第52話:西側戦線 その一
「少尉。西側戦線は、覇権国家計画の障害です」
帝国西側占領地は、「治安維持区域」から「統合防衛線」へと変わり現在は二個連隊が戦闘を続けている。
戦場となっているのは、農耕と漁労を主とする王国。
通称、『豊浦王国』。
元は、西側複数国家なる連合国だったが、百年前に独立した。
現在は、近代化が遅れている。
本来なら数年で落とせる相手だ。
しかし、海の向こう『霧宮王国』が、兵器供与を開始し、異世界人と思われる者の助言で「近代的な陣地死守戦」へ移行した。
『霧宮王国』の目的は、帝国の国力を削ること、帝国が覇権国家となるまでの時間を稼いでいる。
『覇権国家計画』の最終目的は、強固な相互依存による世界大変阻止。
だが、『霧宮王国』が、それを知っても協力はしないだろう。
一つの国家が強力な力を持つことには変わらない、世代が変われば、いつ暴走するか分からない。
『霧宮王国』は、自分では帝国に勝てないから、『豊浦王国』に兵器供与し代理戦争を行っている。
「少尉。帝国が占領地を放棄すれば、『霧宮王国』は手を引くのでしょうか」
俺は、壁に掛けられた地図を見る。
「中尉。それはダメです」
占領地ではあるが、帝国は平和維持として、俺が仕様書を描いた、大規模なODA(政府開発援助)を行っている。(第35話)
河川は整備され、農地は農薬と肥料により安定し、轍コンクリート街道により流通が発展した。
それらは、帝国無しでは維持できない。
「少尉。帝国が撤退すると、再び飢えで子供が死ぬということですね」
「投資が無……」
俺は言葉を止めた。
「……帝国は、人道的観点から撤退するべきではありません」
『霧宮王国』の目的は、すでに達成できている。
戦争を継続することで、帝国の国力を削ることに成功している。
参謀本部は、俺が想像するより、遥かに優秀だ。
『霧宮王国』の目的も理解し解決策も準備している。
東の『赤旗国』の物量侵攻を停止させる大規模作戦。
『甘い果実』。
俺の仕様書を異例の速さで採用したのも、東の戦力を西に集めるためだろう。
帝国と『霧宮王国』では兵器性能が違うのだ。
帝国が、数を揃えば強固な陣地でも関係ない。
だが、『赤旗国』は完全に止まったわけではない。
まだ東の戦力は動かせない。
「少尉。あなたが『霧宮王国』の異世界人の立場だったら、どうしますか」
俺は椅子に座り直し、目を閉じて直ぐに開けた。
「中尉。費用対効果を合理的に判断します」
『霧宮王国』の異世界人は無能ではない。
帝国と同じく、自国の政治・軍事に深く関わり、百年先を見ている。
『豊浦王国』での戦争は、『霧宮王国』に取って過程でしかない。
『霧宮王国』が、投資に合わなければ、損切りする。
「中尉。『霧宮王国』と同じことをして『霧宮王国』の国力を削ることは可能です」
『豊浦王国』、西側戦線で、鹵獲した野戦砲は、『霧宮王国』制だった。
帝国政府の追及に、野戦砲を運搬していた民間船が、海賊に襲われただけ、今後は、海軍が民間船を護衛すると、帝国の調査を拒否したのだ。
つまり、西側戦線周辺の海域には、民間船を襲う『海賊』が存在するのは事実だ。
例えば、西側戦線周辺の海域で、帝国の民間船が『海賊』に襲われたとする。
それは、『霧宮王国』の海軍は、自国の民間船しか守っていないということになる。
ならば、帝国海軍が、帝国の民間船を守るために帝国海軍の駆逐艦や砲艦が、護衛することに非難は出来ない。
「少尉。つまり、海賊対策ですか」
「中尉。はい。帝国は民間船を保護するだけです」
その中に、多数の上陸艦が混ざっていても帝国海軍の運用に『霧宮王国』は何もできない。
「少尉。上陸艦も護衛任務に必要だと」
「中尉。偶然です」
帝国は、渡りの絵師や語り部たちに「報道の自由」支援する(第33話)として
旅費を補助している。
ただし『信頼に足る一次情報を基にした発信』という規約だ。
『霧宮王国』の公式声明は、信頼できる。
帝国は「道の駅(PA/SA)網」により、情報の伝達は速い。
帝国海軍が『海上保険制度』を開始すれば、直ぐに注目されるだろう。
参謀本部(陸軍)から海軍司令部(第23話)に、海の相手は海軍司令部に尽力いただきたいと通達(お前たちは無能)すれば、海軍は動くはずだ。
海軍司令部は、流石に管轄外だ。
俺は、作戦趣旨概要を簡単な書類にまとめ上げ、参謀本部に提出した。
案は出したのだ。
採用するかどうかは、参謀本部の判断になるし、採用してからも参謀本部と海軍司令部の軍政になる。
事務職で、少尉の俺は無関係だ。
一週間後。
完璧に調律された楽器のように平坦に微笑む中尉が、無言で特別監察室に入ってきた。
――中尉との、付き合いも十一年目だ。とても嫌な予感がする。
「少尉。海軍司令部は、民間船の護衛任務を受け入れました」
……予感は、違ったようだ。
最近、士官食堂で、微笑む中尉は危険だとの噂を聞いた。
やはり噂など、信じてはいけない。
「少尉。海軍艦型試験池の大佐が、技術実査の担当者に、あなたを指名しています」
「少尉の俺に!、海軍新型艦試験場の場に乗り込めと!?」
思わず、大声で言い返してしまった。
この作戦は、参謀本部から海軍司令部に対して、現場の責任を取れと突き立てられたに等しい。
そこに、参謀本部直轄の特別監察官。
それも若造が乗り込むのだ。
肉体的な危険は皆無でも、空間を支配する重圧に心が押し潰されるのは必至だ
「少尉。あなたが以前提案した、野戦砲を甲板に固定した新造艦の技術実査ですよ」
……昔、海軍司令部に行ったときに雑談の中で言ったことが、あるような気がする。
実践で使用可能な状態まで来ているとは、思わなかった。
中尉から渡された書類を確認した。
『試作強襲野戦砲上陸艦』
砲撃で敵防衛部隊を壊滅させ、そのまま歩兵を突入させる――。
言葉の意味は分かるが、彼らが本気でそれを言っているのだとしたら、理解の範疇を超えている。
俺には、戦術も戦略も分からない。
海軍司令部も、参謀本部と同じく優秀だ。
採用したのだから実戦で有効なのだろう。
海軍艦型試験池へと向かう馬車の中で、俺は『試作強襲野戦砲上陸艦』の運用思想を再確認していた。
「砲撃で敵を壊滅させ、そのまま上陸する」
狂気じみた発想だ。
だが、現代の上陸艦の発展形として考えれば、その理屈は分かる。
ただ兵員を運ぶだけの輸送船ではない。
自前の火力で沿岸防衛を吹き飛ばし、その勢いのまま歩兵を突入させる。
既存の野戦砲を甲板に並べただけの急造艦。
だが、艦砲射撃と揚陸を同時に行うという思想そのものは合理的だった。
技術不足のこの世界で、既存兵器だけで無理やりそれを実現しようとした執念すら感じる。
――悪くはない。
……もっとも。
実際には、どちらの任務も中途半端な「器用貧乏」の鉄屑になる可能性が高いのだが。
海軍司令部が、それを理解していないとは思えなかった。
読んでくださり、ありがとうございました。




