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海軍は再び翼を得る  作者: フジ
極東動乱
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24/33

日本の海

昭和三十八年八月四日。


日本海。


朝鮮半島で戦闘が拡大してから、四日。


海の上では、まだ戦争は始まっていなかった。


少なくとも、


日本にとっては。


商船は航路を変え、


海軍艦艇は警戒を強め、


哨戒機が海面を見張っている。


それでも。


船は動いていた。


日本は島国だった。


戦争が近くにあるからといって、


海上交通を止めることはできない。


油。


鉱石。


食料。


原料。


海の向こうから来るものが、


日本という国を動かしている。


だから。


朝鮮半島で砲声が響いても、


日本の商船は海を走り続けていた。


*


午前九時十八分。


対馬北西。


海軍の哨戒機が、


海面に一隻の船を見つけた。


日本商船だった。


予定航路から、


わずかに外れている。


「応答は?」


「ありません」


無線を送る。


もう一度。


返事がない。


哨戒機は高度を下げた。


船体は浮いている。


だが、


速度が落ちている。


甲板上には、


人の動きが見えた。


「事故か?」


機長が言う。


その可能性はある。


機関故障。


通信故障。


この海では、


何でも戦争に結びつけて考えるべきではない。


だが。


船の近くに、


別のものが見えた。


小さな船影。


商船ではない。


漁船にも見えない。


「海軍へ通報」


機長が言った。


「不審船一。日本商船付近」


*


二十分後。


近海を警戒していた海防艦が、


現場へ向かった。


日本商船から、


ようやく無線が入る。


内容は短かった。


正体不明の小型艇が接近。


停船を要求された。


拒否。


相手は離脱。


発砲はない。


被害もない。


それだけだった。


だが。


東京へ届いた報告は、


国防会議を再び開かせるには十分だった。


*


首相官邸。


「所属は」


「不明です」


「北朝鮮ではないのか」


「断定できません」


軍令部の士官が答える。


写真は撮られている。


だが、


国籍を示すものは確認できない。


「ただし」


士官は続けた。


「同様の報告が、ここ三日で複数あります」


地図に印が付けられる。


対馬海峡。


日本海南部。


朝鮮半島東方。


一件だけなら、


密輸船かもしれない。


二件なら、


偶然かもしれない。


だが。


数が増えていた。


海軍大臣が言った。


「問題は、誰かではありません」


首相が見る。


「日本船舶の航行が妨害され始めていることです」


*


同じころ。


第一艦隊は、


日本海を北上していた。


航空母艦隼鷹。


その周囲を、


春風型を含む護衛艦艇が進む。


戦前生まれの空母と、


戦後生まれの駆逐艦。


十年前なら、


存在しなかった艦隊だった。


隼鷹のCICでは、


海図の上に情報が書き込まれていた。


商船。


哨戒機。


海軍艦艇。


不審船の発見位置。


相沢慎一大尉は、


航空隊へ届いた情報を見ていた。


「多いな」


黒木中佐が言う。


「船がですか」


「分からないものがだ」


戦争が始まると、


海は急に分からないものだらけになる。


漁船。


商船。


軍艦。


味方。


敵。


中立国。


そして、


所属を示さない船。


撃つのは簡単だ。


見つけたものを、


全部敵だと思えばいい。


だが。


それをしないために、


新しい海軍は十年かけて情報を扱う方法を学んできた。


「確認してから動く」


黒木が言った。


「はい」


「間違えるなよ」


「間違えたら?」


黒木は相沢を見る。


「戦争を増やす」


相沢は、


それ以上聞かなかった。


*


八月五日。


朝。


対馬海峡。


今度は、


銃声が聞こえた。


日本の貨物船から、


緊急通信が入る。


正体不明艇が接近。


停船要求。


拒否。


そして。


発砲。


弾は船体の一部に当たった。


乗員に負傷者。


貨物船は、


速度を上げて離脱した。


近くにいた海軍艦艇が急行する。


だが。


不審艇は、


朝鮮半島方向へ逃走した。


追跡は途中で打ち切られた。


理由は単純だった。


命令がなかった。


日本海軍に認められているのは、


日本船舶の保護。


警戒。


救難。


自艦防御。


逃げる相手を、


朝鮮沿岸まで追う権限はない。


艦長は、


追跡中止を命じた。


誰も、


その判断を責めなかった。


*


東京。


報告書には、


一つの言葉が加わった。


『日本人負傷』


会議室の空気が変わった。


首相が尋ねる。


「まだ警備で済むのか」


海軍大臣は、


すぐには答えなかった。


「警備です」


「同じではないだろう」


「はい」


海軍大臣は地図を見る。


「ですから、警備の権限を変える必要があります」


軍令部から、


新しい案が示された。


日本船舶への攻撃を阻止すること。


日本領海及び周辺海域へ接近する武装船を確認すること。


明白な攻撃行為が認められた場合、


必要な範囲で武力を使用すること。


朝鮮半島での地上戦には、


参加しない。


朝鮮沿岸への攻撃も、


認めない。


国連軍の攻撃作戦にも、


参加しない。


目的は一つ。


日本の海上交通を守る。


「つまり」


首相が言った。


「海軍に撃つことを認めるのか」


「条件付きで」


海軍大臣が答える。


「誰に対してだ」


「日本を攻撃する者に対してです」


国籍ではなかった。


陣営でもなかった。


行為。


それを基準にする。


長い議論が続いた。


そして。


その日の夜。


政府は、


海軍に新しい命令を出した。


*


『海上交通保護命令』


第一。


日本海及び対馬海峡における、


日本船舶の安全を確保すること。


第二。


民間船舶に対する武力行使、


拿捕その他の危険行為を阻止すること。


第三。


武力の使用は、


日本船舶及び海軍艦艇に対する明白な危険を排除するため、


必要な範囲に限ること。


第四。


朝鮮半島における交戦当事者への攻撃作戦には、


参加しない。


命令は、


第一艦隊へ送られた。


*


隼鷹。


夜。


黒木は、


命令書を読み終えた。


机の向こうに、


艦長以下の士官が並んでいる。


「つまり」


一人が言った。


「我々は参戦したのですか」


黒木は、


命令書を見る。


「違う」


「しかし、武力使用が認められた」


「ああ」


黒木は顔を上げた。


「朝鮮で戦えとは書いてない」


部屋が静かになる。


「我々が守るのは、ここだ」


海図を指す。


日本海。


対馬海峡。


そこを通る、


無数の航路。


「敵を探しに行くな」


黒木は言った。


「守るものを見ろ」


*


翌朝。


隼鷹から、


哨戒機が飛び立った。


一機。


続いて、


もう一機。


飛行甲板では、


次の機体が準備されている。


相沢は、


飛び去る航空機を見送った。


訓練ではない。


だが。


攻撃でもない。


海を見る。


船を探す。


航路を守る。


必要なら、


救助する。


それが今の任務だった。


相沢は、


水平線を見る。


十年前。


隼鷹が再び海へ戻ったとき、


この空母の仕事は、


戦争を始めることではないと言われた。


戦争を遠ざけるために、


海にいる。


今。


その言葉が、


初めて試されようとしていた。


*


八月六日。


朝鮮半島では、


戦闘が続いている。


日本海では、


第一艦隊が商船航路へ展開した。


横須賀では、


鳳翔の最終公試が続いていた。


そして東京では。


政府が、


次の問題を考え始めていた。


もし。


海上交通を守るだけでは、


日本の安全を守れなくなったら。


どこまで行くのか。


まだ、


答えは出ていない。


日本は、


朝鮮半島の戦争には参戦していなかった。


だが。


その戦争は既に、


日本の海まで来ていた。

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