【三話】花に雷、オレは火花
物語が動いたり動かなかったりします
ボランティア。
バクがすることを簡潔にまとめるとそんな感じだ。
「えーっと……平日は世界ドミニオンズ機構に帰ってレポート作成。休日はイリーノ教会に泊まり込み。それで二ヶ月くらい働くってことで合ってるか?」
「ええ、雇って早々に申し訳ないのだけれど、外部の施設で社会を知ることが倫理観の醸成に繋がると考えているの。この場所でたくさんのことを学んで、これからの活動に活かしてもらえると助かるわ」
「引き受けた。教会ってなかなか来ないから楽しみだぜ」
ワックスでのコーティングすらされていないボロの木製ベンチに座りながら、バクとシュウはそんなことを話した。
彼らの横ではモザイクがニコニコと笑っている。シスターらしい柔和な笑顔だ。
見ているだけで誰もが癒される。
「……あとバクさん、耳を貸して」
「なんだ? ソニンのことか?」
「違うわ。来る前にも言ったでしょう。こういう場所は悪い人に狙われやすいって。もし悪い一般人に襲われたら迷わず通報して。そして万が一の場合、こういうことは滅多にないと思うけれど──」
「悪いドミニオンズが教会を襲ってきたら、オレが厄介払いすればいいんだな?」
「話が早くて助かるわ。実はね、今回の任務は護衛も兼ねているの。それで他の職員はスケジュールが空いてなくて……もし何かあったらすぐに電話で呼んで。必ず助けるから」
「新人に結構でかい仕事任せるな~」
「教会への嫌がらせがエスカレートする前に手を打っておきたかったの。高い攻撃力と柔軟な人格を兼ね備えたバクさんならきっと適任だと思って」
「まあ、善いことをするのに理由なんていらないし大丈夫だぜ。ただ字を書くのが超苦手だからレポートは手伝ってくれ。それ以外のことはうまくやるよ」
「……本当にありがとう、バクさん」
シュウはバクの手を強く握り締めた。思いのほか彼女の握力が強くて怖かった。
そんなこんなで事務的な話を終えた後、バクは正式にイリーノ教会の一員となった。
といっても儀式とか洗礼をしたわけではなく、普通に食事を共にしただけ。
それこそが教会に住まう者、つまり家族の証というわけだ。
「それではウチのバクをよろしくお願いします」
「イリーノ教会でしっかり面倒を見ておきますね」
「(オレ、ガキだと思われてるな)」
シュウから見たバクがそうであるように、多くの恵まれない子供たちを育て上げてきたシスターの目にも彼が子供のように映っているらしい。
もう少し大人として見てもらいたいものだ。一応世界ドミニオンズ機構からの使者でもあるわけだし。
それでその後、仕事を終えたシュウはバクに端末を渡し、古びた車に乗って帰っていった。彼女が迎えに戻ってくるのは六時間後くらいだ。
うるさいエンジン音が聞こえなくなった頃、モザイクが不意に声をかけてきた。
「さっきの話、聞こえておりましたよ」
「厄介払いの話か?」
「そうです。しかし案ずることはありません。あなたが手を汚さなくとも私は十分に力を持っていますから。この場所ではリラックスしてくださって構いませんよ」
「へえ……そういえばドミニオンズなのか。能力、聞いてなかったな」
子供たちがドミニオンズということは恐らくこの人もそのはず。
変人でもない限り、ドミニオンズと関わりたがるのはドミニオンズしかありえない。
そんなバクの予想通り、モザイクはどこからかハンカチを取り出してそれで口を隠した。
簡易的なマスクのつもりなのだろう。
喉を守る動作こそが、彼女がドミニオンズであることの何よりの証拠だった。
「ドミニオンズ用のマスクって個性出るよな。ガブリエルのは鎧みたいでカッコよくて、アンタのは……ザ・シスターって感じ? 柄が綺麗ですごく似合ってる」
「ありがとうございます。それでは能力をご覧に入れましょう」
モザイクは両の手を胸の前で組み、深く、深く、祈りを捧げた。
バクは自然と耳を澄ませた。
よく聞くと、小さな風がそこら中から集まってきている。
「私の能力は風を従えます。そして祈ることでこんなにも──」
瞬間、空気がうねった。
──ピュウ
バクの前髪をかき上げる程度の「そよ風」が起きた。
モザイクはどこか満足そうな表情でハンカチをしまい、決めの笑顔を見せた。
「どうですか? すごいでしょう?」
「とりあえず教会はオレが守るよ」
「あら? やはりガッカリさせてしまいましたか……」
「いや、ただ……あれだ」
「ガッカリしたんですね」
バクはそっぽを向き、モザイクから逃げるように外まで散歩に出かけたのだった。
二ヶ月のボランティア。先は長い。
この辺は海が近いから空気がベタついている。
潮気が喉に染みて痛い。
「こんな場所で二ヶ月はわりとキツいな……」
「そこ踏まないで!」
「うおっ!?」
バクは背後から急に声をかけられた。おかげで散歩を邪魔され、思いっきし足を踏み外した。
体が右に大きくよろけ、黒のスポーツ靴が畑にのめり込む。
「ああ! せっかくのお花が!」
「すっ、すまん! 踏んじまったみたいだ! 弁償を……できるものじゃないよな……」
「いえ、気にしなくても。どちらにせよ潮風で枯れる運命でしたから」
長身に黒い修道服をまとった少年は、大きな背中を小さく丸めて花壇を覗き込んだ。
そしてバクは、その背中をただ黙って見つめることしかできなかった。
「……ああ、ところで……僕たち初対面ですよね?」
「そうだ。あんたもイリーノ教会の関係者だな」
「はい、シスター・モザイクには会われましたか?」
「さっき会ったぜ……って分かった! あの人の彼氏さんだろ!」
「ええ!? いえいえそんな! 僕はあの人の弟ですよ!」
「弟なの!? 背が離れすぎてるし髪色だって──」
瞬間、バクのお口に自動ブレーキがかけられた。
こういう話題を深堀りしてはいけない。彼の倫理観がそう考え、働きかけた結果だった。
「すまん、そういう姉弟だっているよな。悪かった」
「慣れてるので大丈夫ですよ」
彼はゆっくりと腰を上げ、その青黒い髪と白金色の瞳を太陽の下に晒し、遥か上からバクを見下ろす形で自己紹介をおこなった。
瞳の色だけはモザイクと共通していた。
「改めまして、僕の名前はヒューゴーです。お姉様とは腹違いの姉弟ですが、仲良く二人三脚で教会を経営させてもらってます。分からないことがあったら気軽に相談してくださいね」
「おうよ。ちなみにオレの名前はバク! 能力は爆発! 馬鹿だから変なミスするかもしんないけど、イリーノ教会での仕事には全力で取り組むから! これからもよろしく!」
「こちらこそよろしくお願いします」
二人は和解の握手をし、すっかり打ち解けることができた。
それからは時間を忘れてガーデニングの技術や好きな食事の話をし、可愛らしく激怒したモザイクから教会に連れ戻されるまでの間、飽きるほど言葉を交わすことができた。
互いを知ることこそ親友への第一歩だ。
まあ、仲を深めようと躍起になったあまり、日がずいぶんと傾いてしまったが。
「こらこら、バク様。外で話をされていたら体を冷やしてしまいますよ」
「すまん、ボランティアとして送られてきたのにまだお喋りしかできてないな」
「それにヒューゴーも。今晩は大鍋でシチューを作る予定がありましたよね。火や食材の準備はできているのですか?」
「え? ああ! 花壇に夢中で忘れてました! えっと……もう子供たちの夕飯の時間まで残り一時間半しか……」
大きな体をしているのに弟の方は何かと焦りがちだ。
落ち着き払っている姉とは大違いだから脳みそがバグりそうになる。
二人の対照的な様子をどこか他人事のように見守っていたバクは、おもむろに右手を突き上げてこんな提案を持ちかけた。
「夕飯の準備手伝おっか? オレ、めちゃくちゃ暇だし」
「バク様、いいのですか? 一応あなたはイリーノ教会の客人ですのに」
「そんな、客人って。子供たちのために家事くらいさせてくれ」
「……でしたらヒューゴー、彼を炊事場まで案内してあげてください」
こうして夕飯の当番にバクが加わることが決定した。
この時、ヒューゴーが彼の料理の腕を疑っていたのは内緒だ。
炊事場は教会の裏口を出たところに隣接している。
天井が高く、窯には煙突まで付いており、今日の夕飯で使う分の新鮮な食材が石造りの調理台に並べられていた。数種類の野菜、瓶詰めの牛乳、布に包まれたチーズ、こんもりと積まれた小麦粉、そして肉のブロック。
恐らく寄付された金で買ったか、支援者から直接貰ったものだろう。
「まず火を点けないと。あっ、でもマッチは地下の倉庫に……」
「代わりにやるよ」
バクは炊事場に着くと慣れた手つきで火を吹いた。
もはや戦闘に利用するより、こういう使い方をすることの方が多いかもしれない。
火種を得た薪はふわりと煙を上げた。焦げ臭さが炊事場に広がっていく。
「おお……この火は僕が見ておきます。バク様は食材のカットをお願いします」
「ヒューゴーさん、アンタは風使えないのか? 筒で息を吹きかけるのは疲れるだろ」
「実は能力をあまり使いこなせなくて。感染者であることに違いないんですが」
「そういう感じね」
ドミニオンズの中には能力を使いたがる奴と使いたがらない奴がいる。
ヒューゴーがどんな了見で能力を封印してるのか知ったこっちゃないが、本人が嫌だ、使えないと言い張るのならバクはそれを受け入れるしかない。
そもそもこんな物騒な力、使い慣れている方がおかしい。
「じゃあ肉はバラしとくわ。牛乳と小麦粉を混ぜといてくれ」
「大丈夫ですか? 骨とか筋に包丁を通すのは難しいですよ」
「オレ、料理が得意なんだ。包丁の扱いは慣れてる」
「へえ、前の職場で料理番をされてたとか?」
「……そんな感じだな」
バクは大きくて重たい包丁を掴むとブロック肉に迷わず突き刺した。
まるで最初から断ち切るべき部分を知っていたかのように。
血抜きされてない肉塊からわずかな血が染み出し、彼の手や服に飛び散っていく。
しかしそれを無視し、怖いくらいにまっすぐな視線で解体を続けた。
「……子供たちが食べるんならこのくらいのサイズでいいよな? 小さすぎたかな?」
「いえ、問題ありません。それより素晴らしい包丁捌きでした。明日僕に教えてください」
「あははっ、ただ力をかけて刃を押し込むだけだよ。あとは慣れだな」
「そんなご謙遜を。僕だって何年も料理番をしてるんですよ。それなのにちっとも肉の扱いに慣れなくて。まだ血の匂いや色を見るとくらっとするんです」
ちょうど鍋の中の牛乳が温まり、小麦粉でとろみが出てきた頃だった。
バクは切り分けた肉を鍋に突っ込むと、今度は野菜に手をかけた。ジャガイモやニンジンが合計で五十個も置いてある。
「ひい~これ全部使うのかよ」
「子供たちは食べ盛りですから。というかバクさんもよく食べる方ですよね?」
「え、なんでバレたの」
「食材に向けてた視線がものすごく怖かったですから。早く食べたいのかな、と」
バクは苦笑し、引き続き調理に励んだ。
ジャガイモは乱切りに、ニンジンはイチョウ切りにしておいた。
料理に大切なのは食べる人を思いやる気持ちだ。ごろっと感を出して料理にアクセントを加えるのも良いことだが、食べるのが子供ならこれも肉と同じように小さく切った方が喜ばれる。
それにこうすることで火の通りがずっと良くなる。寄付された食材の品質が心配だから、よく火にかけておかないといけない。
「野菜はこんな感じでいいか。チーズは……あれは流石に全部使わないよな」
「あっちは一部だけ使って、残りは地下で保管します。ありがたいことにこの教会では使い切れないくらい寄付をいただいているので。明日ピザにでも使いましょうか」
「いいな、ピザ! ピザ大好き!」
「じゃあそうしましょう」
ヒューゴーは姉にも劣らない柔らかな笑みを浮かべた。
とにかくこれで食材は全部切った。あとは混ぜるだけ。
彼は壁にかけられた時計を見たが、夕飯の時間までまだ猶予が残されていた。
しかし窓から覗く空はすっかり夕闇に染まり、冷たい夜風がピューピューと吹き込んでいる。春先だからまだ寒い。
バクは腕をさすった。
「おかげさまで助かりました。あとの工程は僕が担当しますから、バク様はお姉様たちがいる広間まで戻ってください。配膳の時にまた呼びます」
「おうよ。ところでこの教会ってストーブとかあるか?」
「ありますが薪で暖める仕様になってます。すみません、灯油は高くて」
「いいんだ。またオレがやっておくよ」
そう言いながら調理場を出て行った。
バクはポケットの中に隠しておいた腐りかけの野菜クズを生でかじった。
そして石造りの廊下を渡り、裏口の重たい扉を押し開け、夜風の寒さにイラつきながらフラフラと歩いていく。
次第に子供たちがワーキャーと騒ぐ声が聞こえてきた。
「なんで季節ってあるんだろうな。一年中あったかい方がお得だろ」
バクには知らないことがたくさんある。
なぜ生きるのか、なぜ眠るのか、なぜ宇宙があるのか、なぜ、なぜ、なぜ……。
しかし答えを知る方法も知らないので、いつも寝る前にそんなことをぼんやりと考えては、バカみたいだなオレとか思って笑ってしまう。
彼の過去についてもそうだ。
時の流れる方向は常に一定で、過ぎ去った事象は変えられない。なのに考えてしまう。
だからいつも忘れるようにしている。あの鼻をつく血の匂いを。
「(……また根暗モードか。考えるなよ。考えたって仕方ない)」
バクは英雄じゃない。救世主でもない。
人並みに苛立つこともあるし、よく悩む方だ。
だからこそなんの変哲もない夜が嫌になる時だってある。
「子供を見れば気分も変わるかな。それかモザイクさんの笑顔を見よう。いやシュウさんに電話をかけたっていい。もしくはヒューゴーさんの所に戻って慰めてもらうか」
そうやってモヤモヤした気分を抱えて歩いていると……ふと、違和感を覚えた。
広間にいるはずの子供たちが変な声を上げていたのだ。
それもただ面白おかしく騒いでいるなんてレベルじゃなかった。
明らかに悲鳴だ。なぜ、もっと早く気付かなかった。
バクは全速力で駆け出し、反射的に能力を解放した。
喉に火が灯る。
「おやめください! 子供たちがいるのですよ!」
「うぅ! あぁ! あぁぁぁあああぁぁあああああああ!!!!!!」
広間にて。モザイクが子供を背にして立っており、その向かい側──イリーノ教会の入り口に異質な男が立っていた。
いや、正確に言うと男は二本足でかろうじて地面と垂直になろうとしていた。
どうやら体にエネルギーが残ってないようで、脚をグラグラとよろめかせている。
ボサボサに荒れた白髪が静電気のせいで空に向いており、ただでさえボロな服装が電撃に耐えられずボロボロと裂けていた。不思議なことに彼の皮膚は電気の影響を受けていなかったが、逆に言うと彼以外のすべては危険に晒されていた。
そして彼もまた、子供たちと同じく悲鳴のような声を上げ、見えない何かに向かって叫んでいた。
これはモザイクでは対処できない。
「どうした! 悪い奴か!」
「バク様、ちょうど良いところに! 見ての通り彼はドミニオンズです!」
「マジかよ……!」
バクはそのつもりではなかったから気を抜いていた。
まさか夕飯前の一番力を出せない時に限ってドミニオンズに遭遇するとは。
しかも相手の能力が──
「(相性最悪な電気系! オレの点火を邪魔するタイプだ……!)」
電気。それはエネルギーの塊。
それが人肌や樹木に伝われば最後、黒くて痛々しい傷跡を残すことになる。
「モザイクさん、奥に隠れろ! オレが外に誘導する!」
まずドミニオンズには力の階級というものが存在しない。
なぜなら相性があるからだ。
バクは自分以外の着火剤に極めて弱いし、あのガブリエルでさえ練度の高い催眠系のドミニオンズに目をつけられたら勝つ方法はない。断言できる。
モザイクだってそうだ。極論、窒素や酸素を消滅させるドミニオンズに襲われたら、あの可愛らしいそよ風すら起こせずに敗北するだろう。
相性を考えろ。相性で倒せ。
「(この電気マンをどうやったら殺せる? いや、殺すな! 貴重なドミニオンズをぶっ殺したらガブリエルさんに怒られる!)」
バクは何も考えられなかったので、手始めにいつもの爆発をお見舞いしてやった。
すると重たい炎の圧力が入り口の質素な装飾を巻き込み、侵入者ごと外に吹っ飛ばしてしまった。
ちなみに今の攻撃でガス欠になった。もう爆発は使えない。
「う、あああ……」
「爆発が効いてんのか! 効いてるみたいだな!」
というか効いてくれないと困る。
バクは敵の動向を探りながら作戦らしい作戦を考え……るわけでもなく、わたわたと両腕を揺らめかせて攻撃とも威嚇とも取れない行動を取った。
そして一つの言葉が口をついて出た。
「そ、そうだ! こういう時は対話が大事! どうだ、オレたちの仲間にならないか!?」
「ああああぁぁああ!」
「嘘だって冗談! オレもう能力使えないから! 殺さないで!」
まったく大人しくなってくれない。友好的な態度を取ったのに。
それどころか電気の勢いが強まっている気がする。
何に怒っている。何に敵意を向けている。一体、何に……。
──どういうカラクリで能力を使っている!? 絶対におかしいぞ!
バクは一方的な蹂躙の最中、直観的に違和感を覚えていた。
後に分かったことだが、それは正しい勘だった。
そう、実は、ドミニオンズは普通に生きていれば一つの能力しか獲得することができないのだ。
つまり電気マンが「電気を操る能力」を今、こうやって見せているということは──
「(そうだ、コイツのは『電気を生み出す能力』じゃない。もし体内でエネルギーを作れて、それを自分で操れるとしたら……なんか便利で都合が良すぎる! そんなのあり得ない!)」
バクは爆発を操ることができない。その規模を大まかに予測し、ぶっ放すことしかできない。
あくまで自然現象を自分の思ったタイミングで引き起こしているだけ。
だからさっきは教会の入り口を破壊してしまい、あの時は船を燃やしてしまった。
「(そんでコイツはさっきから電気を自由自在に操って攻撃してる。オレみたいに適当やってるわけじゃない。ようやくタネが掴めた)」
そうと分かればやることは一つ。
バクは前転や宙返りで、ムチのようにしなる電撃の猛攻をかわしながらニヤリと笑った。
「なあ、お前! 自分でエネルギーを作れないんだろ! でもこうやって電気は操れる! オレとまったく逆の存在だな!」
「あぁああぁああ、ああぁあああ──!」
「それで……お前さ、電気にまとわりつかれて困ってるんだろ? どう見ても苦しそうだ。言葉も通じてないみたいだし」
そう、たった一つ。
ガブリエルやシュウが、なんでもない存在だったバクを頭から信用したように。
今度はバクが、目の前で苦しんでいるドミニオンズを──
「華麗に助けてやるぜ。これでオレもヒーローになれるかな、ははっ……」
大火傷を負い、焼け爛れてしまった右腕を抑えながら、そう言い放った。
大爆発の轟音は炊事場にも聞こえていた。
そして空に立ち昇った灰色の煙は世界ドミニオンズ機構の目に留まっていた。
あとは時間が解決してくれるだろう。
だからバクは電気マンの攻撃をいなし、なんとか時間を稼ごうとしていた。
「電気が底を尽きれば……へっ! お前も大人しくなるだろ……!」
「バク様、お姉様から聞きました! ドミニオンズが暴れ……うわあっ!」
「ヒューゴーさんか!? なんで来たんだ! あぶねぇぞ!」
「ですが、しかし……あ、そうだ! シチュー持ってきました! お腹減ってますよね!?」
「いや、減ってるけど!」
激戦の最中、ヒューゴーが大きな鍋を抱えてやってきた。
とても危険だが、その勇気ある行動には思わず親指を立てざるを得なかった。
なぜならバクの燃料は食べ物だからだ。
「……っし! 電撃をかわしながらそっちに行く! あんたはじっとしてろ!」
「わ、わかりました!」
バクはぬかるんだ足元に注意しながら飛んだり跳ねたり雷に撃たれたりして進んでいく。
能力を使えないドミニオンズが猫に弄ばれるネズミのように惨めだなんて。今日の今日まで知りもしなかった。こんなに情けないことはない。
結局、大きな力の前では生身の人間などゴミ同然なのだ。
「(ああ、頭がフラフラしてきた……そうだ、シュウさんに連絡しないと……あれ、ケータイどこに仕舞ったっけ……どっかに落としたかな……)」
そんなことを考えながら右足を上げ、地面に突き刺し、今度は左足を上げ──
ふと、バクは背中に誰かが乗ってきたような重たさを感じた。
苦しい。動けない。立たないといけないのに、膝が地面についている。
「(あ、あれ……)」
激痛が走っている右腕を放り出し、まだ無事な左腕を地面について必死に息を吸っていると、にわかに血がボトボトと垂れてきた。
そういえば身体が熱い。
もしかして……というバクの悪い予感は、向こうで見ているヒューゴーの青ざめた顔面によってすぐに答え合わせされてしまった。
「ありゃ……運動、神経……いい方、なんだけどな……へへっ……」
どうやら背中に一撃、ビリビリをガツンと喰らったらしい。
意識が遠のいて、眠くなって、そのうちバクは自分の体を支えられなくなった。
…………。
……。
──ピュウ
バクの疲れた顔を、優しい風が撫でていった。
──ビュウウウウウ
バクのベタついた髪を、たくましい風がかき上げていった。
──ゴオオオオオオオオ!!!!
何かが、来ている。
「え? この風は!?」
ヒューゴーは訳が分からないといった様子で鍋を置き、暗くなってきた空を見上げた。
ただでさえ怖くて動けないのに、バクを庇わないといけないのに。
この台風は何なんだ。
「……あ! あのドミニオンズが風に気を取られてる! 今のうち!」
かなり重たい鍋を掴みなおし、好機を逃すまいとバクの方に駆け出した。
中に入っているのはおいしいシチュー。風で冷めかけているが、まだおいしくいただける範疇だ。
これでバクの腹を満たしさえすれば──
「たぶん体も元気に!」
ヒューゴーはバクの能力を見たことがない。
だからシチューを食わせたら爆撃が可能になるとは一切思っていない。
ただの親切心で飯を恵んでやろうとしていた。
「ほら、どうぞ! お肉たっぷりで味が濃いめですよ!」
「あぁ……」
「よかった! まだ生きてる!」
「う、ま……」
バクは唇を動かし、スプーンの上のシチューを少しずつ吸い上げていく。
その間にヒューゴーは子供たちのために常備していた包帯を懐から取り出し、瀕死の友に対して応急処置をおこなった。
やがて血は止まったが、不幸なことに風は勢いを強めていた。
例の電気系ドミニオンズは依然としてそこに立っている。
「バク様、立てそうですか」
「……立つだけ、なら」
ヒューゴーが肩を貸してくれた。
もはや敵の撃破を考えている場合ではない。なぜだか風も吹いてきたし、一旦避難しなければ。
バクはそう考えた。
「教会を守るって……シュウとの約束だったのに」
「いいんです。だって今は生きることが最優先でしょう。ほら、奴に気づかれる前に逃げてしまいましょう。中でお姉様たちが待ってますよ」
「あ、ぁ……」
世界ドミニオンズ機構のメンバーとして、これが初陣なのに情けない。
バクは今、世界の広さを痛感していた。
こんなのがうじゃうじゃ彷徨っている世界で自分は果たしてやっていけるのだろうか。
「オレの推測だと、アイツはもうじき……ガス欠に……その時、また話したいんだ……」
「それはなぜですか」
「いや、たぶん……アイツも暴れたくて、暴れてるわけじゃない……」
なりたくてなったわけじゃない。
シュウの言葉が頭をよぎった。
そうだ、こんな能力が欲しくて生まれてきたわけではないのだ。
普通に生まれ、みんなと育ち、やがて世界に羽ばたいていく。そんな未来があったはずだ。
しかしバクもヒューゴーも、今そこで暴れている彼もそうはならなかった。
だから恵まれなかった人たちのために安心できる家を用意してやらねば。
バクが手を伸ばさなければ、アイツは一生誰かを傷つけることしかできなくなってしまう。
そうなる前に、何としてでも……。
「あれ……なんか、肌がピリピリする……」
「っ! もしかして落雷!? 伏せてぇっ!」
いつの間にか立ち込めていた暗雲に青白い電気がたっぷりと蓄積されていた。
それが例のドミニオンズの力によってか、はたまた全くの偶然か、地上にいるバクたちを目がけてまっすぐにズドンと落ちてきた。
肌寒い夜。海辺の草原での出来事だった。
バクたちは死を覚悟し、目を固く閉じていた。
それは数秒だったか、それとも数分だったか。数える余裕もなかった。
しばらくして目を開けるとそこには──
「地獄にしては綺麗だな……」
「でも天国にしては暗すぎる気が……」
二人はまだ死んでいなかった。
確かに雷が落ちてきたはずなのに、辺りの雑草は大風に揉まれてシャーシャーと音を立てている。
どこにも落雷の痕跡がない。
ふとバクは自分という存在を上からすっぽりと覆う、大きな気配に気づいた。
「待たせたね。シュウから聞いたよ」
それが、全てが終わる直前に聞いた声だった。
バクは安心しきってまた目を閉じた。
その日の夕食の集まりは予定より少し遅れて始まった。
食卓には温めなおされたシチュー(澄んだ雨水を少々)が提供されており、子供たちはその美味しそうな香りに夢中になっていた──わけではなかった。
みんなの視線が食卓の端っこに集まっている。
「ふぅ、がっ、ぐわっ、うまっ、うまいな!」
「がっつくな! 喉が詰まって死ぬぞ!」
「いやいや、こちとら全然食ってなかったんだ! んっ!? ぐ、ふっ……」
「言わんこっちゃない……」
とある白髪の青年が、まるで三日ぶりに砂漠から生還した憐れな遭難者のように料理を貪り食い、それを喉に詰まらせて死にかけていた。
言うまでもなく、彼はさっきまで暴走していたドミニオンズその人だ。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「お水はこちらに。どうですか、シチューは気に入っていただけましたか?」
「あぁ、ごくっ……ありがとな、シスターさん。危険な存在だった俺を殺さないでいてくれた上に、わざわざ夕食まで振る舞ってくれるなんて。シチューはめちゃくちゃ旨い」
「良かったです。あとでシェフ……弟に伝えておきます」
モザイクはまるで自分のことのように喜び、また子供たちの方に戻っていった。
まだ小さな彼らが白髪の青年を怖がらないように宥めてくれている。
しかしまあ予想していなかった。まさかこんなに早く事件が解決するなんて。
「あ、ガブリエルさんはシチュー食わないんですか」
包帯でグルグル巻きにされたバクがなんとか身をよじり、後ろにいたガブリエルに尋ねた。
すると彼は素っ気なく──
「僕、あんまりお腹空いてないよ。それにこれは君たちの分だ。部外者は大人しくしないとね」
部外者などと自分を卑下しているが空から落ちてきた雷を受け止め、ほんの数秒で白髪の青年を気絶させてしまったのはガブリエルだ。
彼が急に現れて全部かっさらっていった。
バクは無事な方の腕で青年の背中をさすりながら、世界最強の存在に向かって尊敬の眼差しを投げかけていた。
「ん、先に本部帰っとくから困ったらまた呼んで。じゃあね」
「了解っす」
「あと今回の動きはナイスだったよ。初仕事とは思えない活躍ぶりだったね、バク君」
「……当たり前のことをしただけだ。でも、褒めてくれてありがとう」
「へへっ、それじゃ。結構眠いや」
ガブリエルは窓から出て、遠くに見える巨大ビルまで飛んでいってしまった。
いつも早くて、速い男だ。
それにしてもどうしたものか。
はたして世界ドミニオンズ機構に加わるつもりはあるのだろうか、この彼。
「なあ、食ってるところ悪いけどオレたちの仲間にならないか?」
「急すぎるな。こっちが意識朦朧としてた時も勧誘してきた気がするが」
「人手が足りてねぇんだよ。それで、お前の電気パワーがあれば戦力とかも潤いそうだなって。あと単純に後輩がほしい」
「正直かよ……んー」
白髪の青年はシチューを飲み干すと、しばらく俯いた。
まあ、転職について悩むのは極めて当然だ。キャリアのことや勤務条件など、彼が考えなければならないことはたくさんある。
バクは静かに見守りながら皿の片づけや子供たちの見送りもして、それからまだ悩み続けている青年のもとに戻ってきた。
「決めたか? オレは即決だったけど」
「ああ、決めた。もうドミニオンズになったものはしょうがないし、世界ドミニオンズ機構で働くことにするよ。俺の身の上話については後で聞かせてやる。今日は災難続きで頭がパンクしそうなんだ」
「身の上話といえば、まだお前の名前聞いてなくね」
「そうだったか?」
バクは咳ばらいをすると、白髪の青年の目をまっすぐ見て自己紹介をおこなった。
目の前の人間と仲良くなるには、まず互いを知っていくところから。
「じゃあ……ごほん、オレの名前はバク。能力は爆発系。これからよろしくな」
「こっちこそよろしくって感じだな。ちなみに俺はビリーって名前でやらせてもらってる。能力はさっき存分に披露したとおり電気系。まあ、これから世話になる」
バクは真顔で、ビリーは不敵に笑いながら固い握手をした。
これで世界を救う仲間が増えた。彼が味方となるか脅威となるか、その運命は世界ドミニオンズ機構が提示できるボーナスに懸かっている。
「金が好きだから金のために働く。世界平和は今のところ微塵も興味ない。無責任にヒーローを名乗るつもりもない。あと背中と腕のヤケドは申し訳なかった。それは追々賠償させてもらう」
「分かった。約束な」
「ああ、借りた恩は返す。死んでも」
「重いなオイ」
これでイリーノ教会での一日目がようやく終了した。本来は夕方にボランティアを終える予定だったのに怪我や料理のあれこれでもう夜遅くになってしまった。
しかしまあ初日からドミニオンズに襲われるという散々なイベントに見舞われたが、ガブリエルにも褒めてもらったように、ひとまず現状は結果オーライといったところではないだろうか。
バクとビリーは迎えの車に乗り、世界ドミニオンズ機構の本部に帰っていったのだった。
名簿ファイル
名前:ヒューゴー・ヒューストン
能力:【未確認】
分類:【未確認】
好き:姉
嫌い:抑圧されること
補足:資金の管理が得意。
名前:ビリー・ネイガウス
能力:電気の操作
分類:後衛型
好き:金になるもの
嫌い:くもり空
補足:イリーノ教会で交戦の末、スカウトに成功。




