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覇権国家計画  作者: 納豆
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第78話:海の街道 その六



村長とその取り巻きたちが引き下がった先――村の奥の暗がりでは、違った動きが始まっていた。


「……騙されるな、皆の者! 奴らは我々の伝統を、掟を、この村の『文化』を壊しにきた侵略者だぞ!」

追い詰められた村長が、ついに怒号を張り上げた。


その扇動の言葉に応じるように、村の奥の暗がりから、槍や旧式の銃を手にした好戦的な男たちが、じわじわと集まり始めていた。



――しかし、彼らには何もできないだろう。


帝国軍が行っている『ODA(政府開発援助)』は、他ならぬ『比帆諸島連邦ひほしょとうれんぽう』政府自身が正式に承認した国家事業なのだ。そして今、この島の一部勢力は連邦からの離脱を表明し、『帝国への編入』を水面下で画策している。


現在、この比帆諸島連邦の各域に展開している帝国陸海軍の総数は、すでに二個連隊――約六千名規模に達していた。これほどの大軍がここにいるのは、連邦が内戦へと発展するのを未然に防ぐための、絶対的な「抑止力」として駐留しているからに他ならない。


人口わずか数百人の山村の、そのまた一介の村長の一存で、帝国の巨大な国家戦略が止まるはずもなかった。



「少尉。沿岸沿いの村での『測量』は許可が下りませんよ。しばらくは、この村で『測量』任務になります」


中尉が、皮肉の混ざった声音で俺に告げた。


「そうですね。中尉」


俺は表情を変えず、静かに山村の粗末な地図を折り畳んだ。


――無理もない。現在、沿岸沿いの村々には、あの現代ヨットの構造を取り入れた正体不明の海賊が出没している。


尋常な敵が相手なら、俺たちに張り付いている護衛の二個中隊で十分に対処可能だったが、背後に「異世界人の知識」を持つ者がいるとなれば話は別だ。


もし仮に、『細菌兵器』をこの世界で実用化していたらどうなるか。どんなに強固な装甲を誇る軍艦であれ、最精鋭の兵士であれ、目に見えない病原体を撒き散らされれば、それだけで防衛線は一溜まりもなく崩壊する。



『比帆諸島連邦』の平均的な技術水準を考えれば、そこまで高度な精製は不可能だとは思うが、相手は管理網をすり抜ける異世界人だ。万が一の油断も、不具合も計算式には組み込めない。



――それから、二日後。

山村に設営された、帝国軍の仮設野営地。


幕屋の中に籠もり、ひたすら『住民票(名簿)』の整理を進めていた俺の元へ、護衛分隊長である曹長が慌ただしい足取りで入ってきた。優秀な軍人である彼の顔には、いつになく困惑と、そして奇妙な緊張の色が浮かんでいる。


――「少尉。緊急の報告があります」


曹長は周囲を気にするように声を潜め、俺の耳元で信じがたい事実を告げた。



なんと、あれほど帝国を敵視し、好戦的な者たちを煽っていた村長――その実の娘が、夜闇に乗じて帝国軍の野営地に接触し、秘密裏に情報提供を申し出てきたというのだ。



「少尉。村の『支配者』の娘です。会うのですか」


中尉が冷ややかな視線を向けながら問いかけてくる。


「中尉。村長は『統治者』です」


人口わずか五百名の村において、村長という存在は絶対だ。命の綱である塩と食料、その配布割合を決める権利を彼が握っているからだ。逆らうことはすなわち、飢えと乾きによる死を意味した。



しかし、そこには暴政とは異なる独自の秩序も、また生まれていた。法を執行する警察も軍も持たないこの小社会には、奇妙な秩序が息づいていた。


村長には私利私欲もあるが、冷徹なまでの「合理性」をもって塩を配分していたのだ。従う者には報いを、乱す者には減配を。剥き出しの暴力ではなく、生存の権利を天秤にかけることで、村長は静的な平穏を保ち続けていた。



完全装備の護衛兵たちに囲まれながら、夜の幕屋で奇妙な会談が始まった。



「あの……村の人達は、帝国軍に感謝しています。でも、父は帝国軍に出て行って欲しいのです」


娘のすがるような視線に対し、俺は一片の感情も交えず、ただ淡々と応じる。



「我が軍の行動は、上層部の受命によって決定される。本官とて一軍人に過ぎず、この面談も職務上の命令を遂行しているに過ぎない」


突き放すような事務的な俺の返答に、女はすがるようにさらに言葉を続けた。



「昨日、父の部下の人の子供……私の友人が、高熱を出したんです。本当に、このまま死んじゃうのかと怖かった。

でも、軍の人がすぐに薬をくれて……。今日も炊き出しに並べないだろうからって、家まで温かい食事を持ってきてくれました」



女はそこで一度、言葉を詰まらせてひと呼吸置いた。そして、今度は床に顔を伏せたまま、絞り出すような声で話を再開した。


「父は……薬は貴重だから、女の子供に渡す薬は無いと言っていました。友人は軍のおかげで元気になったけれど、父と、その部下の人は……今も、凄く喧嘩をしています」



――女の話によれば、この一件が決定打となり、村長とその取り巻きたちの間には、すでに修復不可能な溝が生じているという。



一方の派閥は、頑なに古き秩序を擁護していた。帝国軍さえ来なければ、病気で死ぬ者がいたとしても、それは仕方のない運命として誰も問題にしなかったはずだ。


余計なお節介を焼き、村の秩序を内側から破壊したのは帝国だと、激しく憤っている。



だがもう一方の派閥は、すでに帝国の光に絆されていた。帝国は親のいない孤児も、病に伏せる弱者も、すべて公平に助けてくれた。我々を見捨てて何もしてくれない島長とは大違いだ。


この隔離された山村には、警察すら来てはくれない。今までのやり方ではもう生きていけないのだから、帝国を受け入れるべきだと、強く主張しているという。



自分の父親である村長が、昔からの友人と怒鳴り合い、袂を分かつ姿など見たくはない。だが、もし帝国軍がいなければ、自分の大切な友人は間違いなく死んでいた。


父親の冷徹な統治が間違っていたのか。それとも、帝国軍が来たからすべてが狂ってしまったのか。彼女にはもう、分からなくなっていた。


だからこそ、女は夜闇に紛れて俺の元へやってきたのだ。自分は、これからどうするべきなのか。その答えを、帝国の役人に求めたかったのだ。



「――貴殿は、自分で選択し、自分で行動し、その結果も自分で受け入れなければならない」


俺がそう答えると、女は悲しげに、しかし何かを覚悟したように一度だけ深く礼を言い、静かに幕屋から出て行った。



――翌日。


炊き出しの列に、昨日まで村長の背後に立っていた男たちが、何事もなかったかのように並んでいる。


その中には、昨夜まで槍を握り、俺たちを「侵略者」と睨みつけていた者の姿もあった。誰も村長の話をしない。誰も帝国への忠誠を誓わない。ただ、黙って配給を受け取っていく。



「少尉。村長の取り巻きも並んでいますね」


中尉がいつも通りの皮肉な視線を列へ向けながら、俺に語りかけてくる。


「中尉。帝国は、人道的観点から、全ての住民へ公平に対応しているだけです」



――並んでいる男たちの魂胆は、すっかり露見しているようだった。

「帝国軍は気に入らないが、子供は兵士から貰う菓子が好きなようだ」

「帝国軍がいる間だけ、食料を貰えばいいんだ」

「あの湯沸かし窯は、街に持っていけば高く売れそうだ」


彼らは誰も帝国へ忠誠など誓っていない。しかし、その顔つきは、昨日までの拒絶とは明らかに違う、「別の顔」を見せていた。



そして、村長だけが。

かつて自分が支配していた広場の外から、古い秩序が溶けていくその光景を、ただじっと見つめていた。



――数日後、村長は消えた。

村長の娘も、元取り巻き達も、誰も村長が、どうなったのかは分からないし、言うことも無い。


読んでくださり、ありがとうございました。

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