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氏郷外伝 戦国の習い 序章・全六章  作者: あっちゅ寝太郎


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氏郷外伝 戦国の習い 第一章

第一章:松ヶ島の「写し」と算盤の火

天正十二年。初夏の風が吹き抜ける近江、日野城。

その一室で、蒲生氏郷は一本の刀を抜き、月光に透かしていた。

「……阿知寝。これは、本物か?」

傍らに控える側近、亜那あな 阿知寝あちねは、一分の隙もない仕草で一礼すると、鋭い眼光でその刃文を見つめた。

「銘は正宗。なれど、これは堺から引き抜いた腕利きが打った『写し』にございますな。……もっとも、並の目利きでは一生かかっても見抜けぬほどの業物ですが。殿も、また質の悪い悪戯をなさる」

氏郷は満足げに鼻で笑い、刀を鞘に収めた。

「それでよい。信長様は、名もなき茶器に『黄金』の価値を付けて天下を動かした。松永弾正は、たった一つの平蜘蛛に己の命を乗せて爆発させた。……俺はそのさらに先を行く。偽物イミテーションを本物として流通させ、その差額で『現実』を買うのだ」

氏郷の言う「現実」とは、鉄と、硝石と、そして何より「人の忠義」である。

日野は古くから鍛冶の街だ。その技術の根底には、太古に朝鮮半島から流れてきた没落王朝の末裔たちが伝えた、秘伝の冶金術が伏流水のように流れている。

「阿知寝、堺のあの男はどうした」

「はっ。図面と日野の極上鉄、そして『堺では一生味わえぬ、己の技を極めるための静寂』を条件に、一族ごと松ヶ島へ移住させました。今ごろは、あちらの工房で新しいふいごの熱に酔いしれていることでしょう」

「よろしい。職人は金よりも『環境』で釣れ。それが一番安上がりで、かつ裏切らぬ投資だ」

氏は、卓上に並べられた歪な茶碗を指で弾いた。

「刀だけではない。次はこれだ。阿知寝、職人に瀬戸や信楽の土を混ぜ合わせ、千利休が見れば眉をひそめるような『侘びた高麗茶碗の写し』を量産させろ。歪みこそが価値、欠けこそが風情……奴らが勝手に作り上げたその妄執を、俺はそのまま金に換えてやる」

「くすっ。殿が『家計のために泣く泣く手放した家宝』という物語を添えれば、大坂の成金どもは狂喜乱舞して買い取るでしょう。まさに、無から有を生み出す錬金術にございますな」

阿知寝は感心したように手元の算盤を弾いた。

「殿……。これから伊勢松ヶ島へ移りますが、あちらは海を持つ。そしてここ近江は、ものづくりの心臓だ。この二つを繋げば、天下の物流を握れる」

氏は、卓上に広げた帳簿を指で叩いた。そこには、氏郷が独自に定めた「投資の基準」が、他人が見れば暗号にしか見えぬ緻密な数字で記されていた。

「これを見ろ。これから蒲生家が節約すべきは、俺自身の衣服、食事、城の装飾だ。つまり『主君の贅沢』という無駄金よ。反対に、一銭たりとも惜しまんのが家臣の武装、新技術、そして『細作しのび』への報奨だ」

「殿……。細作にそこまでの金を。彼らは泥に潜るのが仕事では?」

「阿知寝、わかっておらんな。泥に潜る者こそ、誰よりも『利』に敏感でなければならん。ただし、彼らには徹底して質素倹約を説け。派手な金遣いをする忍びなど、すぐに首が飛ぶ。……泥に潜り、ボロを纏い、米一粒の価値を数える者こそが、生きた情報を持ち帰る。そのための『隠し金』だ」

阿知寝は苦笑し、手元の算盤を弾いた。

「殿……。左様な冷徹な差配、どこかの文筆家が聞きつければ『家臣を想うあまり、己を律する聖人』と、涙ながらに書き残すでしょうな。美談という名の粉飾決算です」

「勝手に書かせておけ。俺がボロを着るのは、秀吉様に『蒲生は金に困っている』と信じ込ませるための、一番安い広告費コマーシャルだ。織田の娘婿という贅沢な看板を捨て、食い詰めた浪人のような顔をして、その浮いた金で最新の弓矢と銃を揃える。阿知寝、お前は弓の弦と、矢羽の流通を統括しろ。近江の職人と伊勢の商人を、裏で一本の糸で繋ぎ合わせるのだ」

氏郷の視線は、地図上の伊勢に向けられていた。

「戦国の習いとは、殺し合いではない。価値の奪い合いよ。……没落した王朝の血を引く職人たちに伝えろ。蒲生家は貧乏ゆえ、高い禄は出せぬ。だが、お前たちの技が天下の礎となる『場所』は、俺が命がけで守り抜くと」

松ヶ島へ向かう氏郷の行列は、驚くほど質素であった。

だが、その荷車の中に隠された「堺の技」と「近江の鉄」、そして「冷徹な算盤」が、後に奥州の地で巨大な鶴ヶ城へと化けることを、大坂の秀吉はまだ知らない。

卯月の風に誘われて――越後散歩道の回想

今年から小説を書き始め、日々の散歩道でふと指を折っては、言葉を紡いでおります。

学生の頃に少しばかり手ほどきを受けた俳句も、今ではすっかり作法を忘れ、ルールも知らぬ素人句ではございますが、拙作の間に吹く一陣の風となれば幸いです。

早いもので、俳句を添えた投稿も今回で十七回目を数えることとなりました。

今回は、あの日歩いた道のりを振り返り、五つの句と共にその情景を認めてみたいと思います。

新潟の春は、いつも足踏みをしながらやってまいります。

三寒四温。暦の上ではとっくに春だというのに、見上げる空にはまだ、あの冬特有の重く鈍い雲が低く張り出している。

冬雲の 低く居座る 卯月かな

散歩道を歩けば、風の冷たさに首をすくめ、つい「寒い、寒い」と独り言が漏れてしまいます。

鳴きどりが 寒い寒いと 急き立てる

灯油の値段に溜息をつき、食卓の米を惜しむような、少し窮屈な現実。

けれど、ふと目を向けた河原には、そんな私の憂いを吹き飛ばすような景色が広がっておりました。

溜息の 糧を惜しめど 花は咲く

そこには、寒さに負けじと咲き誇る花々と、我先にと声を競い合う鳥たちの姿。

命のエネルギーが、春の陽光とともにあふれ出しています。

百鳥ももとりの 声競い合う 花畳

そんな鮮やかな情景に誘われるように歩を進めると、不意に小さな女の子が「こんにちは」と声をかけてくれました。

その愛らしい笑顔に、冬の寒さで固まっていた心がふわりと解けていくのを感じます。

こんにちは 凍てし心に 稚児の風

冬の名残に震えながらも、確実に春はここにある。

鳥の声に導かれ、可愛らしい出会いに心温められた、卯月のある日の散歩道。

私はまた、この町で巡り来る春を、愛おしく思うのです。

いつか、この風土を舞台にした時代小説を書きたい――。

そんな願いを抱きつつ、歩みを止めずにおります。

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