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覇権国家計画  作者: 納豆
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第82話:海の街道 その十


――海賊は、商人たちにとって最も忌むべき敵である。


彼らは単なる犯罪者ではない。貿易という精緻な経済システムそのものを根底から破壊する存在なのだ。


苦労して調達した高価な香辛料や貴金属、絹などの積荷はすべて奪われるか海に沈められ、船員や商人は容赦なく殺害される。運良く生き残ったとしても、人質として拘束され、莫大な身代金を要求されるのが常だった。



特定の海域に海賊が潜んでいるという噂が流れるだけで、商船は大幅な迂回ルートを強いられ、あるいは出航そのものの見合わせを余儀なくされる。当然、海上保険の保険料も跳ね上がる。商人たちの出血はとどまるところを知らない。



だからこそ、商人たちは帝国を受け入れ、その灯台を熱狂的に歓迎しているのだ。


「少尉。海賊たちは無能ではありません。帝国の警備網を徹底的に避けています」


「中尉。海賊にも兵站は必要です」


神出鬼没に見える海賊とて、人の子であった。

彼らも奪った略奪品を換金し、あるいは浴びるように酒を飲むために、特定の港や村へ定期的に足を運ばざるを得ない。



すでに商人が高額で雇い入れた傭兵たちが、それらの酒場に潜入し、「どの船が、いつ、どこへ出航するか」という噂話に紛れる海賊たちの動向を盗み聞きしていた。


さらに、あの山村の元村長の取り巻きたち(第79話)からも、自らの立場を優位にするための密告が次々と寄せられている。



現在、港街の商港では、帝国海軍の巡洋艦を商船に見せかける偽装作業が進められている。


軍艦であることを隠すため、砲門は麻布で巧妙に覆われ、船体にはわざわざ老朽化しているかのような塗装が施された。こうして仕立て上げられた「弱そうな商船」に獲物だと思って海賊が近づいてきた瞬間、一斉に偽装を剥ぎ取って大砲を突きつける手筈てはずだ。



当然、海賊たちも役人を買収して情報網を張り巡らせている。この港での偽装作業も、とうに海賊たちの知るところとなっているはずだった。



――二週間後。


商港に停泊中の測量艦、その艦長室。


「街道少尉。今日も海賊船の撃沈報告が届いた。これで三度目だな」


「はっ、大佐殿。偽装商船作戦は極めて順調のようでございます」


大佐は、『比帆諸島連邦ひほしょとうれんぽう』周辺の地図を広げ、海賊船との戦闘が発生した海域を煙草の先で指した。



「海賊どもの目的は、荷を奪うことだ。対して我が海軍の目的はただの『撃沈』。あ奴らのほうから無防備に近づいてくれるのだから、射程に入り次第、大砲を叩き込んで終わりだ。面倒な白兵戦など起きるはずもない」



「はい、大佐殿。しかし……我々ですら、いつ海軍の偽装商船がこの海域へ来るのか、正確には把握しておりません」



海賊たちは、この島の港から偽装商船が出航する時期を完全に把握しているはずだ。それなのに、なぜ待ち伏せに失敗し、逆に海軍に沈められているのか理解できず混乱しているだろう。


それもそのはずだ。現地に駐留している俺たちですら、偽装商船の正確な航路日程を知らされていないのだ。潜入している海賊の配下が把握できるはずもなかった。



なぜなら、実際に海賊を狩っている本物の偽装商船は、ここから遥か西にある『豊浦王国とようらおうこく』(第57話)の軍港から出航しているからだ。それは本物の商船を海軍が買い上げ、秘密裏に武装改修を施した別個体であった。


つまり、この目の前の商港でこれみよがしに行われている偽装作業は、ただの囮ではない。海賊の目を欺き、偽の出航情報を掴ませるための「情報の囮」だったのだ。



海賊たちは、どれが本物の商船で、どれが海軍の偽装商船なのか、もはや区別がつかなくなっているはずだ。ただ「海軍に返り討ちに遭い、撃沈された」という恐怖の噂だけが海を巡る。


かつて商人が海賊の噂を恐れて出港を控えたように、今度は海賊が、いつ現れるか分からない海軍の影に怯えて船を出せなくなっていた。


それから一週間が経過したが、新たな海賊船を撃破したという報告は上がってこなかった。その代わり、別の形で海賊の逮捕劇があった。海の上ではなく、陸の上での話だ。



あの山村(第79話)は、今や完全に帝国派へと鞍替えし、軍に極めて協力的になっていた。


今までは村で展開中の工兵隊の目を盗み、海賊と密かに取引を行っていた村人たちもいただろうが、それも完全に終わりを迎えたのだ。裏切られた海賊たちは、逃げる間もなく陸上で生け捕りにされた。



「少尉。逮捕した海賊たちの証言、それから彼らの隠れ家から回収した灯台破壊計画書の写しです。奴らは次、この島の近くにある灯台を破壊するつもりだったようですね。

……ところで少尉、この逮捕した賊どもは、これからどうするのですか」



中尉は、パズルの最後の一片を埋める直前のような、静かで、狂おしいほど正確な笑みを浮かべて俺に問いかけてきた。



「中尉。帝国は『政府開発援助(ODA)』の一環として、現地の治安維持のために臨時の措置として海賊を拘束したに過ぎません。手続きに則り、速やかにこの国の司法機関へと引き渡します」



『比帆諸島連邦』政府は、各島に対してある程度の強い自治権を認めている。ならば、この島を統べる島長に、身柄を引き渡すのは至極当然の判断であった。



――翌朝。


男たちは、商港の最も目立つ場所に急造された絞首台の上で、処刑された。処刑後の死体は、腐敗を防ぐ乾留液タールで硬固に固められ、鉄の檻に入れられたまま、見せしめとして何ヶ月も港の空に吊るし上げられることになる。


そもそも『比帆諸島連邦』の法において、海賊罪は国家を揺るがす最悪の犯罪と定義されている。弁護士がつく余地など一寸もなく、即日で有罪判決、すなわち死刑が確定するのだ。



「少尉。引き渡された海賊が、見せしめのためにこうなる結末を……あらかじめ知っていましたか」


檻の揺れる不気味な軋み音を背に受けながら、中尉が尋ねる。


「中尉。帝国の法に照らし合わせても、海賊は例外なく死罪です」



鉄の檻に入れられた哀れな残骸を見上げながら、商人や傭兵たちが、それぞれ歓喜の声を上げていた。


「海の寄生虫が消えたぞ! これで海は安全だ!」

「すべては灯台と帝国軍のおかげだ。連邦政府の無能な役人どもは何もしてくれなかった!」

「灯台の建設や海賊退治の計画を立てたのは、『街道少尉』の二つ名を持つ、帝国軍の百戦錬磨の武人との噂だぞ!」



湧き上がる大歓声を背中で聞きながら、俺は盛大に天を仰いでいた。

(……何で商人までが『街道少尉』なんて名前を知っているんだ。しかも百戦錬磨の武人って、一体誰のことだよ)



「街道少尉。商人たちの間で、随分と噂になっているようだな」


いつの間にか背後に立っていた大佐殿が、不敵な笑みを浮かべていた。咥えた煙草の先端が赤く爆ぜ、紫煙がその刻まれた顔の皺をなぞるように立ち上る。



「なぁに、お前がよく使う『情報戦』というやつを、我が海軍も少しばかり真似させてもらっただけだ。商人たちの“商戦”には、大義名分となる『英雄』が必要だからな。

おかげでこの島の商人どもは皆、我が海軍を神の如く崇拝している」



煙の向こうで不敵に細められた灰色の瞳には、冷徹な計算と、確かな闘志が宿っていた。


「……はっ、光栄にあります、大佐殿」

(大佐、なんてことをしてくれたんだ。目的のためには手段を選ばない、究極の合理主義者がここにいた)



「街道少尉。敵のヨットは高速で海を走り、我が軍の警戒網をすり抜けてくるが、やって来る場所が分かっているのなら対応は容易だ」


「はい、大佐殿。奴らの目的も、それを成すための手段も限られております」


海賊たちの目的はただ一つ、この海域の経済システムを麻痺させるための「灯台の破壊」だ。



しかし、船体に大砲を積めない軽量な高速ヨットでは、遠距離からの砲撃で灯台を崩すことはできない。

ならば奴らの取る手段は、直接岩礁へ上陸して基礎を火薬で爆破するか、あるいは備蓄されている燃料油へ放火するかの二択しかなかった。



つまり、海賊たちは自ら進んで、海軍が待ち構える狭い岩場へと足を踏み入れてくるのだ。



――その日の夜。

北方海域の岩礁に築かれた帝国製灯台が、ついに海賊たちの夜襲を受けた。激しい銃声と爆発音が冷たい海霧の中に響き渡り、数分後、その力強い灯火は唐突に消失した。



その速報を黙読した中尉は、すべての筋書き通りに劇の幕が下りる瞬間を確信しているかのような、静かな笑みを浮かべていた。


「少尉。北の灯台が破壊されました。どうやら海賊も、すべて取り逃がしたようです」


「中尉。予定通りです」


読んでくださり、ありがとうございました。

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