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海軍は再び翼を得る  作者: フジ
極東動乱
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28/33

決断

昭和三十八年八月十二日。


朝鮮半島。


戦線は、


止まっていなかった。


軍事境界線中央部。


韓国軍部隊が、


北へ向かって進んでいた。


数日前。


ここでは、


南へ向かう車両ばかりが目立っていた。


今は違う。


補給車両。


救急車。


増援部隊。


そして、


前線から戻ってくる車両。


南北、


両方へ流れている。


戦線ができた。


そして。


戦線が動いていた。


*


ソウル。


韓国軍司令部。


「中央部、奪回しました」


地図上の印が、


一つ動かされる。


「東部は」


「膠着しています」


「西部」


「戦闘継続中」


北朝鮮軍の全面南進。


誰もが恐れていた、


十年前の再現。


少なくとも、


今のところは起きていない。


韓国軍は崩壊していない。


国連軍も動いている。


だが。


安心できる材料でもなかった。


北朝鮮軍は、


前線全体を押し切ろうとしているわけではない。


複数の場所で圧力をかけ、


後退し、


また別の場所で動く。


そして。


海でも動いていた。


参謀が、


新しい報告書を置いた。


「日本海で、日本海軍と北側海上部隊が交戦した模様です」


司令官が顔を上げる。


「日本軍が?」


「はい」


部屋が静かになった。


日本。


十年前の戦争では、


巨大な後方基地だった国。


だが。


今回は違う。


自らの海軍を持っている。


「日本政府は?」


「まだ声明を出していません」


司令官は、


海図を見る。


対馬海峡。


日本海。


朝鮮半島。


戦争の地図が、


少しずつ広がっていた。


*


東京。


同日午前九時。


国会。


議場は、


朝から騒然としていた。


日本海で、


日本海軍が発砲した。


その事実は、


既に報道されている。


政府は、


事件の概要を公表した。


海上交通保護任務中の日本艦艇が攻撃を受けたこと。


政府の定めた権限に基づき応戦したこと。


日本側に重大な被害がなかったこと。


そして。


攻撃した船が、


北朝鮮側の海上部隊であったと判断されたこと。


質問が飛ぶ。


「これは参戦ではないのか」


首相は答えた。


「違います」


議場がざわめく。


「日本海軍は、日本の海上交通を保護する任務を遂行しました」


「しかし、北朝鮮軍と交戦した!」


「攻撃を受けたためです」


首相は、


言葉を切った。


「我が国から戦闘を開始した事実はありません」


静かになる。


「しかし」


首相は続けた。


「昨日までと同じ状況でもありません」


*


午後。


首相官邸。


国防会議。


議題は一つだった。


日本は、


これからどうするのか。


外務当局。


海軍省。


軍令部。


政府首脳。


机の上には、


三枚の地図があった。


朝鮮半島。


日本海。


日本列島。


海軍大臣が口を開く。


「選択肢は三つです」


第一。


現在の警戒任務を維持する。


第二。


日本周辺の海上交通保護をさらに強化する。


第三。


国連軍との協力範囲を拡大し、


朝鮮半島南部へ続く海上交通路も保護対象とする。


「三番目は」


閣僚の一人が言った。


「参戦ではないのか」


海軍大臣は答えなかった。


代わりに、


首相が尋ねる。


「軍令部はどう考える」


軍令部の士官が立つ。


「軍事的な話だけをするなら」


海図を指す。


「ここで線を引くことは困難です」


対馬海峡。


そこから、


朝鮮半島南部へ続く海。


「日本へ向かう船」


指が動く。


「日本から出る船」


さらに。


「韓国へ向かう船」


海図上では、


同じ海を通っている。


「日本近海だけを守れば、日本の海上交通が守れるとは限りません」


「だから朝鮮まで行くと?」


「それを決めるのは我々ではありません」


士官は答えた。


「政府です」


海軍は、


決めない。


政府が決める。


昭和二十年までの海軍との、


最も大きな違いだった。


*


同じころ。


日本海。


第一艦隊。


春風は、


艦隊へ戻っていた。


船体に大きな損傷はない。


船団も、


予定された海域を通過した。


任務は成功。


それでも。


艦内の空気は、


出港時とは違っていた。


実際に撃たれた。


そして。


実際に撃った。


その事実は、


訓練では教えられないものだった。


隼鷹。


黒木中佐は、


春風から届いた報告書を読んでいた。


相沢が入ってくる。


「航空隊、次の哨戒準備完了です」


「ああ」


黒木は、


書類を閉じる。


相沢は、


机の上の海図を見る。


艦隊の位置。


船団。


朝鮮半島。


「近くなりましたね」


黒木が見る。


「何がだ」


「朝鮮です」


黒木は、


海図へ目を戻した。


確かに。


近かった。


距離だけの話ではない。


*


午後四時。


首相官邸。


議論は、


六時間を超えていた。


「朝鮮半島へ陸上部隊は送らない」


「異議なし」


「北朝鮮領域への攻撃作戦にも参加しない」


「異議なし」


「では海軍は」


沈黙。


首相は、


窓の外を見る。


この国は、


一度。


軍隊が政治を引きずり、


戦争へ進んだ。


だから。


今度は逆だった。


軍隊に、


政治が命令しなければならない。


何をするのか。


そして。


何をしてはいけないのか。


その両方を。


首相は、


席へ戻った。


「決めよう」


全員が見る。


「日本は、朝鮮半島における攻撃作戦には参加しない」


書記官の手が動く。


「地上部隊も派遣しない」


続いて。


「しかし」


首相は、


日本海の地図を見る。


「日本の安全に必要な海上交通路を、朝鮮半島南部まで保護する」


誰も話さない。


「国連軍との情報共有を拡大する」


さらに。


「日本海軍は日本政府の指揮下で行動する」


最後に。


「武力の使用は、海上交通及び艦隊への明白な危険を排除する場合に限る」


首相は、


文書を見る。


これは。


全面参戦ではない。


だが。


昨日までの海上警備でもない。


日本は初めて、


自国周辺だけではなく、


朝鮮半島へ続く海まで守ることを決めた。


*


午後六時十二分。


命令は、


海軍省から軍令部へ。


軍令部から聯合艦隊へ。


そして。


第一艦隊へ送られた。


隼鷹。


通信室。


電文が受信される。


艦橋へ運ばれる。


黒木は、


その内容を読んだ。


『第一艦隊ハ――』


その先。


新しい任務海域が記されている。


朝鮮半島南東方。


対馬海峡から、


韓国南部へ続く海上交通路。


黒木は、


しばらく海図を見ていた。


「艦長」


「うむ」


「命令は?」


黒木が答える。


「針路変更」


艦橋の空気が変わった。


「西へ」


*


飛行甲板。


隼鷹が、


ゆっくりと向きを変える。


相沢は、


海の向こうを見ていた。


その先には。


朝鮮半島がある。


十年前。


この艦は、


朝鮮戦争によって蘇った。


だが。


戦場へ行くことはなかった。


今度は違う。


まだ。


朝鮮を攻撃するわけではない。


地上戦へ参加するわけでもない。


それでも。


隼鷹は初めて、


戦争が続く半島へ向かっていた。


*


横須賀。


航空母艦鳳翔。


夜になっても、


飛行甲板の照明は消えなかった。


高瀬少佐の机には、


最終公試の報告が並んでいる。


機関。


操舵。


通信。


航空運用。


CIC。


一つずつ。


確認済みの印が増えていた。


技術士官が、


新しい工程表を置く。


「少佐」


高瀬が見る。


そこには。


一つの日付があった。


九月。


予定より、


早い。


「可能か」


「必要な確認を全部終えれば」


高瀬は、


工程表を見る。


そして。


窓の外の鳳翔を見る。


「なら、それで行く」


*


同じ夜。


ソウル。


国連軍司令部へ、


東京から連絡が届いた。


日本海軍。


海上交通路保護範囲を拡大。


韓国南部へ続く航路への展開を開始。


ただし。


日本政府の指揮下。


攻撃作戦への参加なし。


司令部の地図に、


新しい印が加えられた。


日本海軍第一艦隊。


航空母艦隼鷹。


その位置から、


一本の線が西へ伸びる。


*


昭和三十八年八月十二日。


日本政府は、


一つの決断をした。


朝鮮半島へ軍隊を送らない。


北朝鮮を攻撃しない。


だが。


日本へ続く海を、


戦争に閉ざさせない。


その命令を受けて。


老いた航空母艦は、


朝鮮半島へ針路を取った。


そして横須賀では。


新しい航空母艦の完成まで、


残された時間が、


急速に短くなっていた。

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