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覇権国家計画  作者: 納豆
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第65話:綿花戦争 その五


帝都参謀本部、特別監察室。


窓の外では、今日も『帝都環大路馬車鉄道』が規則正しくレールの上を巡回していた。

帝都の空は、いつものように穏やかに、そして恐ろしいほど平穏に晴れ渡っている。



帝国道の駅(PA/SA)の掲示板には、刷り上がったばかりの新しい版画新聞が一斉に貼り出されていた。


『北部主要工業地帯の武装解除、完了』

『南部臨時政府、帝国支援の下で組織再編へ』

『人道回廊沿線の全難民キャンプ、閉鎖』


帝都の民衆は、その新聞を読みながら『白綿共和国はくめんきょうわこく内戦(南北戦争)』の早期終結と、それに伴う綿製品の値下がりに胸を撫で下ろし、平和の到来に安堵していた。



平和な空気の中、中尉は朝一番に届いた分厚い封を机の上へ置き、淡々と報告を読み上げた。



「少尉。『白綿共和国』南部の主要商港ですが、海軍司令部の主導による大規模な改修工事が開始されました」


俺は手元の書類から視線を上げずに答えた。


「中尉。海軍司令部はあそこを、南海周辺諸国における『国際拠点港湾』にするつもりなのでしょう」



国際拠点港湾。

それは帝国の規格によって作られる、すなわち「経済と軍事が不可分となった巨大システム」の完成を意味していた。


――深い喫水に対応した大型の軍用ドック。

――帝国式の物資倉庫群。

――海軍専用の巨大燃料庫。

――そして、海軍工廠の前段階となる艦船修理施設。


港湾都市全体の治安維持を完璧な大義名分とした、大規模な海軍駐留部隊。



「少尉。これはもはや商港ではありません」


「中尉。定義上、商港です」


商港に軍艦が停泊しているだけ――。


しかし、白綿共和国南部の商港は、もはやただの“商港”などではない。帝国海軍の南海戦略拠点、実質的な『白綿共和国駐留軍基地』へとその構造を完全変貌させつつあったのだ。



歴史に刻まれた「白綿共和国内戦」は、蓋を開けてみれば僅か六か月という超短期間で終結を迎えていた。


帝国軍は、白綿共和国の南部正規軍と共に戦ったわけではない。帝国軍はあくまで『平和維持活動(PKO)』の名目の下、中立の立場で南部に駐留していただけだ。



だが――「帝国の侵略」という始まってもいない被害に脅威を見出した、北部の正規軍が、『人道回廊』の安全を守っていた帝国軍を一方的に先制攻撃したことで、状況は一変した。


帝国は“これ以上の紛争拡大を防ぎ、中立を維持するためには全面的な武装解除が必要である”と合理的に判断。『平和維持活動(PKO)』の原則に従い、北部正規軍の完全武装解除を実施したのだ。



北部の抵抗は、あまりにも短く、脆かった。

いかに彼らの工業力が優れていようとも、帝国の有する圧倒的な兵站網と、規格化された補給速度の前には、追いつけず北部の要衝や砦は次々と降伏し、内戦は制度的に、そして冷徹に終わった。


帝国は初めから、そして最後まで、帝国軍は侵略などしていない。


ただ、向こうから攻撃されたため、“中立維持のための武装解除”と“必要最小限の武器使用”を行っただけである。



俺は、南部商港から上がってきた詳細な報告書をさらに読み進める。


近年、白綿共和国南部における港湾の海上保険料は、異常なまでの高騰を続けていた。

頻発する海賊被害と国内の政情不安を理由に、海上保険を扱う民間の各商会が一斉に保険料を引き上げていたためだ。



特に、他国の海運保険最大手である『霧宮海上保険組合』が強硬な値上げを行って以降、あちらの海路輸送は、一部高級品を除き採算が取れない水準に達していた。


「少尉。霧宮ですか」


「中尉。霧宮は、禁輸はしていません。海の危険度に合わせて保険を定めただけです」



だからこそ、南部の商人たちは海路を諦め、陸路に頼る(縋る)しかなかった。だが、その命綱である陸路は、北部よって封鎖されていた。


『白綿共和国』は、数年前から『国家の仕様書』を用意できていなかった。



――四か月後。

『白綿共和国』北部帝国軍宿営地。



俺は再び、この『白綿共和国』の地において、新たな街道建設の任務に就いていた。


『人道回廊』ではない。帝国本土から白綿共和国の北部、そして南部までを一気通貫で結ぶ、通称「綿紡めんぼう鉄道」の敷設工事だ。――肩書きの上では、相変わらずただの教導補佐に過ぎないが。



「綿紡鉄道」という大層な名前を冠してはいるが、現段階で走るものは蒸気機関車ではなく、輓牛や馬が牽引する馬車鉄道に過ぎない。ただし、敷設されている鉄路のレール幅(軌間)は、将来実用化されるであろう帝国の『標準軌』と完全に一致している。



突貫で建設が進む線路のすぐ脇では、まるで増殖する細胞のように、帝国資本による巨大な綿加工工場や新たな商会が次々と立ち並び始めていた。



先の内戦(南北戦争)により、白綿共和国の北部にあった主要な工場街の一部は、修復不可能なレベルの致命的な打撃を受けていた。

北部への憎悪を募らせていた南部の民兵たちにとって、北部の優れた加工工場街こそが、自分たちの経済を縛り付ける「綿花輸出の敵」そのものだったからだ。


当時、北部の正規軍は民兵たちの暴挙から自国の心臓部である工場街を必死に守ろうとしたが、彼らにはすでにその自衛力すら残されていなかった。



もちろん、帝国軍はどこまでも中立の原則を厳守した。武器を持たない非軍事施設である北部の工場街を守るため、暴徒と化した南部民兵を速やかに鎮圧したのだ。

帝国軍の極めて人道的な尽力により、一部の戦火を除き、北部の工業基盤の大部分は奇跡的に保護されることとなった。



そして今、その壊滅的な被害を被った工場街の跡地を貫く形で、この「綿紡鉄道」が建設されている。焼け跡には、帝国の莫大な資本が湯水のように注ぎ込まれ、最新の綿加工工場や商会という形での『戦後復興』が爆発的な速度で進んでいた。


かつて「帝国の経済植民地になるぞ」と拳を突き上げていた北部の工員たちは、帝国資本によって再稼働を始めた新工場の白く巨大な壁を、複雑な表情で見上げていた。


「……小耳に挟んだが、支給される給料は前より遥かに良いらしいぞ」

「あそこに搬入された帝国式の最新機械は、頑丈で絶対に故障しないんだとよ」

「新しく建つ工員用の社宅には、贅沢にも綺麗な給水設備まで最初から付くらしい」


彼らの口から漏れるのは、ただ目の前の生活への感嘆だけだった。もう戦争の話をしていなかった。



その頃、『白綿共和国』南部では、帝国海軍司令部主導による港湾再建工事が、昼夜を問わず凄まじい速度で進行していた。


焼け落ちた桟橋は次々と帝国規格へと置き換えられ、崩壊した倉庫群の跡地には、巨大な鉄骨倉庫と燃料施設が整然と建設されていく。


海軍工兵隊の敷設した新型クレーン設備は、従来の数倍もの速度で貨物を積み下ろし可能とし、その周囲では帝国海軍憲兵隊が武装巡回を続けていた。



港湾労働者たちは、その光景を半ば呆然とした様子で見上げていた。


「本当に、街ごと作り変える気なのか……」

「帝国は、もう帰るつもりがないんじゃないか?」


だが、その一方で、彼らは理解していた。



帝国軍が駐留して以降、海賊被害は激減し、帝国海軍の護衛下に入った輸送船団は、以前とは比較にならないほど安全に運航されるようになっていたのだ。


そして、『人道回廊』と『綿紡鉄道』沿線では、帝国工兵隊による鉄道敷設が今なお延々と続いていた。


鉄の道は、南部の巨大綿花地帯と港湾都市を静かに接続し始めている。



沿線には帝国式の集積倉庫が建設され、新型荷車によって大量の綿花が規格通りに運搬されていく。


南部臨時政府は、新たな国家再建計画を正式に発表していた。


――綿花生産量の大規模増産。

――帝国向け輸出量の拡大。

――食料輸入枠の増加。

――帝国規格農業機械の全面導入。


そして、その計画には「国内食料自給率維持」という文言は、一切存在しなかった。


「少尉。南部は、完全に綿花輸出国家へ移行するようです」


「中尉。帝国から食料を輸入できる以上、合理的判断です」


帝国は、小麦を輸出する。

南部は、綿花を輸出する。



それだけの話だった。


北部が必死に守ろうとした“国家としての自立経済”は、南北戦争の終結と共に、制度的に消滅したのだ。



もっとも――。


その“平和”が、『白綿共和国』全域へ平等に訪れたわけではない。


「少尉。山岳地帯の少数民族ですが、本日も輸送列車への襲撃を実施。工兵二名負傷。護衛部隊が対応、武装集団四十一名を排除しました」


中尉は、新たな報告書を淡々と机へ置いた。


「……そうですか」



『白綿共和国』内戦(南北戦争)は終結した。


南部臨時政府は帝国支援下で再編され、港湾は帝国海軍の管理下で復旧されつつあり、『人道回廊』と『綿紡鉄道』は正式な帝国規格鉄道として延伸を続けている。



だが、山岳地帯だけは違った。

そこでは今日も、国家も、国境も、停戦条約も存在しない。ただ、武装した少数民族たちが、昨日と同じように略奪を繰り返しているだけだった。



「少尉。『平和維持活動(PKO)』継続期間ですが、海軍司令部は最低でも十年単位を想定しているようです」


「中尉。平和維持には時間がかかります」



帝国軍は今日も、人道的に難民を保護している。

帝国海軍は今日も、海賊から民間船を守っている。

帝国工兵隊は今日も、南部へ鉄の道を延ばし続けている。


その結果として、『白綿共和国』という国家は、静かに帝国規格へ組み込まれていった。



帝都では、『帝都環大路馬車鉄道』が、今日も規則正しく帝都を巡回している。



『帝都複合娯楽施設』では、南方産綿布を使った新作の綿服が飛ぶように売れていた。


「やっぱり綿服は涼しくて素敵ね」

「白綿共和国も、平和になって良かったわ」


帝都の空は、今日も恐ろしいほど穏やかに晴れ渡っていた。



――誰も、嘘は言っていない。



読んでくださり、ありがとうございました。

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