【十二話】もっとずっとたくさん教えて
なぜ我々がドミニオンズと呼ばれるようになったのか。
それは数十年前、とある女性の残した勇姿が原因である。
「わざわざ信仰過剰状態に入ったということはワタシを楽しませてくれるんだな?」
「もてなしたりしないよ。ちゃんと地獄に送ってやる」
信仰過剰状態は身体に大きな負担を強いる。
しかしその形態には明確なメリットが存在する。それは能力の大幅な強化である。
簡単に言うと、かえんほうしゃがだいもんじになる。いや、オーバーヒートか。
世界最強のドミニオンズがさらに進化するのだ。
あえてハッキリと言おう。
この状態のガブリエルは『絶対』に負けない。
いくら時間が掛かろうとも。
「──戦いの中でさ、僕と少しだけ仲良くなれたと思ってるでしょ?」
──ズパンッ
「……ほう、素晴らしい速さだ」
「この攻撃は速いとか遅いとかそういうのじゃないよ」
ガブリエルが腕をさっと振り上げた。
するとその軌跡上にあったフェルニゲシュの左腕が一瞬で消えてしまった。
否、肉片となってはるか後方に吹っ飛んでいた。
野性的本能で少し右に身体を逸らしてしなかったら確実に即死していた。
おそろしい主天使だ。
まさに神の御業を分け与えられし特権階級。
「何がなんだかわからないって顔だね。予言するよ、君は何がなんだかわからないまま死ぬ」
「フン! そう簡単に死んでたまるかッ、ハアッ!」
フェルニゲシュが飛び上がり、とにかく攻撃を避けようと躍起になる。
ガブリエルは彼よりも高く飛び上がり、先回り。
次の攻撃はさっきみたいに優しくないぞ、とわざわざ視線で警告してやった。
「僕ね、仕事で結構端末を触るんだよ。それで最後に指紋を押し付けて『ちゃんと見ましたよ』って確認を入れるわけ。こんな感じ──」
──ドン
「ぐ、フッ……!」
指の腹でポンと押し出した空気がものすごい轟音を鳴らしながら空を駆け下りた。
分子がとてつもないスピードで動いたわけだ。
当然、分子同士が擦れて熱を生むわけなので、フェルニゲシュの肉体をプレスしながら火だるまに変えていく。
こうすれば大抵の生き物は死ぬ。
「(そういえば切った腕から血が出てないな)」
攻撃を終えたあと、それに気づくまで数秒掛かった。
ガブリエルは信仰過剰した影響で少し観察を怠っていたのだ。
だから気づくのが遅れてしまった。
そうだ、そうだった。
相手も人間じゃないんだった。
忘れちゃいけない。
「ハッハッハ……手痛い傷を負ってしまった」
「なんかサモトラケのニケみたい」
「首は残っているし、ワタシは男だがな」
「比喩だって」
左腕と右脚をセットで地獄に送ってやった、着払いで。
それなのにまだ動いてる。
頭をもがれて飛ぶトンボみたいに。
当たり前のように血は出ていないし、息もしていない。
「これ殺したらマズいやつ? バラバラになったところから再生するの?」
「さァな、答える義理などない」
「じゃあ物は試し!」
ガブリエルはまたも攻撃の予備動作に入った。
人間の神経伝達スピードには制限があるため、さすがの彼でも攻撃を出すためにはコンマ数秒のブランクが必要だ。
フェルニゲシュはそのブランクに入り込んで、ある種の超人的──というか天使的──なスピードで動いていた。
ゆえに彼の「進化」を止めるのに間に合わなかった。
「甘いな──ハァァァッッッ!!!!!」
「うおっ、声デカっ!?」
「……ワタシの場合、炎が不完全燃焼を起こして黒く濁る。さしずめ堕天使といったところか」
「そっちも信仰過剰……面倒だなぁ」
消えた手足を補うように、フェルニゲシュの切り口から瓦礫の枝が生えた。
第二ラウンドは今までのようにはいかないだろう。
教会から逃げ出したバクたちは、避難誘導を担当してた仲間に子どもたちを預けていた。
「この子たちを……私たちはまだ外で要救助者を探してくるわ」
「フェルニゲシュがいるんで気をつけてください」
そこにいたのはジロラミだ。
彼はフェルニゲシュが現れた際、真っ先に現場を確認してくれた。
勇気が有り余っている奴だ。
仕事熱心なわけじゃないし、非番の日に呼ばれるのは嫌だと愚痴っていることも多々あるが、やる時はやってくれる。
「……これ全部非難させたら加勢します。ワンチャン死ぬ気で竜巻止めないと……ですよね?」
「でも相手が相手なのよ。挑んだところで──」
「そういうのは大丈夫です。シュウさんだって嫌でしょ、ドミニオンズに好き放題されるの」
「死ぬ気だなんて……その、あまり言ってほしくなくて」
バクは二人のことを無言で横から見つめる。
雰囲気が重くなりそうなところで口を挟んだ。
「にしてもドミニオンズの指示ちゃんと聞いてくれるんすね。普段あれだけ差別してくんのに……あっ、はじめましてっす。新入りのバクっす」
「噂は聞いてるよ。四年目のジロラミです。シュウさんめっちゃ優しいでしょ?」
「あはは……でもたまに厳し──ゲホォ!?」
脇腹に上司の優しいエルボーが炸裂する。
「話戻るけど、こういう時ってみんな普段やってることを都合良く忘れちゃうんだよ。ドミニオンズに守ってもらわないと死んじゃうからね。酷いと思うよね」
「まぁ、酷いっすね。なんか都合の良い存在って思われてるカンジ」
あれだけ嫌われてたのがウソみたいだ。
地下における避難誘導の音頭を取っているのは、ほとんどが世界ドミニオンズ機構の職員だ。
職員の証であるマークもしっかりと胸につけている。それが見えない奴らではあるまい。
こうして見るとモザイクによる文明への攻撃はすでに始まっているのかもしれない。
人々は竜巻襲来という混乱のせいで「差別」という下品なアクセサリーを玄関に忘れてきたようだった。
全員が「いやぁ、こういう時こそ落ち着いて助け合いですよね?」みたいな顔して、ちゃっかり物資を受け取りつつトボトボと階段を降りている。
いま誰かが段差を踏み外して、雪だるまみたいに他の人たちが巻き込まれて、みんな地下壕で肉団子になって死んだらセイセイするのに、とバクは思った。
「酷い奴らだけど……ちゃんと助けるんだよ、バクくん」
「あっ、はい。わかってます。子どもたちをお願いします」
「はいよ、任されました」
バクたちはジロラミに挨拶をすると、そのまま戦地へ逆戻りしていった。
なにか平和のために出来るわけでもないのに。
しかし地下にいては居心地が悪い。
あんな差別主義者が混ざってるかもしれない閉鎖空間にいたら確実に頭が変になってしまう。
そんな自信があった。
「……なんか変なこと言いますけど」
また車に乗っていた。
これから竜巻の進行方向に合わせて移動するのだ。
移動しつつ作戦を考える。
「なに、バクさん?」
「いや……いま思ったんですけど、なんかこのまま竜巻が島をグチャグチャにしていったら結構スッキリするんじゃないかなって」
「えっ?」
運転席のシュウがカクンと首を曲げ、こちらをまっすぐに見てきた。脇見運転は危ない。
続いてヒューゴーとビリーが、信じられないものを見る目でバクを睨んだ。
「低気圧のせいでヤバくなったのか?」
「な、なぜお姉様みたいな過激派に……? これってもしかして洗脳系のドミニオンズの仕業では……」
「いやいやいや! だってさ、この竜巻止めてなんになるよ? 俺らこの島になんか良いことしてもらったか? こんな狭い島の、はしっこの、自然エリアに詰め込まれて、この前は教会の壁にめちゃくちゃな落書きされたんだぜ? 別に守らなくたって……いまになって急にモザイクさんの言うことがわかってきた気がすんだよ」
バクはさっき、これから助ける人の顔を見た。
数千の顔だ。
そして地下にはその数千が、およそ数日は食っていけるであろう食糧が備蓄されていた。
彼はモザイクと同じく、彼らを徹底的にイジめてみて、理性を試したくなった。
嫌な話だが「このまま島をめちゃくちゃにすれば物資不足に陥って、アイツらは本性丸出しになって食糧の奪い合いを始めるんじゃないか?」って予想した。
そうであれ、と思ってしまった。
アイツら本当は醜い奴らなんだって。
「アイツら助けても数ヶ月したら恩を忘れてまた差別してくるんだろ? オレそんなの嫌だぜ。ぶっちゃけ避難は済んでるし、オレらが逃げたって誰も死にはしないし、こんな島なんて竜巻で滅んで──」
──キィ
「も……」
シュウがブレーキをかけた。
潤んだ瞳でこっちを見ていた。
「そんなこと言っちゃ、ダメ……」
怖い。
雰囲気が切り替わった。
威勢の良い男の声が、冷静な女の声に塗り替えられた。
見られてる。評価されてる。値踏みされてる。
こんなカスい奴だったんだ、って見下されてる。
周りからジロジロと睨まれてる。
そうに違いない。
バクは一気に熱が冷めた。
自分がおかしいんだって一瞬でわかった。
失った信頼を取り戻すのに時間が掛かると思った。
「この数日でいろんなものを見せてしまった私が悪かったわ。まだ若くて純粋で、きっと世界は希望で満ち溢れてるって信じてる貴方に、いろんなものを見せた」
「いや、全然そういうのじゃなくて、やっ、あの……オレは──」
「本当にごめんなさい。貴方に『世界は大して良いものじゃない』と失望させてしまった」
「……シュウさんのせいじゃない、ですって」
バクは純粋だ。
純粋な白にも、黒にもなれる。
まだ色の塗り方を知らないからだ。
グレーという色を知らないからだ。
だから決めつけてしまった。
アイツらが死んじゃえばスッキリするって。
ここに来てようやくわかった。
これがモザイクの気持ちなんだって。
「お願いだから戻ってきて」
シュウが隣の座席から身体を乗り出してきた。
優しいハグをしてくれた。
温かくて、お母さんみたいだった。
「これだけは言わせて」
「……はい」
「この島の誰かひとりでも死んだら、私は泣いてしまう」
「……はい」
「愛しているから」
「……はい」
「これから起きることを、止めなきゃいけないの……」
「わかり、ました……」
ヒトが死んだら悲しい。
いなくなったら寂しい。
いま、学んだ。
教えてもらった。
それはシュウだけではない。
島に住んでいるなんの罪もない人たちだってそうだ。
家族がいて、恋人がいて、友人がいる。
彼らがひとりでもいなくなったら、泣く生き物だ。
「オレからも言わせてください」
「なに?」
「ウゼェ、って気持ちは本当です。アイツらはモザイクさんに酷いことをした。してない奴でも、これからするかもしれない。大半は差別を見て見ぬふりしてる」
「そうね、貴方の考えも正しい」
「でもシュウさんに泣いてほしくない。こっちも本心だ。ヒューゴーのためにモザイクさんを止めてやりたいし、オレがカッコよく助けたビリーの前でみっともない姿を晒したくない。全部本当だ」
「たくさんあるわね、貴方が」
「あぁ、オレがたくさんある。オレはどうしたらいい?」
バクはまだわからない。
わからないことを学んでいく子どもの段階だ。
ナイフの握り方しか教えてもらってない。
だから邪魔な他人を殺すしかない。
食うために。寝るために。繁殖するために。
これから気持ち良く生きていくために、オトナから他の生き方を教えて欲しかった。
オトナなら賢いやり方を知ってるはずだ。
ノウハウを寄越してほしい。
あとは上手くやるから。
「全部ここにあっていいのよ。なにを思っても、なにをしても許される」
シュウが心臓の上をなぞる。
「内側は自由。でも外側は『バク』で居て」
「バクか……バクってなんだ?」
「世界を救うドミニオンズの名前」
産まれて初めてだ。
こんなに自分のことを想って強くハグしてもらったの。




