#15 散歩帰りの君主
あいつどういうつもり?
私には散々単独接触は禁止だって言ってたくせに自分は思いっ切り話しかけてるじゃない.......!
御前崎は自分の獲物が他人に取られてしまうような錯覚を覚えながら、桑場屋武蔵と十八鳴の元へ歩む速度を上げて行く。
これまで散々自分の邪魔をされたフラストレーションが十八鳴相手にも溜まっており、今の御前崎にとって桑場屋武蔵と十八鳴は暴力をふるいたい相手の上位陣だった。
でもこれで私もあの男に接触していいって事よね.......?
ふふふ.......いいわ.....殺してあげる.......
最早御前崎は何故桑場屋武蔵を自分が憎んでいるのか忘れ始めていた。
あるのは憎悪だけ、桑場屋武蔵を倒さなければならないという歪んだ使命感だけだった。
御前崎はもう止まらない。
「あれ〜?どうなってんのこれ?」
少年は日課の夜の散歩から仮の住まいに戻ってきてすぐに違和感を感じた。
なんと敷地内ではサイレンが警報音を撒き散らし、上空からはヘリコプターの音が聞こえるのだ。
その事から自分の借りている宿舎が大きく炎上しているのだと少年は漠然と理解した。
「首相に連絡しとかないとな..........」
どうやら非常事態に巻き込まれているらしいというのを少年は感覚的に認識する。
「ん?あっちから新しい血の匂いがするな.......」
彼は自分をここに連れてきた者に危険を感じたら直ぐに離脱しろと口を酸っぱくするほど言われていたが、彼の悪趣味な好奇心がそれを簡単に忘れさせていた。
彼は鳥肌を立たせながらも本能が呼ぶ場所へと歩みを進めていく。
しかし数歩進んだところで何かを踏んだ感触を彼は覚え足を止める。
「やべ」
次の瞬間、耳をつんざくような轟音と共に巨大な爆炎が赤髪の少年を包み込んだ。
「まあ立ち話もなんだし、走りながら話そうぜ?」
「お前も生徒会なのか?一体俺に何の恨みがあるんだお前らは・・ってえ!?」
十八鳴は桑場屋武蔵の言葉を最後まで聞き終える前に彼の手を掴み、元きた道の方へ全力で走り出した。
「悪いな君!!桑場屋は借りてくぜ!?」
「おい!どこに連れてくつもりだ!?離せよ!!」
「え!?あ、ちょっ、ちょっと!?桑場屋は早めに返してね!?」
「そういう問題かぁ〜!?」
呆然とワナワナする岡月を尻目に十八鳴は手馴れた動作と速度であっという間に桑場屋武蔵を誘拐する事に成功した。
そしてそのまま一気に加速し、猛然としたスピードで倉落達の横を再度通り抜けて行く。桑場屋武蔵は何故自分がその速度について行けていけていて手が離れないのかわかっていない。
だがそうやって走っていると桑場屋武蔵は途中で誰かが猛烈な速度で自分達を追っているに気づいた。
ん.........あれは?
は!?あれはこの前の謎のクレイジー女じゃないか!?!?
「なっ、なあ十八鳴とか言ったよな?お前も生徒会なら御前崎って奴知ってるよな?」
「ん?知ってるに決まってんだろ?今俺達の後ろにいるぞ。気づいてなかったのか?」
「じっ、実はあいつに俺恨みを買ってるんだけどどうすりゃいいの?理由がわからないんだ。お前もしかして知ってる?」
「え!?理由がわからない!?!?」
桑場屋武蔵が切迫した面持ちでそう言うと、
十八鳴は驚愕で表情を硬直させた後、困ったように笑って不思議な様子になった。
「これは予想外だな......... それを聞こうと思ってお前に話し掛けたんだけどよ」
「それを俺に?知るわけないだろ!あいつは初対面で俺に死ねって言ってきたんだぞ!?」
「昔会った事があるとか、実は幼馴染ですとかないのか?心当たりが一つくらいあるだろ?」
「ないっ!!一切の心当たりがないっっ!!」
十八鳴は見せつけるように大きな溜め息を吐くと、ゆっくりと走るスピードを落として最終的に立ち止まった。
もう随分走ったのだろう、2人は既に全くひと気の無い場所に到達していて、そこはただ花が沢山植えられているだけのフラワーガーデンと呼ばれる所であった。
「そうか.......さて、どうすっかな。ほら、お前のストーカー兼生徒会の問題児のご到着だ」
「あぁ...... 最悪だ.......」
色取り取りの薔薇の前に立った2人が諦観したように振り返ると、そこには学生とは思えないほどの殺気を滲み出す少女がいた。
「さぁ、説明はして貰えるんでしょうね?十八鳴?単独での接触は禁止じゃなかったの?」
御前崎は彼女の纏う雰囲気とは真逆の美しい笑顔を携えながら、冷え切った眼を十八鳴に向ける。
「ああそうだ。だが禁止だって言ってんのにいくらたっても接触を止めようとしない奴が1人いてな。だから俺もルールを守るのを止めたんだ」
「で?」
.........おいおい何だよこの空気?
こいつら仲間なんじゃないのか?
桑場屋武蔵は凍えるような空気の緊張感に困惑を隠せず、事の成り行きを見やるので精一杯だった。
「俺はこいつと実際話したり、一週間観察したりしたが、こいつは今の所危険人物とは思えない。ただの一般生徒だ」
「ふっ、くだらないわね。それはあくまで貴方の主観でしょ。好意的に見過ぎてるわ」
御前崎は苛立ちを隠そうともせず、侮蔑的な視線を容赦なく十八鳴に浴びせかける。
しかし、十八鳴はそれをもろともせず、無表情を保ったまま真っ直ぐ御前崎を見つめ返す。
「じゃあお前は公平に見れてるのか?御前崎?お前はこいつに敵意を向け過ぎている。何故ここまで桑場屋に固執し憎むんだ?一番私情を挟んでいるのはお前だよ」
「..............」
御前崎は言葉を返さない、しかし彼女から湧き出る負の感情は目に見える程だった。
「.........そいつは危険よ。行方を倒した、この意味がわからないの?今の内に再起不能レベルにすべきなのよ、そいつは」
「その事の意味はよくわかってる、お前以上にな。もしこいつが本当に行方を正面から倒したのなら、お前が単独で接触する事で起きる結果わかってるよな?」
「.......くっ!そんなわけないわ!どうせ卑怯な手を使ってるに決まってるわ!!あいつが.....行方がこんな奴に負けるわけないっ!!!」
「お前は矛盾してんだよ御前崎。こいつが本当に危険人物なら俺達が単独接触するのは自殺行為だ。でもこいつが行方に実力で優っていないなら元々単独接触する必要がない。だから会長は単独接触を禁止したんだ。本当はわかってるだろ?」
「................」
御前崎はまたも黙り込む、視線は最早絶対零度の冷やかさで、十八鳴も表情の険しさが上がっている。
「..........私はお前を認めないわ、桑場屋武蔵。もしこの学園でおかしな事が起こったら、真っ先にお前を殺しに行くわ」
御前崎は最後にそう言い残すと、全身に殺気を漲らせたまま歩き去っていった。
桑場屋武蔵は全身汗びっしょりになりながらやっと修羅場が去ったと理解し、大きく脱力する。
彼が隣りを見ると、十八鳴もやっと緊張が解けた事に安堵したようで、近くのベンチにのそのそと移動しグッタリと座り込んでいた。
「はぁ〜、疲れた......本当に生徒会止めてぇ...... 割に合わな過ぎだろ......これ......」
「な、なぁ?十八鳴だっけか?あいつ......御前崎は結局なんだったんだよ?」
「あ、良かったな、これでもうお前が何かやらかさない限り狙われる事はないぞ」
「え?あ、あぁ、ありがとう」
「俺もあいつの事はよくわかんねえが、何となくお前に対する敵意の元はわかったよ」
「え?何だよ。教えてくれよ!」
十八鳴はその問いには答えず疲れたように微笑するとおもむろに立ち上がった。桑場屋武蔵と隣り立つと身長差が少なからずあるのが改めて確認される。
「お前が何者か俺は知らないし、興味も無え。でも、もうお前はただの一般生徒じゃない。そこんところ意識しとけよな、桑場屋?」
「.......... 嬉しいかな悲しいかなその言葉」
「なんだそりゃ」
十八鳴は自分の忠告を受けた桑場屋武蔵が見たことのない複雑な表情をしたので意外に思った。
そして、何かを思い出したように鼻を鳴らすと自分のスマートフォンを取り出す。
「メアド教えてくれよ。もしこの先また御前崎にちょっかい出されそうになったら呼んでくれ」
「え?ああ、いいよ。まあ俺はポスクロしか持ってないけど」
「へえ?珍しいな。ま、いいや。じゃあ送るぜ」
十八鳴は赤外線機能を使い無事に桑場屋武蔵との連絡先交換を済ませると、満足気に笑った。
「それじゃあな桑場屋。どんな力を持ってるかは知らねえが、使い方を間違えるなよ?」
「お、おう!任しとけ!」
「ヒヒッ、結構面白い奴だなお前は」
十八鳴は手を振りながら更にひと気のない方へそそくさと歩いて行く。それを桑場屋武蔵は特に何もせずとりあえず見送った。直ぐに十八鳴の背中は見えなくなる。彼にはこの先に何があるのかわからなかったが、十八鳴が別に用事があってあちらに向かったのでは無いと思い当たって、彼なりに納得した。
何か物凄く疲れてるみたいだったしな........1人になりたいんだろうな.......
「それにしても一体何だったんだ?」
残された桑場屋武蔵には混乱と知らない男の連絡先が残った。あらゆる事が突然過ぎて全くついて行けてなかったのである。
よくわからんが、とにかく俺は生徒会に目をつけられてるのか?生徒会は確か<抑止力の抑止力>とか言ってたっけ?
俺が抑止力である行方をぶん殴った結果、俺も生徒会の監視対象になったって事か?
「なるほどなぁ........」
自然と桑場屋武蔵の頬が弛む、面倒な事になったと思う半面、自分がやはり特別な存在になったのだと実感してきて嬉しいのだ。
誰もいない花の園で少年が1人、静かに笑っていた。園内自由散策の時間が終わりに近づいている事に彼はまるで気づいていない。
ちっ.......もう移動の時間になっちまうのかよ。
十八鳴は軽く悪態をつく、やっと暫しの休憩を手に入れたと思ったらそれが勘違いだったからである。
これで御前崎の件は目を離してもいいだろう、いざという時の為に連絡先も伝えておいたしな。
これで次は厄介な幼馴染だな.........あいつ絶対何か悪い事企んでる...... あの顔はそういう顔だ。
あいつは多分自分が力を隠してる事に俺が気がついてないと思ってるからな.........
「全く.......本当に面倒な学年に生まれちまったな」
十八鳴はまだまだ親睦会を楽しめそうにないと悲観すると、この頃癖になっている溜め息をまたも吐いた。
何だ?誰が地雷を踏んだんだ?もう軍が来たっていうのか?それにしては爆発が少な過ぎる。
防衛と監視を任されていた男は施設の入り口に何者かが足を踏み入れ、自分が仕掛けた地雷を機動させたのはわかったのだが、一体何者が機動させたのか判断に困っていた。
「ったく......俺は誰を殺したんだ?死体が残ってればいいが........」
男を目の前の豪炎を見ながら、手間だと感じ、報告を放棄しようかと迷っていた。
しかし、報告を絶対とする瀬田という仲間の顔を思い出し憎たらしげに痰を吐き飛ばした。
「仕方ねぇ.......はぁ......この地雷は火力がでか過ぎるな........これでは全部燃やし尽くしてしまう.......」
諦めたように男は炎の方へ歩いて行こうとする。
「!?」
が、しかし、男は踏み出そうとした足に自己の制止意識を介入させ無理矢理止めた。
なぜなら炎の中から人影がその濃さを増しながら近づいてくるからだ。
「今度からは地面もちゃんとずっと止めておこう。節約は俺には向いてないみたいだ」
辺りを明るく照らすほど巨大な炎塊から現れたのは赤い髪の少年だった。
男はそれを見て、顔を腹立たしそうに歪める。
「餓鬼だと?まだ生き残りがいたのか」
男はジャケットの内側のピストルを素早く取り出すと、躊躇無く目の前に突如出現した少年に向かって2、3発撃ち込んだ。音はしない、彼は銃音が嫌いだ、銃は音なく使うのが彼のポリシーだったからだ。
そして少年は銃を撃たれて初めて自分の進路方向に人間がいる事に気づいた。男に気づいた少年は表情を変えずにコイツじゃないな、と呟く。
「しかも、銃弾の時を止めれるレベルの餓鬼だ.......!ブルー・ヒルの奴らは仕事してんのか?」
男は苛立ちを現にして悪態をつく。
音も無く放たれた銃弾は見事に少年の左胸から3m先の空中で静止していた。
「へえ。いい狙いだね。まあここじゃ狙う意味ないけど」
少年は空中にピタリと止まって動かない銃弾を見て、つまらなそうに拍手する。
「どうやらお前は<矛盾点>じゃないみたいだな、<神の子>かどうかは今から試す」
男は無表情になり、静かに言い放つ。その顔は恐ろしいまでに冷徹な形相だった。
しかしそれには応じず、少年は再び歩き出す。少年はどこか笑っているように見えた。
男は空いている方の手をまたもやジャケットの中に入れ、真っ白いピストルのような物を取り出した。
そしてそれを不敵に近寄ってくる少年に真っ直ぐ照準を合わせさせると、こう最後に言った。
「360度全方位から銃撃された事はあるか?」
少年は笑みを深め、こう答える。
「何回もあるよ」
男の無表情が後悔に崩れる、男は咄嗟に白い引き金を引く、しかし少年の周り全てに銃弾が沢山出現し静止するだけで実害は与えられない。
赤髪の少年は愉快そうに笑った。
男の後悔はこの少年を笑わせるべきではなかったという事だ。
そして男の意識は少年の笑みを視覚の最後の仕事として、永久の闇へと消えていった。
「納得いかねぇな、何で橋本はお前を叱らなかったんだ?」
「そ、それは、俺の日頃の行いがいいからに決まってんだろ!?」
「それ本気で言ってるわけじゃねぇだろうな?」
「確かにちょっと不思議だね」
現在TOAの高等部第1学年は各クラス毎に<エア・バス>に乗りこんで親睦会の間宿泊する事になる旅館に向かっているところだった。
そのバスの中で崎山はどうも腑に落ちないという表情で通路を挟んで隣りに座る桑場屋武蔵を問い詰めていた。崎山の横に座る酒井も不思議な顔で首を捻っている。
これは桑場屋武蔵が集合時間に1人大幅に遅れたにも関わらず、彼が三言ほど彼らのクラスの担任である橋本に言ったところ、全く怒られもせず許されたという出来事から生じたクラス中の疑問である。
それにも関わらず、当の本人である桑場屋武蔵が詳細を話さないのでこのような尋問が行われているのだ。
「おい倉落、お前も変だと思わねぇのか?クラス1の問題児である桑場屋が大遅刻して何のお咎めもなしだぜぇ!?しかも生徒会に連れ去られた理由も教えてくれねぇしよ」
「あ〜........俺は特に、興味ないぜ」
「何でねぇんだよっ!!調子狂う奴らだぜおめぇらは!!!」
「まあまあそんなカリカリすんなって。俺達部屋も一緒なんだから仲良くしようぜ?」
「僕も知らない間に桑場屋君達と同じ班になってて驚いたよ」
「休んでた酒井しか余ってなかったからな。何でか俺達評判悪くて」
「俺達じゃないだろ、クワだけだ」
「ははは、倉落君は面白いなぁ。俺だけ評判が悪いわけないじゃないか。ははは」
「気持ち悪ぃぞ桑場屋」
ある1生徒のせいで少しの間おかしな空気になっていた1-E組のバスにゆっくりとだが活気が戻っていく。
彼らの意識は次第に今自分達が向かっている場所への期待に変わっていく。
長野県の山奥にある、政府専用旅館。そこに生徒たちは宿泊する事になっている。彼らの中にはその事に大きな価値があり自らは幸運だと思って興奮を募らせるものもいた。
しかし、彼らは実際には不運だった。
この旅館に向かっていたのは彼らだけではなかったからである。




