第94話:境界線戦争 その八
「帝国は十人を殺すたびに一人を失う。しかし、帝国が先に疲弊する」
これは、帝国へと亡命してきた連邦将兵がもたらした、おぞましくも冷徹な計算式だった。
比帆諸島・帝国軍仮設司令部。
連邦海軍が蒸気船艦隊の前にわずか三日で壊滅したのとほぼ同時に、『比帆諸島連邦』陸軍の高級将校が、複数の機密書類を携えて帝国へと亡命してきたのだ。
彼が命がけで持ち出したのは、連邦臨時政府を実質的な管理下に置いている海軍元帥提督と、霧宮王国の異世界人と思われる軍事顧問との、密室での会話を極秘に記録した音声魔導具の写しだった。
このまま霧宮の狂気的な戦略に付き合わされれば、祖国が滅びるだけでなく、この海に生きる民の血そのものが絶え果ててしまう――高級将校をそこまでの絶望に突き動かしての、決死の寝返りであった。
「街道少尉。連邦は、泥沼の消耗戦を仕掛けてくるつもりだ。お前なら、これがどういうことなのか、その意味を知っているのだろう」
大佐殿は煙草に火をつけ、比帆諸島の海図を乱暴に広げた。
「はい、大佐殿。霧宮の狙いは、この諸島の無数に入り組んだ『微小な島々と暗礁』、そして『民間人の漁船や乗合馬車』を張り巡らせた、無限補給の蟻地獄の構築です」
俺の言葉に、大佐殿の目が鋭く細められた。
元の世界における有名な泥沼の戦いを、この世界で、しかも群島国家の特性に合わせて最適化しようというのだ。
連邦の兵士たちは「魚が水の中を泳ぐように」農村や漁村の住民の中に溶け込み、日常のインフラに偽装した無限の補給線を使って遊撃戦を行う。
通常の正規軍同士の戦争であれば、明確な「前線」が存在し、そこでの決定的な勝利が政治的な終結(勝利)へと直結する。
しかし、無数の非正規兵が仕掛ける遊撃戦には、前線など最初から存在しない。敵がどこに潜んでいるか不明な上、善良な農民と戦闘員の区別を外見でつけることは不可能なのだ。
「街道少尉。つまり局地戦で、勝利しても戦争は終わらないのか」
「はい、大佐殿。終わりません」
「首都を落としてもか」
「終わりません」
この戦いには「勝利」の定義そのものが存在しない。
最初から『我が方の補充率が、帝国の消耗率を上回れば敵は自壊する』という計算の元に成り立つ、究極の消耗戦術。
霧宮の異世界人は、帝国を「残虐な侵略者」に仕立て上げるプロパガンダを展開するだけに留まらない。
「島の問題は島で決める、村の問題は村で決める」という、連邦が古くから重んじてきた伝統的な自治意識(掟)さえも巧みに利用し、無数の民兵を合法的に量産し続けているのだ。
「街道少尉。なぜそこまで断言できる」
「本官なら、間違いなくそうするからです」
大佐殿は煙草を咥えたまま数秒の間、沈黙した。
「……そうか」
海軍司令部が未だに首都島への上陸作戦に移行しないのは、その終わりのない戦いの泥沼を予期し、本能的に避けているからだ。
この蟻地獄を打破する方法は、理論上ふたつに限られている。すなわち、敵の「無限の補給路の徹底的な破壊」と、各島々の「内発的な民主化」だ。
現在、連邦軍はこの諸島で最も巨大な首都島へと、すべての物資を集中させている。その歪な兵站の代償として、首都島から物理的に離れている辺境の小島ほど商船が寄り付かなくなり、住民たちの食料や生活必需品は完全に途絶しつつあった。
帝国の民衆は軍を英雄だと信じて誇りに思い、国際世論もまた、帝国を人道的な救済国家であると盲信している。
ならば、弱者を見捨てない帝国がその大義名分を掲げ、飢えに苦しむ小島の民を「平和的」に救援・統治している間に、本拠地である首都島は霧宮の全面協力のもと、難攻不落の要塞島へと変化を遂げていく。
「街道少尉。つまり帝国が誇る武力では、終わらんのか」
「はい、大佐殿。歴史が証明しております」
どれほど潤沢な資金、高度な技術、そして人道的な善意を投入したところで、「なぜ戦うか」「どんな社会に生きたいか」という根源的な問いへの答えは、その社会に生きる人々自身が自発的に出すしかないのだ。
帝国にできることは、彼らが自発的な変化を選ぶための外的条件――すなわち、教育・保健・インフラ・そして絶対的な安全――を外側から完璧に整えてやることだけであり、その内発的な選択の過程自体を、軍の武力で強引に代替することはできない。
連邦の人々自身が「連邦臨時政府のやり方では、もう生きていけない」と身に染みて判断し、内発的変化を選択するまでには、どれほどの年月がかかるか分からない。
霧宮の異世界人。
やはり――“俺の”『覇権国家計画』には邪魔だな。
読んでくださり、ありがとうございました。




