【四話】虫になったらどうする
つよいひとがたくさん!
仲間が増えた。
ビリーはかつてのバクと同じように、たった数分の手続きで世界ドミニオンズ機構の一員となった。
「ホントに人足りてないんすね」
「君のおかげで少しはマシになったよ」
寝床から起き上がってきたガブリエルが、ぽかぽか陽気にあくびをしながら言った。
確かにバクのおかげで使えるドミニオンズが増えた、この短期間に。
しかも本人はある程度強くて、ある程度倫理観を備えているときた。
「あ! イリーノ教会を守った功績が認められた君にこっちから賞与が出るんだよ。そうそうそれを伝えなきゃいけないんだった」
「賞与? 給与的な?」
「そっちは固定給。こっちは特別なやつ。ま、簡単に言うと──」
バクは世界ドミニオンズ機構の二階にある、とある部屋まで連れていかれた。
そしてドカン、と。大きなアタッシュケースを三箱ほど叩きつけられた。
「これ、中身全部あげる。今回のお仕事ご苦労さま」
「……えっ、えっ」
札束がひとつ、ふたつ、みっつ……たくさん。
バクの思考回路はショートした。たくさんの札束を腕の中に抱えたまま。
「これなんすか?」
「君の大切な、大っっっ切なお給料だよ。こっちがドミニオンズを撃退した分……でこっちがドミニオンズをスカウトした分。君が自由に使うんだ」
「ひょ」
詳しい金額は書けないが、有名企業の重役が一年かけて貰うような額を一日で稼いでしまった。
とんでもない大金だ。使い切れないし、使い切れるわけがない。
興奮を通り越して恐ろしさすら感じる。こんなものを貰っていいのだろうか。
「ぎ、銀行口座に入れといてくれ……」
「了解。これで好きに引き出すといいよ」
クレジットカードとキャッシュカードを渡された。
その日は手の震えが止まらなかった。
ボラティアをしに、今日もイリーノ教会へ。
「あの、様子がおかしくありませんか? もしかして先日の出来事が祟ったり……?」
「そんなんじゃないよ、ヒューゴー。もっと別の何かだ」
バクとヒューゴーは炊事場で数十人分の昼食を作っていた。
今日のメニューは特大のピザ。
「うーん……聞かないでおきますね」
「そうしてくれると助かる」
今朝貰ったカードのせいで働かなくて良くなった。死ぬまで遊んで暮らせるから。
だがそんなことは絶対にしない。バクは世界に奉仕し続けるつもりだ。
理由は特にないが。
「そういや食料の在庫なくなってきてないか?」
「よくお気付きになりましたね。だから買い出しに行かないといけなくて……」
「なんだよ。オレに行ってほしそうな目してるな」
知っている。ヒューゴーはこの時期、会計や事務作業で忙しくなる。
姉のモザイクから聞いた。
だから代役を立てるのは自然な流れだ。
「レシートさえ取ってくれば大丈夫だよな?」
「はい! 本当にありがとうございます! あとそうですね、食料はなるべく消費期限が遅いものでお願いします」
「じゃあお昼終わったら行ってくる」
「了解です。あ、お姉様のこともよろしくお願いします。彼女、街で新たなパトロンを見つけたいと言っていたので」
「へーそっか。教会も大変なんだな」
ドミニオンズを保護する施設はそこそこある。政府からの補助金もたくさん出ている。
しかしそれだけでは賄えていないのがこの辛い現状だ。
モザイクはそういった問題をパトロン制度で解消しようとしていた。
「じゃあひっさびさのエルピス島凱旋になるかなぁ」
バクはエルピス島に漂着してからずっとあの港で働いていた。
基本的にはあそこでしか生活をしたことがなく、街の方については無知だった。
街に出たら何をしよう。
「よし、焼き加減は完璧だな。ピザを子供たちのところに運んどいてくれ。準備してくる」
「買い出しのついでにはなってしまいますが、ぜひお出かけを楽しんできてください」
「あはは……実際は一日中モザイクさんのボディガードだよ」
そう言うとバクは教会の地下にある自室へと戻り、新しい服に腕を通して鏡の前で息を吐いた。
ものすごくお金の匂いがする、それはそれは上等な服だった。
大金を貰ってひとつ気付いたことがある。
それは、貰いすぎると精神に悪いということだ。
「ハンバーガー……家電……宝石……高級車……」
街を歩いていると様々な品物が目に飛び込んでくる。
どれも値札が付いている。そのすべてを買うことができる、今のバクならば。
しかし買う気は全く起きない。以前ならハンバーガーの匂いにすらクラッと来ていたものだが。
宝石だって別に嫌いではない。車にも乗ってみたい。
教習所とか、通ってみたい。
だがしかし……どうでも良く感じてしまう。
「モザイクさん、先にパトロンを見つけに行った方がいいよな?」
「そうですね。食料品および日用品を持ったまま歩き回るのも気が引けます」
「じゃあ買いものは後だ」
「あちらに数多くの企業が集まって催し事をしている場所があります。くれぐれも──」
モザイクは後ろに振り返り、人差し指を自らの口に当てた。
その時の瞳の色が少しだけ怖かった。
彼女の目元にあるナイフの切り傷がよく見えた。
「ドミニオンズであることは明かさないように」
「……ああ」
ドミニオンズが空気感染で増えることは絶対にありえない。
なぜなら彼らが体内で飼っている微生物は、空気中の酸素と反応すると燃え尽きるからだ。
だからドミニオンズがその辺にいても問題ないのだが、まあ、言わなくても分かるだろう。
「でもモザイクさんがイリーノ教会の代表を名乗ったらさ……」
「自然と、感染者の身分を明かすことになりますね」
「怒鳴られて追い払われたりしたら嫌だよ」
「今日は頼もしい仲間がいます。いつもよりはマシです」
聖女は力なく、儚げに笑った。
それだけでも不安が一気に吹き飛んだような気がした。
「今日はうまくいくかもしれないな。いつもがどうなのか知らないけど」
「いつもは惨敗ですよ、ふふ」
二人はビルの隙間に敷き詰められた歩道を歩きながら、空模様の美しさに目を細めた。
結果から言うと酷いものだった。
イベントに参加しようとしたところモザイクの顔を見た警備員が行く手を阻んできた。
彼女がドミニオンズであるとすでにバレていたのだ。
「ニュースによく出演しているのです、教会の名前を広めるために。ですから顔が……」
「そっかぁ」
その後、世界ドミニオンズ機構からの正式な診断書、外出許可証を見せたが無意味だった。
バクの方からも「空気感染は絶対にない」と補足したが警備員は取り合ってくれなかった。
むしろ警察を呼ぶぞと脅された。だから退散するしかなかった。
「ツラい。オレたち何も悪いことしてないのに」
「慣れっこですよ。それにあの方たちの言い分も理解できないことはありません」
「でもあそこまで言う必要あるか? ちゃんと手続きもしたってのに……」
忘れがちだが、ドミニオンズになれなかった者は高熱で死ぬ。
治療方法は存在しない。
仮に生き残れたとしてもドミニオンズに向けられる世間からの目は厳しい。
感染するメリットは皆無だ。
「なんか今更イライラしてきたな」
「世界は広いのです。決してあのような人たちだけではないと信じたいです」
「……モザイクさんがそう言うなら、オレもこの気持ちを抑えるけどよ」
釈然としない。不平等は人間が最も嫌うことだ。
それを与える側は何も覚えちゃいないが、与えられた側は一生根に持つ。
あまり言いたくはないが、今日、バクは非感染者への嫌悪感をハッキリと抱いた。
自覚できる形で。
ああいう人たちとは関わりたくない、と思った。
しかし──
「バク様、買いものに行きましょう。あと先ほどのことは──」
「忘れるさ。おんなじ気持ちだ。モヤモヤしたってしょうがない」
「あなたは柔軟性に優れた人格をお持ちですね」
「いやいや、モザイクさんを鏡にして学んだんだ。前のオレだったら絶対にキレてた」
バクは成長する。
ガブリエルやシュウ、モザイクやヒューゴーに触れて彼の心はいい方向に変化している。
人間は成長できる。
昨日よりも素晴らしい今日の自分に。
厳しい現実を直視させられた後、バクたちは大きなスーパーに行った。
そこではドミニオンズだとバレないよう、二人して帽子を深くかぶった。
バクは野球チームのロゴが印刷された緑のキャップを、モザイクは女優がオフで使うような黒のハットを。
おかげで周りから変な目を向けられることもなく買いものを終えることができた。
「たくさん買ったのに安い」
「特売日を狙った甲斐がありました」
大量の食料品と日用品を車に積み込んだ後、モザイクの運転で教会まで帰った。
改めて思ったことだが教会が建っているのは僻地も僻地だ。
エルピス島の海岸部。超端っこ。
疎まれているのかな、とバクは顔にも口にも出さずに考えた。
「ヒューゴー呼んでくるか? 荷物多いし」
「そうですね……お願いしても?」
バクは車から降りると教会の中に入っていった。
今日は一般客、もとい礼拝者が多かった。
きっとドミニオンズの関係者か、世にも珍しい他人の痛みに共感できる人間だろう。
一定数存在する、可哀そうな人たちに目を向けてくれる聖人というのは。
「……ヒューゴーは裏か」
募金箱にいくつかの硬貨がコロン、コロンと落ちる音だけが響いていた。
それで、ヒューゴーは事務作業に追われていた。
代わりにビリーを連れ出した。
「子供たちと遊んでるイイところだったってのによ」
「すまんすまん。というか子供たちと打ち解けるの早くないか」
「昔接客系を転々としてたからな」
「(関係あるか?)」
ビリーもバクと同じく、なんらかの事故があって感染者になった身だ。
そしてバクと同じく、過去をあまり語ろうとしない。
もはや互いに踏み込まないのがマナーみたいになっている。
「人手借りてきたぞ!」
「借りられてきた」
「あら、ビリー様。お手を煩わせてしまいますね」
「いいんだ、このくらい」
そうやって三人で荷物を分担し、えっさほいさと運んでいるときに思った。
このモザイク・ヒューストンという女性はどのような経緯でドミニオンズになったのか、と。
彼女の目元には特徴的なナイフの切り傷がある。
そのせいでせっかくの美女が台なしに……とまでは言わないが、見るたびに心配してしまう。
「私の顔になにか?」
「あ……いや、キレイだなって」
「ダイレクトナンパか? やめろよ、シスター様だぞ」
茶々を入れてくるビリーの横で、バクはずっとまっすぐに見ていた。
切り傷を見られていると知りながらあえて触れようとしない、こういうときだけ急に察しが悪くなるモザイクのことを。
教会から帰ってくると、バクとビリーは突然呼び出しをくらった。
まったく心当たりがない。
「なんすか、ガブリエルさん。オレたちに声かけるなんて珍しっ」
「教会の修繕費なら前払ったはず……」
「あっ、注意とかそういうのじゃないよ。フツーに野暮用」
ちなみにビリーが教会を破壊した件については世界ドミニオンズ機構の資金力で解決済みである。
モザイクもそれは認めている。とても寛大な人で助かった。
「スキマ時間で二人の戦力を強化できないかなって」
「「戦力?」」
世界ドミニオンズ機構は慈善団体だ。
そしてそれ以前に、政府お抱えの保安機関でもある。
昨今、悲しいことに能力を悪用するドミニオンズが増えている。
通常の警察組織では対処が不可能な犯罪ばっかりだ。
それを狩るのがまさに、ガブリエル率いる世界ドミニオンズ機構である。
「いつ凶悪テロが起きるか分からない世の中だ。新人のキミたちも強くなっておいて損はないよ」
「「確かに」」
世界ドミニオンズ機構が多くの資金を調達できるのは、ひとえに富裕層を守護しているからだ。
別に、なにもない場所から金銀財宝が生えてきているわけじゃない。
ガブリエルはその圧倒的な個人技でエルピス島の平和を保っている。
その中心に富裕層だけが住める特別区画があるのだ。
強くなれ、という命令にはそういう裏事情も含まれている。
「ちゅーわけでこれから夜だ。僕は寝るけど──」
「ガブリエルさんが指導してくれるわけじゃないのかよ~。オレ、ガブリエルさんが良かった~」
「質問だが残業代は出るか? 無給で訓練させるつもりじゃないだろうな」
ガブリエルはこの島の最高戦力。
彼の労働時間は驚異の半日。十二時間である。
よって夜はしっかり休んで寝なければならない。
代わりに太陽がいない間、別のドミニオンズがエルピス島を守ることになっている。
その名は──
「あー……パラヴィのこと、前に少しだけ教えたよね。それと残業代はもちろん出るよ」
「それ誰?」
「よっしゃ。金貰えるならなんでもいーや」
パラヴィ・エスメラルダ。
それはガブリエルに並ぶ男の名前だ。
草木も眠る丑三つ時に活動していることから、その活躍はあまり知られていない。
もとよりドミニオンズとして駆り出されることも少ない。
よってガブリエルほど知名度が高くないのだが戦力としては申し分ないとされている。
いや、申し分なさすぎると言うべきか。
「パラヴィは僕と同じ万能型だ。能力もほとんど同じ」
「……は!?」
「それって最強ってことか?」
「まぁ、そうだね。さ、これから夜が始まる。あとは彼に任せるよ」
「そんな人がいるって知らなかったぜ……」
「ガブリエルさんと同じで優しい人だろうな?」
眠気を隠そうとしないガブリエルは、多少ダルそうに振る舞いながらこう言った。
その刹那、彼がいつも持っていた緊張感や矜持が嘘のように消えてなくなり、瞳の色がものすごく穏やかになった気がした。
「とっても優しい奴だよ。付き合いの長い後輩だね」
そう残し、宿舎エリアまでエレベーターであがっていった。
その後ろ姿は本当に眠たそうだった。
ガブリエルの激務事情は想像に難くない。
昼はガブリエル。
夜はパラヴィ。
二人の最強がエルピス島の安全を保証している。
「ガブリエルさん、こっちだって言ってたよな?」
「もっと下だ。というかこの建物、どこまで下があるんだ」
世界ドミニオンズ機構の地下深く。
バクとビリーがほの暗い箱に乗ってグングンと下に降りている。
この前、バクがテストをおこなった場所よりもさらに下。
「カードキーがないと降りれない階だ」
バクは慣れない手つきで社員証をかざした。
灰色の扉が開いた先にはコンサートホールのような空洞と二つの人影があった。
その片方はガブリエルから教えてもらった、あのパラヴィという男だった。
「ほーっ、アンタらが新人か?」
「ああ」
「そうかもしれないな」
そしてパラヴィじゃないほうの人影が親しげに話しかけてきた。
180センチくらいで全身にプロテクターを付けた、ごく普通の男だった。
しいて言うならヒゲを蓄えているのと、毛先がカールしていたのが印象的だった。
最強の隣に並んでいるということは彼もそれなりの実力者なのだろうか。
「もう聞いてるだろ。こっちはパラヴィ・エスメラルダ。そして俺ちゃんは──」
脚をダンッと大きく広げ、大の字のポーズをとりながら大声を上げる。
薄い照明にぼんやりと照らされた茶髪がぬらりと輝いていた。
「カリスタ・シェリントンだ! よく覚えとけ!」
「……」
「だってよ、バク」
お調子者といった感じがする……が、悪い人ではなさそうだ。
その背後で無言を貫いているパラヴィも同様。
やはり世界ドミニオンズ機構に所属しているだけあって善人っぽさがにじみ出ている。
しかし自己紹介を受けたバクの様子は奇妙で、どこか見定めるような目つきをしていた。
「オレたち訓練しに来たのにカリスタさんの方は後衛型っぽく見えるな。どういうことだ」
「へぇ、よく見えてるな」
そしてわずかな時間を経て出された答えに、カリスタはニヤリと笑った。
新人の勘が鋭く、お気に召したらしい。
「答え合わせでもしてみるか? どこを見てそう思った?」
「どこもなにも守りすぎだ。もしアンタが自分で前線に突っ込まないといけない前衛型なら、そのプロテクターは邪魔に見える」
「そもそもだが──」
後ろでビリーが片手をゆるりと挙げた。
すべての視線が彼のほうを向いた。
「俺たちに訓練をつける名目で地下にいるみてーだけど、配備中であることに変わりはないんだろ? 万能型のパラヴィならともかく、前衛型がこんな地下にいるわけない……よな?」
「今期の新人どもはすっげーな! ちゃんと目が育ってるじゃねぇかよ! じゃああとは目で見て、体を動かして知識を吸収していくだけだな! 未来は明るいぜ……!」
「やったな、ビリー。褒められたぜ」
「優れた洞察力を評して給料上げてくれ」
「──ん~がんばり次第では!」
突然、座禅で瞑想を続けていたパラヴィが声を発した。
バクたちはピクッと視線を跳ね上げ、最強の顔を見た。
「がんばり次第ではお給料、上がるかもね? はじめまして、新たな希望の星たちよ」
褐色肌に長い黒髪。それを後ろで小さく結んでいる。
金色の虹彩を輝かせ、新たな時代の幕開けを祝う鐘のような声で呼びかけた。
バクたちは不思議と、この人はガブリエルにそっくりな人だと思った。
それで二人を強くするための訓練が始まった。
具体的な話は、パラヴィからしてもらった。
「バクくん、ビリーくん、一応能力見せてよ」
「ういっす」
「見せてもいいけど危ないよな」
バクは喉元を燃やし、周囲をいくらか爆発させてみせた。
パチパチと花火が弾けるような音が響いた。
続いてビリーが壁のほうに手を伸ばし、電気を引っ張ってきた。
青白い閃光が彼の周りに集まり、少しだけ苦しそうな顔をする。
「んー、バクくんは良さそうだけど……ビリーくんは『耐性』が付いてないみたいだね」
「オレって耐性? ってのがあるんだ」
「耐性ってなんだ?」
「簡単に言うと身体ができてるかどうかだね。スポーツ選手は激しい運動や怪我に耐えられるよう、常日頃からストレッチやトレーニングで身体を慣らしてるでしょ。バクくん、もっかい爆発させてみて」
「……ほいっ!」
バクは排泄と同じくらい当たり前、というレベルで爆発をやってみせた。
「熱さは感じた? 皮膚が爛れたり、喉が焼けて喋れなくなったりとかは?」
「全然平気っす!」
「それだね、まさに。キミの能力はあくまで『爆発系』であって『熱耐性』じゃない。でも身体が自らの存在を守るために、自然と耐性を獲得するんだ」
「あー俺って確かにビリビリに耐えられてねーな……」
ビリーは教会で半狂乱に陥っていた。
過負荷電力をかけられた際の対策はしておいたほうが良いだろう。
「でもどうやって耐性を得るんだ? まさかビリーを虐めるわけじゃないよな?」
「んー……でも結構ちゃんと追い込まないと耐性は付かないよ。それこそスポーツ選手並みのハードさが求められるね」
「俺キツいのヤだなぁ……」
「そこで俺ちゃんの出番ってわけだ」
カリスタがプロテクターをカッチンと鳴らしていやらしく笑った。
そういえば彼の能力を聞いてなかった。
この場所にいるということはなにか訓練に役立つ能力のはずだ。
「さぁてクイズだ! さっき俺ちゃんが前衛型じゃないと見破ったが、どの型のどういう能力か当てるんだな!」
「当てたらどうなるんだ? 昇給か?」
「おごってやるよ。追伸、俺ちゃんは大金持ちだぜ?」
「うお! 後衛型! 万能型! 特殊型!」
「全部言うなよ!」
「おいおいビリー……万能型はないだろ……」
バクが冷静に突っ込んだ。
確かに、この島にいる万能型はガブリエルとパラヴィのみ。
だとしたら残された選択肢は二つになるはずだ。
「二人ともひとつずつ答えてみ?」
「……オレは特殊型だと思うな。後衛型が万能型と組んでも意味ないだろうし」
「じゃあ俺は後衛型。訓練に役立つ環境づくりとかできそうだし」
「ほーん、そいじゃあ正解発表の時間だな。ん~正解は~……」
「カリスタは特殊型だよ」
「ん~パラヴィさぁ~ん!?」
時間を無駄にしたくないのか、上司による冷静なネタバラシがおこなわれた。
正解者になれなかったビリーは軽くうなだれた。
「ま、でも二人とも良いライン行ってたからな。どっかのタイミングで飯屋連れてってやんよ」
「おっしゃ」
「にしても特殊型か。予想できん……」
特殊型といえばソニンが思い浮かぶ。
彼女の能力は予知夢という、人智と時空を超越したものだった。
だとしたらカリスタも相当強力な能力を持っていると予想される。
「ビリー、カモーンヌ」
「え、怖い」
「いいからいいから」
カリスタは人差し指をクイクイと動かしてこっちに来いと合図を送った。
そういえば彼、手袋すらしていない。
全身をプロテクターで覆っているにも関わらず、だ。
彼は手のひらを開いてビリーのおでこに添えると、目を閉じて眉間にしわを寄せた。
バクは心配そうに、パラヴィは真顔で、二人の様子を見守っていた。
「報告書で見たぜ。電気を操る能力だってのにずいぶん電気を怖がってるみてぇじゃねぇの」
「……そりゃ、呑まれるのが怖いからな」
「そういうトラウマから人の心を守るのが俺ちゃんの能力だ」
カリスタの顎下にあったプロテクターが変形し、彼の口をガチャンと覆った。
次第に指先から白い光があふれ出し、それがビリーの頭の中に入っていった。
「記憶と忘却は互いを補いあうことで完成される。記憶が道標なら、忘却は家であるべきだ」
「あーつまり?」
「脳にちょっくら干渉して、記憶という誰もが持つ当たり前の機能を『促進』する」
人は忘れるようにできている。
いずれ、例外なく、すべての事象を忘れる。
カリスタはそれを人為的に引き起こせる。
また能力の副作用で、他人の記憶を自由に覗ける。
接触、記憶の窃視、機能の促進。
このスリーステップがひとつの能力となっているのだ。
「ふぃ~終わったぜ。どら、能力を使ってみろ」
「……お、ぁ……なんか、スムーズに使える」
「そりゃそうだ。俺ちゃんが忘却を促したからな」
ビリーは無意識のうちに「能力が暴走したらどうしよう」とか「他人を傷つけたらどうしよう」みたいな根拠のない不安に怯えていた。
すべては彼の過去から来たものだ。
それを少しばかり濁し、楽にしてやったというわけだ。
「んじゃ、あとは能力を繰り返し使いまくって慣れていくだけだな」
「あ、カリスタさんもう帰っちゃうのか? オレは?」
「んぁ……バクは大丈夫そうに見えたがなんか忘れたい過去でもあんのかい?」
「いや、オレにもなんか強化イベントみたいなの来ないのかなって」
カリスタはふっと笑った。
「後ろにいい練習台がいんじゃん」
バクはそのとき、ようやく思い出した。
自分が世界最強と戦える権利を持ち合わせていることに。
ガブリエルと戦う。
そんな想像をすることすらバクにとっては恐ろしい。
「なのにいきなりパラヴィさんとやり合えってか? マジで死ぬ……」
相手は攻守兼備の万能型。
実力は世界トップクラス。
手を抜いてもらわなければ、冗談抜きで文字通り瞬殺されるだろう。
「重く構えないで。あくまでも僕はサンドバッグだよ」
「いやでも一方的に撃つのもそれはそれで──」
「一方的にはならないから大丈夫」
「……?」
「僕の顔面に一撃、入れてよ。大丈夫だから」
パラヴィは両手を広げ、無防備な姿勢をとってみせた。
彼が嘘をつくとは思えない。
さっさと急所を狙え、ということだろう。
「……じゃあビリー、後ろに下がってくれ」
「んあ、じゃあ俺は端っこで能力の鍛錬しとくよ」
こんな機会は滅多にない。
実力の底上げを図るためにも本気を出しておくべきだろう。
バクは片足を引き、右手をギュッと閉じた。
手抜きはしない。
明日動けなくなっても構わない。
この場所で自分の実力を計測する。
「少し熱くするから、目ェ閉じといてくれよ……パラヴィさん」
「了解」
パラヴィはうなずく。
それを見たバクは前進。
爆発の反動を使って一気に距離を詰めた。
「──行くぞッ!!!」
「……」
そして空間は歪んだ。
ッ、バンッッッッッ!!!
ドガァーーーーーンッ!!!
あたりの酸素が燃焼反応に加担し、瞬時の縮小を演じる。
代わりに解き放たれたのは圧倒的な熱。
熱の暴虐。
すべてを焼き尽くす、バクの中に秘められている暴力性の権化だった。
それがパラヴィの身体を取り囲み、焼却せんとしたが……。
結果は言うまでもなかった。
「──この火力を出せるなら、前線でも結構やれそうだね」
「…………ぇ」
分かっていた、うっすらと。
どうせ勝てないって。
自分は一番じゃないって。
でもこんな形で分かりやすく示されたら気が滅入るというか、なんというか。
興ざめだった。
「ん~、たぶんバクくんはもっと上に行ける」
傷ひとつどころか、埃ひとつ付けていないパラヴィの姿を見ると目眩がした。
これから世界ドミニオンズ機構で働いていくってのに、なにもできない自分がいた。
実を言うと、ガブリエルは天上の存在だと分かっていたから、彼に負けてもなんとも思わなかった。
パラヴィはそうじゃなかった、だけ。
「ちなみに僕の能力、見せとこうか?」
そこでやっと気付いた。
この前、テストの一環で、シュウたちの前で能力を解放した日。
拍手がやまなくて、みんなに認められたみたいで、本当は嬉しかったんだって。
オレって実は強いほうなんだ、って心の底で思ってた。
ッ、バンッッッッッ!!!
ドガァーーーーーンッ!!!
他人の強さを知って、初めて自分の弱さが目につくようになった。
青と黒を混ぜたような不安が芽生えてきた。
そして──
「この能力、結構気に入ってるんだよね」
誰にも譲れないアイデンティティである「爆発」を、なに食わぬ顔でそっくり返してきたパラヴィのことを、いつか本気で超えてやりたいと思った。
「たぶん落ち込んでるよね、バクくん」
「……へっ、そう見えるっすか?」
「安心しなよ。ひとつ加点要素がある」
バクの後ろの壁には、真っ黒な焦げ跡が。
その焦げ臭さに薄ら笑いながらなんとか両の足で立っていた。
「ちゃんと利き腕で、本気で向かってきたのは凄く良かった。高評価をあげたい。たとえ相手がどんなに強くても……絶対に手を抜いちゃダメだからね」
「言われなくても。次は絶対に傷を付けてやる」
「あわよくば致命傷を与えてみてほしいね。凄く、すごーく期待してるよ」
その日、バクとビリーは強さの土台を手に入れた。
先輩職員と交流することで、これからどのような資質が求められるのかを知れた。
同時に、いつまでも「お客さん」じゃいられないんだという焦りも覚えた。
「ビリー、もう時間だ。帰って明日からの仕事に備えるぞ」
「いいのか、バク。もっと訓練したそうだけど」
「こういう時は休むのも大事なんだよ」
二人は地下を後にした。
忘れそうになっていたが、今は夜。
よい子は寝る時間だ。
名簿ファイル
名前:パラヴィ・エスメラルダ
能力:【管理者権限により閲覧不可】
分類:万能型
好き:青いもの、丸いもの
嫌い:夜勤
補足:世界最強の盾。
名前:カリスタ・シェリントン
能力:記憶への干渉
分類:特殊型
好き:流行り
嫌い:誰かが触ったもの
補足:ソニンのケアを担当している。




