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覇権国家計画  作者: 納豆
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第88話:境界線戦争 その二



帝都参謀本部、特別監察室。



無言で扉を開け入室してきた中尉は、まるで何かの強制終了を告げる合図のように、静かな声で口にした。



「少尉。現地から『比帆諸島共和国』の樹立を宣言する旨の情報が届きました」


「……そうですか」



比帆諸島連邦ひほしょとうれんぽう』の一部の島々が、連邦政府の無策に不満を募らせ、ついに独自の独立を宣言したのだ。

その中心となっているのは、もちろん、以前から「帝国への編入」を画策していた島々であった。



独立宣言。

その言葉だけを見れば、抑圧された民衆が自由を求めて立ち上がった美談にも聞こえる。だが俺には、参謀本部が机上で引いた線を、現地の住民たちがただなぞらされているようにしか思えなかった。



『比帆諸島連邦』、新しく誕生した『比帆諸島共和国』、そして帝国が代物弁済の物権保全という名目で実効支配している『島一つ丸ごと』の軍事拠点。


狭い海域にこれだけの火種が乱立したのだ。比帆諸島が内戦へと突入する可能性は極めて高い。そして内戦が始まれば、帝国は人道的な観点を掲げ、『政府開発援助(ODA)』を『平和維持活動(PKO)』へと移行するだろう。



すべては「非戦闘員の保護」と「非軍事施設の安全確保」という、完璧に正しい大義名分のもとに軍を派遣するはずだ。



「少尉。連邦からすべての海賊が排除されたわけではありません。今、内戦に突入すれば、収拾がつかないほどの混乱が発生します」



中尉の懸念はもっともだった。新国家『比帆諸島共和国』にはすでに帝国海軍が事実上の駐留を始めているが、旧体制の連邦側にはまだ海賊の残党が潜んでいる。


ひとたび内戦の火蓋が切られれば、法秩序の空白を突いて、奴らはここぞとばかりに無差別な略奪へと走るだろう。



「少尉。参謀本部から下命かめいです。新設された共和国へ向けて『英雄・街道少尉』の言葉を送り、現地の民兵たちの暴発を抑え込むための具体策を提出せよ、とのことです」


「中尉。参謀本部にも、まだ人道的な配慮が残っていたのですね」


俺がそう応じると、中尉は相変わらず本心の読めない薄い微笑を浮かべた。



――参謀本部も海軍司令部も、目的のためには手段を選ばない冷徹な怪物どもだ。だが、それでも彼らは決して無軌道な侵略戦争などしないし、無意味に内戦を煽ったりもしない。


犠牲を最小限に抑え、平和的に版図を広げるための努力は怠らないのだ。

(……どうやら、心が汚れていたのは俺のほうだったのかもしれないな)



『平和を訴える言葉』か。そういうことなら、俺たち異世界人は元の世界の悲惨な戦争の歴史をいくつも知っている。


難しく考える必要などない。かつて世界を揺るがした有名な格言をいくつか模倣して、適当に仕様書へ仕立て上げればいいだけだ。


俺は戦争の悲惨さや平和を祈る言葉をいくつか選出し、それらしい解説を添えて中尉に手渡した。



しかし――。



【戦争がこれほど恐ろしいものであるのは良いことだ。そうでなければ、私たちは戦争をあまりにも好きになってしまうだろう】


ならば、帝国が取るべき道は一つに絞られた。

この戦場に、徹底的な【地獄を構築せよ】。


――最効率の戦場へ、ようこそ。英雄・街道少尉。



新設されたばかりの『比帆諸島共和国』で広く配布された版画新聞の上で、俺が平和を願って綴ったはずの言葉は、まるで真逆の、恐るべき宣戦布告の意味として伝わっていた。



「どうしてこうなった……」


確かに元になった文書は、俺の仕様書だ。すべてが嘘とまでは言えないし、どこにも直接的な宣戦布告の文言など一行も無い。それなのに、システムの手にかかればこれほど不気味な刃に変貌する。



「少尉。共和国では内戦に発展した場合、帝国が強力な武力介入を行い、必ず自分たちの味方に付いてくれるのだと、民衆の間で急速に噂が広まっていますよ」


(……何故だ。俺はそんな希望的観測など一言も書いていない)


「しかし一方で、海軍が建設中の軍港に対して、未だに頑なに反対している者たちも現地にはいます。中には、不穏な傭兵たちを雇い入れ、実力行使で工事を無理やり阻止しようとする過激な勢力もあるようです。

当然、海軍はどこまでも平和的な解決を望んでいますがね」



「中尉。海軍司令部は、どこぞの参謀本部(陸軍)と違って、本当に人道的ですね」


俺はそれだけを返した。



しかし――。



翌日、共和国の各地で一斉に配布された版画新聞。そこに掲載された大仰な挿絵は、またしても俺の意図とは真逆の、最悪な意味として使われていた。


高名な絵師が描いたというその図には、凶悪な海賊たちから商船と無辜むこの民を守る、勇猛果敢な帝国海軍の姿が躍っていた。


笑顔の子供たちを優しく抱きかかえる英雄――『街道少尉』。そしてそのはるか奥の背景には、要塞のごとき威容を誇る、建設中の帝国軍軍港がそびえ立っている。


そして、その絵の直下に添えられた一文。


【無辜の民を殺す恥を覆い隠せるほど大きな旗は存在しない】


――英雄・街道少尉。第二章。



一見すると、戦争の犠牲者をこれ以上出さないという人道的な不戦の誓いだ。だが、これを「軍港建設を暴力で邪魔する過激派や、それを裏で操る反帝国派の連邦政府」に向けて突きつければ、その意味は一変する。



『無辜の民を守るためなら、お前たちを旗ごと叩き潰す大義名分が軍にはある』という、これ以上ない冷酷な最後通牒(警告)にすり替わってしまうのだ。


しかも、昨日は無かったのに、今日は「英雄・街道少尉。第二章」となっている。まるで、続きがあるかのように。


読んでくださり、ありがとうございました。

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