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海軍は再び翼を得る  作者: フジ
極東動乱
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26/33

海上護衛

昭和三十八年八月九日。


朝鮮半島。


夜明けとともに、


空が鳴った。


ソウル北方。


遠くで、


低い音が続いている。


戦闘が始まってから、


街の人間は音に敏感になっていた。


飛行機なのか。


砲声なのか。


車両なのか。


それを聞き分けることが、


いつの間にか日常になりつつあった。


駅には人が集まっている。


南へ向かう者。


家族を迎えに行く者。


軍服姿の男たち。


その間を、


新聞売りが走っていく。


『戦線拡大』


『国連軍、韓国防衛を再確認』


『北側部隊、境界線南方で活動』


もう。


「国境事件」という言葉を使う新聞はなかった。


*


韓国軍司令部。


地図の上には、


前線があった。


十年前と違い、


北朝鮮軍が一気に半島を南下しているわけではない。


韓国軍も、


十年前の軍ではない。


各地で抵抗している。


一部では押し返している。


それでも。


戦闘は終わらない。


「補給は?」


「東部方面で不足が出始めています」


「陸路は」


「混乱しています」


道路には、


軍だけがいるわけではない。


避難民。


警察。


救急車。


地方行政。


すべてが、


同じ道路を使っている。


だから。


海が必要だった。


釜山。


鎮海。


浦項。


半島南部の港へ、


物資を運ぶ。


そこから前線へ送る。


戦争が長引けば長引くほど、


海上輸送の意味は大きくなる。


参謀の一人が、


海図を見た。


その先。


対馬海峡。


そして。


日本。


十年前と同じだった。


朝鮮半島の戦争は、


海の向こう側と切り離せなかった。


*


同日。


午前七時。


日本海。


第一艦隊。


海面には、


複数の船影が並んでいた。


中心にいるのは、


航空母艦隼鷹。


その周囲を、


駆逐艦が進む。


春風。


そして、


戦前から生き残った艦艇。


新旧の軍艦が、


同じ海を走っていた。


そのさらに後方。


貨物船が続く。


日本へ向かう船。


日本から出る船。


そして、


朝鮮半島南部へ向かう輸送船。


任務は単純だった。


通す。


ただ、


それだけだった。


*


隼鷹。


CIC。


「哨戒機より報告」


声が飛ぶ。


「船団北西、海面異常なし」


海図へ情報が書き込まれる。


別の報告。


春風。


さらに別の艦。


陸上基地。


米軍。


次々と情報が入る。


十年前の隼鷹では、


できなかったことだった。


古い船体の中に、


新しい海軍が詰め込まれている。


黒木中佐は、


海図を見ていた。


「春風から更新」


表示が書き換えられる。


黒木は時計を見る。


速い。


かつてなら、


艦が見つけたものは、


その艦だけの情報だった。


今は違う。


春風が見た海を、


隼鷹も見る。


隼鷹の航空機が見た海を、


護衛艦も知る。


完璧ではない。


報告の遅れもある。


間違いもある。


だが。


艦隊は、


同じ海を見ようとしていた。


*


飛行甲板。


相沢慎一大尉は、


発艦していく哨戒機を見送った。


甲板員が動く。


次の機体が前へ出る。


整備員が確認する。


発艦。


そして、


また次。


派手な仕事ではない。


敵艦を沈めるわけでもない。


朝鮮半島を攻撃するわけでもない。


ただ。


何時間も海を見る。


船を確認する。


異常がないことを確かめる。


それを繰り返す。


「戦争って感じがしませんね」


若い搭乗員が言った。


相沢は海を見る。


「それでいい」


「え?」


「何も見つからないなら、それが一番いい」


搭乗員は、


少し考えてから頷いた。


*


午後。


春風。


艦橋に、


隼鷹から連絡が入った。


船団前方。


所属不明の船影。


確認。


春風が、


針路を変える。


艦内の空気が変わった。


だが。


慌てる者はいない。


訓練で、


何度も繰り返してきた。


確認する。


報告する。


共有する。


そして、


判断する。


しばらくして。


相手の正体が判明した。


民間船。


航路を外れた漁船だった。


警戒が解除される。


艦橋で、


誰かが息を吐いた。


何も起きなかった。


それでいい。


それが、


護衛だった。


*


八月十日。


東京。


海軍軍令部には、


第一艦隊からの報告が届いていた。


『船団護衛、異常ナシ』


『航空哨戒、異常ナシ』


『対馬海峡通航、概ネ平穏』


異常なし。


その文字が並ぶ。


戦果はない。


撃沈もない。


撃墜もない。


だが。


商船は動いている。


港も動いている。


航路も生きている。


海軍大臣は、


報告書を閉じた。


「これでいい」


参謀が見る。


「何も起きていませんが」


「起こさないために出したんだ」


それが、


この海軍の仕事だった。


*


だが。


朝鮮半島では、


状況が変わり始めていた。


北朝鮮軍の活動は、


軍事境界線だけに限られなくなっている。


沿岸部。


港湾周辺。


海上。


韓国側から、


新しい報告が届き始めた。


小型船の活動。


不審な無線。


夜間の船影。


一つ一つなら、


決定的ではない。


しかし。


海軍軍令部には、


見覚えのある形だった。


点が増える。


そして。


点と点の間に、


線が見え始める。


*


八月十一日。


日本海。


夕方。


隼鷹のCIC。


「航空隊より緊急報告」


室内の視線が集まる。


「船団進路上に、不明船」


黒木が顔を上げる。


「所属」


「確認中」


「数」


報告を受けた士官が、


一瞬止まった。


「一隻ではありません」


海図に、


印が付けられる。


一つ。


そして。


もう一つ。


さらに。


その位置を見て、


黒木の表情が変わった。


偶然にしては。


船団に近すぎる。


「春風へ」


「はい」


「船団との間に入れ」


命令が飛ぶ。


「航空隊は確認を続けろ。ただし、勝手に敵と決めるな」


「了解」


CICが動き始める。


情報が集まる。


隼鷹。


春風。


哨戒機。


船団。


別々だったものが、


一枚の海図へ集まっていく。


十年間。


この日のために、


海軍を造ってきたわけではない。


だが。


造ってきたものが、


試される日は来た。


*


横須賀。


同じころ。


航空母艦鳳翔では、


夜間作業が続いていた。


公試。


修正。


確認。


また公試。


工程表には、


赤い書き込みが増えている。


高瀬少佐は、


最新の予定表を見た。


予定されていた日付が、


一つ。


消されている。


その下に、


新しい日付。


予定より早い。


技術士官が尋ねた。


「間に合いますか」


高瀬は、


すぐには答えなかった。


海の向こうでは、


隼鷹が動いている。


春風が動いている。


そして。


朝鮮半島では、


戦争が続いている。


「間に合わせるんじゃない」


高瀬は言った。


「完成させるんだ」


「同じでは?」


「違う」


高瀬は、


工程表を閉じた。


「間に合わせただけの軍艦を、海へ出すつもりはない」


*


日本海。


夜。


船団は、


針路を変えずに進んでいた。


その前方。


春風が走る。


さらに遠く。


正体不明の船影。


隼鷹の飛行甲板では、


次の航空機が準備されていた。


まだ。


発砲はない。


まだ。


日本海軍は、


誰とも戦っていない。


だが。


初めて。


守るべき船と、


正体の分からない船が、


同じ海の上で向き合おうとしていた。

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