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覇権国家計画  作者: 納豆
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第47話:騎士王国


遮蔽物のない荒地で、騎士たちが誇り高き突撃の無意味さを知るまで、あと五日。



王子の逮捕、そして処刑のほうを受けた『騎士王国』の王は激昂し、八千の兵を集結させて帝国へ進軍を開始した。



「少尉。『騎士王国』の兵は、『森の小国』を抜けなければ帝国にたどり着けませんよ」


「中尉。現在『森の小国』には、東の『赤旗国』から逃れてきた難民がひしめいています。

もし『騎士王国』が彼らを迫害・弾圧すれば、帝国は『非人道的な弾圧からの救済』を大義名分に『森の小国』へ進軍できます」



帝国は現在、西に二個連隊を展開し、東では『赤旗国』を抑えるために主力戦力を集中させている。

『騎士王国』から見れば、帝国にこれ以上の兵の余裕はない。


ましてや彼らが『森の小国』の難民を避けるルートを選びさえすれば、帝国の介入名分は失われるはずだった。


『騎士王国』の読みは軍事合理的に正しい。

俺自身も、参謀本部が「三面作戦」に出る可能性は極めて低いと踏んでいた。



だが、参謀本部は決行に踏み切った。

俺の仕様書を元に、絶対遂行できるよう細部を書き換えて――。

『甘い果実』作戦。その盤上の駒は、いま、狂いなく動き始めた。


『森の小国』は現在、国内北側の帝国領へ繋がる『人道回廊』を死守するべく、全戦力を展開して防衛線を築いている。



「少尉。これを見る限り、『騎士王国』は『森の小国』の南側を通り抜けて帝国に向かうでしょう。

北を塞がれた以上、森林の深い『森の小国』で八千の大軍が通過できるルートは南しか残されていません」


地図を見つめる中尉の言葉に、俺は静かに頷いた。



「中尉。『森の小国』の南は遮るもののない荒地です。補給線の維持に縛られる『騎士王国』の足は鈍い。

一方、帝国側はわだちコンクリート街道を用い、軍事合理性に基づいた圧倒的な速度で兵員を展開できます」


轍コンクリート街道は二本整備されている。

一方は、強化型輓牛ばんぎゅうが牽引する『高性能野戦砲』の車幅と同じだ。


『騎士王国』は遮蔽物のない荒地で、帝国軍と対峙することになる。



「少尉。『騎士王国』の編成は騎士団と騎馬隊を主力とし、弓兵、長槍を渡されただけの徴兵農民、雇われた傭兵団……。

大砲の類いは持っていないようですね。脅威となり得るのは、魔導銃を運用する傭兵団でしょうか」


「中尉。彼らは帝国(異世界人)から見れば、時代遅れの価値観で戦争をしています。

貴族は武勇こそが至高の誇り。帝国の効率的な火力を『卑怯な鉄の塊』と呼んで憤慨するでしょう」



『森の小国』が死守する『人道回廊』の先には、帝国が建設した難民自立施設『対小型魔物自衛訓練場』がある。

帝国は訓練に必要な物資をあらかじめ大量に搬入し備蓄している。


そして帝国は、『森の小国』内の最短ルートを使用し、『騎士王国』の想定をはるかに超える速度で編成準備を整えていた。


遮蔽物のない荒地では、密集隊形で前進する騎士団は高性能野戦砲の最適射界に入る。

『騎士王国』は高額な授業料を支払い、事実を理解することになるだろう。



八日後。

帝都・帝国軍参謀本部、特別監察室。


『甘い果実』――『森の小国南部安維持』の速報が届いた。


――森の小国南部、帝国軍砲兵三個大隊による包囲網完了。

――騎士王国軍先鋒、死者約千二百。指揮系統混乱。進軍速度低下。

――敵側指揮官自決、捕虜百三十五。

――鹵獲荷馬車二百十七両。

――保存可能食料少数回収。

――帝国軍負傷一名、死者無。

――帝国軍輸送、遅延無。


報告書に、騎士の誇りや武勇は記載されていない。

あるのは、騎士王国軍先鋒が帝国軍に敗れ、荷物を捨てて逃げたという事実だけだ。



「少尉。報告を読んで何を思いましたか」


「中尉。帝国軍の高性能野戦砲は、仕様通りの性能を発揮していますね」



騎士団は密集隊形で圧力をかけ、弓兵が矢を撃ち尽くした後、徴兵農民を突入させる。

それは彼らにとって、これまでの戦史が証明してきた最も完成された“合理的な戦術”だったはずだ。


だが、それらはすべて、面を制圧する野戦砲の前では静止した“標的”に変わる。

今、各国は魔導銃と大砲の強化・量産に注力している。

『騎士王国』の戦術は、帝国だけでなく周辺諸国にも通用しないだろう。



『森の小国南部安維持』初日。帝国側に大きな不具合は確認されなかった。



懸念は、異世界人誘導係からの報告が四か月前から途絶えていることだ。

初回報告では最低保証二か月だった。そこからすでに四か月。

赤旗国の規格外インチキ異世界人は、『甘い果実』作戦の遂行に最も不具合を発生させる要因だ。


俺は速報を机の隅に寄せ、別の報告書を取り出し、『故郷奪還組』の難民が無断で持ち去った帝国備品を帳簿の未確定損失欄に記入する事務作業を続けた。



翌日。

『森の小国南部安維持』二日目の速報を確認する。


――森の小国南部、前線東へ五キロ前進。

――騎士王国軍、死者約二千五百。

――敵側指揮官自決五名、捕虜三百八十五。

――鹵獲荷馬車三十七両。

――保存可能食料回収無。

――帝国軍快速銃騎兵大隊、包囲網展開準備中。

――帝国軍負傷一名後方輸送完了。

――帝国軍死者無。

――帝国軍輸送、遅延無。


届く情報は、ただの記号に等しい。

それは“不具合はなく、仕様書通りにシステムが稼働している”ことを意味している。



「少尉。『騎士王国』の損耗率は五割を超えました。全滅です」


俺は報告書から目を離さず答えた。


「中尉。『由緒ある伝統と勇猛果敢な武勇こそ、貴族が守るべき至高の名誉』――彼らはそう信じています。全滅はしていません」



兵が死んでも、思想が残る限り軍は前進する。

……だが、予想していたより前線が動いていない。


帝国軍は予定より進軍速度が遅い。

俺は戦場にいない。戦術も分からない。


それでも、仕様通りに稼働しているシステムに“遅延”が発生している以上、そこには必ず原因が存在する。



さらに翌日。

『森の小国南部安維持』三日目の速報を確認する。


――森の小国南部、前線東へ二キロ前進。

――騎士王国軍、死者約三百。

――敵側指揮官自決一名、捕虜三十三。

――鹵獲荷馬車無。

――保存可能食料回収無。

――敵側荷車焼却放棄。

――敵側傭兵団、塹壕防衛構築。

――敵側傭兵団、対物魔導長銃確認。

――帝国軍快速銃騎兵大隊、包囲網展開断念。

――帝国軍歩兵大隊、包囲網展開断念。

――帝国軍負傷百二十七、死者五十五。

――帝国軍輸送、遅延無。


『騎士王国』の傭兵団が帝国の進撃速度を抑えている。



「少尉。帝国の敵は騎士ではなく、傭兵のようですね」


「中尉。騎士は戦争をしていますが、傭兵は仕事をしています」



騎士は名誉で戦う。

徴兵農民は命令で戦う。

傭兵は報酬で戦う。


近代化した傭兵は局地的に戦況を変える。

傭兵にとって重要なのは武勇ではなく、生還率だ。


騎士は時代に取り残され、傭兵は時代についてきていた。


しかし『騎士王国』の戦力のうち傭兵団はごく一部だろう。

それに参謀本部が、この程度の不具合を想定していないわけがない。

『甘い果実』作戦に誤差はないはずだ。



東の国境警備隊からは、国境の魔物はすべて『赤旗国』の手によって駆逐されたとある。

間もなく帝国と『赤旗国』の全面戦争が始まる。



『森の小国南部安維持』四日目速報を確認した。


――森の小国南部、前線維持。

――騎士王国軍、死者約千七百。

――敵側指揮官自決十二名、捕虜五百六十。

――鹵獲荷馬車無。

――保存可能食料回収無。

――敵側荷車焼却放棄。

――敵側傭兵団、投降開始。

――帝国軍快速銃騎兵大隊、包囲網展開終了。

――帝国軍歩兵大隊、包囲網展開終了。

――帝国軍負傷六十三、死者二十八。

――帝国軍輸送、遅延無。


――森の小国軍、敵側補給路制圧完了。



傭兵団は、補給を絶たれ包囲された。救援の見込みがないと判断し、投降を始めたのだろう。

傭兵は騎士道精神を持っていない。


そして『森の小国』軍――いや、参謀本部は『騎士王国』の進軍ルートを南に誘導し、『森の小国』軍による補給路制圧も作戦内だったのだろう。



「少尉。『騎士王国』は補給路を制圧され、傭兵団も投降を始めました」


「中尉。傭兵団は契約期間が切れるまで拘束ですね」



投降した傭兵団は、捕虜労働として『森の小国』の開墾や街道整備に当てるのが合理的だが、捕虜強制労働とならないようにしなければならない。

帝国には『戦争捕虜の奴隷化』は存在しない。


それは帝国の先人異世界人によって、真っ先に否定されたことの一つだ。

だからこそ帝国は難民を受け入れ支援している。

『帝国は人道的』――先人たちが積み上げ、周辺国もそう認識している。



『森の小国南部安維持』は、わずか二週間で終了した。



数日後、『森の小国』政府は声明を発表した。


――『騎士王国』軍による侵攻によって南部一帯の治安は著しく悪化。

――武装勢力残党の流入、略奪、難民化の危険性が極めて高い。

――国境地帯住民の安全確保のため、『騎士王国』側国境地域へ治安維持部隊を展開する。


『森の小国』単独では困難なため、帝国軍は人道支援および後方支援を実施。


それは事実上の侵攻作戦だった。

そして『甘い果実』の初期段階は終了した。



読んでくださり、ありがとうございました。

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