第三話
お伽噺に出てくる死神、ヘヨカは怖いだけの人じゃないようです。
借りた荷馬車に賊達の死体を放り込み、ヘヨカは御者台に乗った。
「あ、あの、お客様! 何処に、」
「……この辺りに、死体を棄てても構わない空き地はあるか」
ヘヨカが言い、ミカは息を飲んで視線を空に彷徨わせた。
「……あるには、ありますが」
「案内しろ」
「……分かりました」
ヘヨカに手招きされてミカは御者台に乗った。しかし、ヘヨカとの間には狭い御者台で出来る限りの距離を取り、体を縮こまらせている。
ミカが案内した空き地は、町から程近い墓地の隣にあった。ヘヨカは御者台から降りると、ミカに「座っていろ」と言い、荷台へと向かう。
ヘヨカが荷台から持ってきたのは、シャベルだった。
「……?」
ヘヨカは草が生えた空き地に向かうと、シャベルを突き刺し、足で深々と押し込む。そのまま、地面に穴を掘り始めた。
ヘヨカの細腕は見た目より力があるのか、それとも魔法で強化しているのか、穴はすぐに深くなり、直方体に形が整えられる。丁度、人が丸まって入れる程度の大きさであった。
ヘヨカは息を吐くと、その穴からいくらか離れた場所にまた穴を掘り始める。ミカはヘヨカの荷物を抱えたままその様子をじっと見ていたが、緊張の反動か、やがてうとうとと舟をこぎ始めた。
やがて、ヘヨカは全く同じ形、大きさの穴を十八、一定の間隔で掘り終える。シャベルを地面に突き刺すと、ヘヨカは賊達の死体をその穴に並べて行った。
肩と腕が砕けた頭は、魔法を解いた瞬間にショックで死んだ。それ以外の賊達も、皆一様に恐怖に顔を歪めている。全員の顔に手を翳して表情を穏やかな寝顔に切り替えながら、ヘヨカは無言のままに埋葬を続けた。
土をかけ終えると、死体の分だけ盛り上がった簡素な墓が十八、並んでいた。それぞれが握っていた武器を墓標代わりに突き刺し、ヘヨカはその前に立つ。
そして、フードを降ろすと、仮面をそっと外した。
露わになった顔は、お伽噺のように醜くなどない。むしろ、作り物のように美しく―――風に靡く青みがかった銀髪と、同じ色の右目は、月のような冷たさがあった。左目は右目と異なり、輝くような金色である。前髪は、仮面のせいなのか、左右に分かれて持ち上げられていた。
しばらく、ヘヨカは黙って墓を見つめていた。人形のような顔からは、どんな感情も読み取ることは出来ない。
眠っていたミカのくしゃみで、風が冷たくなってきていたことに気付く。ヘヨカは再び仮面を着けると、荷馬車へと戻った。
御者台では、目を覚ましたらしいミカが、ずらりと並んだ墓を見て目を見開いていた。
夜、食事を部屋に運んでいくとヘヨカは居なかった。ミカは食事を机の上に置き、首を傾げる。宿から出た姿は見ていなかったのだが。
もしかして。ミカは窓に手を掛けると、そこから思い切り身を乗り出した。しゃらん、とヘヨカの飾りの音がする。ミカは体を反転させて窓枠の上端を掴み、屋根の上を覗く。
月を背に、ヘヨカは屋根の上で幾つかの光の球を弄んでいた。仮面と合わさると、その姿はその名の通り「道化師」に見える。
「……晩飯か」
「あっ……はい。そうです」
「……要らないから、お前が食え」
「へっ?」
「また飯抜きにされただろう」
ヘヨカの言葉に、ミカは目を瞬かせる。
「あ……でも、その、自業自得ですから」
「騒ぎに巻き込んだのは己れだ。墓を作るのに同行させたのも己れだ」
「……でも、」
「いいから食え」
ヘヨカは言ってまた光を投げ始める。ミカは部屋に戻ると、湯気を立てる食事を見遣った。昼から何も食べていない腹はきゅぅと情けない音を立てる。
椅子に座って膝に食事の盆を乗せ、おずおずと一口パンを齧った。それを飲み込むと、すぐにスープを啜る。スプーンを使うのも億劫になって、皿を持ち上げて中身を口に流し込んだ。
決して裕福とは言えない街で、それでも客人には相応のものを出そうと用意された食事である。ミカが普段口にできる食事とはかなり違っていた。肉は勿論、野菜すらも今は二日に一度食事に入ればいいほうである。
野菜と干し肉が入ったスープを一気に流し込んでパンを口に突っ込んだあたりで、ヘヨカが窓から滑り込んできた。
慌ててパンを噛み切り、ミカは両手で口を押える。ヘヨカはしかし、何も言わずにベッドに座ってケープを脱いだ。
「……あの、ヘヨカ様」
「食ってから話せ」
う、とミカは言葉を切って残りのパンを押し込む。最後にミルクで全てを流し込むと、やっと一息ついてヘヨカを改めて見遣った。
「質問をしてもよろしいでしょうか」
「……何故殺したか、か」
予想はついていた、と言うようにヘヨカは言い、腰帯の飾りを外して布きれで拭きはじめた。ミカが頷くと、仮面を押さえてヘヨカは息を吐く。
「目障りだったからだ」
そして、きっぱりとそう言った。
「……でも、それだったら何も殺さなくても」
「何だ。喜んだらどうだ、この町に寄生していた輩がいなくなったのだから」
ヘヨカは首飾りを外し、それも磨き始める。でも、とミカは俯いた。
「……でも納得できません。ヘヨカ様は、本当に、お伽噺のような死神なのですか?」
「……己れは死の神ではない。だがその類だ」
「…………?」
首を捻ったミカから顔を逸らし、ヘヨカは仮面を外す。その整った横顔に、ミカは息を飲んだ。
「己れの話はいい。話していたいなら、自分のことでも話せ」
「……はあ」
ヘヨカは仮面の目元――――黒い石が嵌まっている部分に指を這わせ、砂埃を拭きとって行く。ミカは食事の盆を膝に乗せたまま、視線を床に向けた。
「……私、頑張って働いて、お金を貯めたら、この町を出ようと思うんです」
ミカは盆の端を握る。
「お母さんはもういませんし、お父さんもどんな人……いえ、人に化けられるくらい、力の強い竜だって聞いていますけど……名前も顔も知りませんから」
「……それで」
「え?」
「これだけ客が少ないのに人手不足か。逃げられないお前以外は、逃げ出したという事か」
ヘヨカは一通り仮面を磨くと、それを顔にあててから振り返った。
「……ええ、そうです」
「父親は竜か」
ヘヨカは立ち上がり、息を吐く。それから、ミカから食事の盆を取り上げた。
「あっ、雑用でしたら私が、」
「喧しい」
ぽい、と放り投げられたヘヨカのケープで顔を覆われ、ミカは手をわたわたと上下させる。ヘヨカは金貨の袋と盆を持って階段を降りて行った。
所在無く視線を彷徨わせながら、ミカはケープを抱えて部屋の中に呆然と立ち尽くす。
やがて、ヘヨカが戻って来た。その手には、白く大きな布がある。
「餞別だそうだ」
ヘヨカはその布をミカに突き出した。ミカは戸惑いながらそれを受け取る。
「あの……?」
「お前を買った」
あっさりとヘヨカが言い、「えっ」とミカはヘヨカを見上げた。
「飯くらいならまともに食わせてやる。出立は明朝だ。準備をしておけ」
ヘヨカはそして、ミカの手からケープを取るとさっさとベッドに横になった。蝋燭を押し付けられ、ミカは部屋を出る。
ミカに与えられているのは、二階の隅にある使用人部屋―――屋根裏のように狭い―――であった。月明かりが差し込む部屋は粗末なベッドと服が幾つかある程度で、渡された布のように綺麗なものは何も無い。
申し訳程度に貯まっていた給与を小さな巾着に入れ、替えの下着と服も一緒に、渡された布に包んで鞄に入れる。
宿屋の小間使いである以上、成長したら身を売るようになると覚悟はしていた。だが、まだ成長もしきっていない内に、お伽噺の人物に買われるとは。
明日からどうなるのか。何しろ相手は、お伽噺の人物と言っても、白馬に乗った王子などでは無い。その場から一歩も動かずに、二十人近い賊を殺した死神だ。
不安と恐怖に押しつぶされそうになり、ミカは冷たい布団を硬く握った。




