第48話:戦後処理
帝国政府と『森の小国』は、『騎士王国』に対して戦後賠償を求めている。
この要求が突きつけられた時点で、騎士王国の命運は、外交交渉を待つまでもなく決していた。
常備騎士団は『森の小国』での戦闘によって壊滅した。
兵八千のうち六千以上が戦死し、前線に赴いた貴族家の当主たちも、その大半が帰らぬ人となった。
辛うじて生還した者の多くは、敗色濃厚と見るや早々に投降した「雇われ傭兵団」である。
「少尉。傭兵団の大半は、他国へ移動を開始しました」
「傭兵団は、合理的ですね」
彼らは帝国との圧倒的な力量差を肌で理解しており、敗戦国に義理立てする理由もない。
契約金が足りないと『騎士王国』へ戻り雇った貴族へ詰め寄る傭兵団もいるようだが、債務回収が住民からの略奪になった時、帝国による人道的支援が始まるだろう。
騎士王国の国境地帯に残されたのは、その多くが徴兵を免れた女子供と老人だけだった。
物理的な防衛力を完全に喪失したこの空白地帯に対し、『森の小国』政府は間髪入れずに声明を発表した。
――国境地帯住民の安全確保のため、『騎士王国』側国境地域へ治安維持部隊を展開する。
帝国軍は、人道支援および後方支援を行うこととなった。
『騎士王国』の他の領地には、当然、有力貴族も騎士団も存在している。
しかし「第一王子救出」という大義名分を掲げ、兵八千で進撃したにもかかわらず、わずか二週間で六千以上を失った大敗は、中央貴族の再編を鈍らせていた。
さらに、帝国政府は『騎士王国』に対し第一王子の保釈金を要求した。
「少尉。これでは身代金の要求ではないですか」
「……被告人が一時的に解放される際に必要な預り金です」
第一王子が帝国に密入国し、その結果『森の小国』が戦場と化した。
これは周辺諸国の共通認識である。
『騎士王国』の貴族は、二つの派閥に分かれている。
ひとつは徹底抗戦派。
もうひとつは講和派。
徹底抗戦派は王族を中心とした中央貴族であり、講和派は主に地方貴族だ。
単純な戦力差で見れば、王族親衛隊を主力とする徹底抗戦派が大幅に上回っている。
装備も練度も地方貴族とは違うからだ。
「少尉。抗戦派が、再び帝国に向けて兵を向けるのではないですか」
「中尉。それは無理ですね」
『騎士王国』の全ての貴族たちが、伝統と武勇を優先している訳ではない。
より正確に言えば、その伝統と武勇は、自分たちの納める領地のために存在している。
地方貴族は、現代の自治体代表ではなく“小さな国の王”だ。
領地内の法律を自分で作り、国王や中央政府の役人であっても領地内に立ち入らせない不入権を持っている。
そして領地と領民は、領主の個人財産であり、徴税によって独自の軍事力を保有している。
「中尉。地方貴族にとって今現在、最大の敵は『国王』です」
「少尉。つまり中央が帝国に兵を向ければ、地方は逆に中央へ兵を向けると」
地方貴族は王に税を納め、「領地の安全保障契約」を結んでいるに過ぎない。王もまた、地方貴族が攻撃された場合に軍を派遣する。
これを怠ると王の権威が失墜することになる。
「第一王子救出」当時の価値観では、それが“最も正しい決断”だったのだろう。
だが今は違う。
地方貴族にとって王の暴走は国家破滅の危機であり、死活問題だ。
講和派――地方貴族たちは今、
静観・反乱・内通。
その中で最も利益率の高い選択肢を探している。
そして国王側近も、無能だけではない。
彼らも理解している。
この戦争は、もはや「勝つ」段階ではない。
どこまで失えば国家を維持できるのか。
今は、『騎士王国』という国家が、どこまで損失に耐えられるかを計算している。
最も安く済む方法、言うならば、正しい負け方を選択中だ。
すでに『森の小国』は国境を越え、『騎士王国』西側へ部隊を展開している。
時間をかければかけるほど、良い条件は失われる。
二月後。
『騎士王国』の大規模な再侵攻はなく、帝国の治安維持部隊も国境を越えることとなった。
『騎士王国』西側は、働き手の男たちが大幅に減少したため、経済も治安も不安定なままだった。
難民となり『森の小国』へ流れてくる者。
食うために略奪に走る者。
傭兵団に加わり盗賊同然にふるまう者。
帝国と『森の小国』は、人道的支援と治安維持を速やかに行った。
「少尉。『騎士王国』の民たちは、帝国の治安維持を好意的に受け取っているようです」
『騎士王国』の貴族も民たちも当初は、帝国が暴力による支配に来たと思っていただろう。
だが、帝国が行ったのは、見れば底なしの『善意』と映ったはずだ。
帝国が持ち込んだのは恐怖や支配ではなく、大量の食料と医薬品。
そして、『騎士王国』には普及していない、手押し式ポンプ、高性能湯沸かし窯。国境と各村を結ぶ、轍コンクリート街道。
「少尉。これでは復興支援ではなく、経済的植民地ですね」
「中尉。『騎士王国』西側は『森の小国』が戦後賠償として領土割譲を求めています。
帝国が行っているのは、『森の小国』の支援のみです」
『森の小国』にとって、『騎士王国』西側の大規模な穀倉地帯は国家存続に直結する戦略資産だ。
赤旗国からの難民を受け入れ、帝国の平和維持活動(PKO)によって農地と街道が整備されつつあるが、山林と痩せた土地が大半を占める『森の小国』では、人口増加により慢性的な食料不足が続いている。
自国に責任がないにもかかわらず戦地となった『森の小国』。
帝国への協力は危険な賭けだったが、その報酬は国家百年分の価値があった。
現在、一部の貴族は派閥を無視し、この西側を支配下に置こうと兵を集めている。
帝国軍と『森の小国』軍が駐留する土地に攻め込むなど合理的ではないが、領主の仇討ちという大義名分で行動に出ている可能性はある。
伝統と武勇を優先している本物の貴族。
「少尉。『騎士王国』は、戦後賠償の領土割譲を飲むと思いますか」
「中尉。帝国は、『騎士王国』の滅亡を目指していません」
帝国も戦後賠償を求めている。
加えて、第一王子と捕虜となっている貴族の保釈金。
金貨だけでは支払えない分の代わりに、『騎士王国』北西の鉱山と高地を要求している。
俺が最初に書いた仕様書――『甘い果実』作戦では、高地を手に入れるまで最短で十か月。
だが参謀本部が調整し実行した以上、数か月は前倒しになっているはずだ。
帝都の特別監察室にいる俺の元には、結果報告しか届かない。
発動中の作戦の詳細を知る権限もない。
帝国東では赤旗国との全面戦争が始まった。
今は超大型星型要塞の長距離要塞砲で大規模な突入を抑えているが、少数部隊に分かれ大きく迂回された場合、各個撃破は容易でも、インフラ復旧に何年もかかる。
「少尉。あなたなら、もっと早く終わらせる方法を思いつくのではないですか」
「中尉。俺の今の任務は、難民キャンプ設営です」
四か月後。
『騎士王国』は死者千人以上、六つの貴族の爵位剥奪、王子の側近が処刑という些細な事件を経て、北西鉱山と高地の割譲を受け入れた。
『甘い果実』作戦は、第三段階へと移行した。
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