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覇権国家計画  作者: 納豆
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第93話:境界線戦争 その七



「少尉。号外は五日前のものです。今頃は現地で、本格的な戦闘が始まっているでしょうね」


「中尉。問題は、首都島への上陸戦です」



帝都参謀本部、特別監察室。


中尉は、手に入れたばかりの『比帆諸島連邦』の号外新聞を丁寧に折りたたみ、静かに机の上に置いた。その視線は、すでに開戦したであろう海の行方を見据えている。



【号外】帝国の“経済侵略”を断固拒否!

海軍、祖国を守るため立つ

――臨時政府、全権掌握を宣言――



昨夜、比帆諸島連邦海軍は、帝国による共和国への“土地買収”を、「比帆諸島全域を帝国の支配下に置くための布石」と断定。祖国の独立と未来を守るため、電撃的な緊急行動に踏み切った。


海軍は首都の政府庁舎を完全に掌握し、旧政権の無能と怯懦きょうだを激しく糾弾。直ちに 『比帆諸島連邦臨時政府』 の樹立を宣言した。



臨時政府は声明でこう述べている。


「帝国の“民間企業による土地保有”は、投資などではなく、合法を装った狡猾な侵略である。共和国はすでに内側から飲み込まれた。次は我々の番だ。連邦は、帝国の影に決して屈しない」


連邦各地では、海軍の迅速な行動を称える声が高まり、侵略の恐怖に怯えていた民衆は一転して、この臨時政府の決断を熱狂的に支持している。



そして臨時政府は、帝国および共和国の軍事的脅威に断固として対抗するため、「全軍の即時動員」 を発令。国境海域における武力行使も辞さない構えを崩していない。



――少なくとも、霧宮の異世界人にとっては理想的な展開だ。



「少尉。参謀本部より、現地へ従軍せよとの下命かめいです」


「中尉。命令であれば従いますが、俺が戦地で役に立つことなど皆無ですよ」


帝都を離れる馬車の中で、俺は中尉に向かって深くため息をついた。


俺には、大局的な戦略など分からないし、前線での戦闘指揮もできない。そもそも実戦経験が無いのだ。


練兵場で旧式魔導銃の射撃訓練こそ続けているが、そんなものは休日の暇つぶし、ただの趣味みたいなものだ。百戦錬磨の武人という虚像に、今さら自分が追いつくはずもない。



「少尉。開戦が五日前、我々が連邦の海域へ到着するのが七日後です。その頃には、とっくに海戦は終わっていますよ」


「それは、そうでしょうが……俺が『後方任務』を強く希望していることだけは、あらかじめ上層部へ伝えておいてください」



――七日後。

俺たちの乗った高速外輪船は、硝煙の漂う比帆諸島・帝国軍仮設司令部へと到着した。



「来たな、街道少尉。これが十日前の新聞記事だ」


「はい、大佐殿。拝見いたします」


海軍艦型試験池の大佐殿は、やはり当然のように仮設司令部の最奥に陣取っていた。



【続報】帝国の影を断つため、連邦海軍ついに出撃

――首都島防衛戦、準備完了――


比帆諸島連邦臨時政府は本日、帝国および共和国の軍事的脅威に対抗するため、「全軍の即時動員」 に続き、首都島防衛のための大規模な海軍作戦を開始したと発表した。



臨時政府報道官は次のように述べている。

「帝国は、共和国を経済的に飲み込み、次に我が連邦を狙っている。我々は、祖国の未来を守るため、断固として武器を取らねばならない


この号外が配られた直後、宣戦布告と同時に激しい戦闘が開始されたという。



「街道少尉。連邦の奴ら、製造元が完全に隠滅された新型の砲艦三隻と、巡洋艦五隻を実戦運用していたぞ。……一体、どこのどいつから調達したのだろうな」


大佐殿は手元に広げた海図を睨みつけながら、獰猛な笑みを浮かべて俺に問いかけた。



「大佐殿。今頃、一番胃を痛めて困り果てているのは、回収不能な『不良債権』を抱え込まされた、霧宮王国の予算委員会かもしれませんよ」



大佐殿からさらに詳しい説明を受けたが、聞いてみれば結果はあまりにも単純だった。


海の戦い自体は、僅か三日で終了していたのだ。当然の帰結である。連邦がどれほど卓越した帆船の建造技術を持っていようとも、風が吹かなければ動けず、逆風であれば進むことすら不可能なのだから。



対する帝国海軍の蒸気船は、無風であろうが逆風であろうが、時速十数キロの一定の速度で正確に海を進む。


連邦海軍が「風待ち」で海上に釘付けにされている間に、相手の射程外から一方的に砲撃を浴びせれば、それで終わりだった。


だが、捕虜たちから「平和的」に聞き出した情報によると、これほど圧倒的な軍事力で劣る連邦海軍が、なぜ勝てると盲信してしまったのか、彼らなりに筋の通った合理性があった。



霧宮王国から派遣された軍事顧問は、連邦に対しこう吹き込んだのだという。


――「帝国は経済的利益と国際世論を最優先するため、本格的な武力行使は避ける。また、船の性能こそ高いが、実戦経験が浅いため操舵技能は低い。補給線も長いため、長期戦に持ち込めば必ずもろさが出る」



「大佐殿。霧宮の軍事顧問というのは、随分と口が巧いようです」


「街道少尉。あ奴らは、奇襲してこちらの出鼻をくじけば、帝国はすぐに交渉の席に応じると本気で信じていたのだよ」



大佐殿は呆れたように鼻で笑った。だが、連邦は霧宮の描いた絵を信じるしかなかったのだ。


「帝国に屈した共和国」との対比:経済的に飲み込まれた隣島を奴隷と煽る。


「祖国を守る唯一の力は海軍」という宣伝:恐怖と怒りを利用して民衆の愛国心を刺激する



霧宮は新聞や語り部を完璧に支配し、世論に「勝利以外の結末を絶対に許さない空気」を醸成した。そして武力蜂起した臨時政府は、勝利という実績を前提にしなければ、自分たちの政権の正当性が内側から崩壊する。


彼らは、勝てるかどうかではなく、勝てると“言い続けなければ政治的に生存できない”最悪の構造へとはめ込まれていたのだ。



霧宮の異世界人の真の目的は、最初から連邦を勝たせることなどではない。


帝国と連邦を無理やり激突させ、この海域で終わりのない泥沼の戦争を引き起こし、帝国の国力を疲弊させること。それこそが、彼らの描いた『世界の均衡装置』だ。


読んでくださり、ありがとうございました。

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