-第六話
与えられた屋根裏部屋で、レサルは本を読んでいた。窓から差し込む月明かりに浮かび上がるのは、まだ文字を習い始めたばかりのレサルには難しい、薬草の本だ。一文字一文字に指を沿わせ、噛み締めるようにしてレサルは本を読み進める。
階下で物音が止み、レサルは小窓から下を覗いた。師匠である老魔術師は、壁際の寝台に横になっている。薄い布を被っているそれを見下ろし、レサルは音を立てずに梯子を降りた。そして、窓際、より多くの月明かりが差し込む机に本を置く。
三十近い数の文字を覚え、それを組み合わせた果てしない数の単語を覚え。普段何気なく話している言葉の順番を覚え、読み方を覚えた。そして、知っていた草花から、見たことも無い木々の名前を、星の名前を、遠くの都市の名前を――――
レサルは窓から月を見上げた。
まだ魔術に関しては何も教えて貰っていない。その為には、覚えることが山ほどあるということだ。渡された薬草の本の後には、神々の名前がずらずらと並べられた本が待っている。
魔術は神々の御業の欠片だ。神々に関することを知り、人としての領分を超えるのだと自覚しなければいけない。
だが自分は神の子だ。人よりも魔術を使うことは、ずっと容易い―――恐らくこの右目が、神の力、魔術そのものなのだから。
少しでも早く、空の向こうへ。紙もペンも与えられていないレサルは、掌に指で文字を書きながら、新しい知識を頭に叩き込んでいった。
全ては、空の向こうにいる父に会うためだ。母が死んでも、顔すら見せなかった、名も知らない父に会う為に。
「……待ってろ」
レサルは呟き、腰に吊るした二つの飾りを握った。
机の上には、円陣を書かれた紙が一枚置かれている。椅子に座り、レサルは深く息を吐いてその中心に集中した。
「いけると思ったら命じるんじゃ」
老師の言葉にレサルは黙って頷き、右目の包帯を外す。瞬間、老師の作った円陣が、ひどく幼稚なものに感じられた。
こんなもの無くても―――その思いをぐっと噛み殺し、レサルは唇を舐める。そして改めて円陣を睨み据えた。
「燃えろ」
そう命じる。円陣の中心の、虚空に向かって。
瞬間――――世界は彼に従った。
紙が中心から摘み上げられるようにくしゃりと持ち上げられ、空中で、虚空から現れた炎の芯となる。紙は瞬く間に燃え付き、机に落ちた時には既に灰すら無くなっていた。
「よし。次は風じゃ」
老師は新たな魔法陣を机の上に置く。ぶわっ、と汗が噴き出し、レサルは俯いて額の汗を拭った。体の芯を抜き取られたような、力が抜けていく感覚が足元からじわじわと上ってくる。
「飛べ」
紙はまるで矢のように壁に叩きつけられた。
「溺れろ」
水球の中で紙は溶けてボロボロになる。
「照らせ」
親指の爪ほどの大きさまで小さく丸められた紙が、一瞬真っ白な光を放つ。
そうして十程の基礎的な魔術を立て続けに顕現させ―――レサルは額を机に打ち付けた。
「……ありゃぁ、眠ってしまったか……」
老師は頭を掻き、溜息を吐く。そしてレサルに布を掛け、同じ大きさに切った紙の束に魔法陣を書き始めた。
レサルは眉間にしわを刻んだまま、寝息をたて始めた。
老師は湯を沸かし、茶を淹れて机に置く。そして窓を閉じると、茶色い粉を銀皿に乗せてあぶり始めた。薄い煙が室内に満たされる。
老師は椅子に座って、膝の上で本を開く。そして目を瞑り、ぶつぶつと口の中で呪文を唱え始めた。
レサルの寝顔が穏やかになり、肩がゆっくりと上下する。老師は満足げに口元を笑わせた。
買い物袋を抱え、レサルは借家への家路を急ぐ。銀髪は腰まで伸び、顔立ちもすっかり大人びていた。しかし、相変わらず右目には包帯を巻いている。
「よーおレサル! 買い出しか?」
声をかけてきたのは街の青年だった。レサルはそちらに視線を向け、黙って頷く。
「お前、今何歳だっけ?」
会話を拒絶するように足を早めたレサルの隣に並び、青年は言葉を続ける。
「二十一になった」
「そっか。今度、王都の騎士団が人を募集しててさ。歳は十五から二十七。身寄りは無い方が良いってよ。どうだ?」
「断る」
「まあそう言わずにさあ。お前、魔術師になりたいんだろ? 王都だったらいい魔術師いっぱいいるって」
「断る。俺は師匠以外に魔術を教わるつもりはない」
「あの爺さん、だってただのヘヨカ崩れだぜ?」
「………………」
レサルは足を止めて振り返った。
「何だ、知らなかったのかよ? ヘヨカはあちこちで、魔術師になりきれず破門された奴なんだよ。それすらまともにできなかった、薬以外に能のねえ」
「黙れ」
レサルは青年を睨み付け、その胸倉を掴んで壁に押し付けた。背中を叩きつけられ、青年は呻く。
「お前が師匠を語るな! 師匠は俺の恩人なんだ」
「っ……ああもう分かったよ! 放せ」
青年が顔を顰めて言うと、レサルは黙って身を引く。
「―――変人爺の飼い犬かよ」
青年が吐き捨て、レサルは鼻を鳴らしてまた歩き出した。
階段を駆け上がり、部屋に入る。煤けた部屋は、薄い煙で満ちていた。
「おう、帰ったかレサル」
「はい、師匠」
老師は、部屋に満ちているものと同じ煙を吐き出す。
レサルは袋を机に置くと、雨戸を開いて光を入れた。
「師匠、今日は何の魔術を教えていただけますか?」
「……そうだなあ、今日は……傷直しでも教えるか」
「……師匠、それはもう三度教えていただきました。そろそろ、空の向こうに行く術を」
「お前にはまだ早い」
「……そうですか」
ぷかあ、と老師は煙を吐き出す。レサルはむっとした。
「師匠、」
「何じゃレサル。まだ半人前のお前が、儂に口答えか」
「……いいえ」
レサルは俯き、紙袋の中身を取り出して籠や瓶に移し替える。
「では、せめて新しい本を。もう全て読みつくしてしまいました。今ではどの本のどの章でも諳んじることができます」
「……そうか」
老師はまた煙を吐き出す。
いつもは何も感じないその煙が、妙に今は苦く感じられた。
「少し出てきます」
レサルは踵を返して部屋を出ると、乱暴に扉を閉めた。
―――臭い。髪や服に、すっかりあの煙の臭いが染みついている。
階段を降りると、数人の通行人がこちらを見上げていた。そして、何かささやき合いながら去って行く。
「……どうした、レサル。不機嫌そうに」
「……またお前か」
外に出ると、先刻の青年が壁に寄りかかっていた。
「や、少し騒ぎになってさ。……あれ、火事じゃないよな?」
青年が、二階の窓を指差す。レサルは首を傾げてそれを見上げた。茶色の煙が、窓から薄く外に流れ出ていた。
「……あれは師匠の煙草だ」
「あー……それでお前いつも臭いのな」
「……臭いか?」
レサルは自分の髪を掴んで臭いをかぐ。
「臭いぜ。鼻にくるやつ」
「………………」
レサルは溜息を吐いた。青年はレサルの髪を掴み、その臭いを嗅ぐ。
「くっせー……慣れってこええな、ホント気付かないのかよ」
「ああ。……この臭い……」
「まあいいや、とにかく、騎士団のこと考え直してくれねえかなあ。お前をお師匠から離そうとは言わねえからさ。せいぜい一年くらいなんだ。一つの街から二十人は出さなきゃ駄目なんだよ。ほら、この間、でかい戦が終わっただろ? 騎士団っていっても殆ど仕事はその片付けらしくてさあ……」
レサルは臭いを嗅ぎながらふらふらと歩き出す。青年は腕を組んだまま目を瞬かせた。
「おい、どうした?」
「……風呂」
「え?」
「風呂屋あったよな、あれ昼からやってるか!?」
「えっ、あ、ああ、やってると思うが」
レサルは「ありがとう」とだけ言うと、その場から駆け出した。後に残され、青年はきょとんとし表情のまま頭を掻く。
街外れの風呂屋に入り、代金を払って浴場に向かう。包帯だけは巻いたまま頭から湯を被ると、体中にこびりついていた煙が濯ぎ落されるように感じた。
「……臭い」
湯に肩まで浸かっても、髪の臭いは取れなかった。服を着直すとその服も臭く感じる。
「……やっぱりハジキの木の臭いだ」
最初に読まされた薬草の本―――その中で、特に危険なものとして書かれていたものだ。ハジキの木の皮を乾燥させ、すりつぶして炙ると、気を落ち着かせる効果がある。
だが、過度に吸引すると思考を鈍らせる。それを防ぐには、ミナの葉を噛む必要があり――
ずきん、と頭が痛んでレサルは壁に背を当てた。濡れた髪も、服も、臭い。吐く息すらその臭いがする。
「レサル君? タオル持っていないようだったけど――――大丈夫かい、レサル君!」
顔を覗かせた風呂屋の主人が、着替え場の隅で蹲るレサルに駆け寄った。
「どうしたんだい、酷く震えている……髪濡れたままじゃないか! 風邪ひくよ」
「鋏」
「……え?」
「鋏ください」
レサルは頭を掴んだままゆっくりと立ち上がった。主人が困惑しながら鋏を持ってくると、レサルは一瞬のためらいも無く、長い髪を断ち切り始める。
「えっ、ちょ、レサル君!」
驚く主人には一瞥もくれず、レサルは髪をすっかり切り落とした。腰まであった髪は項が見えるほど短くなり、長さも揃っておらず跳ねている。
「……掃除します……すみません」
レサルは鋏を主人に返すと、生気の無い顔のまま、箒を取りに向かった。
少しだけ、臭いはましになった。レサルは頭を振り、ゆっくりと思考を巡らせる。
魔術の修行の後は、いつもあの煙が焚かれていた。いつも疲れて眠ってしまい、寝入りばなに老師が呪文を唱えていたのも聞いたことがある。いつの間にか、あの煙の臭いは気にならなくなっていた。それから、老師は様々な魔法を自分に教えて―――――
否。レサルは箒を動かす手を止める。
老師が教えたのは、基礎の基礎だけだ。あとは全て本を読んで覚えた。老師が魔法陣を描いていたのも、数えるほどしか見ていない。本も自分は全て読みつくして、もう老師は何も自分に教えることがない――――教えられることが、無いのだ。
何故今迄気付かなかったのか。とっくに自分は、老師の実力を超していたのだ。あの煙だ。ハジキの木の煙で、老師は自分を眩ませていた。そうして自分を、老師の飼い犬に仕立て上げたのだ。逆らわない、忠実な飼い犬に。
そんなことをして何になる。自分の目的は空の向こうに行くことだ。神々の世界に行くことだ――――教えてもらえなければいずれ老師のもとを去った。
ずきん、とまた頭が痛む。
どうして? 靄のかかった頭の中で、何かがそう叫んだ。
空の向こうに行かなければいけない。そう自分は思っている。だが――――それが何故かが思い出せない。空の向こうに行くための魔術を学ぶ――――それはどうしてだったか。
「……?」
頭を掴んでレサルはその場にへたり込む。
老師は自分を騙していた。だが―――そもそも自分はどうして老師に教えを乞うた? どうしてこの街に来た? どうして、神々の世界に行かなければいけないと思った? そもそも―――どうして自分は、右目を人に見せることを頑なに拒む?
「……俺、は……」
何か大事なことを忘れている。
頭の中に空白がある。今まで煙で満たされていたそこが、ぽっかりと空いている。
何処かに行かなければいけない。今すぐに。そしてこの空白に、決定的な何かを埋め込まなければいけない。自分が今ここにいる、全ての理由を。
それを失ったままでは、自分はもう前には進めない。目が醒めてしまったのだから。
「……くそっ」
レサルは立ち上がって箒を動かし始めた。
ようやく、吐く息が臭くなくなった。切った髪を全て片付けて、レサルは外に出た。
――――暑い。強い日がのしかかってくるように照っている。
レサルはそして、引きずるようにして一歩を踏み出した。
足が向くままに歩いた先は、街の外の森の奥だった。丘を登り、川を超えて、辿り着いた、岩と木々に囲まれた場所―――そこには、大きい石が等間隔で並んでいた。その石から少し離れた場所、岩肌に寄り添うように、黒い石が置かれている。
レサルはその、黒い石の前に膝を付いた。煌めく黒い石―――雲母だ。他の石のように、適当にその辺りから拾ってきたようには見えない。
「……これ、」
石に触れる指先が、痺れる。これが何なのか思い出せない。だが、自分の空虚はここにある。それは確信だった。
頭が痛み、濡れて張り付いていた包帯が不快になってレサルはそれを取り払った。
「っ……あ……」
久方振りの光に右目は眩む。黒い石の滑らかな表面に、レサルの顔が映った。
「…………あ……?」
顔を見た瞬間、涙が出た。訳も分からないまま、レサルはぼろぼろと涙をこぼす。
「――――母さん」
ぽつりと呟いて――――瞬間、空白の奥底から噴き出したものに耐え切れずに、レサルは絶叫した。
街に戻ると、既に日は沈み、薄暗くなってきていた。乱雑に右目に包帯を巻き直し、レサルは、夜の賑わいがちらつき始めた街を歩く。
遠くから、足音が近付いてきていた。それも一人や二人ではない――――
街の鐘が打ち鳴らされた。それで、レサルははっとして顔を上げる。
野党だ。
「……またかよ」
レサルは舌打ちした。
戦争が終わってまだいくらも経っていない。掻き集められ、使い捨てられた兵士達は食うに困って村や街を襲っていた。この街も、襲われるのはこの数年で一度や二度ではなかった。街の人々も既に慣れ、日々街を囲む壁を作っている。だがこうして夜突然に襲撃されれば、最低限の食料だけを残して身を隠し、賊となった兵が去るのを待っていた。
レサルも急いで借家に戻る。部屋の主はもう煙草をふかしてはいなかった。鐘が聞こえたのだろう、雨戸をぴったりと閉め、ランプの燈も消している。
「……遅かったのレサル。また野党じゃ。薬草だけでもまとめておくぞ」
「――――戦っては?」
手早く、逃げ出す際の荷物をまとめる老師に、レサルは何の気なしにそう言った。
「……何じゃと?」
「戦っては? 老師は俺に様々な術を教えてくださいました。その中には戦いに有効な術もございます」
「ならば」
「俺は半人前なんでしょう? 見せていただけませんか」
レサルが畳み掛けるように言うと、老師は舌打ちした。
「レサル、お前誰に口を利いとるんじゃ。魔術は人に見せびらかすようなものではない。だからお前は半人前なんじゃ」
「でも今は、街を救えるかもしれないじゃないですか」
「お前な、」
「見せていただけないのでしたら俺がやります。この街にはお世話になっていますから」
レサルはやはり淡々と言うと、踵を返して階段を降り始めた。
「――――待て!」
老師が後を追ってくる。
「分かった。いいじゃろう」
老師はレサルを押し退け、夕闇の街へと歩き出した。レサルは短く息を吐いてその後を追う。足取りのおぼつかない老師からは、煙の臭いがした。
野党達が道の先に見えた。数人の男が、食料を乗せた荷車を置いて野党に頭を下げている。だが、その先頭に立っていた男が野党に殴られ、呻き声を上げた。
「タチの悪い奴らじゃ」
老師は呟き、手の中でぐしゃりと紙を握る。レサルが足を止めると、老師は真っ直ぐに紙を野党に向かって放り投げた。
「――――、」
老師の指が紙を指す。瞬間紙は燃え上がり、見る間に巨大な火の鳥となった。
「うわあっ!?」
野党の先頭に居た男が叫ぶ。老師は杖で地面を強く突き、野党を睨み据えた。
「悪いことは言わん、帰れ! ここにはお前達の物はない!」
老師が声を張り上げる。火の鳥は一同の上で大きく一度羽ばたきをした。街の男達は火の粉を避けるように、頭を抱えてその場から離れる。
「―――すげえな爺さん、そんなナリで魔術師か」
「いかにも。痛い目を見たくないなら早めに退くことじゃ!」
老師がまた杖を突き―――野党達は笑いだした。
野党の一人が剣を振るう。巨大な火の鳥は、あっさりとその場から掻き消された。
「なっ、」
「悪いな爺さん! 戦場じゃ、この程度の子供だまし死ぬほど見て来たんだよ」
驚いた老師をせせら笑い、野党がずかずかと近付いてくる。
「――――やっぱり駄目か」
レサルは呟き、包帯を解いて老師に駆け寄った。
「だが見せしめだ。死んでおけ」
野党が老師に向かって剣を振り上げ―――レサルが、竜骨のナイフでその刃を受け止めた。
「……何だてめえ?」
「悪いな……俺は賊が大っ嫌いなんだ!」
レサルは右目でその男を捕える。男が顔を凍らせて退いた。
「おっ……お前ら散れ! こいつらは俺がやる、食料でも何でも奪え!」
「逃げるな!」
男の叫びに従おうとした野党に、レサルは命じる。
―――怖い。また自分はこの目で人を殺そうとしている。だがそれが心地よくてならない。恐怖など忘れてしまうほど、深く――――深く、この力に溺れてゆく。
「――――俺に、」
歯を食いしばって、レサルは、久方振りの解放に暴れ出す右目に命じる。
「俺に従え――――!」
叫んだ声は、耳に届く前に遥か遠くへと消えて行った。
音が失われる。色が消えてゆく。右目が熱くて、それ以外は何も感じられない。目は、自分を見ている男達の心臓を捕え、支配する。
そこまでは知っていた。だが、レサルの意志に反して目は更に進んでゆく。
男達をすり抜け、街の壁を抜けて、目は荒野へ飛び出す。その野に打ち捨てられた躯を啄む鳥を、肉を焼いて夜に震える旅人を、荷馬車で歌う芸人を、一人夜空の星へと歩く道化師をも追い越して、更に遠くへ。屋根の上で、人々の賑わいを聞く銀髪の少年だけが、一瞬で通り抜けたレサルに気付いた。
「はっ!?」
息を吸うと、レサルはまた元の場所に立っていた。野党達は皆地面に転がって呻いている。
「レサル!」
聞き慣れた声に振り返ると、街の青年が駆け寄ってきていた。レサルは安堵の息を吐く。
「レサル……その、」
「あ、ああ。多分もう大丈夫だ、死んじゃいないみたいだから」
「その目何だ?」
青年に言われ、はっとしてレサルは右目を覆う。
「……いや、その……これは」
レサルは俯き、懐を探る。だが放り投げてしまった包帯は遥か遠くに落ちていた。
「――――化け物」
誰かが呟く声が聞こえた。
「おい、お前」
「だってそうだろ! あんな人数に、ただ突っ立ってただけで勝っちまったんだから!」
「だからって……助けてくれたんだぞ!」
言い争う声は徐々に怒鳴り合いとなる。
足から力が抜けて、レサルは膝を付いた。青年が慌ててレサルに駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
「悪い……今日一日、色々ありすぎた」
笑みを取り繕ってそう言うが、傍らで気を失っている老師に向ける視線は冷たい。
「立てるか?」
「っ触るな、平気だ」
差し出された手を払い、レサルははっとして顔を上げた。困ったような顔をしている青年は、レサルの目を見て顔色を変える。
「っ、」
レサルは目を覆って立ち上がると、野党達の間を縫ってその場から逃げ出した。




