新しき艦隊
昭和三十一年四月。
長崎沖。
駆逐艦「春風」は、白波を切って走っていた。
造船所を離れ、何度も海へ出た。
機関を動かし、
舵を切り、
通信設備を試し、
レーダーとソナーを動かした。
問題が見つかれば港へ戻った。
直して、また出た。
そうして春風は、図面の中の軍艦から、本物の軍艦になっていった。
そして四月二十六日。
すべての公試を終えた春風は、造船所から海軍へ引き渡された。
艦尾に軍艦旗が上がる。
高瀬誠一技術大尉は、岸壁からそれを見ていた。
起工の日も見た。
進水の日も見た。
だが今日から、この艦は高瀬たち技術者のものではない。
乗員たちの艦になる。
「行っちまいますね」
隣にいた造船所の技師が言った。
「ああ」
「寂しいですか」
高瀬は少し考えた。
「少し」
春風の舷側では、真新しい制服を着た乗員たちが動いている。
艦橋にも人影があった。
これから彼らが春風を動かす。
高瀬が図面に引いた線の中で、
眠り、
食事をし、
働き、
海へ出る。
「でも、軍艦は港に飾るために造るものじゃない」
高瀬は言った。
春風の汽笛が鳴った。
やがて船体が岸壁を離れる。
戦後初の国産駆逐艦は、
第一艦隊への編入のため、
横須賀へ向かった。
*
だが。
海軍が春風一隻の完成を待っていた時代は、すでに終わりつつあった。
昭和三十一年夏。
二番艦が建造中。
三番艦の建造も承認。
さらに艦政本部では、春風型で得られた経験を取り入れた次期駆逐艦の研究が始まった。
海防艦も新造される。
掃海艦艇も更新される。
航空隊には、新しい航空機の導入計画が進められていた。
一隻ずつ、
少しずつ。
帝国海軍から、
戦争を生き残った艦の割合が減っていく。
*
昭和三十二年。
横須賀。
春風の隣に、もう一隻の新しい駆逐艦が停泊していた。
春風型二番艦。
少し離れた岸壁には雪風がいる。
さらに向こうには、試験艦となった響。
そして港の奥には、
軽航空母艦「隼鷹」の大きな艦影。
新旧の軍艦が同じ港に並んでいた。
数年前まで、
この海軍の主力は戦争を生き残った艦だった。
酒匂。
雪風。
響。
初桜。
竹。
杉。
それらを修理し、
外国から装備を導入し、
どうにか艦隊を作った。
だが今は違う。
春風型がいる。
新しい海防艦がいる。
航空隊も拡張されている。
戦後に入隊した士官や水兵も増えた。
昭和二十年の海軍を知らない者たちが、
艦隊の中で珍しくなくなり始めていた。
帝国海軍は、
残された海軍から、
造る海軍へ変わりつつあった。
*
変化は、艦艇だけではなかった。
横須賀の作戦室。
壁に日本列島と周辺海域の地図が掲げられている。
宗谷海峡。
津軽海峡。
対馬海峡。
北にはソビエト連邦。
西には朝鮮半島。
海軍が警戒しなければならない海域は広かった。
だが保有する艦艇には限りがある。
一隻の高性能艦を造ればいいわけではない。
哨戒する艦。
護衛する艦。
潜水艦を探す艦。
航空機。
補給艦。
そして、それらを指揮する艦。
必要なのは軍艦ではない。
艦隊だった。
昭和三十二年度海軍整備計画。
その中には、今後数年間の建造方針が記されていた。
新型駆逐艦。
新型海防艦。
補給艦。
航空基地の拡張。
春風型は、その最初の一歩にすぎなかった。
*
その一方。
一つだけ、
新しくできないものがあった。
横須賀軍港。
巨大な艦影が岸壁に横たわっている。
軽航空母艦「隼鷹」。
飛行甲板では整備員たちが作業を続けている。
何度も改修された艦だった。
レーダーも変わった。
通信設備も変わった。
航空機も変わった。
だが。
船体そのものは変えられない。
戦争より前に造られた艦であることだけは、
どれだけ改装しても変わらなかった。
その年。
艦政本部へ、一冊の資料が送られた。
『隼鷹代艦ニ関スル基礎研究』
代艦。
つまり、
隼鷹の次に造る艦。
資料には、まだ具体的な設計はなかった。
必要な航空機数。
必要な速力。
船体規模。
建造費。
検討項目ばかりが並んでいる。
そして一番上に、
艦種だけが記されていた。
――航空母艦。
戦争が終わって十二年。
帝国海軍は、
ついにそこまで来ていた。
生き残った空母を直すのではない。
外国から空母を譲ってもらうのでもない。
日本で、
新しい航空母艦を造る。
まだ誰も、
その艦の姿を知らない。
名前もない。
造船所も決まっていない。
予算さえない。
ただ。
十年前なら夢物語だった一枚の紙が、
今は海軍省の机の上に置かれている。
春風も、
最初は一枚の紙だった。
新しい艦隊は、
静かに次の段階へ進み始めていた。




