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海軍は再び翼を得る  作者: フジ
極東動乱
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27/33

最初の一発

昭和三十八年八月十一日。


日本海。


日が沈み始めていた。


船団は、


南へ進んでいる。


その前方。


三つの船影があった。


所属不明。


目的不明。


そして。


船団へ近づいている。


*


航空母艦隼鷹。


CIC。


「春風より報告」


士官の声が響く。


「不明船三。依然、応答なし」


海図の上には、


船団。


春風。


隼鷹。


そして三つの印。


黒木中佐は、


それを見ていた。


「距離は」


報告が返る。


近い。


だが。


まだ撃つ理由にはならない。


海にいる。


近づいてくる。


無線に答えない。


それだけで、


敵にはならない。


「航空隊は?」


「上空から確認中」


*


海上。


哨戒機が、


不明船の上を旋回していた。


相沢慎一大尉は、


窓越しに海面を見る。


三隻。


小さい。


軍艦とは呼びにくい。


だが。


普通の漁船とも違った。


「国籍標識は」


「確認できません」


「武装」


「……あります」


相沢の表情が変わった。


それでも。


敵とは言えない。


「隼鷹へ」


相沢は言った。


「不明船三。武装を確認。ただし所属不明」


報告が飛ぶ。


そして。


もう一つ。


「船団へ接近を継続中」


*


春風。


艦橋。


水平線に、


三つの影が見えていた。


春風は、


船団との間に入っている。


警告が送られる。


日本語。


英語。


国際信号。


返答はない。


もう一度。


返答なし。


「距離、さらに縮まります」


艦長は、


双眼鏡を下ろさなかった。


政府命令は明確だった。


日本船舶。


海軍艦艇。


海上交通。


それらへの明白な危険を、


必要な範囲で排除する。


だが。


明白な危険とは、


どこからなのか。


近づいた瞬間か。


武器を見せた瞬間か。


撃たれた瞬間か。


誰も、


紙の上では答えられなかった。


「隼鷹へ状況報告」


「はい」


「本艦、警告を継続する」


春風は、


船団との間を離れなかった。


*


隼鷹。


CIC。


情報が集まってくる。


春風。


哨戒機。


船団。


陸上司令部。


黒木は、


一本の線を見ていた。


不明船の進路。


船団の進路。


交わる。


「警告への反応は」


「なし」


「針路変更」


「なし」


その時。


航空隊から、


新しい報告が入った。


室内が静まる。


「不明船一隻、甲板上に人員活動」


続いて。


「武装へ人員が移動しています」


黒木は、


すぐには命令しなかった。


まだ。


その瞬間だった。


「春風より緊急!」


声が変わる。


「不明船――」


一拍。


「発砲!」


*


海面に、


小さな水柱が上がった。


春風の前方。


外れた。


命中していない。


だが。


意味は十分だった。


艦長が叫ぶ。


「総員、戦闘配置!」


警報が鳴る。


艦内を、


人が走る。


砲側。


CIC。


機関室。


艦橋。


十年間。


何度も繰り返してきた配置。


ただ一つ違う。


今日は、


訓練ではなかった。


*


隼鷹。


「春風、射撃を受けました!」


黒木が立ち上がる。


「被害」


「なし!」


「相手は」


「接近継続!」


もう。


判断に迷う理由はなかった。


攻撃された。


日本海軍の艦艇が。


日本の船団を守っている最中に。


黒木は命じた。


「春風へ」


士官が待つ。


「武力使用を許可する」


一瞬。


室内の空気が変わった。


「ただし」


黒木は続けた。


「目的は撃沈ではない」


「はい」


「船団から追い払え」


命令が送られる。


*


春風。


通信員が叫ぶ。


「隼鷹より!」


艦長が振り返る。


命令を聞く。


短く頷いた。


そして。


前を見る。


不明船。


その向こうに、


守るべき船団。


「警告射撃」


命令が出た。


砲が動く。


照準。


確認。


艦橋に、


一瞬だけ静寂が訪れた。


「撃て」


昭和三十八年八月十一日。


日本海。


砲声が響いた。


*


それは、


大きな戦闘ではなかった。


戦艦同士の砲撃でもない。


航空攻撃でもない。


たった一発。


海面へ向けた、


警告射撃。


だが。


その砲声を聞いた者にとっては、


重かった。


昭和二十年。


帝国海軍は、


戦争に敗れた。


昭和二十三年。


新しい制度の下で、


海軍は再建された。


それから十五年。


再建された日本帝国海軍が、


実戦で初めて撃った一発だった。


*


不明船の動きが変わった。


一隻。


続いて、


もう一隻。


針路を変える。


だが。


三隻目だけが、


そのまま進んだ。


「一隻、接近継続!」


艦長は、


前を見る。


再び警告。


反応なし。


そして。


不明船から、


二度目の発砲。


今度は。


春風の近くで、


海面が弾けた。


「艦長!」


「分かっている」


もう、


警告だけではなかった。


艦長は短く息を吐く。


「射撃」


砲側が待つ。


「相手の攻撃能力を止める」


命令が伝わった。


砲声。


一発。


間を置いて。


もう一発。


不明船の速度が落ちた。


やがて。


止まった。


*


残る二隻は、


北西へ離れていった。


春風は、


追わなかった。


命令通りだった。


敵を追うことが目的ではない。


船団を通す。


それだけだ。


「船団、航行継続」


報告が上がる。


艦長は、


ようやく双眼鏡を下ろした。


誰も歓声を上げなかった。


勝った。


そう言う者もいなかった。


ただ。


仕事を続けた。


*


隼鷹。


飛行甲板。


哨戒機が戻ってきた。


相沢が機体から降りる。


甲板の向こう。


海は、


いつもと変わらない。


夕日。


波。


雲。


そこだけ見れば、


何も起きていないように見える。


黒木が、


飛行甲板へ出てきた。


相沢が尋ねる。


「春風は」


「無事だ」


「船団は」


「通った」


相沢は頷いた。


それなら。


任務は成功だった。


「相手は何者だったんです」


黒木は、


しばらく答えなかった。


「まだ分からん」


「北朝鮮軍では?」


「そうかもしれん」


黒木は海を見る。


「だからといって、そうだったことにはできん」


相沢は黙った。


撃った後でも。


確認は必要だった。


むしろ。


撃ったからこそ。


*


八月十二日。


東京。


事件の報告は、


夜のうちに政府へ届いた。


日本海軍艦艇が攻撃を受けた。


応戦。


船団被害なし。


海軍側被害なし。


不明船一隻停止。


二隻離脱。


そして。


現場から回収された情報が、


机の上に置かれた。


海軍大臣が読む。


顔を上げる。


「確認できたのか」


「はい」


軍令部の士官が答えた。


「北朝鮮側の海上部隊と判断します」


会議室が静かになった。


これまでとは違った。


不審船ではない。


所属不明でもない。


朝鮮半島で戦っている一方の軍事組織が、


日本海軍を攻撃した。


首相が尋ねる。


「向こうは何と言っている」


「まだ正式な回答はありません」


「韓国は」


「国連軍とともに、海上警戒へのさらなる協力を求めています」


首相は、


椅子にもたれた。


日本は。


朝鮮半島の戦争には、


参加していない。


そう言い続けてきた。


だが。


今度は。


戦争の側から、


日本へ撃ってきた。


*


横須賀。


鳳翔。


高瀬少佐の机に、


一枚の命令書が届いた。


『竣工準備ヲ促進スベシ』


以前とは違う。


照会ではない。


要請でもない。


命令だった。


高瀬は、


しばらく文字を見ていた。


窓の外には、


新しい航空母艦。


その向こうに、


海。


隼鷹は、


その海の先にいる。


技術士官が尋ねた。


「今度こそ、間に合わせますか」


高瀬は首を振った。


「違う」


そして。


鳳翔を見る。


「今度こそ、完成させる」


*


同じ日。


首相官邸では、


新しい会議が始まろうとしていた。


議題は、


海上警備ではなかった。


『朝鮮半島有事ニ対スル日本国ノ措置』


日本はまだ。


正式には、


戦争の外側にいた。


だが。


その線は、


昨夜の砲声で、


大きく揺らいでいた。

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