【十話】F6
『待て、ガブリエル! 最悪なタイミングで竜巻が動き始めた!』
「──えっ?」
オペレーターが叫んだときには手遅れだった。
ガブリエルの身体は変わり始めていた。
「そう、いう……大事なこと……先に……」
「ヴィランを無視して呑気に変身か? とんだスーパーヒーローだ……セェアッ!!!」
フェルニゲシュのストレートが無防備なガブリエルに炸裂する。
しかし透明なバリアが瞬時に彼の身体を覆い、いつも通りダメージを無効化してしまった。
たとえ変身中であっても守りが疎かになるわけではないようだ。
「こういうの……見守る、のが……おやく、そく……」
「面白い。高みの見物と決め込もう」
世界ドミニオンズ機構謹製の戦闘服を残し、上着や装飾品が自然発火して燃え尽きる。
上昇気流により髪が逆立ち、毛先がチリチリと焦げる。
肌が白熱して血管が赤く透ける。
そして排熱が間に合わなくなったせいで、頭頂部と背中から熱波が噴き出す。
人間の身体で最も熱くなりやすいのはその二つだ。
「僕が……止めなきゃ……竜巻……」
『落ち着け! いまはフェルニゲシュだ!』
やがて熱波によって歪められた空気が蜃気楼の幻影を作り出す。
頭頂部には真っ白な輪が、背中には鳥のような白い翼がそれぞれ現れる。
その姿はまるで、神の御業を下民に伝えるべく天から舞い降りてきた主天使のようだった。
これでガブリエルは竜巻を相手取る余裕がなくなったわけだ。
「シュウさん、事後報告になってゴメン! 竜巻を操ってるのはモザイクさんだ! もうオレだけじゃどうにもならない!」
『それは本当なの!? なんで……ッ、いや……グダグタと考えてる暇なんてないわね。いますぐモザイクさんから離れられる?』
「それは無理かもしれない! とにかくだ、いますぐガブリエルさんを寄越してくれ!」
『ガブリエルは……フェルニゲシュと戦ってる』
「えっ」
竜巻が最初になぎ倒すのはこの教会だ。
その前に子供たちを連れて逃げないといけない。
しかし事実を明かせば彼らは混乱し、思った通りに行動しなくなるだろう。なにせモザイクは母親も同然の存在なのだから。
そこで上手い嘘でも思いつけたら良かったのだが、バクはそういった機転を持ち合わせていなかった。
だからガブリエルをあてにしたのだ。
なにもかも彼に解決してもらって強制ハッピーエンド。大団円。
そう思っていたのに。
「……オレ、どうすれば良い?」
消え入りそうな声で尋ねるしかなかった。
『待って。ごめんなさい。大きな問題が二つ同時に起こっているの……精いっぱい考えるから、とにかくそこから逃げて』
「いや、でも子供たちが……ビリーは寝てるし、ヒューゴーだって……」
『……っ! ……~~~っ……』
シュウは戦えない。他の人員もそうだ。
竜巻を消す力なんて持っていない。
こうなればモザイクを殺すしかないのだが、肝心の本人もなかなかに強いから困る。
どうすれば良い。
バクがこぼしたその言葉に裏はなかった。
ただ知りたかったのだ、みんなを幸せに導く方法を。
「──オレ、やっぱり無理だ」
『そうよ、別に逃げて良い。だから落ち着いて作戦を立て──』
「ひとりで逃げるなんて無理だ」
『……』
しかしバクは立ち向かうことを選んだ。
だってこんなのおかしいからだ。
いまから無惨に何千人も殺されるというのに、最前線にいるドミニオンズが逃げてどうする。
もし尻尾を巻いて本部に逃げ帰ったら絶対に後悔するだろう。
そう言い切れる自信がバクにはあった。
「最後になるかもしれないけど、モザイクさんともう一度話をしてくる。あとのことはシュウさんに全部任せた」
『……絶対に無茶しないでね』
「約束できない。でもなるべく努力する」
バクの中に正義も悪もない。
ただ、みんなに笑っていてほしいのだ。
もしこれから起こることが本当になってしまったら、それはまったくもって笑えない。
「(勘違いすんなよ、オレ……モザイクさんもこの手で助けるんだ。全員でトゥルーエンドを見てやる……!)」
渦中にいるのは、差別で心を病んでしまった聖女。
悪の道に堕ちた彼女を救ってこそ、本当の幸せが訪れるのだ。
バクは本部との通信を切ると、また教会に戻ってきた。
マスクをしたモザイクはいつも通り──とまでは行かないが、子供たちと普通に接していた。
「まだ『あの竜巻は自分が作り出した』って言ってないのか?」
「言う必要などありませんから」
「竜巻の予測進路はまっすぐこの島を貫いてる。本当に子供たちを巻き込むのか?」
「これから文明を破滅へ追い込もうとしているにも拘わらず、私たちだけ助かろうというのは虫の良い話ですから」
モザイクは変なところで律儀だ。
子供たちを愛しているのは本当なのに、狂気によってその愛情が上塗りされてしまっている。
冷えきった瞳がバクを見つめる。
「オレはあんたを止められないかもしれない。でも最後に話だけさせてくれ。これから殺される人たちはなにも悪くないし、なにも知らないんだ。納得できるように話をしたいんだ」
「止めようとしても無駄ですよ」
「……あんたの弟はあんたがやろうとしてることを知ってるのか?」
「知りませんし、知らせようとも思いません。しかし血を分け合った姉弟ですから私のことを理解してくれるでしょう」
「知らないんだな? じゃあみんなで話をしよう。それくらいの時間は残されてるだろ」
バクは子供たちに目配せをした。
彼らはまだ難しい言葉を知らない純朴さを持っていたが、さすがにモザイクの表情から薄々察しているようだった。
大人たちが部屋を出ていくと、みんなで一ヶ所に固まって震え始めた。
「オレとビリーとモザイクさんとヒューゴーで話をしてくる。安心してくれ、悪い話じゃないよ。これだけは約束する」
「……少々、いなくなります。子供たちよ、どうか元気で」
教会のてっぺんにある旗はすでにパタパタと激しくなびいていた。




