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覇権国家計画  作者: 納豆
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第55話:西側戦線 その四

読んでくださり、ありがとうございました


仮設難民キャンプ。


豊浦王国とようらおうこく』東側――ここは帝国が「平和維持」を名目に、かつて俺が仕様書を書いた大規模なODA(政府開発援助)を推し進めている地域だ。


――見方を変えれば、すでに帝国の実効支配下に置かれた土地でもある。



西側戦線の後方。たまに砲弾が飛んでくるものの、“危険度は許容範囲内”と評される奇妙な安全地帯



「少尉。あの集団が、新しく流入してきた『豊浦王国』の民たちです」


中尉が指さした先にいる難民たちは、酷く静かだった。怒号も、絶望の泣き声もない。

ただ、機械的に列を作って並んでいる。帝国兵が淡々と番号札を配り、難民たちはそれを黙って受け取っていく。



その奥には、規格化された『麻布プレハブ仮設住居』が整然と並び、それぞれに識別番号が振られていた。

家族の人数に応じて住居の割り振りを機械的に決めているようだ。敷地の隅には、組み立て前の建築資材も大量に山積みにされている。



「中尉。『麻布プレハブ仮設住居』は、規定値内に収まりそうですね」


次に、戦火の被害が皆無と言っていい、少し大きめの村へと移動した。

帝都における俺の護衛は通常二個分隊だが、ここではさらに周囲を一個小隊が固めている。


どれほど平穏に見えようと、ここにいる難民たちは現在戦争中の「敵国民」なのだ。


この村はすでに帝国主導の農地改革が済んでおり、本来なら配給を必要としないはずだった。


だが、海軍の臨検による流通遅延の影響はここにも出ており、不足分を帝国の臨時の配給で賄っている状態だ。



それでも、並んでいる者たちの顔は明るい。

中には笑いながら雑談を交わしている者さえいる。自国にいる時よりも、占領された今の方が「確実に食えて、死なない」のだから当然だった。


俺は、周囲を警戒していた護衛分隊長に目配せをし、携帯していた『高純度ブドウ糖錠剤』の配給を許可した。


白い錠剤が差し出されると、親の隣に並んでいた子供たちが、目を輝かせて集まり始めた。



いつもは機械のように硬質で融通の利かない軍人として振る舞っている曹長だったが、小さな手へ甘い錠剤を握らせるその横顔には、隠しきれないかすかな喜びが滲んでいた。


「少尉。子供たちが、喜んでいますね」


「中尉。俺は調査を容易にするために必要なことを行っているだけです」



西側戦線 第二区画指令所。


俺は、現在この戦区で確認されている“事件”の報告書を凝視していた。最新の日付は昨日。

つまり、現在進行形でその“事件”は今も発生し続けている。


束になった書類に軽く目を通しながら、俺はあきらかに現代知識――『異世界人の足跡』が関わっていると思われる奇妙な事件を、次々と抜き出していった。



一つ。山の麓の村における、井戸の水量低下および川の濁水確認。調査結果――上流の川底の砂利が、不自然に掘り返されていることが原因と推測される。



二つ。同村のトウモロコシ畑における、大量の石灰確認に伴う収穫量の大幅な低下。調査結果――『帝国の新肥料』と偽って何者かが配布。配布した者は所属不明、現在も行方を捜索中。



「……中尉。この二つは、現代知識を使った意図的な破壊工作の可能性が極めて高い」


俺の言葉に、中尉が表情を変えずに耳を傾ける。



河川の天然の濾過機能を意図的に破壊する。あるいは、石灰を過剰投入して土壌を強アルカリ性に傾け、作物を根こそぎ枯らす。


報告書には、「井戸水が泥臭い」「腹を壊す者が増えた」「帝国の魔法の粉が畑を殺した」という村人の証言が並んでいる。

仕組みを知っている現代人なら、容易にたどり着く悪辣な攻撃手法だ。


しかも、悪賢いことに現地では『帝国の呪い』だという噂まで流れ始めている。

これは純然たる情報戦であり、帝国の信頼を失墜させるためのプロパガンダだ。



「少尉。他にも“事件”はありますか」


俺は、“事件”の抜き出しを続けた。



少し離れた村の教会。

――治療を拒否する難民が少数発生。

調査結果、帝国が教会へ供給している高純度エタノールは「難民を間引くための毒だ」という誤情報が流布されていた。



次に、偽の避難所地図の流通。

――帝国の重要な補給路へ、不自然なほど難民が集中。

調査結果、何者かが難民たちへ「存在しない新しい仮設避難所」の地図を配り、仕事を斡旋していた。


その仕事内容とは――「支給された塩や乳清ホエイを、帝国のわだちコンクリート街道に撒くこと」だと言われていたらしい。



「……徹底しているな。完全に俺の『仕様書』を把握している」


教会へ無償配布しているエタノールは、感染症や壊疽を防ぐための医療物資だ。

それを毒だと偽って医療体制を崩壊させようとしている。さらに最悪なのは、コンクリート街道への攻撃だ。



帝国が現在再現しているコンクリート技術は、まだ完璧ではない。

そこへ塩分や、乳清に含まれる酸性の液体を大量に散布されれば、強度が著しく低下し、いずれ自重や軍用馬車の重さで瓦解する。


しかも、こちらの補給ルートを正確に読み切った上で、飢えた難民たちに「正当な労働」と信じ込ませて破壊工作をさせているのだ。


武器を持たない民間人を人間の盾、いや『人間のくわ』として利用する、きわめて非人道的な非武力攻撃。



「少尉。『霧宮王国むきゅうおうこく』の異世界人は、あなたに似てますね」


「……否定はしません」



俺が、『霧宮王国』の異世界人の立場なら、石灰を撒く、乳清を撒くといった仕組みを理解しなくても、実行可能な設計図を書く可能性が大きい。

もっとも、それを採用して実行するかは、軍の上層部だ。



「少尉。『霧宮王国』の異世界人は、専門家ですか?」


「中尉。不明です。しかし現時点では、普通の現代人です」



石灰を撒けば土が荒れる。塩や酸をかければコンクリートが脆くなる。

これらは現代人にとっては「わざわざ学ぶまでもない雑学」だ。だが、その概念を持たないこの世界の住人にとっては、防ぎようのない『見えない呪い』に見えてしまう。



「少尉。帝国の中にも、この『呪い』を解けずに立ち往生している部隊があります」


「中尉。難民も帝国兵も、ただ知識として『知らない』だけです」



論理の穴を知っている者と、穴の存在すら疑わない者の差。

『霧宮王国』の異世界人は、決して天才的な戦略を立てているのではない。ただ、『壊し方』を知っているだけの素人が、無防備なシステムを外側から適当に蹴り飛ばしているだけだ。


――そして、その無防備なシステム(仕様書)を書いたのは、他ならぬこの俺だ。


俺は、白く粉を吹いた路面を見た。



『霧宮王国』の異世界人は、『“俺の”覇権国家計画』に邪魔だな。


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