せ、キーボードをカチャカチャと鳴らしながら説明を始めた。

「万能型が平和の(かなめ)なのは知ってるだろう」

「おう、ガブリエルさんとパラヴィさんの二人だな」

「そうだ。その二人の能力がバレたらどうなると思う」

「あー……悪い奴らに攻略されちまうのか?」

 この世界はお世辞にも良いところとは言えない。

 当然、ドミニオンズの能力を悪用した犯罪も起こりうる。

 番犬である二人のことを殺したがっている者もいるだろう。

「えっ、でもさ、あの二人を攻略とか実質的に不可能だろ? オレも昨日ぶっぱなしてきたけど全然効いてなかったし」

「(本当に()ったのか、噂だと思ってた……)」

 ソニンのドン引き顔がバクを追い立てる。

 それもそうだ。

 策もなしに世界最強の盾に挑むだなんて自さ……頭のおかしいバカとしか思えない。

「攻略されるされないは問題じゃない。あの二人に弱点があるとバレるだけでも安全保障上、とんでもない大問題になる」

「そうか? そうなんだろうな……」

 弱点なんてないだろ、と反論しようとしたがバクは口をつぐんだ。

 自分が知らないだけで多分あるんだろう。そういうことで納得した。

「上のほうもそれを理解してる。だからあの二人の能力は誰も知らない。もちろんガブリエルとパラヴィも互いに弱点を知らない」

「じゃあますますオレに勝ち目ないじゃんか~……」

「まさか本気で攻略するつもりか!? はぁ……」

「なんだよそのため息は」

 どうやらホームラン級のバカは世界にひとりだけらしい。

 バクはそのことを理解すると、素直に引き下がろうとした。

 しかしパラヴィから「期待してる」と言われた手前、さくっと諦めるのも気が引ける。

 勘違いかもしれないが、あれはただのお世辞には聞こえなかった。

「悔しいからトレーニングしまくるぞ。やるぜ、オレは」

「お前は良いな、まっすぐで」

「褒めてんのか?」

「一応」

 ソニンはゲームのウィンドウを別モニターに追いやると、違う画面をメインに映した。

 手持ちの紙コップに入っていたコーラを飲み干し、バクに語りかける。

 見た目が映画に出てくるハッカーみたいで面白い。

「そういえば聞いたか、ドミニオンズ取り締まりの規制緩和法案が通ったって」

「知らんな。でも良かったな、規制緩和って」

「なぜ良いと思った?」

「え……っとー、規制が緩くなったらオレたちの行動も制限されなくなるんだろ? だから良いと思ったんだが間違ってるか?」

「半分間違えてる。バク、今おまえが語ったのはおまえの目線からの物語だ。ドミニオンズ取り締まりの規制緩和が通ったら一般人……ドミニオンズじゃない人はどう思う?」

「……」

 ソニンのモニターが冷たく輝いている。

「分かったか?」

 怖がられる。

 今まではドミニオンズだとバレたら政府に捕まり、厳格に管理されていた。

 なにをするにしても記録されていた。

 中にはバクやクラウスのように「法律逃れ」もいたが、あくまでごく少数。

 ちゃんと取り締まっていますよ、というポーズこそが人間とドミニオンズの間に透明な壁を作り、適度な距離感を保たせてきた。

「でも、じゃあなんで政府は……」

「ドミニオンズの管理に金と時間を使いたくないそうだ。それに上の奴らは管理を緩めることで……ドミニオンズを増やしたがっているらしい、ガブリエルから内密に聞いたことだがな。増えたら人手になるし戦力にもなる」

「そんな……最悪だ」

「もう世間からの風当たりは強くなってるぞ。SNSを見てみろ」

 ドミニオンズは嫌われている。

 なのに政府はドミニオンズという生き物を利用し、ときに富裕層へあてがい、私利ゆえに餌をやる頭数まで増そうとしている。

 他方で、すべては管理しきれないからと首輪を緩めようとしている。

 それらが雨風のもとで生きていけないと知りながら。

「はぁ……さっそく罵詈雑言の嵐だ」

 管理さえしていればドミニオンズが増えないというのは「よくある勘違い」だ。

 空気感染しないだけで、血液や排泄物を介したら普通に感染する。

 これは規制緩和の名をかぶった、(てい)の良いドミニオンズの放し飼い政策だ。

 放し飼いにされた犬は殖える。そして苦しみ、死ぬ。

「……オレ教会に行かなきゃ!」

 結局、便利な存在にしか思われていないのだ。

 ドミニオンズを救おうとしているのは当事者だけ。

 バクは嫌な予感を覚え、きしむ胸を押さえながら走り出した。




 ドミニオンズを増やしたい。

 しかし責任は負いたくない。

 そんな歪な願望が、この世界を変えていってしまう。

「モザイクさん!」

「……あら、心配してくださったのですね」

 シュウの車で教会まで来てみたら、案の定。

 教会の壁にはひどい落書きがあって、モザイクはそれをモップで必死に擦っていた。

 水バケツが真っ黒になっている。

「オレとビリーも手伝う! 他はなにもされてないか!?」

「声を荒らげなくても結構ですよ。こういったことは以前からありましたから」

「で、でも……!」

「良いんです。今回の法案とは関係ないと信じています。それに、世界はこういった人たちだけで溢れているわけではありません」

 使われたペンキは厄介なことに水では落ちにくいタイプのものだった。

 そのせいで手間が掛かった。

 モザイクは汚れを落とせないと分かっていながら無意味に、空虚な目で腕を動かしていた。

「壁の修繕費、出しましょうか?」

 シュウが電子パッドに視線を落としながら言う。

 もう壁を元に戻せないと踏んでのことだろう。

 液晶画面にはとんでもない桁の数字が並んでいる。

「修繕費は必要ありません」

「しかしこんなものを残していては──」

「これを消したところですぐ消えるものではありません」

 モザイクがシュウの言葉を遮った。

 そう、この落書きは人々の心の奥底からにじみ出てきたものだ。

 うわべだけを整えても意味がない。

 この世から悪意だけを取り除くことは不可能だ。

 モザイクはそれを言いたいのだろう。

「それに辛いのはあなた方、世界ドミニオンズ機構も同じでしょう」

「……はい」

「政府と繋がりのあるあなた方ですら明日の保証がない。首輪のない野良犬であるという点は、共通しています」

「そう……ですね」

「シュウ様、強く当たってしまい申し訳ありません。私は下がらせてもらいます」

 モザイクはモップを放り出して教会の中に戻っていった。

 芝生の上に三人のドミニオンズが残された。

「あー……モザイクさんは気が立ってるみたいだ。シュウさんはもうウチに帰って大丈夫。あとはオレとビリーでなんとかするから」

「……お願いね、バクさん。なにかあったらガブリエルを向かわせるから」

「なにかがあってもオレたちがどうにかする」

「そう……」

 ガブリエルだって暇じゃない。

 これからなにが起きるか分からない以上、彼はもっと大きなことに専念すべきだろう。

 それになんでもかんでも助けてもらっていたらキリがない。

 成長も、ない。

「でもよぉバク、俺たちにできることは限られてるっしょ」

「それもそうだけどさ」

「俺たち火力しか自慢できないぜ。その火力も他には負けてるけど」

「うぅ、そうだが……」

 ビリーが指先に軽く電気をまとわせながら言った。

 どうやら少し能力を使うだけならマスクも必要ないらしい。

「傍観するしかないんだ、俺たちみたい小さき存在は」

「はぁ……結局は政府の言いなりになるしかねーのかな」

 教会の長い廊下を歩きながら、無意識のうちにため息を吐いた。

 この先にはモザイクとヒューゴーがいる。

 弟のほうは気に病んでいなければ良いのだが。

「ヒューゴーさん……おっ、元気そうだな」

「二人ともお久しぶりです。僕は大丈夫ですよ。ただ姉のほうは──」

「あぁ、オモテで一度会ったよ。そっとしておくから」

「……ありがとうございます」

 ヒューゴーは相変わらず仕事で忙しそうにしていた。

 しかし例の被害についてはあまり気にしていない様子だった。

 意外と(したた)かな面があるのかもしれない。

 それか我慢しているだけか。

 少なくとも今はそれを察知する方法がない。

「でも実際問題どうする? オレとビリーはしばらく教会に泊まり込むけど」

「実際もなにも……どうにかする権利はないと思います」

 ヒューゴーは書類に視線を落としながら続ける。

 声にはかすかな湿り気があった。

 雨が降る前の、くもりみたいな──

「世界はとても大きいんです。バク様は知っていますか、台風の持つエネルギーを」

「いきなりだな。台風って、あの台風?」

「はい……はるか昔、日本に落とされた原子爆弾よりも、その台風の持つエネルギーのほうが何倍も大きいんです。ただの風、ただの雨……それでも一ヶ所に集まってしまえば人間がどうこうできる範疇を簡単に超えてしまいます」

「人間の世界も同じだって言いたいのか?」

「そうですね。僕は……言ってしまえば怖いんです」

 ヒューゴーはペンを置いて立ち上がった。

「この世界は『ドミニオンズも同じ、ただの人間である』という簡単なことが分からない人たちで溢れています。残念なことですが……」

「……」

「そういう人たちが集まれば、僕のような人間は簡単に──」

「実際にそういう犯罪もニュースで見るけどさ」

「その潮流を操る力は、僕にはありません」

 水は上から下に流れ落ちる。

 それは絶対に変えられない規則だ。

「流れに身を任せるしかありません、今は」

「ずいぶんと後ろ向きな考え方だな。でもまぁ、否定はしないけど」

「……バク様の前向きなところは、良いと思っていますからね」

 確かに、この世界を変えたいと願うのは浅はかでしかない。

 五十を超えた政治家が同じことを言えば少しくらい説得力があるのだろうが。

 どうにもできない、それが当たり前だ。

「ご飯にしましょう。難しいことを考えてはダメです」

「そうだな。そうかも……」

「バク、おまえ熱心だな。落書きがそんなに嫌だったか。気にすんなよ」

 ビリーが会話に挟まってきた。

 彼の言うとおりだ。他人に肩入れしすぎてはいけない。

 自分のことですら精一杯なのに。

「……ビリー、オレたち静かに暮らしていくしかないのかな」

「それが一番だろ。いま目立ったらマジで殺されるぜ」

「ビリー様に賛成です。ドミニオンズが目立つことは……よくありません」

 今日の献立はビーフシチュー。

 煮込むのに時間が掛かるから、それだけゆっくり考えられる。

 頭を落ち着かせるのにちょうど良いだろう。

 三人は炊事場まで歩いていった。




 教会にテレビはないが、各々ニュースを見られる環境はある。

 ひとたび端末の電源を点ければ様々なニュースが脳内に流れ込んでくる。

「なんか沖のほうで竜巻ができてるってよ」

「あ、知ってるソレ。ずっと海上に留まり続けてる『幽霊』だろ?」

「ユーレー? 普通の竜巻じゃないのか?」

 ビリーはどこか知ってる物言いだ。

「バクって普段ニュースとか見ないだろ。その竜巻、ずっと前からあって、ちょっとずつ大きくなってるんだぜ」

「ふぅん?」

 そういう竜巻もあるんだな、くらいにしか思っていなかった。

 少なくともこのときは。

「そんなことより社会のトレンドを追わないと。世界ドミニオンズ機構の一員としてニュースくらい見なきゃ」

「(いきなりニュースに興味持ち始めたのソレか……)」

「どうだ、オトナっぽいだろ? へへっ」

 バクは喉を赤くする。

 能力を使う合図だ。

「オレたちが考えて動かなきゃダメなんだ。世界は待っちゃくれない」

「……ま、俺はお前についていくさ。助けてもらった恩がまだ有効だからな」

「おいおい恩で動くのかよ、もうそういう関係じゃねーだろ」

「……」

 二人は炊事場で再び火を点けた。

 仕込んでおいたビーフシチューを温めなおして子供たちに出してやるのだ。

 そこにやってきたのがモザイクだ。

 珍しくバクたちの前で化粧を落とし、どこかポカンとした様子でいる。

「お、モザイクさん元気か? これから昼め──」

「しばらく裏で休眠させてください。ビリー様、応対を頼んでもよろしいでしょうか」

「いいけどバクは?」

 バクは目線で答えを送った。

「いいんなら俺がオモテ行くぞ。子守りはバクに任せた」

「お二人ともありがとうございます。実は朝からあまり調子が……」

 モザイクはなにか言おうとしたが、それは叶わなかった。

 代わりに、その辺の椅子にドシンと座り込むと、スヤスヤと眠り始めてしまった。

 この感じ、おそらくずっと前から気を滅入らせていたのだろう。

 ドミニオンズを支援し続けるボランティア団体の長なのだ。

 その心労は計りかねる。

「ヤバそうだな」

「な」

 バクはヒューゴーをすぐさま炊事場の監督役に任命すると、姉のことを見てやるようにと言った。

 そして大きな鍋を抱えると子供たちのところへ行ってしまった。

 ビリーは祈祷するためのメインホールへ向かい、全員がバラバラになった。




 場所は変わり、世界ドミニオンズ機構。

「ぶっちゃけさーあの竜巻、怖いんだけど」

 ガブリエルは屋上のヘリポートで筋トレしながら語りかける。

 相手はいつぞやのオペレーターだ。

『どういうことだ?』

「アレ、ドミニオンズがやってるよね?」

『……だとしたら誰がどこから操作している?』

「竜巻が見える場所。でもね、一応警察に見てもらったんだよ。怪しい人はいなかったけど」

『捜査は続けるか?』

「一旦とりやめ。でも被疑者は何人かファイリングしておいた。特に怪しいのは──」

 法律逃れの感染者を考えていたらキリがない。

 だからガブリエルは、世界ドミニオンズ機構がすでに把握している者たちの中から、アレを裏で操ってそうな者を選んでマークすることにした。

「一人目、モザイク・ヒューストン」

 驚くことはない。

 彼女は被疑者に選ばれただけのシスター。

 たまたま風に関する能力を持っていたから疑われたのだ。

 もちろん怪しさ度はこれから挙げる者たちの中で最も小さい。

「二人目、メテオライト」

 この男はバクが倒し損ねたドミニオンズだ。

 実は、彼の目撃情報がエルピス島のあちこちから上がっている。

 最低でも二人のドミニオンズを連れている以上、なにか企んでいる可能性が高い。

 というか、まだ捕まっていないだけで普通に犯罪者だ。ドミニオンズ蔵匿罪。

「三人目、フェルニゲシュ」

 とある軍人の名前。もしくは巨大な革命組織の名前。

 そのどちらかだと言われている。

 政府の呼びかけに応じることなく、社会に属することもなく、感染者のために戦っている。

 そのやり方は褒められたものではない。

「モザイクさんはほぼ白かな、能力全然使ってないみたいだし……メテオライト君もね~別名義で会社やってるのは本当だって。だけど個人的に捕まえてワープ能力ゲットしたい」

『私情で仕事をするな』

「えへへ……ヤバいのは最後だけかな。最近またなにかやろうとしてるっぽい」

『革命組織フェルニゲシュ、もしくは首魁フェルニゲシュは極度の()()嫌いだと聞く。手下の能力で竜巻を作り上げ、それをエルピス島にぶつける……といった算段か』

「そんな簡単な話でもないだろうけどね。だって竜巻見せつける意味ないじゃん」

『あるとしたら竜巻のエネルギーが最高潮に達したタイミングで声明を出し、富裕層および差別主義者への降伏を命じる、とかな』

「……僕への罠の可能性もある」

 ガブリエルの言うとおり、これは高確率で罠だ。

 いくら万能型とはいえ、作戦を立て、定位置に誘い込めば殺せる。

 格闘ゲームのハメ技みたいに。

 洗脳系の特殊型が待ち構えていたら終わりだ。

「竜巻が動き始めたら、僕も動く」

『それしかないな。結局、将来のことは──待て、ソニンからなにか聞いてないのか』

「聞いてないよ。僕はこの戦いで絶対に殺されない。もちろん他のみんなもね」

『じゃあ竜巻に突っ込んできたらどうだ』

「運命論がわかってないな~チミは」

 ソニンの予知夢は特殊だ。そんなに都合の良いものではない。

 今から行動を変えたところで結果は変わらないし、行動を変えなくても結果は変わらない。

 ただ運命を言い渡しているだけなのだ。

 それに逆らい余計なことをするくらいなら、大人しくしておくのが吉。

「そもそもだけど、ソニンちゃんは死の気配しかわからないんだ。だから数ヶ月後、僕が他のドミニオンズに洗脳されて、操り人形になっている可能性だって排除できないんだよ」

『縁起でもないことを』

「可能性の話だって」

 とにかく竜巻の対処をミスれば詰む。

 忘れてしまいそうになるが、相手は「生身で竜巻を起こせるドミニオンズ」だ。

 危険度は言うまでもない。




 教会での一日が、また終わりを告げようとしている。

「ヒューゴー、モザイクさんは大丈夫だったか?」

「病気ではないようです。しかし軽度の熱と眩暈があるようで……その、女性にはこういうこともありますから」

「あ、そ、そっか……」

 ヒューゴーは小声で補足した。

 バクもそれで察せないほど突き抜けたバカではない。

「それにしてもグッスリだな」

「幸せそうな顔をしています」

「今日はもう寝かせて、あとは俺たちでやるか?」

「ですね。子供たちを寝室に──」

 その瞬間、教会の中がパァと明るくなった。

 例のゴタゴタで教会の設備──特に電気系統がめちゃくちゃになっていたのだが、それが復旧したようだ。

 教会中に張り巡らされた銅線に電気が通り、ライト、空調、その他もろもろが息を吹き返す。

 これこそドミニオンズの存在意義だ。

「ビリー様、もうそのレベルまで鍛錬したのですね!」

「おうよ! 電気の流れを操るくらいなら朝飯前だ!」

 ビリーはすっかり能力に慣れてしまっていた。

 近くの変電所から引っ張ってきた閃光をまるで龍のようにしならせ、教会横の装置に注入。

 あとは整えられた電力を光エネルギーとして取り出してやるだけ。

 教会がさらに素晴らしい場所へ様変わりするというわけだ。

「すごい……すごいです! ドミニオンズの能力をこんな風に利用できるものなのですね!」

「オレの火とビリーの電気。平和利用しようと思えばめちゃくちゃできるからな」

「なんだか羨ましいです」

 ヒューゴーが自らの喉を軽く撫でた。

 その行動の意図するところは、バクには正直わからなかった。

 悩んでいるときに出た自然な癖かもしれないし、ただ単に痒かっただけかもしれない。

「……がんばればモザイクさんの能力もなにかに使えるさ」

「うーん、お姉様の能力は少し……お二方と比べて優しすぎますから」

 しかし流れるような動作だったからこそ、ドミニオンズであるバクの目に留まってしまった。

 これは「慣れ親しんでいる者」の動きだ。

 今まで隠し通せていたのが不思議に思えるくらいの、日常的なもの。

 そこにビリーが駆け寄ってくる。

「モザイクさんって能力使えるのか? 初耳だ!」

「彼女の体調が優れているときに頼み込んでみたら、もしかしたら見せてくれるかもしれませんよ」

 そういえばヒューゴーは、自身に能力があるともないとも言っていない。

 恐らくなにか持っているのは確実だろう。

 バクは彼のつぶらな瞳を覗き込み、その奥でなにを考えているのか探ろうとした。

 探ろうとして、すぐにやめた。失礼だと思ったからだ。

「んう……」

 そうこうしている内にモザイクが目を覚ました。

 話し声が少しばかり、うるさかったかもしれない。

 バクたちは一斉に口を抑えると申し訳なさそうな顔をした。

「私は……眠りに、落ちて……」

「熟睡でしたよ、お姉様」

「ヒューゴー……」

「今夜も子供たちと眠りますか?」

「……はい」

 この姉弟は、弟のほうがずいぶんと背丈が大きい。

 頼れる性格をしているのは姉のほうだが。

 ヒューゴーはモザイクを軽く抱き上げると、お姫様だっこの状態で寝室に向かおうとした。

「バク様、ビリー様……夜のことはお願いします。最近、いろいろと物騒ですから」

「任せとけ」

「おうよ」

「……なんて頼もしいんでしょう。それでは──」

 ヒューゴーは優しい男だ。

 ゆえにバクたちとは違い、戦闘にまったく向いていない。

 せっかく体格に恵まれたのだから格闘技でも始めたら良いものを。

 バクはそんなお節介を心の中に浮かべながら、ビリーとツマミを食いながら駄弁る。

 子供たちが食べきれなかった残飯と料理に使わなかった野菜の切れ端だ。

「オレが二時まで起きとくから先寝たら?」

「十二時までは……そこ超えたら、嫌がらせしてくる野郎共もさすがにおネンネするだろ」

「そういうことね」

 教会の壁にはまだ差別的な落書きが残っている。

 明日に清掃業者が消しにくるそうだが、すでにその落書きはセンセーショナルな見出しと共にニュースで報道され、世間に対して波紋を広げていた。

 賛同する者、批判する者、ニュースを見た市民たちの反応はさまざま。

 中には過激なものも見受けられた。

 しかしまあ、ドミニオンズを忌避している側の気持ちも分からなくはない。

 もしバクが感染者でなかったら、その存在に対して関心を持つことすらなかっただろうから。

「なあ、普通の人間とドミニオンズってどうやったら分かり合えるんだろうな」

「うーん……」

 ビリーはキャベツの芯をボリボリとかじりながら考え込んだ。

 しばらく天井のヒビ割れを眺めたあと、視線をバクに移す。

 瞳の中は空っぽに見える。

「ちゃんと考えてるか?」

「いや?」

「だろうと思ったよ」

「難しいこと考えてもエネルギーの無駄だ。こうしてる間にも俺たちの脳内で糖分が消費されてるんだぜ」

「そうだけどさ」

 結局、ビリーから答えを引き出すことはできなかった。

 しかしすぐに思いつかなかったということは、やはり分かり合うのは難しい派なのだろう。

 ヒューゴーもそんな感じだった。

 人間とドミニオンズが対立する運命に抗うことはできないと言っていた。

 そんなに、相手を理解するのは難しいことだろうか。

 今のバクはそう思わずにいられなかった。

「バク」

「なんだ」

「考えるのは良いんだけど、大事なときに迷ったりするなよ」

「……あぁ」

 バクは逃げるように水を飲んだ。

 エルピス島は海上に浮かんでいるから、この水は海水をろ過してできたものだ。

 気持ち、塩素の匂いがキツい。

「少なくともオレは、お前を助けるときに迷わなかったよ」

「最高だな、マイフレンド」

 ビリーは指先でコツンと、バクのおでこを突いた。

 消費期限切れのジュースと魚の塩漬けを持つと、彼は寝室のほうに消えていった。

 バクは遅くまで警備を担当し、その後、ビリーと入れ替わりで眠りについた。




 次の日の朝。

 ガブリエルから指令があった。

 バクたちは二度寝しそうな脳をなんとか起こし、端末から聞こえてくる声に耳を澄ませた。

『隣の区画にあるでっかいゴミ処理場に来てくれない?』

「ゴミ分別のボランティアっすか?」

『違う違う。ちょっと怪しい動きがあってね。二人とも戦闘モードでよろしく』

「だってよ、ビリー」

「問題ない、バク」

 戦うということは、油断すれば死ぬということだ。

 幸いにもバクたちはそのための心構えができていた。

 世界ドミニオンズ機構に入るとは、つまりそういうことなのだ。

『フェルニゲシュという悪い奴の手下、もしくは同じ名前をした組織の構成員が潜伏してるみたいだ。あそこはドミニオンズになるリスクがある場所だし、警察が長らく手を出せないでいた場所で──』

 少し前にも話したが、血液や排泄物を介せばドミニオンズは簡単に増える。

 そういったものが処理されずに放置されたり、動物によって伝搬されたりしているため、ドミニオンズ以外は入ることも嫌がる。

『ま、着いてから説明するよ。仕事はシュウに引き継いで、なるはやでカモン』

「了解っす」

「了解だ」

 ガブリエルがわざわざ二人を呼んだということは、経験を積ませたい意図があるのだろう。

 実際のところ、バクはこの前なにもできず死にかけたし、ビリーに至っては戦ったことすらない。

 これは良いチャンスとなるはずだ。

「ヒューゴーにバイバイしてから出るか」

「ついでにお姉さんにもな」

 彼ら姉弟は今、子供たちのお守りをしている。

 支援者が礼拝に来ない朝方はやることが少ないから子供たちに構ってやれるのだ。

 地下にある寝室から子供たちのいるスペースへ向かうと、そこには全員の姿が。

 ヒューゴーは朝食を作ったあとで少し疲れていそうだった。

「すまない、二人とも……仕事の都合で呼び出されて……」

 申し訳なさそうに、上目遣い。

 すると当たりの良い返答が。

「バク様、ビリー様、あまりお気になさらず。エルピス島の平和のために行くのでしょう?」

「そう……だな。そうだ、ありがとう。なるべく早く済ませてくる!」

「あっ、出られるのでしたら……少しお待ちください!」

 後ろでバクたちを遠目に眺めていたヒューゴーが、別の部屋に消えたかと思うとすぐ飛んで戻ってきた。

 彼の手には二つのペンダントがあった。

 銀色で、とても小さい。

 カパッと開くような意匠になっており、中に写真や石ころでも詰めておけそうな頃合いだった。

 そこから伸びている銀色のチェーンをバクたちの首へ丁寧にかけてやると、こう言った。

「願いのおまじないです。本当はお二人のボランティア期間が終わる頃に渡そうと思っていたんですが……」

「へぇ、ありがとな」

 ビリーがいつもと変わらないテンションで返す。

 胸の奥ではとても喜んでいるようだったが。

 反対に、バクはお礼のひとつも言わずにじっとペンダントを見つめていた。

「……? どうかされましたか?」

「あ、いや……ヒューゴーも願いとか、そういうの気にするんだなって」

 バクの脳裏にあるのは、この前の会話の記憶。

 ヒューゴーは時流、潮流に呑まれることについて独自の哲学を語っていた。

 大きなエネルギーに抗うことは難しい、と。

 しかしそんな彼が渡してきたのは、まるで「運命なんぞ気にするな」と言わんばかりの、縋りの形。

「意外に思われましたか?」

「いや、オレたちを想ってくれてるのはスゲー嬉しいんだ。ごめん、ジロジロ見ちゃって」

「……あのときは言葉が足りていませんでした」

 ビリーはもう教会の外に出ていった。

 空気を読んだモザイクも、子供たちへの読み聞かせを再開させた。

「あれは『僕は』の話です。バク様とビリー様は違います。お二人は弛まぬ努力で成長を続け、どんどん大きな存在になっています。いつかきっと……なにかを変えてしまうのでしょう。そう思ったからこそ願いを……おこがましくもペンダントに込めさせていただきました」

「そこまで考えてたのかよ」

 ヒューゴーの思慮深さには驚かされる。

 バクはそういうのをオモテに出さないし、言葉にするのも苦手なタイプだ。

 だから気持ちの色や形を知れて少しだけ嬉しかった。

「でもまあ……無理だって思ったら無理になると思うよ」

「そうでしょうか?」

「ヒューゴーだって毎日がんばってるんだから……てか計算とか子守りとかできるし、オレより全然すごいだろ。あんまり自分を過小評価しないほうが良いぜ」

「そう言っていただけると嬉しいです」

 ヒューゴーの反応は思いのほかあっさりしていた。

 あまり響かなかったか。その目はどこか遠くを見ているようだった。

「とにかく! オレは嬉しいって思った。なるべくケガしないように気を付けるぜ。ビリーにも同じように言っておく」

「ありがとうございます。それでは──」

 バクたちは慣れ親しんだ教会に別れを告げ、戦地──もといゴミ処理場へと赴くのだった。

 その日、竜巻はいつも通り成長を続けていた。

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