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覇権国家計画  作者: 納豆
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第80話:海の街道 その八


海軍の大佐殿から出頭命令を受けたものの、直ぐには動けなかった。


普段の俺の護衛は二個分隊程度だが、現在の身辺には完全武装した海軍特別強行警備の二個中隊――総勢二百名もの兵力が張り付いている。この大所帯の撤収作業を考慮すると、出発は明日の朝になるだろう。



翌朝、俺は港街へと到着した。

商港に係留されているのは、海軍の新型鋼鉄外輪艦、通称『測量艦』だ。その外見は、甲板に複数の回転砲が厳めしく並ぶ完全な砲艦なのだが、海軍の定義上はあくまで“測量艦”と言い張っている。



そして、この欺瞞ぎまんに満ちた艦の長を務めるのが、海軍艦型試験池の大佐殿であった。参謀本部、つまり陸軍所属の俺をこの海軍の測量艦に拉致同然で引き込んだのも、すべては大佐殿の策略によるものだ。



「来たか、街道少尉。海軍特別強行警備は役に立っているか」


甲板に上がった俺を迎えた大佐殿の言葉に、俺は直立不動で答える。


「はっ、大佐殿。厳重すぎるほどの護衛があるため、『測量』は極めて順調であります」


大佐殿は、いかにも満足そうに口元を歪めた。


「それは重畳。参謀本部の貴重な『街道』の専門家を、ただの治安維持ごときで損耗させるわけにはいかんからな」



――艦長室。

大佐は手元の煙草に火を点け、『比帆諸島連邦ひほしょとうれんぽう』の地図を広げた。



「連邦には小島が多いが、灯台は極端に不足している。海軍では『政府開発援助(ODA)』の一環として、主要な島に灯台を建設する――。喜べ街道少尉、お前の提案は通ったぞ」


「光栄であります、大佐殿」


頭を下げながら、俺の内心は冷や汗で満ちていた。

(……何故、灯台建設まで俺が提案したことになっている。俺はただ、雑談の中で連邦は岩礁が多く、灯台建設は難しいだろうと話しただけだ)



「街道少尉。お前が必要だと言っていた灯台だがな。明日には到着する」


「大佐殿。到着でありますか……。灯台が?」


大佐は、一枚の書類を俺の前に滑らせた。



――『軍機極秘・試作全天候型建設艦要綱』


【種別】試作全天候型建設艦しさくぜんてんこうがたけんせつかん


【開発主旨】海軍の悲願たる「不沈の灯台」を、天下のあらゆる険阻なる暗礁・孤礁へ強行築灯せんとす。波浪烈しく、夜闇深くして、いかなる熟練の職人といえども近接不可能なれば、人智の加減を排し、万事の制御を「機巧からくり」に委ねる、海軍の粋を集めし夢の漆黒艦なり。


一、自動係留巻揚機じどうけいりゅうまきあげき

荒海にて岩礁の真横に船体を寸分の狂いもなく緊縛静止せしむる機巧。


二、不揺環状釣盤構造ふようかんじょうつりばんこうぞう

怒濤逆巻く大洋において、船体の激しき縦揺れ・横揺れをすべて無効化せしむる床盤。



(……書いてある意味も分かるし、趣旨も分かる。その前に、もっとも重要な問題がある――『軍機極秘』。大佐は、これを使って俺に何をさせるつもりだ。それとも俺が参謀本部に正直に報告するのかの試験か。)



――いや、待て。

艦長室には、先ほどから一言もしゃべらず、まるで壁と一体化したかのように佇む中尉も居る。参謀本部にこの件が伝わることなど、大佐にとっては織り込み済みなのだ。


これは海軍と陸軍の間で行われる、極めて政治的な「情報共有」の一端に過ぎない。つまり「知っている=責任を共有する」ということだ。俺が報告しようがしまいが、すでに逃げ道は塞がれている。


翌日、件の『試作全天候型建設艦』が到着した。



その姿を見上げながら、俺は過去の記憶を掘り起こしていた。以前、アルガン灯の仕様書を書いて新兵器開発部門に提出したことがある。しかしその際、軍規を理由に「開発・公開不可」として却下されていた。


だが、建設艦とともに運び込まれてきた灯台資材のなかに、俺はそれを見つけた。放物面反射鏡と、巨大なアルガン灯、そして見たこともないほど巨大な鋼の歯車。


――なるほど、そういうことか。軍は機密保持のために、その技術を世に公開する「時期」を慎重に定めていたに過ぎなかったのだ。



「街道少尉。『比帆諸島連邦』に灯台が少ないのは理由がある」


「はい。地理的に困難、かつ過酷であります」



大佐殿の言葉に、俺は深く頷いた。

波が荒れ狂う「完全な孤島」や、満潮時には海に沈んでしまう「岩礁がんしょう」の上への建設は、文字通り命がけなのだ。


海上での作業時間は、天候や潮の満ち引きに左右され、極めて限定される。


特に満潮になると水没する岩礁の場合、作業員は引き潮のわずかな合間を縫って船から岩場に飛び移り、岩を削って基礎を作らねばならない。

満潮が近づけば、波にさらわれる前に急いで船へ撤収する。毎日がそんな命がけの突貫工事になるのだ。



「だが、我が海軍の『試作全天候型建設艦』なら、どんな場所でも灯台建設を可能にする」


大佐は、観測艦を追随する建設艦を煙草で指した。


「まずは、観測艦の一斉砲撃により、邪魔な岩石や岩塊を強制的に排除する。その後、建設艦を岩礁に固定するのだ。多少の波が来ても、わが軍の建設艦のクレーンは常に水平を保ち続ける」


「はい。大佐殿」


――俺は、最初の“測量艦”の「一斉砲撃」という物騒な言葉を、聞こえなかったことにして聞き流すことにした。灯台の基礎作りに大砲を撃ち込むなど、海軍の発想は相変わらず豪快すぎる。



「そして、蒸気機関掘削機とアリ溝構造によって作られた部材を組み合わせていく」



――二週間後。

荒海の孤礁に、仮設灯台は完成した。


燃料には鯨油が用いられている。もっとも、俺の知っている一般的な「鯨」ではなく、北方海域に生息する大型魔物から採取された油らしいのだが。


その夜。

『比帆諸島連邦』の暗い海に、帝国の光が初めて灯った。



「少尉。連邦の商人たちは、自分たちの島にも灯台を作れと政府に訴えているそうです」


「中尉。連邦の建設技術では、完成までに十年は必要です」


帝国への編入を希望する島々に灯台が建設されていく。


連邦の商人たちは、出資者を集めて帝国海軍に灯台建設を依頼しようと動き出した、灯台の完成は決定的な意味を持つ。安全な灯台がある島にしか、今後の商船は寄港しなくなるからだ。



一隻の商船が難破して沈めば、船体と積荷(砂糖や紅茶、絹など)を合わせて「最高級の金貨が一万枚あっても足りない」ほどの巨額の損害が出る。


だが、遭難事故さえ減れば、海上保険の保険料も劇的に引き下げられる。商人たちにとって、灯台の光は文字通り喉から手が出るほど欲しい救いの手であった。



一方で、海賊たちから見れば、灯台の光は商売上がったりの「邪魔者」以外の何物でもない。


船が自発的に座礁してくれなければ、効率的な略奪品など手に入らないのだ。彼らはこれに対抗し、偽の篝火かがりびを焚いたり、灯台の光を遮蔽したりして、商船を強引に座礁させようと動き出すに違いない。



――神出鬼没の海賊を大海原で追跡するのが不可能なのだとしたら、話は早い。こちらから「必ず現れる餌」を用意して、やれば良いだけだ。



灯台の光は、商船だけを導くわけではない。

それは同時に、海賊たちをもまた、一つの海路へと誘導していく。


帝国は今、海そのものを『街道』へ変えようとしていた。


読んでくださり、ありがとうございました。

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