表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覇権国家計画  作者: 納豆
PR
63/109

第63話:綿花戦争 その三



帝国軍「南方綿商会護衛隊」が『白綿共和国はくめんきょうわこく』へ入ってから、すでに三か月が経過していた。



帝都参謀本部、特別監察室。



良く晴れた特別監察室の窓から見下ろす『臨時案内所』の周辺は、未だに多くの人々で溢れかえっている。


そのすぐ横では、軍直営の屋台が整然と立ち並び、『高純度ブドウ糖』を使用した菓子を子供たちへ無料で配布していた。


「兵隊さん、いつもありがとう!」


窓越しに、純粋な子供たちの笑い声が風に乗って聞こえてくる。



――その無邪気な子供たちの笑い声を冷酷にかき消すように、机の向こうから、事務的な中尉が淡々と報告を語り出した。


「少尉。現地からの報告によると、『平和維持活動(PKO)』は極めて順調のようですね」



南部の港湾都市を中心に、帝国軍による実効的な治安維持活動の範囲は着実に拡大していた。商隊の護衛、略奪を繰り返す少数民族の排除、行き場を失った難民の保護、そして命の綱である食料輸送。


帝国軍は、制度として定められた『平和維持活動(PKO)』を、ただ仕様書通りに粛々と遂行しているに過ぎない。

だが、その“制度としての無機質な善行”は、飢えに苦しむ南部の民衆にとっては、あまりにも目眩むほどに慈悲深く映っていた。



南部の乾いた街道沿いには、帝国軍の補給車列を見送る大勢の子供たちの姿があった。

彼らは、帝国兵から手渡された配給のパンや冷たい水袋を小さな手で大事そうに握りしめながら、口々にこう囁き合っていた。


「帝国軍が来てから、僕たちの村で餓死する子がいなくなったんだ」

「もう、あいつら(山岳民)が略奪に来ることもない」

「帝国兵は、怖くないよ。みんな凄く優しいんだ」



南部の民衆にとって、帝国軍は領土を脅かす“侵略者”などではなかった。自分たちの『生存を保証してくれる確固たる制度』そのものとして認知されていたのだ。


帝国軍は南部の主要街道に沿って臨時の給水所と炊き出し所を素早く設置し、組織的な難民保護を開始した。

その周囲には、痩せ細った農民たちが長い列を作り、帝国兵の的確な指示に従って驚くほど整然と並んでいた。



南部の全域が、帝国軍の存在を「絶対的な救済」と認識し始めていた。


中尉は、事務的な口調のまま続けた。



「少尉。『白綿共和国』の民たちは、帝国に感謝しているようですね」


「中尉。南部の民たちは。です」



――だが、その全く同じ光景を、北部はまるで異なる別の意味で受け取っていた。


北部は帝国から輸入した貴重な小麦を自らの権力で独占し、倉庫に潤沢な備蓄を積み上げている。北部都市の市場には、香ばしいパンと新鮮な肉が常に溢れかえっていた。


だからこそ、北部の民衆は、南部で起きている惨烈な飢餓をどこまでも冷淡に“自業自得”と切り捨てていたのだ。


「あいつらが食料を放り出して、目先の綿花ばかり作っているからだ」

「帝国に媚を売って、自由貿易だなどと抜かした報いだな」

「南部は、金欲しさに国家の誇りを売った売国奴の集まりだ」



そして――『国の仕様書』を持たない北部の指導者層は、帝国軍が南部に駐留しているという厳然たる事実を、破滅の目前として解釈した。



――帝国が、南部を都合の良い足掛かりにして、我が国への軍事侵略を開始した。



北部の議会では、連日、帝国への敵対心と警戒を訴える声が最高潮に達していた。


「帝国軍の重武装部隊が、白昼堂々と南部に駐留している!」

「南部の民兵どもが、帝国の支援を受けて武装を不当に強化しているぞ!」

「南部の売国商会が、帝国の巨大資本と完全に結託した!」


危機感を募らせた北部では、急速に武器の増産が始まっていた。

北部の民兵組織は、帝国軍の“侵略”に備えるという大義名分の元、街道沿いに独自の検問所を次々と設置し、南部へと向かう輸送隊への厳しすぎる取り締まり(臨検)を開始したのだ。


中尉は、完璧に調律された事務的な笑みを深めた。



「少尉。参謀本部より下命かめいです。南部の『人道回廊』建設を指揮してください。名目上は教導補佐です」


「……俺に、現地に行けと?」


「少尉。“内戦”……は、まだ始まっていませんよ」



――定義上はまだ内戦など始まっていない。ただ南北の境界で局地的な小競り合いが発生しており、山岳地帯の少数民族がいつも通りに略奪を繰り返しているだけだ。


そして、その些細な事件のすべては、帝国の『平和維持活動(PKO)』という強固なシステムによって、現時点では完璧に対応できている。



しかし『人道回廊』という名目は、実に見事な大義名分だ。なぜならそこには、先日新兵器開発部門から俺の元へ情報開示された、あの最新技術の「評価試験」を行うための完璧な環境が揃っていたからだ。


二週間後。俺は帝国から『白綿共和国』南部へと至る『人道回廊』の敷設任務のため、現地の最前線に就いていた。


北部の中央を大きく迂回するルートのため、南部への最短距離ではない。だが、その代わり山岳地帯からも適度に離れており、高低差の少ない平坦な大地が延々と続く、土木的に極めて都合の良い場所だった。



「少尉。『白綿共和国』を試験会場にするのですか」


「中尉。帝国は人道的に『平和維持活動(PKO)』を行うだけです」



今回敷設しているのは、いつもの強行土木による「わだちコンクリート街道」ではない。鉄の道――レールだ。しかも、そのレール幅は『帝都環大路馬車鉄道』で使われていたものの倍近く大きい。


そのレール幅は、強化型輓牛ばんぎゅうが牽引する大型新型荷車の車軸規格に合わせたもの――という建前になっている。だが、その実態は、今後十年以内に実用化されるであろう、あの『蒸気機関車』のレール規格(標準軌)と完全に一致していた。



もっとも、十年後にこの白綿共和国の地に帝国の蒸気機関車が走っているかどうかは、分からない。今回は、レール敷設技術そのものの実地試験という側面もある。本来の目的は「大量の補給物資を迅速に南部の難民へ届けるため」である。


給養部隊が新たに開発した、走行中にも切り離しが可能な「高性能湯沸かし窯」を搭載した新型荷車や、効率的な給水を行うための「手押しポンプ付き新型荷車」。それら最先端の兵站インフラ(仕様)を規格通りに運用するためには、どうしてもこの鉄の道が必要だったのだ。



俺自身は直接的な戦闘に遭遇してはいない。だが、『人道回廊』の敷設任務に就いている工兵部隊と、略奪を目的とした山岳地帯の少数民族との間で、またしても戦闘が発生したとの報告書が届いた。


結果は、帝国兵に数名の負傷者。いずれも戦線復帰に支障のない軽傷。対する武装した少数民族側は、死者五十八名。――生存者無しの全滅だった。



少数民族は、汗を流してシャベルを振るう帝国兵を、ただの無防備な土木作業員だと戦力差を決定的に誤認したのだろう。


そんな訳がない。ここに投入されている帝国建設工兵大隊は、先の西側戦線において、敵の激しい銃弾や砲撃の嵐が吹き荒れる最前線の中にあっても、躊躇なく敵兵を排除し、強行土木によって補給路を文字通り切り開いてきた本物の精鋭部隊なのだ。



南部の農民たちは、日に日に延びていく帝国工兵隊の作る鉄の道を、まるで奇跡でも見るような目で見上げていた。


工兵隊が新たな井戸を掘り、給水所を設置し、難民たちへ温かい粥を配給するたびに、街道沿いには自然と人が集まり始める。



「帝国軍が来てから、本当に子供が死ななくなったんだ」

「これで綿花を売れば、また帝国から食料が買えるぞ」

「あの鉄の道が完成すれば、俺たちはもう飢えなくて済むんだ」


そんな純粋な期待と安堵の熱が、南部全域へと静かに、だが確実に広がっていた。


――だが、その全く同じ鉄路の延伸を、北部はまるで異なる最悪の脅威として凝視していた。


危機感を募らせた北部議会は、ついに緊急動員令を発令。南北の境界線に点在する砦へと、北部民兵と正規軍の主力部隊が急速に集結を開始したのだ。



「帝国は、人道支援の美名の下に南部へ『侵略回廊』を建設している!」

「あの鉄道が完成すれば、帝国の重武装部隊は僅か数日で我が国の中枢へと到達するぞ!」

「今すぐあの鉄路を止めなければ、この国は完全に終わる!」


北部の新聞は、連日民衆を煽り立てていた。



そして、数日後――。

南北の境界線付近において、ついに北部の臨検輸送隊と、南部の武装民兵による最初の大規模な武力衝突が発生。双方に多数の死傷者が出たという些細な報告書が、俺の手元へと届けられた。



――定義上はただの小競り合い。だが実態としての『白綿共和国』内戦は、もはや秒読み段階へと突入していた。


その頃、帝都では。


新しく開園した『帝都複合娯楽施設』のきらびやかな衣料街で、若い娘たちが南方産綿布を使った新作の服を手に取りながら、楽しげに笑い合っていた。


「今年の綿服は、本当に肌触りが違って涼しいわね、お姉様」


誰も命令していない。誰も嘘を言っていない。


窓の外では、『帝都環大路馬車鉄道』が今日も何事も無かったかのように、平和な帝都の街を静かに巡回し続けていた。


読んでくださり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ