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覇権国家計画  作者: 納豆
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第79話:海の街道 その七


――『比帆諸島連邦ひほしょとうれんぽう


帝国の遥か北、荒海に浮かぶ群島国家。微小な島々が独自の合議制と緩やかな連邦制で結束し、卓越した航海術と優れた帆船建造技術を武器に、水平線を埋めるほどの交易網を築き上げた海洋強国。


この連邦に属する島、ある小さな山村の村長が失踪した。


村長は、限られた物資を傾斜配分する独裁者であると同時に、村独自の秩序と経済を守り続けてきた絶対的な統治者でもあった。



そのかなめを失った村では今、権力の空白を埋めるための、新たなる戦いが始まっていた。


炊き出しの列のすぐ横で、湯気と怒号が激しく交錯していた。


「父の跡を継ぐ正統な血筋は私です! これ以上、古い慣習で物資を出し渋るつもりですか? 帝国の最新の管理制度を受け入れれば、全員に公平な配給が行き渡るのです!」


村長の娘が声を荒らげると、背後に控える元村長の取り巻きたちが、ここぞとばかりに野次を飛ばした。


「そうだ! 老い先短い老人たちの身勝手な采配で、村を飢えさせるわけにはいかない。帝国の帳簿を導入し、物資の配分を厳格に一元化すべきだ。それが村長の遺志を継ぐということだ!」



それに対して、羊毛の束を背にした老人たちの代表が、杖で地面を激しく叩きつけた。


「お前たちのような若造に、帝国の恐ろしさが分かってなるか! 伝統の掟を捨てて管理を委ねれば、次はこの村の羊毛も、土地も、すべて帝国の役人に吸い上げられるぞ!」


別の老人が鼻で笑い、娘たちを値踏みするように睨みつける。


「ふん、正統性だと? この村の羊毛を、塩を、薬を――誰が今まで外と繋いできたと思っている。海が荒れようが、連邦の役人が税を吊り上げようが、ワシらは“様々な相手”と話をつけ、この村を飢えさせずに回してきたのだ!」



周囲で炊き出しを待つ村人たちは、差し出された器を抱えたまま、この決定的な決裂を息を呑んで見守るしかなかった。



――結局のところ、本質は何も変わらない。


村の利権を独占したい両派は今、帝国の強大な後ろ盾を得るための画策に血眼ちまなこになって奔走していた。一族の血筋を大義名分にする改革派と、伝統の不文律を重んじる保守派。


どちらが権力を握ろうとも、俺たち帝国軍から見れば、それは単に「扱いやすい窓口」がどちらになるかという違いに過ぎず、この村の真の自立はますます遠のいていく。



「少尉。炊き出しの列に並ぶ者ほど、帝国の帳簿を歓迎しているようですね。そして、老人たちは帝国を嫌っている割に、帝国の薬は拒否しない」


「中尉。彼らは誰よりも合理的なだけです」



この土地には、自分たちの力だけで賄える食料がそもそも存在しない。そればかりか、その食料を外部から買うための唯一の生命線である産業――羊毛の加工と流通すら、もはや帝国のインフラ無しには維持できない構造に作り変えられてしまっている。


だからこそ、この島全体が連邦からの独立を宣言し、帝国への編入という甘いおりに自ら飛び込もうとしているのだ。



この圧倒的な現実の前では、改革派と保守派の醜い争いも「崇高な理念の対立」などでは決してない。それはただ、「どちらが帝国に対して、より高く自分たちの身を売り込めるか」という、哀れな生存競争に過ぎなかった。



本来なら島内を巡るべき『比帆諸島連邦』の法定通貨――銀貨は、すでにその信用を完全に失っている。

連邦の銀貨は質が極めて悪く、港街の強欲な商人たちはその悪貨を使い、各村から農水産物や貴重な羊毛を信じがたい安値で買い叩いていく。



村人たちも銀貨の無価値さを理解しているからこそ、漁村と木こりの村で魚と薪を交換し、山村と農村で羊毛と野菜を交換し合う、非効率な物々交換で辛うじて飢えをしのいでいるのが現状だった。


それでも、村にわずかに残った銀貨はすべて連邦への税として無慈悲にむしり取られ、彼らの手元には、ほとんど残らない。



「少尉。銀貨がまともに流通していない村の割に、男たちは高級な茶を飲み、女たちは綺麗な綿布の襟巻きをしていますね」


中尉は、炊き出しの列を眺めながら再び呟いた。


「中尉。この島には、もう一つの物流網があります」



――そして、この村に、いや、この島にはもう一つの経済が存在していた。


その日の夜。山村帝国軍仮設野営地。



――「少尉。村長の娘が面会を求めています」


護衛分隊長である曹長が、幕屋に報告に現れた。



「隊長さん。私は自分の意志で村長になることを決めました。だけど、老人たちは父とは違うやり方で、この村を守るつもりです」


「……本官は部隊の隊長ではない。任務は『測量』である」


「え。そうなんですか? じゃあ、じゃどうして……。」



娘の視線が、天幕の外に佇む武装した兵たちへと向く。

外から見れば、奇妙に映るだろう。だが、俺の任務はどこまでも『測量』である。少なくとも、軍の命令書の上ではそうなっている。



娘はそれ以上の追及を諦め、本題を切り出した。


「この村には、他の村や港街の商人以外にも、隠れた取引相手がいます」


「……『海賊』か」


「はい。老人たちが裏の窓口となって、村には、普通なら買えないはずの贅沢品が溢れています」



この島の近海を荒らし回る海賊は、単なる残虐な略奪集団ではない。彼らはこの歪んだ島において、確実に経済の歯車として機能していた。


連邦の悪貨と税制がもたらした、行き詰まった閉塞感。それを裏から打破しているのが、他ならぬ海賊たちだった。



彼らは港街では到底手に入らないような上質の日用品や、本来なら貴族しか口にできない贅沢品を、各村へ格安で売り捌いている。海賊が持ち込む商品には、言うなれば「仕入れの原価」が存在しない。他国や連邦の交易船から力ずくで奪ってきた、完全な略奪品だからだ。


連邦の銀貨が紙屑同然となり、民衆が物々交換の泥沼で喘ぐ中、海賊がもたらす物資だけが、島民たちに人間らしい生活の余地と、ささやかな贅沢を与える唯一の救いとなっていた。



だが、島民への格安の物品提供とて、彼らにとっては慈悲でも何でもない。この島を自分たちの安全な隠れ家、あるいは貴重な兵站へいたん基地として維持するための、極めて冷徹に「計算された投資(住民買収)」に過ぎなかった。



「隊長さん。海賊を追い出してください。そして、この村でも帝国の商品を買えるようにしてください」


「本官たちがここで行っているのは、人道的な『政府開発援助(ODA)』だ。不法な武装集団の排除は、しかるべき時に帝国海軍が対応する」


俺がそう告げると、村長の娘は深く頭を下げ、天幕を後にした。



――この島の海賊は、おめでたい物語に出てくるような、弱きを助ける義賊などでは決してない。彼らの実態は、暴力と買収で莫大な利権をむさぼる「武力を持った裏の巨大企業」だった。



彼らは単なる無軌道な荒くれ者ではない。連邦の腐敗した役人を金で抱き込み、海域を通る商船から「みかじめ料」を平然と要求し、さらには都市の富豪から裏の出資を受けて競合他社の船を海の底へ沈める。


まさに「合法と違法の境界線」を自在に渡り歩く、犯罪の専門家集団なのだ。



「少尉。『人道支援』という名の利便性で島を囲い込もうとする帝国軍と、『住民買収』という名の利便性で島を隠れ家にせんとする海賊――やっていることの本質は、何ら変わりはないようですね」


中尉は皮肉な笑みを浮かべ、俺の横顔を覗き込んできた。


「中尉。海賊は仕事ではありませんよ」



法秩序を乱す行為や、不当な手段での利益獲得を放置すれば、健全な社会も経済も成り立ちはしない。歴史が証明している通り、国家や統治者は市場の安全を守るため、海賊のような違法行為に対して常に厳格な排除を講じてきた。



どれほど高度に組織化され、どれほど莫大な富を動かそうとも、法なき暴力はシステムを破壊する寄生虫に過ぎないのだ。


「少尉。では、次は海賊退治ですか。この村のために働くのですね」


「中尉。俺は、快適で安全な隠居生活のためにやっているだけです」



――その直後。

山村仮設野営地に、海軍司令部からの伝令騎兵が到着した。


「街道少尉。測量艦艦長大佐殿より至急出頭命令です」


「了解、ただちに出頭する。伝令、苦労だった」


……伝令役の海軍新兵ですら、俺の二つ名は『街道少尉』になっている。たぶん大佐殿のせいだろう。



中尉が、どこか愉快そうに笑う。


「少尉。どうやら『測量』任務が増えたようですね」


――海の方で、何かが動き始めている。


読んでくださり、ありがとうございました。

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