第二話
旅人の通称が分かります。彼はどうやら怖い人のようです。
しゃらん、と腰の飾りを鳴らし、旅人は昼の町を歩いていた。商店街に当たる部分は人気が無く、少ない露店で痩せた商人が少ない商品を並べている。
ケープのフードを目深に被り、旅人は仮面を押さえて商品を見下ろしていた。そのすぐ後ろでは、両手で旅人の荷物を抱えたミカが俯いている。
「……喧しいな」
ぼそりと旅人が呟き、間も無くばたばたと足音が近づいてくる。ミカははっとして振り返った。予想通りそこには、賊達が物騒な武器を持って集まってきている。
「夜にはうちの可愛い子分が世話になったようで」
ずかずかと旅人に近付くのは、賊の頭である。手には巨大な剣が握られていた。
「……仕掛けてきたのは貴様らだろう」
旅人はフードを掴んで舌打ちをする。ミカはほぼ無意識に旅人の後ろに隠れていた。
「奇妙な術を使うらしいな。まあ何もすぐに喧嘩しようってんじゃない。あんた、魔法使いなんだろう?」
頭は旅人の顔を覗き込むようにして言った。
「どうだい、俺達の仲間に入らねえか? 待遇は良くしてやるぜ」
「……断る。己れに利が無い」
「まあよーっく考えてみろって」
頭はトントンと肩を剣の峰で叩いた。断るなら殺す。そういう無言の脅しのつもりだろう。
「まあもし嫌だってんなら、どうやら面だけは良いようだから――――」
頭の指先が、フードの中に侵入した。そして、旅人の細く白い顎を撫でる。
「売ろうか」
ざっ、と剣の切っ先が地面に突き刺さった。それが合図というように、旅人と、その後ろに隠れるミカを賊達が取り囲む。商人達はとうに逃げ、それ以外の通行人は元からいない。
「……バカ騒ぎをするなと言った」
「ああ、だがバカ騒ぎをしないで済むにはちょーっと金が足りねぇんだなぁ。仲間になるか、金も体も奪われるか。どっちよ?」
「……そうか」
旅人はゆっくりと、頭の肩に手を置いた。
「おっと、目が危ないって言うのは聞いてるんだ、魔眼の魔法でも使おうってんなら」
べきょっ、と、嫌に脆い音がした。
「……え」
頭は、その音が自分のすぐ近くで聞こえたことに顔を引きつらせる。それから、ゆっくりと、旅人の手が置かれた自分の肩を見ようとして―――しかし、首が動かずに困惑する。
「どうやらお前達は本当の阿呆のようだ」
旅人はそう言うと、自分の顎に触れていた頭の手を払う。しかしその手は、まるで薄いガラス細工が砕けるかのように途中から折れて粉々になり、地面にわだかまった。
「な……」
しかし、頭に痛みは無い。目の前で砕けた自分の手も、恐らく握り潰されているであろう肩も、ただ感覚が無いだけで、痛くはないのだ。
「お頭!」「頭!?」
子分達が一斉に身構え、その刃が旅人に向く。が――――旅人が指を鳴らすと、全員の足がその場に縫い付けられたかのように静止した。
風が旅人のフードを降ろし、旅人は仮面を押さえる。その姿を呆然として見上げ―――ミカはぽつりとつぶやいた。
「……ヘヨカ……?」
ミカの呟きに、旅人は僅かにミカを振り返る。
「……ああそうだ、己れはヘヨカだ」
そして、やはり抑揚の欠けた声でそう言って――――賊達が、一気に恐慌状態に陥った。
道化師。この国のみならず、この大陸の全土で広く知られているお伽噺だ。神に天上世界を追放された道化師は、醜く歪められた素顔を仮面で隠し、永久に人の世界を彷徨い続けるようになったという。
ヘヨカのお伽噺にはいろいろなパターンがあるが、多くが、彷徨うヘヨカは死神であり、夜に泣く幼子を攫って地下世界―――そこは永久に救いがおとずれない死後の世界である―――に引きずり込まれるというものだ。夜に寝ようとしない子供を叱りつけるとき、「良い子にしないとヘヨカが来るよ!」と言うのは母親の常套句となっていた。
だが―――そのいわばモデルである『ヘヨカ』という旅人は、実在していた。常に仮面を着けた魔法使いで、その素顔を見たものは、死ぬ。その噂が膨れ上がり、いつしかヘヨカは旅人や宿場町の人々にとって、最も恐れるべき存在となっていた。
勿論、ヘヨカを語る旅人や魔法使いは多い。だが、この旅人は一度も自分がヘヨカだと言いふらすことも無く、むしろ騒ぎを厭っていた。それが一層、旅人の言葉に信憑性を持たせていた。
賊達は逃げ出そうとするが、足は地面に縫い付けられたまま動かない。ミカは旅人―――ヘヨカの荷物を抱えたまま、その場で凍り付いている。
悲鳴と命乞いが混ざり合う中、ヘヨカは息を吸った。
「喧しい」
ただ一言。それだけで、しん、と賊達が静まり返る。
「死にたくない者は黙って手を挙げろ」
ヘヨカが言い、囲んでいる賊達の数人が、おずおずと手を挙げた。他の者達は青ざめた顔をしていたり、頭を抱えて蹲っている。
「……良かったな、正直者共」
ヘヨカが言い、数人が慌てて後を追うように手を挙げた。ヘヨカは仮面に手を掛ける。ミカは背筋を冷たいものが伝って行くのを感じ、目を閉じた。
「お前達は苦しまない」
やはり冷徹に――――ヘヨカはそう、死刑宣告をした。




