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覇権国家計画  作者: 納豆
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第89話:境界線戦争 その三


比帆諸島連邦ひほしょとうれんぽう』政府は、当然ながら『比帆諸島共和国』の独立を一切認めていなかった。



国際社会の一般的な常識として、『人民自決権(自分たちの政治的な地位や帰属をみずから決定する権利)』の存在は広く知られている。


しかしこれは、主に「苛烈な植民地支配からの解放」を正当化するための大義名分だ。既存の国家からの一方的な離脱は、国家主権の根幹である「領域保全」の原則と真っ向から衝突するため、基本的には国際法上認められにくい傾向にある。



実際のところ、新たな独立国家として世界に受け入れられるためには、元の国との平和的な合意による独立承認、あるいは国際社会からの圧倒的な外交的支持が不可欠なのだ。


その「国際社会」という舞台において、今や絶対的な大国である帝国が、早々に共和国の独立支持を表明していた。


その圧倒的な圧力を前に、周辺諸国もまた、一部を除いて連鎖的に独立支持へと傾きつつあるのが現状だった。



そして、『比帆諸島共和国』の指導層の多くが帝国への編入を熱望している一方で、民衆のすべてがそれを歓迎しているわけではなかった。


帝国へ加われば事実上の奴隷地域として扱われるのではないかという不信感、伝承や伝統的な文化の途絶への恐怖、そして連邦政府との間に起きるであろう全面戦争への不安。


また、それに応じる帝国内においても、性急な国土拡大がもたらす財政負担や摩擦に対する反対論は少なからず存在していた。



「少尉。帝国内の世論に関しては、特に問題にはならないでしょう」


「そうですね、中尉」



――そう、中尉の言う通り、帝国国内の世論など最初から何の障害にもならない。なぜなら、これまでも問題になったことなど一度もないし、これからもそうだからだ。


(……その世論とやらが、どのような「情報共有」とシステムによって制御されているのか、俺は詳しくは知らないし、知らない方が良いだろう)



一方で、独立を宣言したばかりの『比帆諸島共和国』が抱える歪みは深刻だった。彼らには以前から、深刻な経済不況と食糧不足という双子の爆弾が存在している。


経済に関しては、例の灯台によって安全な海路が確保されたため回復傾向にあったが、食糧に関しては、未だに帝国からの輸入にその全量を依存している状態だった。



帝国は「飢えに苦しむ隣人を救う」という極めて人道的な観点を掲げ、『政府開発援助(ODA)』の大幅な拡大を発表。


そして同時に、彼らの安全を守るという名目で、二個連隊――総勢六千名もの兵力を現地へ派遣することを決定した。


大義名分は人道支援。だがその実態は、紛れもない「内戦への実戦準備」であった。



「少尉。帝国が実効支配している島とはいえ、現地の住民は普通に生活を続けています。参謀本部は、できるだけ早期にこの不安定な状況を解決することを望んでいますよ」


「中尉。元々は払えない賠償金の保全(代物弁済)ですから揉めているのです。合法的、かつ平和的に解決する方法なら、ありますよ」



――それから二か月後。


帝国が物権保全の名目で実効支配を続けていた件の島は、正式に帝国の領土へと組み込まれた。


もちろん、軍隊を差し向けて力ずくで奪い取ったわけではない。帝国は、新設されたばかりの『比帆諸島共和国』政府から、正当な手続きを経てこの島を「購入」したのだ。



その順序を説明すれば、極めて単純かつ合理的だった。


実効支配の最中さなかであっても、定義上は島が持つ独自の自治権そのものが消滅したわけではない。まず、新しく選出された島長が民衆の圧倒的な支持を背景に、連邦からの離脱と共和国への編入を宣言した。


そうして島を預かった共和国政府が、今度はその領土を帝国へと正式に譲渡(売却)したのだ。



その購入対価として、帝国は金貨ではなく、国内で圧倒的な生産力を誇る「大量の穀物(食糧)」と、本国の道の駅などで数々の実績を挙げている「近代的なインフラ建設技術・資材」を、誕生したばかりの共和国へ直接供給することに合意した。


飢えにあえぐ新国家にとって、これ以上ない救いの手である。


この島の世論を劇的に動かした決定的なきっかけが、またしても例の版画新聞だった。



そもそも帝国軍がこの島に駐留していた大義名分は債務の保全だったが、彼らはその傍らで、同時に『政府開発援助(ODA)』の手を差し伸べ続けていたのだ。


その献身的な様子を美化して伝えた新聞の挿絵には、帝国軍の工兵隊が港湾をまたたく間に整備し、最新鋭の灯台を築き上げ、不毛の荒れ地を黙々と開墾していく姿が生き生きと描かれていた。


そしてその中央には、笑顔の教会の子どもたちに、白いパンと高価な果実をやさしく手渡す英雄――『街道少尉』の姿があった。



その絵の直下に、神聖な文字で大々的に添えられた一文。


【力では平和は保てない。理解によってのみ達成される】

――英雄・街道少尉。第三章。



またしても、俺が平和を願って手渡した言葉は、本来の意図とはまったく異なる「合法的な領土略奪の免罪符」として完璧に使い古された。だが結果として、帝国は一滴の血も流すことなく、合法的かつ平和的に『島一つ丸ごと』を手に入れたのだ。



「少尉。また、あなたの言葉で平和になりましたね」


中尉は、やがて静かに目を細めて笑った。


(……もう、反論する気にもならない)



「少尉。正式に帝国領となったあの島の施設は、すでに『退役兵士再雇用支援局』主導による『万人のための福祉の空間設計』への改修が進められています。


義肢を嵌めた工兵や車椅子の老兵たちは、いわば帝国の“英雄的被害者”ですからね。現地民衆の印象も決して悪くはないでしょう」



――それから数日後。

帝都の港では、多くの民衆たちに見送られて、老兵たちが静かに遠征船へ乗り込んでいく姿があった。


岸壁では、義肢を丁寧に調整し直している者や、残していく家族へ手紙を渡している者がいたが、その顔は誰もが晴れやかな笑顔だった。


いよいよ船が出航すると、見送りの子供たちが大きく手を振り、ちぎれんばかりの声で声援を送る。



「平和維持任務、頑張って!」



――平和維持任務。その言葉に、偽りはない。老兵たちの胸に抱かれた大義名分は、紛れもなく、混迷を極める海の平和を守ることなのだから。


読んでくださり、ありがとうございました。

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