表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覇権国家計画  作者: 納豆
PR
74/108

第74話:海の街道 その二


海軍艦型試験池の鈍色にびいろい水面に不気味な巨躯を浮かべる、海軍の新型鋼鉄外輪艦。


その最上甲板を見上げた俺は、再び息を詰まらせた。そこには、従来の木造帆船に並べられていたような舷側の砲門ではなく、円筒形の強固な装甲に守られた無数の「露頂砲ろちょうほう」が、威圧的に銃口を並べていた。


そのすべてが、全周囲への射界を確保した近代的な『回転砲塔』の仕様を施されている。



敵の砲弾をことごとく弾き返す鋼の装甲を纏い、あらゆる方角へ一斉に致命的な火線を叩き込む、文字通りの『動く鋼の要塞』。その姿は、この世界の既存の海戦戦術を根底から過去のものにする、圧倒的な破壊の結晶そのものだった。


視線をさらにその奥へと転じれば、そこにはまだ広大な帆を畳んだ帆柱と、側面の巨大な外輪を同時に備えた「帆と外輪の複合型蒸気船」もまた、数隻静かに停泊しているのが見えた。



「街道少尉。現在の我が海軍の主力は、あの航続距離に優れた複合型蒸気船だ。だが――この新型砲艦には、それにしか果たせぬ極めて重要な役割というものがあってな」


大佐は指先で挟んだ煙草の灰を落とすと、自慢の鉄の化け物を見つめたまま、不敵な笑みを深くした。



「はい、大佐殿。洋上の覇権を見据える海軍司令部の思想は、相変わらず極めて合理的でありますね」


俺は、慇懃な口調で大佐の言葉に同意してみせた。



外洋を長距離航行するための「帆」を未練なく完全に捨て去り、それによって生じた莫大な余剰重量と船内空間のすべてを、回転砲塔をはじめとする大砲の増強、すなわち『圧倒的な火線の強化』へと一極集中させる。


これは、特定の海域における局地戦闘力を極大化させるための、極めて論理的かつ近代的な英断に他ならなかった。



そして何より恐ろしいのは、その『動く鋼の要塞』をただの実験兵器で終わらせず、国家規模で量産化するために必要な「製鉄所」と「造船所」を同一敷地内に完全併設した、これほど巨大な秘匿造船所を現実のインフラとして完成させてみせた大佐と海軍司令部の底知れなさだ。



陸軍の参謀本部の裏側と同じく、この海軍が進める『覇権国家計画』の奥底にもまた、国家機密の異世界人が極めて深く、泥臭く関わっているのは、もはや絶対に間違いなかった。



「街道少尉。お前は、陸のほうでずいぶんと景気よく補給路を作り倒しているらしいな」


大佐は咥え煙草の先から立ち上る紫煙越しに、獲物を値踏みするような視線を投げかけてきた。


「はい。……いえ、大佐殿。本官はあくまで後方にて、微力ながら兵站の事務支援に従事しているだけであります」


俺は慌てて背筋を伸ばし、軍人として事実をありのまま正確に答えた。


(――というか、何故だ。何故海軍の、しかも特種兵器実験部の責任者にまで、俺が前線で『補給路を作っている工兵』であるかのような噂が流れているんだ。これだから軍の噂話は信用ならんし、恐ろしい)



「陸に補給路が必要なように、当然、海にも道は必要なのだ。分かるな、街道少尉」


「……は。お言葉の通りかと存じます、大佐殿」



この間、俺の斜め後ろに控えている中尉は、まるですべてを織り込み済みの書き割りのように、周囲の背景へと完全に一体化していた。


大佐が現れてからというもの、彼はただの一言も言葉を発していない。厄介な組織間の関わり合いを巧みに避けつつ、しかし「参謀本部の目」としての実務の席だけは絶対に外さない。


その徹底した官僚的な立ち回りに、俺は心底から呪わしい有能さを感じるのだった。


――同日、帰路の馬車の中。


規則正しく揺れる車内で、俺は向かいに座る中尉の、元の事務的な能面に戻った顔を睨みつけながら口を開いた。


「中尉。海軍は、海にも“道”を敷くつもりなのですね」


「少尉。海軍司令部は、真面目にそう考えているのでしょう」


中尉の言葉は、相変わらずどこか他人事のように淡々としていた。



一週間後。

――帝都参謀本部、特別監察室。



あの日の海軍新型艦の視察は、近代重工業の熱効率システムを含め、新たな技術的知見を得る作業としては実に有意義なものだった。


海軍側としては、参謀本部直属の特別監察官という『政治的証人』が欲しかっただけだ。これこそが『帝国軍の官僚機構が弾き出した妥協の成果』であり、しがない一介の少尉に過ぎない俺が、これ以上深く関わる理由はない。



俺がそんな甘い安堵に浸っていた、まさにその時だった。


まるで、見たこともない未知の新型機械を冷徹に起動させる手順を確認するかのように。一切の感情が消え失せた平坦な顔をした中尉が、音もなく俺の机へと歩み寄り、一枚の白紙の書類をすっと滑らせてきた。


その最上部には、陸軍参謀本部の、禍々しい最高命令印が鮮烈に捺されていた。



「少尉。参謀本部より新たな下命かめいです。海軍の直轄する『測量艦』へと搭乗してください」

「……は?」


俺の脳が処理するまでに数秒の空白を要した。


「なんで、陸軍の俺が、海軍の、しかも測量艦なんかになんて乗らなきゃいけないんですか!」


驚きのあまり、喉の奥から裏返った情けない声が、特別監察室の静寂を無惨に引き裂いた。



「少尉。海軍が実用化したあの新型鋼鉄外輪艦をはじめとする蒸気船は、従来の木造帆船とは比較にならないほど大量の石炭――燃料を消費します。

洋上での持続的な戦闘力を維持するため、海軍は今、新たな燃料補給港の拠点を、遥か北の島々に求めているのです」


「中尉、海軍の戦略的な意図は分かりますよ。……だから何故、陸軍の、それも俺なんですかと聞いているんです」



「――『参謀本部には、近代補給路の重要性に誰よりも精通し、多大な実績を残しながらも決して奢ることなく、自らの功績を「ただ後方で事務支援を遂行しただけだ」と言い切る、極めて謙虚で優秀な少尉が眠っている。

海軍と陸軍の共同港湾設営作戦において、彼以上の適任者は存在しない』。


……海軍艦型試験池のあの大佐が、海軍の上層部へ向けて、あなたを強く、強く推薦したのですよ、街道少尉」



「……あの時か」



俺は膝を折り、机に両手を突いて絶望した。

……俺は、嘘偽りなく事実をありのまま正確に答えただけなのに。


(しかし、なぜだ。なぜ中尉は、海軍内部の話を知っている。この男は一体、どこまで『耳』を澄ませていたというのか……)



帝国の遥か北。

凍てつくような冷たい怒濤が荒れ狂うその広大な海には、無数の小さな島々が、独自の合議制や緩やかな連邦制によって一つの国家を形成している、


水平線を埋め尽くさんばかりの多種多様な帆船が行き交う、群島国家。一つ一つの島々は極めて微小な勢力の集合体でありながら、卓越した航海術と、高度な帆船建造技術によって、強固に結びついた海洋国。



――通称『比帆諸島連邦ひほしょとうれんぽう』。



国家という体裁を保ってはいるものの、その実態は極めて歪だ。諸島の一部では、海賊と商人の境界線が不気味なほど曖昧に融解していた。


彼らは他国の商船を見つけると、洋上で強力な武力を突きつけ、自国の荷を一方的に売りつけるという暴挙を平然と行う。彼らの定義上は、これでも立派な「自由なる売買」なのだという。少なくとも、向こうの弁明としては。



「つまり海軍は、北の周辺海域を安定させ、新たな燃料補給港の拠点を北の島に作りたい。場合によっては上陸して、“帝国式の話し合い”が必要になる。

参謀本部(陸軍)は、海軍の新型蒸気船を見たのだから、そちらからも人を出せ。こういうことだろう」


『比帆諸島連邦』を構成する小さな島々の集まりには、大規模な農地は存在しない。食料は帝国からの輸入に頼り切っているのが現状だ。


おそらく参謀本部は、今まで、周辺諸国で行ってきた、『ODA(政府開発援助)』を人道的に行うつもりなのだろう。しかし、彼らが、帝国の『ODA(政府開発援助)』を拒否した場合は――一体、どうなるのか。


読んでくださり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ