第83話:海の街道 その十一
「少尉。灯台が破壊されました」
「中尉。予定通りです」
俺は、回転砲台が厳めしく並ぶ動く鋼の要塞――観測船の甲板から、遠くで揺らめく煙を見ていた。速報によれば、夜襲を仕掛けてきた海賊たちは、首尾よく逃げおおせたようだ。
「街道少尉、まもなく出航する。艦長室へ来い」
大佐殿は煙草を深く吸い込み、悪戯が成功した少年のような不敵な笑みを浮かべていた。
「はっ、大佐殿」
先の漁村(第77話)での調査により、海賊が複数の高速ヨットを擁していること、そしてその性能の高さはすべて把握済みだ。彼らの足は速く、海軍の警戒網をも容易に突破してしまう。
そんな小型高速艇で、複数の灯台を同時に、かつ遊撃的に攻撃されたら防ぎようがない。
だが、現代知識が組み込まれたあのヨットを、他人に模倣されたくないのは敵も同じはずだ。ならば、そのヨットの製造や整備を行う施設も厳重に秘匿され、一箇所に集約されているに違いない。防衛戦を永遠に繰り返すなど時間の無駄だ。
――ならば、造船所ごと根こそぎ破壊してしまえばいい。
そもそも大砲を積めない軽量ヨットで灯台を破壊するには、直接上陸して爆薬を仕掛けるか、あるいは燃料油へ放火するしかないのだ。
ならば、奴らが岩礁にヨットを停泊させている隙に、あらかじめ潜伏させておいた海軍の最高実力組織――『特別強行警備隊』の精鋭たちが、その船体に細工を仕掛けるだけで事足りる。
「街道少尉。海賊どもは、まさか自分たちが尾行されているなど思いもしないだろうな」
「はい、大佐殿。一瞬、強い光に照らされただけ――奴らはそう思い込んでいるはずです」
灯台にも使用されている放物面反射鏡。それを小型化した追跡用の反射鏡を、水面下の船体に打ち込んであるのだ。深夜の荒れる海では、船底に付着した異物など誰も気が付かない。
そして、彼らを追跡している海軍の『高機動飽和迫撃艇』が、アルガン灯を回転させ、海原へ一瞬だけ光を投射する。
荒天の海では、反射光など波一つで容易に見失う。だからこそ海軍は、複数の迫撃艇を広範囲へ散開させ、海面へ何度も光を走らせていた。
航行中は水面下にあった反射鏡も、波で船体が揺れれば、ふとした瞬間に水面上へとその姿を現す。その刹那、アルガン灯の強い光が一瞬だけ反射すればいい。俺たちはその夜闇に爆ぜる細い光の糸を、ただ手繰るように追うだけだ。
その光の行く先は、この島の隣――。俺たちがいる島とは違い、帝国への編入を強く拒み続け、帝国の『政府開発援助(ODA)』による食料搬入すら断固として断り続けている、『比帆諸島連邦』で二番目に大きな島へと向かっていた。
「街道少尉。海賊どもが帰る場所は、事前の情報通り、あの島の島長が保有する私設港のようだな」
大佐殿の厳格な面容に、静かな、しかし確固たる笑みが浮かんだ。
「はい、大佐殿。平和活動を行う海軍が、確たる証拠もなしに他国の領土へ武力行使を行うことは不可能でしたから」
「その通りだ、街道少尉。海軍は武力占領など行わない。これは灯台破壊という重大な国際犯罪者を追跡中に発生した、不運な『偶発的戦闘』だ。……あるいは、ただの事故と言ってもいい」
大佐殿の冷徹な言葉と同時に、艦長室にゴトゴトと重苦しい振動が伝わってきた。
本艦に並ぶ複数の回転砲台が、海賊のヨットが逃げ込んだあの島の私設港へ向けて、一斉にその銃身を旋回させ、狙いを定め始めたのだ。
──バァァァンッ!
空間を切り裂くような爆音とともに、激しい衝撃波が艦長室を襲った。立てかけてあった地図が滑り落ち、天井の照明が不規則に明滅しながら大きく揺れる。発射の反動で船体が右へと激しく傾き、足元がすくわれるような感覚が襲う。
硝煙の匂いが換気口を通じて室内へと微かに流れ込んできた。
しかし、大佐は何事もなかったかのように、机にしがみつく伝令兵へと平然と指示を出している。
「街道少尉。連装式火力支援上陸艇は知っているな」
「はい、大佐殿。以前、技術実査任務にて拝見いたしました」
――以前見たあのハリネズミ艦だ(第53話)。
通常の大砲では直接狙えない塹壕や、あるいは港湾の強固な防壁の裏に潜む敵歩兵部隊を、連装式の迫撃砲によって頭上から文字通り叩き潰すことができる狂気の兵器だ。
(……だが、待て。大佐は海軍艦型試験池の技術将校のはずだ。なぜ実戦の指揮まで当然のように執っている?)
――翌日。
島長が保有する私設港は、いまだ黒い煙を上げて燻っていた。
激しい艦砲射撃により港湾機能は完全に破壊され、併設されていた造船所も灰燼に帰した。もはや二度と使い物にはならないだろう。
夜のうちに、島長とその主要な関係者はすべて、海軍の『海軍特別強行警備隊』の精鋭たちによって「平和的」に軍艦へとご案内されていた。
さらに夜明けとともに、帝国陸軍の歩兵二個大隊――総勢六百名による、迅速かつ徹底的な“治安維持”活動がすでに開始されている。
拘束された島長、商港ギルド長、海上保険会社の担当者、その他この島の有力者たちから得られた証言、さらには押収した航海日誌や商船の出入港記録といった膨大な書類により、この島が隠してきた経済活動の全貌が白日の下に晒された。
「少尉。海賊たちの真の出資者は、この島の島長本人だったようですね」
中尉は、いつものように事務的な微笑を浮かべていた。だが、その瞳だけは、純粋な期待で爛々と輝いていた。
「中尉。彼らは誰よりも合理的に『経済活動』をしていただけです」
話は至極単純であり、そしてどこまでも合理的だった。
海賊が荒れ狂う海路を抱える島には、当然ながら商船は近づかない。結果として、周囲の島々が海賊の脅威に晒されれば晒されるほど、安全が担保された「この島」だけに人・物・金が集中する。
つまりこの島は、周囲の不幸を意図的に演出することで、独自の歪んだ経済発展を遂げていたのだ。
海賊を裏で操ることで島長は税収を貪り、商港ギルドは独占的な利益で潤い、海上保険会社は危険を煽って保険料を自在に操作する。
誰もが、自らの利益のために最も合理的な選択を積み重ねた結果だった。
「少尉。この島は、帝国の『政府開発援助(ODA)』を頑なに拒否していました」
「中尉。彼らが主張する自治権は、自分の島にしか適応されません」
帝国の『政府開発援助(ODA)』は、『比帆諸島連邦』政府としての絶対的な方針だ。一地方の島がどれほど抵抗しようとも、その巨大な濁流を止めることなど不可能なのだ。
そして、彼らが築き上げてきた歪んだ経済活動を根底から完全に破壊したのが、他ならぬ帝国海軍と、あの灯台の光だった。
帝国への編入を画策する隣島に、次々と建設される最新鋭の灯台。それはこの島の支配層にとっては、自らの富と権力を脅かす、巨大な悪の象徴そのものに他ならなかった。
だからこそ彼らは、これまでの繁栄を守るため、残された唯一の手段――「灯台の破壊」という最後の賭けに、自らの破滅を顧みず飛びついたのだ。
――もっとも、帝国が進める『覇権国家計画』の歩みを止めることなど、初めから不可能なのだ。帝国はどこまでも平和的に、そして人道的に、周辺諸国に対して「砲を背に隠しながら」微笑み、握手を求める。
そして最後までその手を握ろうとしなかった者が、どのような末路をたどるかなど、初めから決まっている。
読んでくださり、ありがとうございました。




