第49話:止まらない歯車
帝国は、『騎士王国』の北西鉱山と高地を割譲させた。
四か月前より、帝国は治安維持と復興支援を目的として、同国西側に部隊を展開している。
もちろんそれは嘘ではない。小さな農村であっても手押し式ポンプや高性能湯沸かし窯を無償で設置し、各村を結ぶ轍コンクリート街道を整備した。
野盗が出たと訴えがあれば、速やかに治安部隊が対処した。
現在は『森の小国』の領土となったその西側地域だが、元騎士王国の領民たちは、五年間の税の免除、便利なインフラ、そして仕事がなければ街道工事などの斡旋を受けられた。
『騎士王国』の無理な戦争のせいで貧しくなり、帝国のおかげで豊かになった――領民たちは、そう認識している。以前より遥かに豊かな生活が、そこにはあった。
俺が最初に書いた仕様書――『甘い果実』作戦では、この高地を手に入れるまで最短で十か月を見込んでいた。
だが参謀本部は、それを四か月も前倒しして実現させた。帝国は軍部だけでなく、政治家も有能だと改めて認識させられる。
俺は現在、帝都を離れ、この高地で建設工兵の教導補佐という立場で現場指導の任務に就いている。帝都を離れるのは、およそ一年ぶりだろうか。
「少尉。高地の建設予定地、すでに街道の整備が終わっていますね。割譲の数か月前から着工していないと、こうはなりませんよ」
中尉の言葉に、俺は淡々と応じる。
「治安維持巡回に必要だったのでしょう」
嘘は言っていない。
高地周辺には農地もなく人は住んでいないが、帝国軍が治安維持のための巡回を行っていたのは事実である。
そして現在、この周囲十キロには住む者が誰もいない。
『騎士王国』の領地だった頃は農奴同然の扱いを受けていた農民の多くは、帝国軍が管理する肥沃な農地へと移住した。
職人を目指す子供たちは、帝国が用意した仮設職業訓練校へ通っている。帝国には、素晴らしい「職業選択の自由」があるのだ。
静まり返った建設予定地には、強化型輓牛が牽引する“巨大な鉄塊”と、大量のコンクリートが次々と運び込まれてくる。
立ち入り禁止地区を強固に囲う有刺鉄線と外堀。等間隔で天を突く監視塔。
すべて工程表通りに進んでいる。
「少尉。あの“巨大な鉄塊”は、見たことがない形状です」
隣に立つ中尉が指さした方向を、俺は見つめた。
「新兵器開発部門が、この作戦に間に合わせたそうです」
新兵器開発部門に潜む、ガチ勢の異世界人たち。
物理的な理論値限界を迎えており、これ以上の性能向上には数年を要すると思っていたが、彼らの開発速度は俺の期待を遥かに超えていた。
これさえ設置できれば、赤旗国軍による「兵士の命を計算に入れない」物量の暴力を伴った進軍も、確実に速度を落とすはずだ。
二か月後。
高地の尾根に並んだのは、大地に深く根を張る、五基の巨大無比な鉄塊の筒だった。
東の超大型星型要塞に据えられている長距離要塞砲すら凌駕する、圧倒的な性能。
有効射程距離五キロ、最大射程は七キロ。
この高地という圧倒的な高低差が、その射程をさらに引き延ばす。
いずれはここを堅固な要塞へと変える必要があるが、今は、ただの『発射台』として機能すればそれでいい。
最終調整が終わり次第、作戦は決行される
これこそが『甘い果実』作戦の最終段階であり、真の目的だ。
二日後。
夜明けとともに、作戦は開始された。
俺は五百メートル離れた、設定上の最低安全距離を確保した場所から、その瞬間を見届けることになった。
「少尉。定刻です」
見る者を気圧す不気味な強大さを湛えた、狂気的な鉄塊の筒。
それが、牙を剥いた。
――キィィン、と鼓膜を鋭く刺す金属音が響いた直後。
ズドォォォォンッ!!!
大気を引き裂くような爆音と、凄まじい衝撃波が襲いかかってきた。
わずか五百メートルしか離れていない場所だ。
空気がビリビリと肌を震わせるどころか、強烈な爆風が全身を叩きつけ、地面から一斉に埃が舞い上がる。
視界の先で、巨大な鉄の筒から目にも留まらぬ速度の質量が撃ち出されていた。
目標は、赤旗国にある工業都市という名の軍事拠点だ。
そこは帝国への侵略に不可欠な大量の物資が製造され、赤旗国の国内から集められた軍需物資が保管されている巨大集積地でもある。
気球観測班からの誤差修正を受けながら、地鳴りが途切れることなく高地に響き渡る。
この新型長距離固定砲台は、一度撃てば再発射までに三十分以上を要する。だが、この五基の鉄塊が止まることはなかった
連続して猛烈な白煙を吐き出す砲列を眺める。
――あの様子では、一番右の砲は明日以降使えないだろう。砲身以外なら部品の交換で何とかなるが、あれは無理だ。
肉眼でもわかるほど焼き付いている。後で砲身ごと交換するしかない。
だが、十分な戦果は上がった。
昼過ぎ、はるか数キロ先にある赤旗国の軍事拠点の方角から、空気を引き裂くような大振動とともに、天を覆う黒煙が確認された。
狙い通り、火薬庫への誘爆が起きたのだろう。
あの規模だ。もう基地としては二度と機能しない。
「少尉。砲兵隊から歓声が上がっています」
「命中率が規定値を超えたのでしょう」
明日以降は、敵軍の足となる周辺の街道や橋も攻撃目標となる。
上空二百メートルに浮かぶ気球観測班からは、手信号と、重りをつけた伝令筒によって、次々と前線の惨状が報告されてきた。
高地へと落とされた筒の中から、走り書きの報告書が取り出される。
『目標に直撃。赤旗国側の輸送荷車、炎上したまま街道を完全に閉塞』
『後続部隊は停止。大混乱に陥っている模様』
地上側の観測兵が望遠鏡を覗き込み、さらに上空の気球が目まぐるしく振る信号旗を読み取っていく。
爆撃によって破壊された先頭の荷車が炎の壁となり、狭い街道で逃げ場を失った大量の物資と兵士が、一本道の上で芋蔓式に立ち往生しているのだ。
前進しようとする後続と、炎から逃れようとする前線が衝突し、身動きが取れなくなっているという。
数キロ先にある敵の混乱が、文字と旗の動きだけで冷徹に伝わってくる。
赤旗国軍の強みである物量の暴力。
それを支える補給線は、いま完全に消滅した。
これで、敵の進軍に致命的な遅延が発生するのは確実となった。
深夜。
赤旗国軍は、街道に放置された荷車の残骸を撤去する作業を開始した。
だが、彼らが暗闇のなかで点した大量の魔導ランプは、我々にとって格好の的にしかならない。
夜間のため正確な着弾確認こそ困難だったが、遠方で明かりが次々と掻き消えていく様が、なによりの答えだった。
「少尉。赤旗国軍は、夜間なら安全だとでも判断したのでしょうか」
暗闇の砲撃を見つめていた中尉の疑問に、俺は淡々と応じる。
「中尉。本国からの『進軍せよ』という命令が、生きたままだからですよ」
大量の歩兵による物量の進軍。
それが国家の最優先事項として決定された以上、たとえ現場の指揮官であっても勝手に止めることは許されない。
ここで進軍を停止すれば作戦の失敗を認めることになり、現場の指揮官はもちろん、作戦立案者や関わった官僚組織すべての「死」を意味するからだ。
だからこそ、彼らが引き返せないこの時期に補給線を消滅させることに意味がある。
追い詰められた現場の人間は、本国の中央へ『作戦は順調』と虚偽の報告を上げるはずだ。
結果、赤旗国は、何一つ成果の出ない破滅的な作戦を永遠に継続することになるのだ。
夜明けとともに、気球観測班から伝令筒が次々と届いた。
報告はどれも短く、そして致命的だった。
街道は、もはや“道”としての形を保っていない。
昨夜、敵が必死に灯していた魔導ランプの位置には、すり鉢状の大穴がいくつも穿たれ、粉砕された荷馬車の木片と、裂けた麻袋、中身をぶちまけた物資が泥に沈んでいる。
おそらく、彼らの顔には 生気という概念が残っていない。
昨夜の砲撃で、多くの戦友が肉塊に変わった。
悲しむ暇も与えられず、ただ泥と血にまみれた残骸を街道脇へ引きずり込む。
動かなくなった馬の死骸を数人がかりで退かし、再び砲弾が降ってくるかもしれない恐怖に怯えながら、壊れたシャベルで地面を均す。
だが――
彼らの作業は、完全に無駄に終わる。
どれほど汗と血を流そうとも、その努力はすべて、『甘い果実作戦』の歯車を狂わせることなく、工程表通りに“消費”されていく。
彼らは、ただ 帝国の仕様書に従って死んでいく資源に過ぎない。
読んでくださり、ありがとうございました。




