【十一話】おねえちゃん
明らかに普通の竜巻ではない。
スピードもパワーも規格外であると、ニュース・キャスターがひっきりなしに訴えている。
あと数時間で上陸してしまうため島民は避難を余儀なくされた。
通常の三倍の速さで北上し、なんとそのスケールはF6。
史上初、未観測の暴威だ。
「それではお話をしましょうか」
主はモザイク・ヒューストン。
誰も彼女に敵わない。
終わりってやつだ。
「ヒューゴーは知ってたのか?」
「……いえ、まあ……その」
そんなモザイクを間近で見ていたヒューゴーは、苦虫を嚙み潰したような顔で俯いた。
物柔らかで優しい彼がするような表情ではなかった。
「知っていました。知ってはいましたが、そんなわけないと……」
「だってよ、モザイクさん。少なくとも協力的じゃなさそうだ」
「強制はしません。しかし私が無力化された際には、ヒューゴー……貴方が竜巻を操りなさい」
「は!? ヒューゴーも似てる能力を使えんのか!?」
最強の矛であるガブリエルは戦闘中。
しかし昼間にパラヴィを起こし、その戦闘に参加させるわけにはいかない。
最強たちを同じ時間に活動させるということはつまり、二人の判断力が鈍る時間ができてしまうということ。
迂闊な判断をしてはならない。それが命取りになる。
「この際ですから、ドミニオンズの奇妙な特性についてお教えしましょう」
吹き荒れる草原の上に木製のチェアを四つ。
輪を囲むようにして四人で向き合った。
「その前にバクさ、おまえは血縁でもなんでもないのにどうやってモザイクさんの内面を見破ったんだ? まだ出会って十数日だろ?」
「……違和感があった。モザイクさんは竜巻に対してあまりにも危機感を抱いてなさすぎた。あれがエルピス島を狙っているんだとしたら、真っ先に教会へ向かってくるはずだ。それなのにずっと穏やかで……とにかく変だった」
「野性の嗅覚的なやつか。バクってそういうセンスあるよな」
「まぁ、それで……モザイクさん、その奇妙な特性ってやつを教えてくれよ」
時計回りにモザイク、バク、ヒューゴー、ビリーの順番で座っている。
全員がドミニオンズだ。
「ときにドミニオンズの能力は、なにで決まるとお思いですか?」
「そりゃ死の直前に見えたシンソウ意識がなんちゃらかんちゃら……」
「概ねその通りです。ヒトにはそれぞれ、自分でも気付けないくらい心の奥で考えていることがあります。それが能力に反映されるのです。しかし能力にはある程度の傾向があります」
「傾向だと?」
モザイクは空をふいっと見上げた。
「親子、兄弟であれば能力が勝手に似るのです」
「……それは知らなかった」
「弟も風を操る能力を持っています、多少性質は違いますが」
バクはヒューゴーのほうを見た。
彼はなにも答えられなかった。
この世の終わりみたいな表情をしながらゆっくりと首をもたげ、目で訴えた。
しばらくして心が落ち着いてきたのか口を開いてくれた。
「隠していたつもりはなかったんです……ただ、僕はこの力が……」
ちらりと姉を見る。
「僕には──やっぱり扱えない」
ヒューゴーは姉のことが大好きだ。
身を挺して守ってくれたあの日からずっと。
もちろんそれ以前から好きだったが、より一層好きになった。
だからこそ裏切れなかった。
悪いことをしようとしている姉を止めてやれなかった。その結果、どう転んでも破滅するのが確定してしまった。
ずっとわかっていたのに、自分が原因で姉がこうなってしまったこと。
「ヒューゴー、私が死んだら引き継いでくれますか」
「ヒューゴー、自分が良いって思ったほうを選んでくれ」
姉を見捨てたら二度と会えなくなるだろう。
考えるまでもなく終身刑。もしくは死刑。
しかしこれから起ころうとしているのは虐殺。文明そのものに対する攻撃。
歴史的大犯罪に与するなんて、とてもじゃないができない。
まだ若いヒューゴーには選択できっこなかった。
たったひとりの家族なのだ。
そしてこれはバクたちにとっても同じだった。
モザイクは拠りどころのないドミニオンズに居場所をくれた。
仲間として扱ってくれた。
嫌な顔ひとつせず同じ屋根の下で暮らしてくれた。
なにも思わないはずがない。
できればこんなこと……ないほうが良かった。
「……ヒューゴー、選べないならせめてどっかに行ってくれ」
「それは、なぜで──」
「オレはあんたの姉と戦わないといけないんだよ、いまは普通に喋ってるけどな」
「──」
「おまえが悩んでる間に、誰かがあんたの姉を止めなきゃいけないんだ」
ヒューゴーは今の今まで考えないようにしていた。
しかし改めて現実を突き付けられた。
そうだ、大好きな姉は犯罪者。
止めないとダメなんだ。
「見せたくない、あんたの姉が姉じゃなくなるところ」
「そ、そうでした……よね……」
これから犯罪者として世界ドミニオンズ機構に盾突くのだ。
法律を破り、文明に刃を向けた瞬間──その瞬間からもう姉として見れなくなってしまう。
あのとき、あの時間を共に過ごした、あの優しくて頼もしい姉が跡形もなく消え去ってしまう。
だとしたら最期の姿なんて見ないほうがマシだ。
「……待ってください……お姉様、聞きたいことが……あります」
「なんでしょう」
「せめて、せめて子供たちは……」
「いずれ巻き込みますが、あとにしてあげましょう。バク様も同様です。いまは殺さないでおきます」
殺さないでおく。その言葉は驕り昂りではないだろう。
空気がすんと静まり返った。
「じゃあ訊いとくが、オレがもしこの場であんたを倒すって言ったら──」
──シュウン!
「愚かなことは考えないでください」
瞬きのうちに小規模な突風が飛んできてバクの頬を浅く裂いた。
「わかった。逆らったりしない。ビリーもヒューゴーもあんたの邪魔をしないって約束する」
ビリーがいつになく慎重な面持ちで頷き、バクの向かいで同意を示した。
ヒューゴーは首こそ降らなかったが、姉に対してなにか言いたげな様子でもなかった。
ずっと目を伏せたり上げたりして考え事をしていた。
誰も彼女に逆らえなかった。
みな内心、心臓が破裂しそうだった。
「だけど子供たちはオレたちで連れていく。あんたは竜巻と仲良くやっててくれ」
「承知しました」
モザイクは椅子に座ったまま、手を腹部の前で組んでみせた。
ここで竜巻を操るつもりなのだろう。
「エルピス島を通過したあとは気流に乗せてアナスタシス島に向かわせ、最後にカイロス島を狙います」
目をキンと開いた状態で、自分の膝をじっくりと見つめている。
怖いくらいにまっすぐな視線だった。その横をすり抜けるようにして教会へ戻った。
震える子供たちを連れ出すのは大変だったが、なんとか教会から数百メートルほど離れた場所まで歩かせた。
そしてそこでシュウの運転する大型車に拾ってもらい、教会をあとにした。
「遅くなってごめんなさい。ところでモザイクさんはどこに」
「まだあそこに……あ」
シートベルトも確認せず、急いでアクセルをベタ踏みする。
子供たちが頭をぶつけても気にしない。というか気にしていられない。
もう竜巻がすぐそこまで来ていたからだ。
その最中、バクはバックミラーで見ていた、モザイクが竜巻の中に入っていくのを。
「あれで死んでくれたら──」
「ないわね。モザイクさんはドミニオンズとしての練度が非常に高い。自分だけが竜巻の影響を受けないよう風の流れを調整する……なんてことも容易でしょう」
「だよな。特性のおかげで気圧にも多少耐性があるだろうし」
「……しかし面倒なことになったわね」
シュウは片手運転しながら端末をいじる。
スワイプにつぐスワイプだ。
「竜巻をまとった彼女を止められる人員は……ノー……違う……彼もダメ……」
「パラヴィさんは?」
「上が止めてるの。万能型を二人同時に使うなって」
「最悪だな」
じゃあどうすれば良いのか。
死ねってか。
そもそも『上』の人間はさっき十人くらい殺されただろう。それでも慎重派を気取るのか。
「そういえば、その血」
「ガーゼありがと」
「……さて、他に手掛かりはないかしら」
「あるとしたら……後ろにいるヒューゴーかな」
「はっ、はい! 僕がなんでしょう?」
完全に放心状態だったヒューゴーがヒュゴッと飛び起きた。
近くの席でウトウトしていた子供たちも一斉に目を開いた。
「ヒューゴーはモザイクさんと似た能力持ってんだろ?」
「そうですね、一応。姉と違って弱っちいですけど……」
「あの竜巻と逆回転のやつを作って、それぶつけたら勝てたりしない?」
「……不可能、ですね」
返事を聞いたシュウがン~と小さく唸る。
「それはどうして?」
「まず時間が必要です。姉がそうだったように、長時間祈らなければあんな竜巻は作れません。あと意志の強さが違います。姉を動かしているのは比類なき憎悪です。それに追いつくなんてとても……」
納得できる説明だった。
ヒューゴーが勝手に尻込みしているわけではなく、彼の力では本当に勝てないのだ。
これで希望は完全に断たれた。
「確認だが、風は起こせるんだな?」
「はい、僕がその中心にいなければならないという制約付きですが」
「なるほど?」
「僕の風は、僕のもとを離れると消えてしまうんです。姉のようには行きません」
確かに、似ているだけで完全な別物だ。
モザイクのような離れ業は不可能らしい。
「いまから特訓……するわけにもいかないよなぁ」
「最悪の場合、他の島から援護してもらうわ。この方法も戦略上あまり良いことではないのだけれど」
「ま、限りある戦力をひとつの島に偏らせたらダメか……」
他の二島を守っているのはオド工業と芸術保全協会だが、あちらもあちらでかなり忙しい。
なにせ戦闘が専業ではないのだから。
「じゃあホントに最後の確認だ、ビリー!」
「おう!」
「モザイクさんに勝てるか?」
「勝てると思うか?」
ダメだった。
電気を操る能力なら望みはあると思ったのだが。
「電気だって通れる場所と通れない場所があんだ。んで空気を伝うってなると、雷みたく相当な電位差がいる」
「もうなに言ってんのかわかんねーよ。とにかく無理そうなのはわかった」
「ちょうど良い上昇気流でもありゃ完璧なんだがな」
「あー……」
わかったフリをしているがその実、なにも理解できていない。
要するに悩んでも仕方がないってことだ。
それにこの辺ではまだガブリエルが戦っている。
チンタラしていたら流れ弾で殺されてしまう地獄のような環境だ。
「シュウさん、とりあえず本部に戻ろう」
「わかったわ。子供たちを逃がすのが先ね」
すでに地下への避難が完了し、ガランと空虚になってしまった街中を、シュウの運転する車だけが静かに疾走していった。
乗り捨てられた車両や落とし物がそこら中にあった。




