第四話
まとめた小さな荷物を持って階下へ降りると、既に一階でヘヨカは待っていた。綺麗な布を風呂敷代わりにしているミカに、ヘヨカは息を吐く。
「貸せ」
ヘヨカはミカの荷物の中身をカウンターに出すと、布を掴んで大きく広げた。布はシーツの半分ほどの大きさで、裏地も無い只のまっさらな布である。
ふうっ、とヘヨカは布に息を吹きかけた。青白い炎が吹きあがり、布が空中でひらひらと舞う。驚いて身を引いたミカの頭の上に落ちた時には、布はヘヨカのそれに似た、フード付きのケープに仕上がっていた。
「……行くぞ」
ヘヨカはケープごとわしわしとミカの頭を撫で、踵を返して宿を出た。ミカは困惑した様子の宿の主人に頭を下げ、荷物を抱えてその後を追う。
「ヘヨカ様、ヘヨカ様!」
ミカはケープを抱え、ヘヨカに追い付く。そして、傍らに並んで歩きながらヘヨカにケープを突き出す。
「あの、これはいただけません」
「……何故だ」
「施しをしていただくわけにはいきません。私は、ヘヨカ様に買われたのでしょう? その立場でしたら、」
「己れの我儘だ。駄目か」
「えっ……でも、」
「そもそも、お前を買ったと言っても奴隷にしたわけではない。……自惚れろ。五百年ぶりの己れのお気に入りだ」
ヘヨカはケープをミカに押し戻し、足を早める。ミカはしばしぽかんと口を開けていたが、やがて、緩む口元をぐっと噛み締め、ケープを羽織った。
遠慮がちにケープを掴んでくるミカの手を、手袋をはめてヘヨカは握った。びくりとして手を引こうとしたミカを逃がすまいとするように、その手に力が入る。
草原を黙々と歩く二人の先に、街が見え始めた。白い城壁でぐるりと周りを囲まれており、門には番兵の姿も見える。
生まれてこの方、宿場町を出たことのないミカにとっては、道中も全て初体験であった。
「……綺麗ですね」
ぽつりと零すミカに、ヘヨカは何も言わずに歩く速度を少しだけ落とした。
ざあっ、と風が街道の草木を揺らす。振り返れば、既に育った町は遠く小さく、いつも屋根の上から遠くに見て憧れていた街が、今目の前にあった。
番兵はヘヨカとミカを兜の奥から見据え、名簿を差し出した。ヘヨカはペンを取り、名簿に文字を書き込む。それからミカをちらりと見遣ると、同じように名前を書きこんだ。それを番兵に差し出す際に、金貨を二枚乗せる。
番兵は黙って門を開いた。ヘヨカはずかずかと進み、ミカはぺこりと番兵に礼をしてからその後を追う。
ミカはくぐった門を振り返り、その上にある刻印を見て首を捻った。
「……ヘヨカ様、あれは?」
「太陽神、ソールの刻印だ。この街はあいつの庇護下にある」
ミカはヘヨカのケープを掴むと、賑やかな街の様子を見回して息を吐いた。
時刻は昼を過ぎている。門から入ってすぐ、街の中心部まで伸びる真っ直ぐの道にはいくつもの商店が立ち並び、威勢のいい声が飛び交っていた。道を歩く少女達は皆一様に笑顔で、煌びやかな服を着ている。通りを横切るように二階の窓から窓へとロープが渡され、そこにも太陽神の刻印が刺繍された旗が吊るされていた。
大通りを真っ直ぐに抜けると、噴水のある円形の広場に出た。そこから更に真っ直ぐに抜けると、白い大きな神殿がある。
「あ、あれが神殿なんですね! 綺麗……私、初めて見ました!」
はしゃぐミカに「そうか」と返し、ヘヨカはフードを目深に被る。
「あの……ヘヨカ様?」
「神殿に行きたければ行くと良い。己れは用がある」
献金だ、とヘヨカはミカに銀貨を数枚渡した。
「でも、」
「しばらくしたら迎えに来る」
ヘヨカはそう言い残すと身を翻す。驚いてミカが振り返った時には、既にヘヨカは人込みに紛れてしまっていた。ミカは銀貨を握ったまま、不安気な顔になる。
だが、改めて振り返ると立派な太陽神の神殿がそこにはあった。ミカは銀貨をポケットに入れ、ケープを握ってそちらに向かった。
幅広な階段を上り、数多の柱に支えられた屋根の下を進んでアーチ形の入口へ。出入り口の兵はミカを見て一瞬顔をしかめたが、何も言わずにミカを通した。
多くの人が出入りする中、背の低いミカは背伸びをして、何処に行けばいいのかと辺りを見回していた。
「っ……と、きゃあっ!?」
何かに躓いて体勢を崩し、更に誰かにぶつかられてミカは転ぶ。
「ってぇな……よく周り見ろ!」
ぶつかって来たのは、中年の男であった。ミカは怒鳴り声にびくりとして身を縮める。
「ご、ごめんなさい……」
男は舌打ちをしてずかずかと去って行く。ミカは壁際に駆け寄り、震える息を吐いてケープのフードを被った。
今の騒ぎで注目を集めてしまったらしく、周りからはひそひそと話し声が聞こえてきた。そのどれも、聞きたくない言葉ばかりだ。
今すぐに出て行きたい。だがヘヨカはまだ居ないだろう。ヘヨカが来るまで、ずっと外で一人で待つならば、そちらのほうが苦痛だ。
ミカは顔を隠すように俯いたまま、足早に神殿の奥へと進んだ。人々の間を縫って歩くと、「竜が人の神殿に来るな」と、擦れ違いざまに誰かが吐き捨てる。
神話で神々と争う竜は、信心深い人にとっては嫌悪を抱く存在だ。
足がすくんでしまいそうになり、ミカは更に身を縮めて固くケープを握り締めた。
神殿は、更に奥へと廊下が続いていた。どうやら手前は献金や祈りを捧げる場であり、神を祀っている堂は更に奥のようだ。ミカは、人々が向かっている細長い入口に足を向ける。
だが―――その入り口に立っていた番兵達が、持っていた棒を交差させてミカの行く手を塞いだ。驚くミカに、番兵は布の仮面の奥でゆっくりと首を横に振る。
「君には済まないと思う。しかし君が行くと騒ぎが起きかねない」
「でも……すみません、神殿、初めてて……少しでいいですから、見られないですか?」
「駄目だ。そもそも太陽神ソールは人の神。君には関係の無いお方では無いかな?」
もう一人の番兵は冷たい口調でそう言い放つ。ミカは緩く唇を噛んだ。
「……でも、」
「駄目なものは駄目なんだ。帰りなさい」
優しく、しかし有無を言わせぬ口調で言われ、ミカは言葉に詰まる。通路を塞がれ、背後の人々からは不満げな空気が漂ってきていた。
が――――
「……おや、騒がしいと思ったら」
しゃらん、という金属音と共に、柔らかな声が割り込んだ。瞬間、番兵達が体を緊張させて棒を引く。廊下の奥からは、一人の青年が歩いてきていた。
その青年は、白い布と腰帯だけで作った、異様な服装をしていた。大きく開いた胸元と右の手首には金色の装飾品が輝き、裸足の足首にも二つずつ金の輪が揺れている。歩くたびに、その輪がぶつかりあって音を立てているようだった。
髪は癖のあるふんわりとした金の短髪、小さな顔の少女のような双眸も同じ金色だ。柔らかな笑みを浮かべる唇も、鼻も、全てが完璧に配置された顔は、作り物のように美しかった。金髪には、それによく映える銀の羽の飾りがつけられている。耳に吊るされているのは、小さな太陽の刻印の飾りであった。
「……おやおや、可愛い竜の混血のお嬢さんじゃないか。僕は来るもの拒まずの太陽神だよ。どうして通してあげない?」
にっこりと微笑み、その青年―――太陽神ソールはそう言った。




