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海軍は再び翼を得る  作者: フジ
再建の海
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21/33

初航海

昭和三十七年九月。


横須賀。


航空母艦鳳翔は、


半年ほど前とは別の艦になっていた。


艦橋にはレーダーが載った。


艦内には通信設備が入り、


CICには新しい機器が並んでいる。


飛行甲板には、


斜めに伸びる着艦区域。


まだ海軍へ引き渡されてはいない。


だが、


外から見ればほとんど完成した航空母艦だった。


残されている最大の試験は、


一つ。


海へ出すことだった。


*


「準備完了」


報告が艦橋へ届く。


高瀬誠一少佐は、


艦橋後方に立っていた。


設計者が艦を動かすわけではない。


今日は造船所と海軍の試験要員が、


鳳翔を動かす。


高瀬は、


ただ見届けるだけだった。


「曳船、離れます」


ゆっくりと、


鳳翔が岸壁を離れる。


岸壁との間に、


海面が見えた。


数メートル。


十メートル。


さらに離れる。


進水の日とは違う。


あの日、


鳳翔はただ海に浮かんだ。


今日は。


自分の機関で、


海へ出る。


「前進微速」


機関が応える。


船体に、


低い振動が広がった。


鳳翔が動き出す。


高瀬は、


何も言わなかった。


目の前には横須賀の海。


その先には、


太平洋が広がっている。


*


東京湾を出るころには、


速力は上がっていた。


十ノット。


十五ノット。


二十ノット。


艦橋には次々と報告が入る。


機関正常。


操舵正常。


発電機正常。


レーダー正常。


だが。


「第三発電機、負荷上昇」


最初の問題は、


すぐに出た。


高瀬が振り返る。


「どれくらいだ」


「想定より高いです」


航空管制設備。


レーダー。


通信機。


新しい艦には、


電気を使うものが多い。


図面上では計算していた。


岸壁でも試した。


だが。


すべてを同時に動かし、


艦そのものが航行している状態では、


条件が違う。


「記録しておけ」


高瀬が言った。


「止めますか」


「まだいい」


試験とは、


問題がないことを確認するためだけに行うものではない。


問題を見つけるためにやるものでもある。


鳳翔は、


まだ完成していない。


だから今なら、


直せる。


*


翌日。


速力試験が始まった。


二十五ノット。


二十七。


二十八。


艦首が波を切る。


巨大な船体が、


想像以上の速さで海を進んでいく。


「二十九ノット」


報告。


高瀬は計器を見る。


機関出力が上がる。


船体の振動も増える。


そして。


「三十ノット」


艦橋の空気が、


少しだけ緩んだ。


計画速力。


設計室で何度も議論した数字だった。


二十八でいい。


いや、


三十必要だ。


その二ノットのために、


機関も船体も変わった。


今。


鳳翔は、


実際に三十ノットで走っている。


「少佐」


若い技術士官が笑う。


「出ましたね」


「ああ」


「嬉しくないんですか」


「まだ旋回試験が残ってる」


「そういうところですよ」


高瀬も、


少しだけ笑った。


*


数日後。


鳳翔は横須賀へ戻った。


最初の航海で、


いくつもの問題が見つかった。


発電機の負荷。


艦内の振動。


通信装置への雑音。


一部区画の換気。


どれも、


艦そのものを造り直すほどではない。


だが、


放っておいていいものでもなかった。


造船所は、


すぐ修正に入った。


その一方で。


海軍側の準備も始まっていた。


*


十月。


館山海軍航空基地。


相沢慎一大尉は、


格納庫の前に並ぶ航空機を見ていた。


双発の艦上対潜機。


新しい対潜ヘリコプター。


そして、


鳳翔で運用する予定の航空機。


「これを全部、あの艦で使うのか」


隣の士官が言う。


「使えるようにする」


相沢が答えた。


「違うんですか」


「載せるだけなら簡単だ」


相沢は機体を見る。


隼鷹で、


何度も経験した。


航空機を積む。


それだけならできる。


問題は、


飛ばし続けられるか。


整備できるか。


戻ってきた機体を受け入れられるか。


故障した機体を邪魔にならない場所へ動かせるか。


燃料と部品を、


必要な速度で供給できるか。


「三十機載る艦と、三十機を使える艦は違う」


相沢が言った。


どこかで、


高瀬に言った言葉だった。


今度は、


それを自分たちが証明する番だった。


*


十一月。


鳳翔は、


再び海へ出た。


今度は、


航空機を迎えるために。


飛行甲板には、


海軍の航空要員が配置されている。


相沢も、


鳳翔に乗っていた。


艦尾を見る。


斜めに伸びる着艦区域。


隼鷹とは、


まるで違う。


「広いですね」


若い搭乗員が言った。


相沢は答えた。


「今のうちだけだ」


「またそれですか」


「航空隊は必ず狭くする」


笑いが起きる。


だが。


着艦試験が始まると、


誰も笑わなくなった。


*


一機目。


鳳翔の後方から、


航空機が接近する。


艦橋。


航空管制。


飛行甲板。


すべてが、


一機の航空機を見ていた。


相沢も、


無言で見つめる。


機体が高度を下げる。


飛行甲板へ近づく。


そして。


接地。


着艦装置が機体を止めた。


一瞬の静寂。


続いて、


甲板上の人間たちが動き出す。


機体を移動。


着艦区域を空ける。


次の航空機を迎える。


相沢は時計を見る。


一機降りれば終わりではない。


次。


その次。


何機も受け入れる。


それが航空母艦だった。


二機目。


三機目。


着艦。


移動。


整備。


再発艦。


繰り返すうちに、


問題が見えてくる。


「二番機、移動が遅い!」


「昇降機前が詰まってる!」


「整備班、そこじゃ次が通れない!」


新しい飛行甲板。


新しい設備。


広い格納庫。


それでも。


実際に使えば、


問題は出る。


相沢は、


むしろ安心していた。


これでいい。


最初から完璧な空母など、


存在しない。


*


その夜。


鳳翔のCIC。


海面の情報。


航空機の位置。


護衛艦の位置。


すべてが、


一つの区画へ集められていた。


相沢は、


後ろからその様子を見ていた。


隼鷹とは違う。


情報を後から付け足すのではない。


最初から、


情報を集めるために造られている。


そこへ高瀬が入ってきた。


「どうです」


相沢が尋ねる。


「何がです」


「あなたの空母」


高瀬は顔をしかめた。


「私のじゃありません」


「じゃあ、海軍の空母」


「まだ海軍のものでもない」


引き渡し前だった。


相沢は笑う。


「面倒な人ですね」


「それで」


高瀬が聞き返す。


「航空隊から見て、どうです」


相沢は少し考えた。


「問題だらけです」


高瀬の顔が曇る。


「そうですか」


「でも」


相沢はCICを見る。


「直せる問題ばかりです」


高瀬も、


同じ方向を見る。


それならいい。


今はまだ。


*


十二月。


海軍省。


鳳翔の公試報告書が、


机の上に置かれていた。


速力。


航続性能。


機関。


航空運用。


通信。


CIC。


修正を要する項目はある。


だが。


重大な欠陥はない。


翌年。


昭和三十八年前半。


鳳翔は海軍へ引き渡される予定だった。


予定通りなら。


その報告書の横に、


もう一冊の資料が置かれていた。


『朝鮮半島軍事情勢』


前年より、


明らかに厚くなっている。


国境付近での衝突。


部隊移動。


航空基地の活動。


海軍艦艇の行動。


報告を読んでいた士官が、


鳳翔の公試日程を見る。


そして尋ねた。


「これ、早められないか」


「鳳翔を?」


「ああ」


「何のために」


男は、


朝鮮半島の地図を見た。


「何も起きなければ、それでいい」


少し間を置く。


「だが、起きてから完成を待つわけにはいかん」


その日。


鳳翔の公試日程について、


初めて短縮の可能性が検討された。


まだ戦争ではない。


まだ動員もない。


だが。


鳳翔が海へ出たことで、


一つだけ変わったことがあった。


それまで、


日本海軍に使える空母は一隻しかなかった。


今は。


もう一隻が、


海の上を走り始めていた。

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