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覇権国家計画  作者: 納豆
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第51話:俺が作った帝国


――俺の目的と、帝国の目的は同じ。


中尉は、静かに頷いた。


「少尉。あなたが帝国に来て、何年目ですか」


「中尉。十一年ほどです」


「少尉。長いですね」


「……そうですね」



正確な日付は覚えていない。

一年前、そろそろ十年か。と思った記憶がある。



「少尉。あなたは、特別監察官です。本来の任務にあたりましょう」



――特別監察官、本来の任務。

帝国の異世界人が関わっている作戦の現場監察と改善。



「少尉。あなたも異世界人です。帝国の監察が次の任務です」



三日後。

俺は、白い部屋から飛ばされて最初に来た場所。

寂れた農村に十一年ぶりに訪れた。


初めて帝都に来た時は、村から十日かかった。

今は三日。


中尉は馬車の窓から、コンクリートで整備され滑らかになった街道を見ている。



「少尉。以前のあなたは、馬車の乗り心地に不満がありましたね」


街道は緩やかな傾斜になっており、大きな水たまりができることも無い。

泥濘ぬかるみによって歩くより遅くなる馬車は、もういない。



「馬車鉄道が、早く欲しいですね」


馬車は金枠と板バネにより速度を出すことが可能になり揺れも少なくなった。



十一年前は、寂れた農村だった場所は全く異なる景色へと変わっていた。


井戸は、新しく作り直されていた。

最新式の手押しポンプまで設置されている。


周囲はコンクリートで固められ、泥濘は存在しない。


その隣では、高性能湯沸かし窯の使い方を、若い男が子供たちへ説明していた。



俺は、村を見渡した。


整備された畑では、男たちが一列に並び何かを撒いている。

除草用の農薬だろうか。


傾いて、今にも倒壊しそうな家は無かった。

女たちが寝台用の大きな麻袋の藁を交換している。


俺が寝たのは、鼠が出る藁の山だった。

病気が心配で熟睡できなかったことを思い出した。



鉱山側の製鉄所へ移動した。


喉の奥に張り付くような、湿った土と鉄錆の匂いを懐かしく感じた。

強大な高炉が二十基以上、稼働している。



「少尉。あなたは農具が欲しいから鋼を作る、と言っていましたね」


「高炉の稼働は安定していますね」



煤で汚れた皮の前掛けを付けた男が話しかけて来た。


「少尉。久しぶりだな、見ての通り試作高炉は安定している何も心配はいらん」



日本刀マニアの元刃物店長だ。(第5話)

製鉄の専門家ではない

ただ、鉄に対する執着と知識は本物だった。


俺は、市場に出回っていない輸入品のナイフを手渡した。


「少尉。気が利くな、満足する刀ができたら少尉の分も打ってやるよ」



男はナイフを目を細めて眺めている。

満足したのか、奥の人だかりも戻り指示を出し始めた。

若い職人たちに信頼されているようだ。



製鉄所を出て、隣の水力工場へ移動する。


巨大なはずみ車を備えた水車が三基。

ガコン、ガコン。鈍い音が鳴り響いている。

硬い麻の茎を叩き潰す音だ。



――止まらない工業ライン。

この場所から始めた。

麻縄、麻布、麻袋。

生産量は、始めた時より十倍以上になった。



川のほとりに椅子を置き釣りをしている老人がいる。

川釣りが趣味の異世界人だ。(第12話)

釣り好きの勘は、水量のわずかな違いをいち早く察知できる。


彼の仕事は、水門の管理だ。

水車の回転数を一定に保つため、いつも川を見ている。

……今は、寝ているようだ。



帝都へ戻る頃には、馬車の車輪に泥は一切付着していなかった。



実験農場、当初は肥料や農薬の試験会場。

今は選抜育種による高強度な種、甘い果実を作っている。


管理事務所にいる女性に布袋を渡した。


「少尉さん。これって、もしかしたら」



女性は袋の中身をみて感動しているようだ。


「少尉さん。保湿剤のこと覚えていたんですね」


「完成まで十年と言いましたが、十一年かかりました」



試験会場の責任者、元家庭菜園が趣味の主婦。(第4話)


彼女は農業漫画の知識で収穫量を増やした。

クローバーを植え、ジャガイモを普及させた。


だが、漫画には緑肥や連作障害は描かれて無かった。

小々の不具合はあったが彼女の貢献は大きい。



帝都参謀本部、特別監察室。


移動中、小さな村も見たが物乞いはいなかった。

老人たちから、飢えで死ぬ子供が居なくなったと感謝された。

職業訓練学校に通う元冒険者の男から礼を言われた。



「少尉。特別監察官として、現在の帝国をどう思いますか」


中尉の問いに、俺は少しだけ考えた。


「中尉。過程では判断できないです」


「少尉。では、見てきた結果なら判断できますか」



窓の外では、夜になっても街道を馬車が走っている。

街道脇には一定間隔で魔導灯が並んでする。

荷車を引く馬の姿が暗闇に消えることはない。


十一年前。

夜道を移動する人間など、ほとんど居なかった。


野盗。

魔物。

転落。

泥濘。


夜に移動する理由より、移動しない理由の方が多かった。


だが今は違う。


帝国の街道は、夜でも人が動く。


物資が動き、金が動き、人が移動する。

止まらない。


俺は、昼間に見た村を思い出していた。


痩せ細った子供はいなかった。

井戸水で腹を壊した様子の人間も見ていない。


以前は、冬を越えられない老人も珍しくなかったと聞く。


だが今は、違う。


老人たちは、公衆浴場の前に集まり酒を飲んでいた。

職業訓練校帰りの子供たちは、紙束を抱えて笑いながら歩いていた。



「少尉。帝国は、人を幸福にしていますか」


「中尉。帝国の、利益を受けている人は幸せそうでしたね」



俺は見て来た。

親が、子供に種まきを教えようとしたが、当の子供は職人になるから必要ないと泣いていた。

面倒を見て来た若い職人が全て独立し、工房が回らなくなった親方。

インフラ整備を拒否し、爵位を剥奪された貴族。



「中尉。ですが、十一年前より死ににくい世界にはなっています」


中尉は何も言わない。



特別監察室の窓からは、帝都の灯りが見えている。


十一年前。

この世界の夜は、もっと暗かった。


今は違う。


工場は夜でも稼働している。

夜間配送用の馬車が走り、魔導灯が街を照らし続ける。


止まらない生産。

止まらない物流。

止まらない開発。


帝国は、巨大な工業機械のように動き続けていた。


その中心にいる異世界人たちもまた、止まらない。


家庭菜園が趣味だった主婦は、実験農場の責任者になった。

刃物店の店長は、今も高炉を増設している。

釣り好きの老人は、水門管理局の顧問になっていた。


誰も英雄ではない。


ただ、自分の好きだったことを続けただけだ。


だが、その積み重ねが帝国を変えた。



「少尉。あなたは帝国をどう思いますか」


「……便利ですね」


俺は短く答えた。


中尉が、わずかに口元を緩める。


十一年前。

冬を越えるだけで必死だった村がある。


今は、余剰作物を定期馬車へ積み込み、帝都へ出荷している。


十一年前。

孤児は、飢えて死ぬか盗賊になるしかなかった。


今は、職業訓練校へ送られる。


帝国は、多くのものを壊した。


国を消し。

文化を潰し。

反抗した者を排除した。


だが同時に、多くの人間を飢えから救っている。


それも事実だった。



「少尉。『霧宮王国』が、帝国を止めたい理由は」



俺は、壁に掛けられた地図を見る。


西。

海の向こう。


異世界人たちがいる国。


彼らは、帝国が覇権国家になることを恐れている。


一つの国家が世界を支配すれば、その国家が暴走した時、誰にも止められなくなる。


その理屈は、間違っていない。


だが。


国家同士が均衡し続ければ、今度は終わらない戦争が始まる。


代理戦争。

兵器供与。

経済封鎖。

局地戦。


世界は、少しずつ削られ続ける。


「少尉。どちらが正しいと思いますか」


「中尉。どちらも正しいし、そして間違っています」



覇権国家による平和。

均衡による抑止。


どちらも、理屈としては成立している。


どちらも、戦争を手段に使っている。


どちらも、人を救っている。


どちらも、人は死んでいる。



「少尉。あなたは、今後どうするのですか」


「中尉。俺は、俺のためにやるだけです」



だから。


――俺の目的と、帝国の目的は同じ。


読んでくださり、ありがとうございました。

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