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覇権国家計画  作者: 納豆
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第59話:悪魔


「世界大戦を阻止するため、多少の戦争(仕様変更)はやむを得ないとする覇権国家」を目指す帝国。


「世界大戦を阻止するため、世界中で代理戦争を引き起こし、戦争そのものを均衡装置とする」霧宮王国。


どちらも未来の破滅を回避するという巨大な大義を掲げ、何万人もの命を天秤にかける狂気のシステムだ。



――嘘をつかない、命令もしない俺が一番まともに見えてくる。



中尉は、恐ろしいほど無垢な声音で言った。まるで、昔話でもするように。


「少尉。あなたは、変わったと思いましたが、昔のままですね」



室内には、蒸気ポンプの低い振動音だけが響いていた。


「中尉。俺は初めから、快適で安全な隠居生活のためにやっているだけですよ」



俺は世界を救いたいわけでも、帝国の覇権に貢献したいわけでもない。ただ、自分がこの異世界で、誰よりも安全に、誰よりも快適に、静かな隠居生活を送るための環境を構築したいだけだ。


――感情を理由に動く個体は、まだ予測が可能だ。

問題は、「居心地が悪い」という理由だけで環境そのものを書き換え始める個体である。



展示会場で爆音を立てる『蒸気ポンプ』を見上げながら、俺は次の仕様書を脳内で走らせていた。この機械の“本当の用途”を、諸外国へ最も効率的に理解させる方法なら、すでに考えてある。



――すべては、あの『甘い果実』作戦(第46話)から繋がっている。



かつて帝国は、遥か東の『騎士王国』から北西鉱山と高地を合法的に割譲させた。


その真の目的は、高地に建設された新型長距離固定砲台による、東の脅威『赤旗国せっきこく』への先制飽和攻撃だ。


作戦は完璧に成功し、赤旗国の誇る物量の暴力を支えていた軍事拠点および補給線は完全に消滅。


これにより、帝国東部における赤旗国の進軍には、現在も致命的な遅延が発生し続けている。(第49話)



西側戦線は実質的に解決し、残すところは豊浦王国の小規模な反乱分子の暴力を伴う話し合いだけだ。

西の憂いが消えた以上、参謀本部は戦力を、あの東部戦線へと集中させるだろう。


だが、俺が今注目しているのは、軍事的な勝利でも戦略でもない。『甘い果実』作戦の副産物とも言える、元『騎士王国』領の北西鉱山そのものだ。


窓外の喧騒から視線を戻した中尉が、その鋼鉄のおもちゃの「次の用途」を心底楽しみにしているような目で、俺に語りかけてきた。



「少尉。参謀本部は恐らく、近いうちに『金増産政策計画』を採用するでしょう」


「中尉。戦費調達のため、休眠金鉱山を再開発するのは、合理的です」



割譲させた北西鉱山には、長年の「水没」によって開発が完全に放棄されていた大規模な坑道が存在する。


そして、先日の帝国側の試掘調査により、そこには未だ莫大な量の金が埋蔵されていることが判明したのだ。掘れば金が出る。


だが、水があって掘れない。――ここで、目の前にある『蒸気ポンプ』という仕様が、完璧に活きることになる。



――二ヶ月後。

『休眠金鉱山再開発計画』が、ついに正式に開始された。



俺は「建設工兵大隊の教導補佐」という肩書きを与えられ、現地での技術指導の任務に就くことになった。


――もっとも、ただの事務職の少尉である俺に、工兵大隊の指揮などできるわけがない。やることはいつも通り、大隊長へ設計図(仕様書)を渡し、その進捗を確認して報告するだけだ。形の上では、だが。


投入された建設工兵大隊は、あの帝国東部平原において、実に一万匹もの小型魔物を完璧に狩り尽くした一個連隊に属する精鋭部隊だと聞いている。



以前、彼らの強行任務に同行したことがあるが(第31話)、あの驚異的な練度を見る限り、今回の水没坑道の排水工事も何ら問題はないだろう。


遮蔽物のいっさい無い吹きさらしの平地で、魔物討伐、強行土木、そして兵站(補給)のすべてを、やり遂げた化け物じみた連中だ。



「少尉。元『騎士王国』領の現地に展開している部隊の最高司令官は、東部平原における小型魔物討伐作戦の際、前線指揮を執っていた中佐ですよ。

気心が知れていて安心ですね」


――気になる言い方だ。


……そう言えば、あの時の魔物討伐隊で大隊の次席将校を務めていた彼女は、『覇権国家計画』の全貌を正しく認知していたな(第30話)。



帝国軍広しといえど、数えるほどしか存在しない希少な女性将校。


軍人として優秀であり、俺個人としても高く評価しているのだが――。

思い返せば、あの人はなぜか俺に対する言葉の当たりが、妙に強かった記憶がある。



――帝国軍東鉱山採掘前線基地、坑内指揮所。

カビと鉄の匂いが混じる重苦しい空気が漂っている。


最初に大隊長に着任の挨拶だ、今回はある物資を持参してある。


『甘い果実』作戦。その作戦名の由来とも言える、実験農場で選抜育種により完成した『特級の果実』だ。


これは、賄賂ではない。あくまで試作品の「現場における評価試食」だ。

任務という完璧な体裁の元に、貴重な果実を差し入れする、社会人らしい極めて合理的な潤滑油なのだ。


重苦しい空気の漂う指揮所内で、机の向こうから刺すような視線が注がれる。



「……設計屋。貴様、生きていたか。西側戦線でも安全な後方任務だったようだな」


地響きのような低い声に、背筋がわずかにこわばる。

その凄まじい威圧感に背筋がわずかに強張るのを感じたが、俺はそれをおくびにも出さず、中佐殿の目を真っすぐに見据えて完璧な軍隊式の敬礼を返した。


「はっ。中佐殿。御無沙汰しております」



中佐殿は椅子にふんぞり返ったまま、品定めをするように、あるいは蛇が獲物を睨むように俺を睨みつけたままだ。



「『甘い果実』作戦。あの悪魔のような仕様書を書いたのは、貴様だと聞いているぞ」



その眼光に一瞬気圧されそうになりながらも、俺は事実のみを正確に毅然とした態度を崩さず言葉を紡ぐ。


「はい。……いいえ、中佐殿。本官は初期案を上申じょうしんしたに過ぎません。参謀本部がそれを運用可能な戦略へと落とし込みました」

(……やはり、この中佐殿は。どういうわけか俺に対する言葉の当たりが、妙に、いや、絶望的に強い)



「……あくまでも責任は参謀本部にあり、貴様は無関係だと言い張るのか」


中佐殿は鼻で笑うと、すぐに興味を失ったように視線を机の書類へと戻した。その態度はどこまでも冷淡で、なぜこれほどまでに俺への当たりが強いのか、やはり理由が掴めない。



「……まぁ良い。今回も貴様たちの身の安全は厳守せよと、上層部から最優先命令を受けている。坑内は問題ないが、外に出る時は護衛に二個小隊を付けてやる。……軍命だ。勝手な単独行動は許さん」


感情の籠もらない、ただ規則を復唱するだけのような義務的な声だった。



「中佐殿。了解いたしました」


俺は直立不動のまま、その事務的な命令を淡々と受け入れた。



先日『帝都複合娯楽施設』で周辺国にお披露目したあの『蒸気ポンプ』。


あれには、もう一つ仕掛けがある。


あの機械は、極めて熱効率が悪いじゃじゃ馬だ。実際のところ、燃料消費に見合う場所など、燃料が無限に手に入る炭鉱くらいのものだろう。


炭鉱であれば、売り物にならない質の悪い石炭がタダ同然で山ほど手に入るため、燃費の悪さは完全に無視できるからだ。



「少尉。周辺諸国が、この『蒸気ポンプ』の模倣に成功した場合はどうなりますか」


坑道の奥から響く振動音を聞きながら、中尉が静かな声で問いかけてくる。


「中尉。成功しますよ。優秀な技術者なら、いずれ帝国の展示機程度は再現できます」



周辺諸国にも、優れた科学者や技術者はいくらでもいる。彼らは帝国の展示機を見て、必死に模湊し、やがて完璧な『蒸気ポンプ』を作り上げるだろう。


だが――彼らは、そこに仕込まれた「物理限界」という名の絶対的な仕様に気が付けない。彼らが無能な訳ではない。ただ、その概念を『知らない』のだ。



「少尉。『知らない』とは?」


「中尉。吸い上げ式では、水は十メートル以上上がりません。これは技術力の問題ではなく、世界の物理法則そのものです」



仮に彼らが現代知識のインチキに追いつき、シリンダー内に完璧な「真空」を作り出すことに成功したとしても、気圧による水の「吸い上げ」には、世界の物理法則上、どうしても『十メートル』という絶対的な限界が存在する。


現代人であれば、気圧と水頭圧の関係から「これ以上の吸い上げは構造的に不可能だ」と一瞬で判断し、次の段階(押し下げ式や圧送式)へ仕様を切り替えることができる。



だが、優秀だからこそ「知らないだけ」という盲点に気が付くことは無く、「帝国の機械は動いたはずだ」「我が国の技術が劣っているからだ」と錯覚し、決して超えられない十メートルの壁の前で、莫大な国家予算と時間を捨てて無駄な研究を続けることになる。


坑道の奥から、地鳴りのような低い振動音が響いてくる。



直後、蒸気弁の解放音と共に、濁流のような排水が鉄管から勢いよく噴き出した。坑道の壁面に刻まれていた黒ずんだ水位線は、目に見える速度で下降していく。


泥水を浴びた工兵たちが歓声を上げ、監督士官が怒鳴り声で排水量の記録を取らせていた。



――数十年もの間、水没によって完全放棄されていた坑道が、たった数日で「生き返り」始めている。


泥水を浴びた工兵たちが歓声を上げる中、中佐殿だけは無言のまま、その鋼鉄の塊を睨み続けていた。

――まるで、“悪魔”でも見るような目だった。



――『分離凝縮器セパレート・コンデンサー』。熱効率を劇的に向上させ、五十メートル以上の深度からでも問題なく排水可能となった、次段階仕様。



だからこそ、ここには小型魔物一万を狩り尽くした帝国の精鋭部隊が張り付いている。



――帝国軍が本当に守っているのは、金鉱山ではない。この『蒸気ポンプ』の絶対機密だ。


この世界を、静かに次段階へ書き換える“設計図”そのものだ。



読んでくださり、ありがとうございました。

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