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Dominions  作者: 赤秋の寒天男
【第一章】煙炎漲 編
2/10

【二話】夢を食べる獣

ドミニオンズは、喉を、守るのが、大切!!!!!

酸素と反応して焼けちゃうから!!!!!


作品について聞きたいことがあったら聞いてください

答えられる範囲で答えます~

「さあ子供たちよ、お祈りの時間です」

 波の音が聞こえてくる海岸沿いの荒原──を模して造られた自然エリア。乾いた潮気に包まれたその教会にはたくさんの子供と二人の聖職者が住んでいた。

 建てられたのは四年前。とある宗教の敬虔な信徒である若い姉弟が、寄付金を元手に造り上げたらしい。今はドミニオンズとなってしまった子供たちの憩いの場として活かされている。

「お姉様、パンと水の配膳が終わりました。子供たちのお祈りが終わったら食堂へ案内してあげてください」

「ありがとう、私の可愛い弟よ。時に、どこへ向かうというのですか」

「教会の……外にある花畑です」

「植わっている花の開き具合を見に向かうのですね。潮風に揉まれて顔を下げていないか心配です」

「きっと大丈夫でしょう。街の花屋さんから強い品種だと伺いましたから」

 二人いる聖職者のうち、背が低い姉の方は包容感と厳粛さに溢れていたが、背が高い弟の方はとても内気で子供たちと関わる時間が少なかった。

 対照的な二人だからこそ、その教会は潰れることなく続いていたのかもしれない。

 しかし対照的な二人だからこそ、後に大きな問題を引き起こすことになる。




 世界ドミニオンズ機構のビルはデザイン性が高いだけではなく実用性も兼ね備えている。その最たる例が十七階から二十三階までを跨いでいる仮眠室・住居エリアだ。

 そこは職員なら誰でも住むことができる上に、部外者でも申請さえすれば最高の睡眠環境で英気を養うことができるようになっている。

 もちろんバクも利用可能者の一人だ。

「ちなみにガブリエルは◯階の△室に住んでいるのよ」

「(そんな簡単に教えていいのか……?)」

 シュウは部屋の使い方や基本的なマナーをバクに教えて回り、彼は読めない英語に四苦八苦しながらもなんとか食らいついていた。

 生まれの都合上、言葉と数字があまり得意ではないのだ。前の職場でも人当たりの良さだけが重要視される接客の仕事ばかりしていた。

「ところでオレの部屋はあるのか?」

「もちろんよ。仮契約とはいえ仲間なんだから」

「やった! 一人で寝られるのか!」

「……あなたの以前の住まいが気になるところね」

「オレは社宅の大部屋に十人くらいで寝てた。みんな仲良かったけど、やっぱり野郎が集まると臭いんだ。この前なんて同僚のメタボがオレの顔の近くで屁を──」

「話はその辺で遠慮しておくわね」

「そうか?」

 良家の出身であるシュウにとっては想像すらしたくもないだろう。

 彼女は鼻根をつまんで目を閉じ、脳内からなんとか「屁」という有害な情報を追い出した後、改めてバクを案内し始めた。

「えーとにかく、廊下の突き当りに見えるあの部屋があなたに与えられたものよ。カードをかざすと開けられるようになっているから失くさないようにね」

「失くしたらどうなるんだ?」

「再発行で三十ドルいただくわ」

「(高いか低いか知らんけど金取られたくねぇ……っ!)」

 バクはシュウから受け取ったカードキーを懐の奥深くに封印した。

「あはは……それを使わないと部屋に入れないのよ。あの四角いところに添えてみて」

「わ、分かった」

 部屋の前にたどり着いたバクは、震える右手を制しながら慣れない動きで人生初のオートロック解除に成功した。ウィーンという爽やかな機械音と共にドアがスライドし、中に見えたのは白と黒を基調としたまるで高級ホテルの一室かのような雰囲気の部屋だった。

 バクにとってそう見えたというだけだ。シュウからしたらこのような造りの部屋は珍しくも何ともない。

「すっげぇ綺麗! えげつない宿泊料とか取られないっすよね?」

「あなたと私は仲間よ。絶対に取らないわ」

「やばい信じられん……たぶんこの部屋なら二日くらい連続で寝られる。屁の匂いしないし」

「屁の話はやめてね」

 入ってみると、まず横にトイレと風呂が待ち構えていた。

 かつての仕事場である船の中に備えられていた、流れるか流れないか分からない便所とはレベルが違った。

 というかフローラルな良い香りがする。しかも台座には温度調整機能まで備えられているらしく、バクが試しに座ってみたら思わず寝落ちしそうになってしまうくらい気持ち良かった。

「トイレは問題ないかしら? もし設備の不具合を見つけたら報告してね」

「この書いてある電話番号にかければいいのか?」

「ええ……いつまでトイレに座っているの? もしかしてお腹が痛くなったとか?」

「ああいや!」

 バクはトイレに惚れ込み、五分ほど中に入っていた。外に出てみると怪訝な顔をしたシュウが腕を組んで待っていた。

「隣がお風呂よ。汗をかいたら下のシャワールームを使ってもいいけど、疲労を回復するためにはやっぱり自室の湯船に浸かるのが一番ね」

「湯船って……たくさん水溜める場所なのか? 水道代で怒られたりしない?」

「あなたって子は……! ええ、怒ったりしないわ……自由に生きてもいいのよ……」

 育ってきた環境の差に思わず涙を流すシュウだった。バクは何のことだか分かっておらず、釈然としない様子だったが。

「最後にリビングを案内しましょうか……ぐすっ……」

「(目の病気か? めっちゃ泣いてるな)」

「リビングは寝室も兼ねていてね、この部屋より小さいものなら何を持ち込んでも自由よ。防音設備がしっかりしているから楽器の練習をしている人もいるわ。バクさんは趣味とかあったりするのかしら」

「模型作り。前の会社で余ったプラモ貰ってた」

「じゃあ机と椅子と作業用具を搬入しておこうかしら。仕事に没頭するだけじゃなく、趣味で時間を忘れることも大切よ」

 バクは模型を作るのが好きだ。もちろん人に自慢できるレベルではないし、むしろ手先は平均的な人間よりも不器用な方だが。それでも説明書を見ながら何かに集中することは、心の中にある悩みや不安を忘れさせてくれる。彼はアホっぽくて能天気な性格に見えるかもしれないが、中身はどこにでもいる等身大の少年なのだ。将来のことや収入についてもたまには考える。

 あと趣味をやる時、大抵いつも「模型作りに適した能力が欲しいな」と思う。爆発系の能力は攻撃に優れているが、イマイチ汎用性に欠けるのだ。テレキネシスとか使えないものだろうか。

「これで案内は終わりね。それじゃあさっき言った子のところに連れていってあげましょうか」

「その子ってどんな子だ?」

「……簡単に言うと、時代の渦に巻き込まれてしまった被害者という感じね。ドミニオンズになった経緯も、なってからの扱いもそれは酷いものだったわ。今は世界ドミニオンズ機構の管理下にあるけれど彼女を狙う者は未だに多い」

「もしかして能力が関係してたり?」

「鋭いわね」

 ロビーのロータリーに置いておるクッションの赤い方にシュウが、青い方にバクが座り込んだ。それらはとても柔らかいので臀部をすっぽりと包んでくれる。

 それからシュウはスーツの胸ポケットや内ポケットを探し回り、やがて一つの飴を取り出した。棒切れの先に丸い飴玉が突き刺さっているタイプのお菓子だ。包装には唐辛子味と書かれている。

「タバコ、本当は好きなの。でも世界ドミニオンズ機構には子供だって出入りするし、戦闘を担当する職員は肺機能が機動力に直結するから、最近の私はこっち」

「オレの前で我慢しなくたって……前の会社はタバコ好きが多かったから慣れてるっすよ」

「銘柄はどれが流行っていたの?」

「エルピス・サンセット・グリーン。あれめっちゃ分かりやすいっすよね、匂いが。味はそんなでもないけど結構安くて流行ってた」

「まずい、名前を聞いただけで吸いたくなってきたわ。これあげるから飴に専念しましょう」

「飴ちゃんありがと」

「ところでバクさんって何歳? タバコに詳しいのね」

「あー……上司との付き合いで知ってるだけ。年齢についてはトップシークレットで」

「私は警察ではないから深く聞かないでおくわね」

 シュウは懐からもう一つ飴を取り出した。ワサビ味と書かれていた。

 受け取ったそれは彼女の体温で生温かくなっており、しかもお世辞にも美味しいとは言えない甘さと辛さのハーモニーのせいで脳が掻き回されたが、十数秒ほど舐めているとなぜだか心が落ち着いてきた。

 ちなみにシュウは飴を舐めながら電子タブにさっと目を通している。そこには「ソニン・セブンティエイト」という文字列が表示されていた。彼女がその文字列をタップしてメールを送ろうとしたことから、どうやらそれが人名であるらしいと推測できた。

 そこでバクはようやく「シュウが言ってた子の名前か」と判断することができた。それにしてもかなり珍しい名前だ。ソニンはともかくセブンティエイトだなんて。おかげで名前だと判断するのにものすごく時間をかけてしまった。

 きっと偽名だ。それか両親というものを知らないのだろう。バクは心の中で少しだけシンパシーを感じた。

「ソニンっていうの。今連絡入れておいたから早速会いに行ってみましょう」

「新入りはみんな挨拶しに行くものなのか? マフィアのドン的な?」

「そういうのではないわよ」

 シュウは太陽のように暖かく微笑んで言った。

「あなたは他人より純粋だから彼女の友達になれるんじゃないか、って思っただけよ」

「友達……」

 バクは不思議に思いながらも彼女の背中を追った。どうやらソニンという人物の友達になることが自分の知らないところで決定していたらしい。

 友達。

 ドミニオンズの友達。

 悪くない響きだ。友達が多いに越したことはない。好きなタバコの銘柄が一緒なら話は早いのだが。




「ってタバコも吸えないただの子供じゃねーか」

「誰が子供だ! 私にはソニンっていう立派な名前がある。この施設で一番ボードゲームが上手で、しかもネットワーク管理の仕事も請け負ってる超仕事人なんだぞ」

「じゃあ何歳だよ」

「十五歳だけど」

「子供じゃねーか」

 ソニン。今年で十五歳になるのを、見栄を張ってもう十五歳だと言っている。

 髪は赤色で腰のあたりまで伸びている。見た目は幼く、声も平均より高い。

 そして彼女のために用意された特別な一室は、配線だらけの時代遅れなコンピュータや多種多様な古いボードゲームで散らかっていて、しかも今は少年少女の喧嘩の怒声で満ち溢れていた。

「シュウさん、こんな子供をこんな施設に置いといていいのか? 結構危ないところだろ」

「心配してくれているのね」

「違う。オレが言いたのは、世界ドミニオンズ機構で戦いに身を投じてたら、自然と社会の嫌な部分も目に入ってくることになるだろって話だ。孤児院とかにひっそり預けるんじゃダメだったのか」

「本当によく心配してくれているのね。でも大丈夫よ。この場所はガブリエルや他のドミニオンズに守られているから。それに彼女の個人情報は能力の有用さ故に、すでに裏社会へ漏れてしまっているの。この世界のどこにいようが危険なことに変わりはない」

「黙って聞いてれば、二人してどこまで私を子供扱いすれば気が済むんだ! もう十五だぞ! 昔の国には十五で成人を迎えるところだってあった!」

 シュウの予想に反し、バクはソニンの姿を見るなり感情を荒らげ始めた。

 まさかそんな反応を見せるとは思ってもみなかったので女性陣は恐怖と困惑を感じた。しかしバクの心の中にあるのが、少女の身を心から案じているが故の怒りだと分かって安堵した。

 それにしてもシュウにしてはいい加減だ。彼女にとってはバクもソニンも同じ子供に見えるのだろうが、二人の年齢には開きがあるし、社会経験の有無だって違う。

 バクが社会に揉まれて汚れてしまったボロ雑巾だとしたら彼女は織りたての絹だ。

「んあ、もしかしてゲーム好きなのか? 暇だし格ゲーやろうぜ、オレのほうが強いけど」

「はあ!? 私は確反を絶対に見逃さないからな、覚悟しておけ!」

 しかし年の差があるとはいえ、二人はどこにでもいる子供だ。

 シュウは一息つき、娘同然に思っていたソニンに初めて同年代の友達ができたことを喜んだ。

 やはり彼女の見る目に狂いはなかったのだ。

「……絶望だらけの世界にも希望の光はあるものね」

「シュウさん、なんか言ったか?」

「なんにも」

「シュウ! このバクとかいうぼんくら、TRPGやMTGどころかチェスや将棋のやり方すら知らないお子ちゃまらしいぞ! 私がルールを徹底的に教えてやるから借りてもいいか?」

「ええ、いいわよ」

「誰がぼんくらでお子ちゃまだ! てかシュウさん、オレを置いてくのか? 施設の案内は?」

「もう大丈夫よ。ゲームに飽きたらさっきの部屋でゆっくり休んでいいわ。明日は午前に検査、午後に初仕事があるからよろしくね。あ、ご飯の時間は館内放送で知らせるからごゆっくり」

「オレ頭使うの苦手なんだけど! マジで助けてくれ!」

「へっへっへ、バクに頭脳戦の楽しさを教えてやる……」

 ソニンはいくつものゲームを抱えながら楽しそうに笑うのだった。それで結局、太陽が沈んで夕食の時間になるまで「ありがたい洗礼」は続いた。




 端的に言おう。バクの脳細胞は殺された。他でもないソニンの手によって。

「チェスって馬鹿が考えたゲームだろ……なんでお姫様がいちばん強いんだよ……」

「何百年も前から続く伝統あるゲームだぞ。それに向かって馬鹿とはなんだ」

「あと将棋さぁ……なんだよマグロマンモスって……」

「ミクロコスモスだ。まるでコンピューターの配列みたいに芸術的だろ?」

 何度も言うがバクは難しいことが苦手だ。特に戦術とか駆け引きとか、考えてると脳が沸騰しそうになる。しかもそれを盤上という小さな場所でやれだなんて。退屈極まりない。

 勉強とか計算とかもそうだ。彼はそういう肉体に産まれたのだ。

「てか夕食の時間だろ。二人で食いに行こうぜ」

「無理だ」

「理由があるのか?」

「警備の都合上、このフロアから……いや、この部屋から出られない」

「外にいる悪い大人はオレが焼いてやる」

「そう決まってるんだ。出られない……」

「そうか? じゃあなんでオレみたいなのが部屋に入れたんだ? オレがその悪い大人かもしれないのに」

「……」

 バクがなんとなく部屋から出ようとした途端、ソニンの表情が暗くなった。

 そういえばこの部屋、どこにも窓がない。やはり彼女を守るために作られた場所なのか。

「……お前の能力ってそんなに凄いんだな。世界ドミニオンズ機構がこうまでしてお前を守ろうとするなんて」

「凄いなんてものじゃない。私の能力は世界のことわりをねじ曲げてしまう。だからみんなこぞって欲しがるんだ」

「オレだって何もないところから火を出せるぜ。ほら、これも世界のことわりに反してるだろ?」

 バクは手品師のようにパッと火を点けた。手の上で鬼火がゆらゆらと揺らめいている。そして喉も真っ赤に焼けている。

「バク、ドミニオンズは四つに分類できるんだ。知ってるか」

「初耳だ」

「前衛、後衛、万能、特殊だ。前衛型にはお前みたいな接近戦闘向けの奴が分類される。戦場で一番前に出る役職だ。そして後衛型には前者ほど戦いに向いてる訳じゃないが、このビルみたいな場所を防衛するのに適した奴が分類される。シュウがその好例だ」

「そんな細かい分類があるのか」

 バクは手元の火を消し、喉の炎を鎮めた。

 何度も味わったことのある、内側から漏れ出るような煙臭さと腫れの痛みがやってきたが、彼はソニンの話に聞き入っていたのでそれどころじゃなかった。

 この時、初めて自分が前衛型であることを自覚した。

 そしてこれまで濁されてきたシュウの能力も間接的に知ることができた。ドミニオンズと一口に言ってもいろいろなタイプがいるらしい。

「万能型は読んで字のごとく、ガブリエルみたいな攻守兼備の戦闘員が分類される。どんな状況にも対応できるから政府の奴らのお気に入りだな。世界ドミニオンズ機構にはそんなのが二人いる」

「ガブリエルさん以外にもう一人いるのか? そっちも初耳だぜ」

「ずっと地下にいてエルピス島の主要施設を防衛しているらしい。私もそいつのことは詳しく知らないんだ。世界ドミニオンズ機構の設立メンバーってこと以外はな」

 万能型。正直憧れる。

 ガブリエルの戦果を享受してきた一般市民としても、あの強さを間近で見せられたドミニオンズとしても、あんな能力があれば悩むことなんて少ないだろうに、とバクは考えてしまう。

 きっとガブリエルが矛の役割で、その地下にいる何とかさんが盾の役割なのだろう。二人がいるおかげでエルピス島は安全な場所になっていると断言できる。

「最後に、私みたいなどの型にも分類されない奴が特殊型って呼ばれてるんだ。他のドミニオンズよりも大幅に物理法則を超越してしまってるパターンが多い。おかげで身柄を狙われたり能力を悪いように利用されたり、散々な目に遭うことが多いがな」

「……そうだったのか」

 彼女の表情はずっと暗い。まるで自分の運命を呪っているかのように、諦めの視線を地面に突き刺している。

 バクは自分の能力について生きづらさを感じることはあっても、それほどの自己嫌悪的な感情を抱くことは少なかった。むしろ他人と違って火を出せることに優越感すら覚えていた。

 自分は違うんだ。自分はすごい奴なんだって。

 しかし目の前にいる彼女は全く反対の立場にいた。ドミニオンズとして生きていく運命にものすごく「精神的な疲れ」を感じているようだった。

 知りもしなかった。こんな狭い島の中に、自分と同じ境遇でありながら自分と違うことを考えている少女がいたなんて。バクは世界の広さと深さを教えられた気分だった。

「私の能力は、ホントは言うなって教えられてる最重要機密なんだが……友達のよしみだ。記念に教えといてやろう」

「オレたちいつ友達になったんだよ」

「おい、真面目な雰囲気を壊すな。私だって勇気を振り絞って話してるんだぞ」

「ああ分かったよ。でも一つ言わせてくれ。お前のカミングアウトは聞いてやれない。友達ってすぐ情報を漏らすもんだからな。人の口に戸は立てられないってよく言うし、口の軽いオレが最重要機密なんて知ったら大問題になる」

「はあ? 少しくらい聞いてく──」

「だからこうすりゃいい」

 バクは後ろに振り返った。

 わざとらしく大股で歩いてドアの方へ向かっていく。一体何がしたいのか。その真意が掴めずソニンは首を傾げるばかりだった。

「オレはソニンとのゲームで遊び疲れて部屋を出ていく。そして一人になったお前は、その部屋で寂しく独り言を呟くしかない訳だ。誰にも聞かれずにな」

「……ははっ。じゃあお望み通り、私は寂しく独り言を吐いてやる。あーあ、みんないなくなって寂しいなー」

「腹減った。飯だ飯。こんなところで時間潰してたら遅くなっちまった」

 バクはドアの前で止まった。田舎者だからオートロックの自動ドアの開け方が分からないのだ。そんな彼を助けてやることもせず、ソニンは独り言を続けた。

 ソニンの最重要機密は誰にも聞かれることなく、ただの小さなエネルギーの集合体、崩れた音波の残骸として壁や天井の防音設備に吸収されていく。

「さてと、どうやって開けるんだったかな」

「……私の能力は予知夢だ。深い眠りと共に自動で発動し、人の死を予見する。さっきバクが私の心配をしてくれたが、実際はあいつの何倍も、ひどく凄惨な世界を見てきた。そして利用されてもきた。だが私の人生で一つだけ、幸運なことが起きた」

「お、やっと開いた。はあ、疲れ──」

「バクが予知夢に現れたことは一度もない。あいつは未知の変数だ。ゆえに私の予知夢が当たっているかどうか、この目で観察する必要がある。以上、独り言は終わり」

「オレ、部屋から出るだけで手間取りすぎだろ」

 バクはさっさと部屋から出ていった。これで本当に一人だ。

 楽しい夢の時間は終わりを告げ、またいつものように一人でゲームやネットサーフィンをする日々が戻ってきた。暗くて寂しくて、あまり生きがいを感じない時間だ。

 シュウが雑談をしに来てくれたら、それだけでも心の底から嬉しく感じるのだが。

「……はあ、うるさい奴だったな」

「ソニンいるか? 言い忘れてたんだが──」

「っ!? 女子の部屋にぬるっと入ってくるな! 通報するぞ、この変態!」

 出ていったはずのバクが戻ってきた。この部屋にもう用はないはずだ。

 となると忘れ物でもしたのだろうか。それとも本当に覗きに来たのだろうか。その可能性も捨てきれない。

「いや、明日もゲームしようぜって話だ。どうせ暇だしオレもお前も夜なら空いてるだろ」

「……っへ」

 想定外のことが起こり、ソニンは人生で一番汚い笑い方をした。が、すぐに女の子としての顔立ちを取り戻し、澄ました顔で答えた。

 彼女にとってバクというのは「まだ死んでない人間」だ。つまり貴重な存在なのだ。近い未来に事故や事件で死ぬことがない存在。それだけで気分が躍る。

 心の底から憎んでいる未来という概念を、彼といる時だけは考えずに済む。

「じゃあ明日はトランプだな。また負かしてやろう」

「言ったな? 死ぬほど勉強してくるからな? 逆に負かされても吠え面かくなよ?」

 そんな感じでまた喧嘩をして、なんとか遊ぶ約束を取り付けて、それでやっと二人はお別れをした。

 本当に長い一日だった。船上で怪しい奴と殴り合いになったかと思えば、実はそれが悪いドミニオンズで、なぜか成り行きで世界ドミニオンズ機構にスカウトされて……。

 そして最後に、こんな出会いを果たすことができた。

 人生とはよく分からないものだ。明日には宇宙コロニーが落ちてくるか、もしかしたら永久凍土から復活した恐竜にペロッと食べられてしまうかもしれない。あるいはガブリエルに契約を破棄されて無職になるかも。

「そういえば前の職場に連絡しないとな。あ、でも転職する時って半年前に言わないといけないんだっけ……しまったな、そういうルールとか分かんねぇ」

 バクは食堂に続く廊下の真ん中で、そんな悩みを静かに呟くのだった。

 ちなみに後日、ソニンにトランプでボコボコにされた。




 朝だ。世界ドミニオンズ機構での生活も、これで二日目になる。

 シュウは検査するとか言ってた。何をされるというのか。注射されるのだけはゴメンだ。

「ちゃんと着替えてきたみたいね。トレーニングウェア、似合っているわよ」

「ありがと。この服かなり動きやすい」

 吸汗性に優れた軽い服が上下。世界ドミニオンズ機構から支給された。しかも無料で。

 無料という言葉が持つエネルギーは力強い。無料よりも怖い言葉はないとも言うが、少なくともバクにとっては甘美な響きがする。

 今後、世界ドミニオンズ機構のビル内ではこれを着て行動しよう。体が軽くなった気分だ。

「それじゃあ運動能力の検査を。それが終わったら血液や感染度の検査をするわね」

 世界ドミニオンズ機構は慈善団体だが、休日に花や木を植えたり幼稚園で子供たちと遊んだりする、そんな小綺麗な組織では全くない。

 悪いドミニオンズが出たら、銃を持った怖い軍人よりも先に現場に出て戦う。そして勧誘するか、手を付けられない場合は殺すことだってある。

 世界の平和を守るという名目で、世界ドミニオンズ機構は合法的に人を痛めつける。いや、痛めつけなければならない。そうやって平和を鋳造するのだ。

「今日は人が多いな。スターの気分だ」

「みんなあなたの力を見に来たの。全部電子タブに記録してくれるわ」

「じゃあ電子タブを持ってない奴は監視役か。みんな目が……なんて言うか鋭い」

「よく見ているのね」

 施設の地下。マス目状の模様が刻まれた立方体の空間に、シュウやその他先輩ドミニオンズが数人ほど配置され、その真ん中にいるバクのことを監視していた。

 明るくて広いが、あまり居心地がいいとは言えなかった。壁に焦げた跡だってあるし。

「まずは基本的な体力を測るわ。400メートル走、砲丸投げ、高跳び……」

 バクはこれでも船乗りの端くれだから体力測定は問題なく進んだ。特別高いとも言えないが低いとも言えない絶妙な数値を出していった。

 問題はその後だった。

「最後にドミニオンズとしての能力を把握しておく必要があるわ。今日得られたデータをもとに人員配置を考えるから、全力の八割くらいを目安に頑張ってね」

「おう」

 バクは空間の北側に、シュウたちは東西の壁にぴったりとくっつき、南側の壁に向かって攻撃をおこなうことになった。

 ドミニオンズの能力は大抵恐ろしいものだが、彼ら職員にとっては慣れっこなので特に怖がる者はいなかった。むしろ期待の後輩に興味津々でいた。それこそ怖いくらいに。

「能力は人格と結びついている。あなたも『あの熱』にうなされたことがあるから分かるでしょうけど、その時に深層心理で考えたことが能力に反映されるのよ。ある意味、人前で裸にされているのと一緒ね。ごめんなさい、変な話をして」

「……」

 バクは「宇宙からやってきた生命体」に身体を蝕まれた日の出来事を思い出した。今はまだ、あの日について多くを語ることはできない。

 ただ最悪だった、とだけ言っておく。

 過去は必ずしも美化されるものではない。

「じゃあ能力には服を着せてやらないとな。オレもあんまり話したがりじゃない。あんたらの見たまんまで評価してくれ」

「分かったわ。あなたの望む通りに。マスクはなくても平気?」

「平気じゃないな。でもあれがあったら能力は発動できない。オレはそこがみんなと違う」

 空間がざわついた。

 バクのように「あえて酸素を吸わなければならない能力」は前例がないらしく、そこにいる誰もが──シュウ以外は──バクのことを心配した。

「目標はあの壁。あなたの爆発を見せてあげて」

「修理費は持たないからな」

「構わないわよ」

 シュウは今いる場所から一歩だけ下がり、バクは大きく息を吐いた。そして他の者たちは固唾を飲んで見守った。

「ふう……」

 人格。そう、人格。

 バクの内側にあるのは燃え上がる炎のように凶暴で、相手を選ばない純粋な暴力性だ。彼はこの世界を破壊したいと思っていた。嘘偽りなく。

 しかし他方で、この世界をあまり変えたくないとも思っていた。変えたくないというのは、綺麗なものには綺麗な状態であってほしいという願いのことだ。

「(オレには心が二つある。世界がどうなろうが知ったこっちゃないって気持ちと、世界を悪いことから守りたいって気持ちだ。オレはあいにく、世界から優しくされたことがあんまりない。だから世界に優しさを返そうだなんて偉いことは考えない。でも悪いことや曲がったことが大嫌いなんだ……どっちが本当の自分なのかまだ分からない)」

 正直に言うと、バクはこの能力をどうやって使えばいいのか悩んでいる。悪さを企む野郎なんかには容赦しなくて済むのだが、この凶暴性を向けるべき場所が分からない。

「(でも相手が壁なら……今は迷う必要なんてない)」

 バクは息を吸い込んだ。

 瞬間、喉が鋳られたばかりの刀のように赤熱を帯びた。口先から火の粉がふわりと上がった。

「焼け焦げて、全部なくなっちまえ」

 そして本心を告げた。

 それから空間が縮まり、拡がった。

 火が燃えるとその場にあった空気はなくなり、次の瞬間には爆発の衝撃波が外に伝播していく。

 だからそうなる。

「(熱い……なんかオレが、怒ってるみたいだな)」

 いつ見ても、いつ出しても、この爆発は自分と少しも関係ないように思える。

 まるで自分は選ばれし魔法使いで、掌から放たれた爆発は超強い呪文といった具合に。

 だから力の責任を未だに感じ取れない。優越感はハッキリと覚えているが。

 まさかこれからこの能力で誰かと戦うのか? オレが?

「すごいわね、バクさん」

 どうやら能力が高く評価されたらしい。

 壁には直径5メートルの焦げ跡がついている。地下空間は喝采に包まれた。

 しかしバクにはその拍手と歓声でさえ、自分と関係ない場所にある気がした。




 血液も、感染度も、問題なく検査された。

 バクは注射針を怖いものだと思っていたが、最新のものはかなり細く、くすぐったい程度だった。

 それに検査の後はたくさん食べ物を貰えた。すごくいい気分だ。

「(能力について悩みすぎてたかもな)」

 心機一転、バクは私服に着替え、午後からの仕事に専念することにした。

 シュウによれば午後からはボランティア活動的な感じで外に出向くらしく、これがバクの初仕事になる。

 楽しみだ。憂鬱な気分を晴らすには外出することが一番よく効く。

「ドミニオンズを受け入れているのは世界ドミニオンズ機構だけではないわ。他にもたくさんの施設が保護活動に乗り出しているの」

「そんなことして平気なのか? ドミニオンズを良く思わない人だっているだろ?」

「もちろん火炎瓶を投げ込まれたりナイフを送りつけられたり、いろいろと被害に遭われているそうよ。それでも高い志をもって活動に励んでくれている人ばかりで、私たち世界ドミニオンズ機構も感心させられることが多いわ。これから向かうイリーノ教会もその一つね」

 かつての大災害後に建設された三つの人工島には自然エリアというものが設けられている。人類が大地の素晴らしさを忘れてしまわぬように造られた、緑に囲まれた自然的で落ち着くエリアだ。

 イリーノ教会はそこに建っており、ドミニオンズになってしまった子供たちが自然の中で暮らしている。

 バクとシュウが今車で向かっている場所だ。

「見えてきたわ」

「立派だな。雰囲気が良さそうだ」

 教会前の草原に車を停め、二人は玄関まで歩いていった。そして木作りのノッカーでドアを叩くと、中から若い女性の声がした。

「……お待ちしておりました。中へどうぞ」

「ありがとうございます」

「ありがとな」

 迎えてくれたのは白のカッターシャツに黒のスリットスカートを合わせた、なかなか現代的な格好をしたシスターだった。

 落ち着いたモノトーンの衣装にパンク調のベルトを合わせており、白金色の絹のような髪をポニーテールのように後ろで緩やかにまとめている、それはもう美しい人だった。

 目元に切り傷があったが、それをものともしない美貌の持ち主だった。

「まずはこのイリーノ教会に目を向けていただき、心より感謝を申し上げます」

「こちらこそ。急な申し出に驚かれたでしょう。協力関係を結ぼうだなんて」

「困惑はありましたが、驚きはありませんでしたよ。世界ドミニオンズ機構の噂はかねてよりお聞きしていましたから」

 シスターの案内についていくと、やがて教会内で最も広いスペースに着いた。出入口のアーチ、そこに飾られた木片にはチョークで「祈りの間」と書いてある。女性の像が奥に飾ってある。ベンチがいくつも並べられている場所だ。

 今日は平日なので三人以外は誰もいない。

「それでは改めて、よくぞこのイリーノ教会まで足を運んでくださいました。あなた方を歓迎します」

 シスターは振り返り、軽くおじぎをした。

 その所作は誰もが見惚れるほど美しかったが、バクは祈りの間の奥にあるステンドグラスをぼーっと見ていたので彼女に魅了されることはなかった。

 ただ赤や青の鮮やかな模様に目を奪われて──気づいた時には見つめられていた。

「私の名前はモザイク。シスターモザイクとお呼びください……ね?」

「……あ、オレに言ってる?」

 バクの呆け顔をはっきりと見つめながら、モザイクはかけがえのない出会いに感謝を告げたのだった。

名簿ファイル


名前:ソニン・セブンティエイト

能力:予知夢

分類:特殊型

好き:ゲーム

嫌い:睡眠

補足:最重要保護対象。


名前:モザイク・ヒューストン

能力:そよ風

分類:後衛型

好き:弟

嫌い:不平等であること

補足:シスターをしている。

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