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覇権国家計画  作者: 納豆
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第84話:白鳥鋼鉄勲章

「街道少尉。お前を一言で評するなら、『闘志を秘めた、冷徹な現実主義者』だな」


「――旺盛な作戦意志と、自軍の被害を最小限に抑えようとする健全な防衛本能が完璧に両立している。上層部にはそのように報告しておこう」


「はっ、大佐殿。身に余る光栄であります



直立不動で応じながら、内心では数々の疑問を抱いていた。

(……この大佐殿は、一体何を言っているんだ? 帝国の最新鋭灯台を丸ごと一つ、最初から囮として犠牲にする作戦のどこが『被害を最小限』なんだよ。


結果だけを見れば大成功と言えるが、もし船底への鏡設置や夜間の尾行が一度でも失敗していれば、ただ灯台を破壊されて終わる大損害必至の博打作戦だったはずだぞ)



嫌な予感がする。

大佐殿、いや海軍司令部は、また俺を使ってプロパガンダ作戦を展開するつもりか。



二か月後。

帝国軍海軍司令部、第一会議室。



――【白鳥鋼鉄勲章はくちょうこうてつくんしょう



それは、海軍において多大な戦果を挙げた者にのみ授与される、最高峰の特別な勲章である。艦隊を壊滅の危機から救った、あるいは圧倒的劣勢から劇的な逆転勝利を収めた指揮官や兵士にしか贈られない。


その持つ重みと、白銀に輝く美しさから、兵士たちの間では「鋼の白鳥」や「不沈の証」と称され、羨望の的となっていた。



それを、海軍が陸軍の、しかも一少尉へと授与する。


海軍の長い歴史のなかでも数例しか存在しない、極めて特異な事態であった。過去に前例がほとんどないことから、この人事はまさに前代未聞の出来事として、軍の関係各所に大きな衝撃を与えた。



「少尉。白鳥鋼鉄勲章は、本来なら艦隊司令官級の将官へ授与されるべき勲章ですよ」


中尉は、自分だけの秘密の悪戯が世界を静かに壊していく様を夢見るかのような、熱を帯びた、それでいて酷く幼い眼差しをこちらに向けていた。



「……中尉。初めから知っていましたね?」


(今更だが、この、いつも丁寧な口調を崩さない不気味な男の正体は一体何なんだ。参謀本部との裏調整も、すべてこの中尉が裏で糸を引いているのではないか)



比帆諸島連邦ひほしょとうれんぽう』での測量任務の真っ最中だというのに、突如として本土へ呼び戻されたと思えば、このいきなりの授与式だ。帝国への編入を希望している各島はすべて回り、仕様書こそ書き上げたものの、実務にはまだほとんど手を付けていないというのに。


「街道少尉。勲章の授与、おめでとう」


「はっ、大佐殿。光栄であります」



港湾整備から始まり、港から街道、そして村へと繋ぐ経済の統合。さらには旧来の村長による権力構造を内側から破壊し、地方支配の権限を帝国へと移譲させた上で、現地の有力な協力者たちをも獲得した。


その上、海賊の情報収集に留まらず、商人を筆頭とした住民たちの忠誠心まで完璧に奪ってみせたのだ。


これらの功績を総合的に評価した、というのが建前上の授与理由だった。だが、厳かな式典の最中、列席者たちの間からは冷ややかな陰口が確実に聞こえてきた。


――「なぜ陸軍の少尉なんかに……」

――「しかも、前線にも出ないただの事務方だぞ……」



「街道少尉、心配するな。この式には特例で、連邦の絵師や語り部たちも招待している。すぐに地元でもお前の噂は広がるはずだ。

勲章持ちの『英雄』が灯台を作りに来るのだからな。連邦の連中も、今まで以上に我が海軍へ協力的に動くようになるだろう」


「……はっ。恐悦至極に存じます、大佐殿」



(大佐殿も中尉も、揃いも揃って俺を政治利用することしか考えていない。百戦錬磨の武人という嘘の神話を、今度は公式の勲章で補強するつもりだ)


そもそも俺は、現地に行くまで灯台を建設するあのクレーン艦の存在すら知らなかったし、他国から偽装商船を出航させる作戦を主導したのも海軍司令部だ。俺自身は、それらの作戦に一切関わっていない。


にもかかわらず連邦の間では、すべての作戦がこの『街道少尉』の計画であったかのように上書きされ、流布されている。


もっとも、その大嘘によって連邦の治安が安定し、経済発展が順調に進むというのなら、これもまた冷徹で合理的な判断の結末なのだと、自分を納得させるしかなかった。



「街道少尉。こちらへ一言、感想をお願いします!」

「街道少尉。そのまま動かないでください、描きます!」


授与式が終わるや否や、連邦の絵師や語り部たちだけではなく、帝都の記者たちまでもが俺の周りに殺到した。


かつて俺がこの国で推し進めた『報道の自由』という名の特権が、まさか鋭利な刃となって自分自身に返ってくるとは、当時の俺は微塵も想定していなかったのだ。



絵師たちの筆が紙の上を激しく走り、語り部たちが俺の経歴を面白おかしく脚色し、記者たちが矢継ぎ早に質問の弾幕を浴びせてくる。


「街道少尉、灯台建設の秘訣は!?」

「海賊退治の決め手となった戦術とは!?」

「連邦の未来を、この海の英雄はどう見ていますか!」


向けられた無数の視線と熱狂に、俺は内心でただ頭を抱えるしかなかった。

(……俺はただの陸軍少尉だ。灯台の建設も、海賊の退治も、全部海軍の任務だ。俺に聞くな)



だが、ここで慌てて真実を叫び、彼らの問いを否定すればどうなるかは分かりきっていた。帝国が国家の意思として仕立て上げた“英雄像”は、いったんシステムとして動き始めれば、当事者である俺が叫ぼうが誰にも止められないのだ。



殺到する記者たちの追及を、「すべては軍事機密に関わるため、後日発表される広報資料を待たれたい。ただ一言だけ言うなら、我が帝国は誰よりも人権と平和を守る国です」という、中身のない事務的な定型句で適当に受け流す。


そうして俺は、その熱狂の嵐から逃れるようにして、這う這うの体で控室へと逃げ込んだ。



「少尉。実績が海軍にも評価されましたね」


「中尉。実績は無関係です」


海軍は、西の『豊浦王国とようらおうこく』と南の『白綿はくめん共和国』にすでに巨大な軍港を保有している。そして今、北の連邦に新たな軍港を築くことで、帝国周辺におけるすべての海の経済を管理下に置き、完璧な防衛拠点を完成させようとしていた。



この連邦の囲い込み計画は、帝国にとって絶対に失敗の許されない最重要案件だったのだ。しかし、海軍の狙いはそれだけに留まらない。


陸軍の少尉である俺をわざわざ『英雄』に祭り上げることで、彼らは連邦における戦後処理と統治の責任を、参謀本部へと半分押し付けることに成功したわけだ。



もし今後、連邦で不測の内戦や暴動が始まれば、海軍はこう堂々と言い放つだろう。「これは陸軍の英雄が関わっている作戦なのだから、当然そちらからも部隊を出すべきだ」と。


大佐殿が仕掛けたこの「鋼の白鳥」を巡る一連の茶番は、陸軍を都合よく泥沼の治安維持戦へ引きずり出すための、実に見事な政治的情報共有の結末だった。



「街道少尉。付き合え。海軍司令部の将校食堂は、陸軍よりは多少マシな飯を出す」


授与式の喧騒から半ば逃げるようにして、俺は大佐殿に連れられ、海軍司令部の上階にある将校専用食堂へと足を運んでいた。


重厚な木扉を開けると、そこは厳格な気品に満ちていた。磨き上げられた長机の上には、磨き抜かれた銀食器が整然と並んでいる。香ばしいバターの風味と、焼きたての白身魚の芳醇な香りが鼻腔をくすぐった。



「……旨そうですね」


「南方航路の安定化でな。最近は香辛料も随分と安く手に入るようになった」


大佐殿はそう言いながら、当然のように高級酒まで注文していた。


窓際の席からは、夕焼けに染まる帝都の軍港が一望できた。

巨大な鋼鉄艦が幾重にも係留され、そのさらに向こうの造船所では、新造艦の煙突から黒煙がまっすぐに空へと立ち昇っている。



「街道少尉。今回の件で、南方からの天然ゴムの輸入量も大きく増えることになる」


大佐殿はナイフを置き、満足げに静かに笑った。


「防水材、気密材、車輪、医療器具……。あれ一つで艦の稼働率が変わる。帝国の工業力はさらに跳ね上がる。海軍技術局の異世界人どもは、まるで新しい玩具を与えられた子供のように騒いでいたぞ」



海賊退治、灯台建設、そして連邦の編入。そのすべてが、結局は帝国のさらなる工業化へと収束していく。帝国は、港を築き、街道を繋ぎ、物流を支配しながら、圧倒的な合理主義で静かに世界を書き換えていくのだ。


「街道少尉」


「はっ、大佐殿」


「お前は、自分で思っている以上に海軍に気に入られている。覚えておけ」


大佐殿のその言葉は、果たして陸軍所属の俺にとって栄誉なのか。それとも、もっと厄介な泥沼への招待状なのか。


窓の外では、夕闇に包まれ始めた港から、新造軍艦の野太い汽笛が低く、静かに響き渡っていた。


読んでくださり、ありがとうございました。

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